王宮医師の懸念
今回、ウォルヴァンシア王宮医師、ルイヴェルの視点で進みます。
※お知らせ
12月1日に日付が変わったと同時に、
現在のタイトル、『第二の人生は異世界にて!』から、
新タイトル、
『ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~』
に、生まれ変わらせて頂きます。
皆様には大変ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんが、
今後は、新タイトルと共に、どうぞよろしくお願いいたします。
――Side ルイヴェル
「何故、貴様がここにいる……。ルイヴェル・フェリデロード!」
ようやく魔術師団に着いたかと思えば、一歩足を踏み入れただけでこれか。
感情に正直なのは良いが、人の顔を見ただけで第一声が怒りを微塵も隠さぬ大声とはな……。俺とディークの傍へと駆け寄って来たワインレッドの髪を纏う男。
今は魔術師団の団長代理を拝命しているクラウディオ・ファンゼルとは逆に、俺達は全く動じてはいない。
「使い物にならない魔術師が何の用だ!! ……大人しく部屋で休んでいれば良いものを」
「おい、一応こいつは怪我人なんだ。あまり喚くな」
「ぐっ……」
俺の付き添いで一緒に来たディークからのひと睨みが効いたのか、クラウディオは口を噤み、一歩足を引き、自分の中で湧き上がる感情を押し殺すように口を開いた。
「……何の用だ?」
「『例の力』の分析をしている場所まで案内を頼む」
「それについては、我がガデルフォーン魔術師団がしっかり分析を進めておく。怪我人はとっとと部屋に戻れ」
「確認したい事がある」
何の収穫もなしに部屋へ戻るなど、ここまで来た意味がないだろう。
玉座の間に現れた奴らの扱っていた、あの『黒銀の力』。
黒銀という色を宿す魔力自体は存在しているが、問題は、……あれに付随していた禍々しい気配と、魔力ではない異質な力の波動。
普通の魔術師が学び、把握している力のどれとも、まるで違う存在……。
それがもし……、フェリデロード家当主が研究の題材として選んでいた存在と一致すれば、事はガデルフォーンだけの問題では済まなくなる。
俺は渋るクラウディオの横を通り抜け、書類を手に会話をしている二人の魔術師の方へと足を向けた。
「おい、ルイヴェル!! 俺を無視するとはどういう了見だ!!」
「だから、怪我人が相手に怒鳴るなって言ってんだろうが……」
「無駄だ、ディーク。その男は怒鳴る喚くが性格そのままのような男だ」
クラウディオの事は構わず、俺は魔術師達から分析中の『力』の所在を聞き、一番奥にある特殊な結界に包まれた専用の研究室へと向かった。
最初に足を踏み入れた、広々と円を描く魔術師団の入り口にあたる場所から幾つか別れた廊下のひとつへと進むと、魔術の研究に使う為の部屋が左右に見え始める。
俺とディークが目