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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
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封じられし場所にて……

封印の間の前で意識を失った幸希。

その先で見たものとは……。

 意識が遠のいた後、アレクさんとカインさん達の声の代わりに聞こえ始めたのは……。


『グ……ググッ……』


 苦痛を必死に堪えるような、人ではない何かの呻き声……。

 私の鼓膜をそれが震わせる度に……身体の奥が、鼓動を宿す心臓が、徐々に恐怖という感情で軋み始め、内側から私の身を引き裂くように感じる痛みが大きくなっていく。


(あ……ぁ、あぁっ)


 呼吸をする事自体が苦しくて、自然と助けを求めるように瞼が開いた。

 ……ここは、どこ? 喉の奥が、酷く乾いたような感覚と、怖い程にドクドクと鳴り響く鼓動。

 感覚に酷い痺れが走り、自分が今どんな体勢を取っているのか、それすらもわからずに、視線だけが……『それ』を捉えた。

 真っ暗闇の中……、銀に光る無数の鎖に囚われている、巨大な『獣』。

 紫色に光り輝く陣が『獣』の周りを走っており、その存在が僅かに動いただけでも、銀の光が戒めるように、その肉体に食い込んでいく。


(何……、これ)


 それを目にした事で、息苦しさが増し、私は酸素を失った魚のように苦痛と共に乾いた喘ぎを漏らした。

 けれど、それは声になる事はなくて……。

 苦しい……っ、心臓の音がうるさすぎて……全身が命の危険を感じるように騒いでいる。

 自分の身体を両腕で掻き抱きたくても、視覚と聴覚、そして、目の前の獣から感じる恐怖以外……何もない。


(助け……、助け、てっ)


 逃げようもないこの状況は、一体何なのだろうか。

 アレクさんとカインさん、ディアーネスさんが確かに傍にいてくれたはずなのに……。

 私一人だけが……、別の場所に放り出されたとしか思えない。

 瞼を閉じて恐ろしい獣から目を逸らそうとしても、……視界が、自由にならない。

 暗闇に閉ざす事も、耳を塞ぐ事も……、出来ない。

 ただ、苦痛だけが内側からどんどん亀裂を生むように酷くなって、この痛みの先で終わりが待っているんじゃないかと、不安が膨らんでいく。

 どれだけ心の中で助けを叫んでも、応えてくれる声は返ってこない。

 

『グ……ガッ、……グ、ググッ』


 視界を満たす、巨大な獣の姿……。それを苦痛と共に見つめる事しか出来ないこの状況。

 正直言って……私、何も出来ませんというか、怖くて堪らな過ぎて、玉座の間で襲って来たあの子達や、魔術師団の爆発や黒銀の竜モドキの方がまだマシだったんじゃないかと思えるぐらいには、身体中凍り付くような恐怖を感じている。

 というか、動けないこの状況では、たとえ何か出来る事があったとしても、まず行動が出来ない。

 ただ、獣の姿だけを見る事と苦しむ事だけが仕事だと言われているかのようだ。……理不尽すぎる。

 しかも、何だか……徐々に、獣の姿が視界に近付いてきているような?

 え? ……き、気のせいじゃ、ない、よね?

 気が付けば、ギロリと不穏な輝きを見せる大きな大きな丸い何か、……多分、瞳孔がみたいなものがあるし、目、かな。

 それにしっかりと見つめられる至近距離まで近づいてしまっていた。

 濁った金色の瞳から、逃げる事は出来ない……。


(あ……、あ……、ぐっ)


 獣の目に浮かぶ気配から感じ取れたのは、自分が『餌』のように見られているという恐怖。

 この獣は、きっと……飢えている。そんな確信を、根拠なく抱いたのは、捕食される側の本能からなのかもしれない。


『少し、調整をした方がいいね』


 不意に、優しい響きをもった低い穏やかな声音が響いた。

 直後、呼吸が楽になる感覚と、瞬いた自分の瞼の感触と共に、自分の周りに人の気配が集っている事に気付いた。

 声が響いたのと同時に、四肢を動かせる感覚も戻ったお蔭もあってか、『彼ら』の姿を見る事が出来る。

 白い光で身体の線を縁取られた、幾人もの青年達……。

 それは、今の私の姿にも言える事で、彼らと同じく、私の身体も、どこか不確かな存在のように透き通っている。

 夢か、現実か、定かではないこの状況で、自分の状態に驚きつつも、それよりも吃驚したのは……私の周囲にいる青年達の姿に、覚えがあったからだ。


『貴方達は……』


『これで会うのは二度目だが、私の名は、アルフェウス。『外』で待っているディアーネスの『兄』だよ』


『ディアーネスさんの……』


 でも、ディアーネスさんのお兄さん達は、古の魔獣が封じられた場所に魂を閉じ込められているんじゃ……。

 そう記憶にある情報を引き出した直後、……理解してしまった。

 魔獣と共に魂を囚われているディアーネスさんのお兄さん達が私の目の前にいる理由。

 無数の銀の鎖に戒められ苦痛の声を上げている巨大な獣の正体……。

 私と彼らの身体が、普通とは違う状態となっている事……。


『ここは……、魔獣が封印されている場所、なんですね?』


『あぁ……。正真正銘、古の魔獣を封じた空間だ。本来であれば、干渉する事さえ難しいこの場所だが、どうやら君は入って来れたようだね』


『どうして……』


『君の中には、異質な力がある。エリュセードの民では持ちえない、予測不可能な力……。一度暴走したようだが、その際に、この封印の空間にまで、その力の余波が伝わって来たんだよ』


『暴走……』


 それは、私が玉座の間でルイヴェルさんを刺してしまった時の事を言っているのだろうか。

 アルフェウスさんは私の肩に手をおいて、悲しそうに微笑んだ。


『私達の声は、外には届かない……。魔獣を封じたこの空間は、中の様子や気配を探る事は出来ても、干渉は出来ないからね。けれど、あの時……、私達の眠りを覚ました君の力の余波が、『君』と私達の存在を『繋げて』くれた……』


『え……』


『今まで見たどんな色よりも美しい、神々しいまでに清らかな白銀の光の先に、君の姿を見た。私達は、それを辿って、どうにか時間をかけて君に干渉する事が出来た。全員の力を使っても、夢に繋ぐだけで精一杯ではあるのだけどね……』


 アルフェウスさんが周りの弟さん達を流し見ると、静かな頷きが返ってきた。


『道は一本だけ、君にしか繋がっていなかったんだよ。だから、私達は『これから起こる災厄』に際し、『決断』をディア達に伝えて貰う為に、君の夢を介し、頼み事をした……』


『あの……、夢の中で、確かに貴方から何かを聞いた気はするんですけど、その内容が……全然、思い出せなくて』


『いや、それはそうなるように、私達が細工をしているから仕方がない事なんだよ……。時が来れば、きっと思い出せる』


『何故、時を待たないといけないんですか? 大事な事なら、ディアーネスさん達に早く知らせるべきなんじゃ……』


『それは無理なんだよな……。ディアは、優しい奴だから……』


 私の傍に寄って来たのは、金髪の柔らかなクセっ毛を纏う二十代前半程に見える青年だった。

 はっきりとした目鼻立ちと、今は沈んだ声音ではあるけれど、何もなければ、きっと元気な喋り方をしそうな印象を与える強気そうな顔。

 私が預かった伝言を、今伝える事は出来ないと語る彼らは、一体何を考えているのだろうか。


『……さっき、『これから起こる災厄』って、言ってましたよね? ディアーネスさんは、魔獣の封印が解かれるんじゃないかって考えています。だとしたら、……あの夢の内容がこれから起こる事なら』


 魔獣の封印が解かれれば、きっとこのガデルディウスの神殿もただでは済まない。

 けれど、封印が効力を失くせば、ディアーネスさんのお兄さん達の魂も解放されるのではないだろうかという予感もあって……。

 それが、『何』を意味するのか……確かなものは掴めないけれど、とても嫌な予感がしている。


『教えてください!! これから魔獣が復活するのだとしたら、……貴方達は、『どうなる』んですか!?』


 彼らが浮かべている辛さと悲しみが混じった表情を見ていると、頭の中で警鐘が打ち鳴らされるように響いて、確かめずにはいられなかった。

 だけど、彼らは何も答えてはくれない。


『もう、ここまで『肥大化』している以上、災厄は止められない……』


『それじゃ意味がわかりません!! 私、ディアーネスさんにちゃんと伝えます!! だから、これから一体何が起こるのか、全部教えてください!!』


 私一人じゃ何の力にもなれないけれど、彼らの声を聞けるのが私だけなのなら……、伝える事は出来る。

 たとえ無理でも無茶でも、向き合ってみなくちゃわからない問題だってあるもの。

 それがたとえ……どんなに過酷なものであろうとも、諦めるわけにはいかない。

 

『これから起こる災厄については、君からディアに伝えてほしいとは思っている。だが、……最後のひとつ、夢の中で頼んだ事だけは、まだ思い出さないでほしいんだよ』


『アルフェウスさん……っ』


『ディアは、とても優しい……。見た目や普段の物言いからはわかりづらいが、とても……情の厚い子なんだよ』


 私を宥めるように、どこか懐かしいような表情でディアーネスさんの事を語るアルフェウスさんは、そこに全ての意味を込めているような気がした。

 『優しい』……、繰り返されるその言葉が、逆に私の不安を煽っていく。

 まだ伝える事の出来ない、最後の伝言。

 『優しい』というのは、どういう事? 『優しい』人に、まだ伝えられない伝言って。

 

『兄貴、あんまり言うと、この子が先読みしちゃうから、もうやめとけよ』


 今度は、不愛想な声音で別の青年が呟いた。

 アルフェウスさんは、そうだね、と苦笑して、頷いている。


『けれど、大丈夫だよ……。ここで『何』を察しようと、『理解』してしまおうと、『外』には持っていかせない。ディアに伝えるべき事だけを、彼女には届けて貰う』


『俺的には気が進まないけどな……。都合よくその子を使うだけの行為だろ……』


『もう、それは仕方ないって、何度も話し合ったじゃないか。アルフェウス兄上だって、この件に関しては心を痛めているんだから、そういう事言わないの』


 今度は、ふわふわの紅色の髪を纏う十歳程に見える少年が、不愛想な青年を肘で小突くように諫めた。

 とても可愛らしい少年だけど、……不愛想な青年が『俺は兄貴みたいに物わかりが良くないんだよ』と言い返しているのを見るからに……もしかして、見かけの年齢よりも上なのかもしれない。

 目を瞬いてそちらを窺っていると、視線を移動させた瞬間、自分の傍に魔獣がいるのを完全に忘れ去ってしまっていた事に気付いた。


『ひっ……』


『あぁ、そちらは見ちゃ駄目だよ。視覚的にも魂にも毒だからね』


 アルフェウスさんが視線の先を自分に移動させると、時間も迫っているから必要な事だけを教えるよ、と、真剣な表情と共に『伝言』を口にし始めた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ユキ……、ユキ!!」


「おい、目ぇ覚ませ!! ユキ!!」


「お前達、必要以上に揺さぶるな。ユキの身体はお前達のように頑丈ではないのだぞ?」


「うるせぇ!! 今そういう気遣いしてる余裕ねぇんだよ!! おい、ユキ!! ユキ!!」


 そんな、騒がしい声が聞こえるな~と意識が浮上した直後、強烈な痛みが頬に走った。バチンッ!! と、思いきり引っぱたかれたような、酷い感覚。

 ゆっくりと戻り始めていた意識が、一気にお目覚めしました!

 衝撃で大きく目を見開いた私は、大声を上げて飛び起きた。


「痛い……、うぅっ」


 叩かれたとわかる左頬を押さえ、微かに涙をじわりと浮かべていると、すぐ傍で物凄い音が響き渡った。


「貴様……、ユキに対して暴力行為とは、一体どういう了見だ!!」


「仕方ねぇだろうが!! 何しても起きなかったんだから、何でも試してみるべきだろ!!」


「はぁ……。確かに病気や急変の類ではないと言ったが、まさか……、魂を引き戻す為に叩くとは、流石はグラヴァードの血を引き継ぐ愚息よ」


 目覚めたばかりの私の目の前には、膝を着いて頭を抱えているカインさんと、その背中を容赦なく踏みつけている……まさかの鬼神のように恐ろしい気配を纏わせたアレクさんの姿が。

そのすぐ隣では、ディアーネスさんが珍しく面倒そうな表情で溜息を吐いているようだった。

 えーと、この状況は、一体……。

 魔獣の封印されている空間で、ディアーネスさんのお兄さん達と話をして、『伝言』を頼まれて……あれ? 何か、大事な事を忘れているような。

 妙な違和感を感じながらも、私はゆっくりとその場を立ち上がった。


「あの、ディアーネスさん、アレクさん、カインさん、ご心配をおかけしてすみませんでした」


「おいユキ!! どっか具合が悪ぃとことかないか!?」


「ふざけるな!! 貴様のせいでユキの頬が真っ赤に腫れてしまっているんだぞ!! ユキ、今すぐに皇宮に戻ろう。早く手当をしなければ」


「あ、アレクさん……っ」


 本当に珍しい……。

 アレクさんが声を荒げ、いつもより言葉数が多い。

 そして、この左頬の痛みは、カインさん、貴方の所業ですか? すっごく痛いんですけど。

 ……って、今はそんな事は置いといて。ディアーネスさんに早く伝えないと。


「ディアーネスさん、一度上に戻ってお話をさせて頂いてもいいですか?」


「……何かあったのだな?」


「はい。ディアーネスさんのお兄さん達からの伝言を、預かっています」


「――っ」


 私の言葉に動揺の気配をそのアメジストの双眸に浮かべたディアーネスさんは、長槍の後部で空間の地面をドン! と打ち付けた。

 瞬間、紫色の光の奔流が湧き上がり、来た時と同様の現象が私達の身を巻き込んでいった。

アレク……荒ぶる、の巻でもありました。←


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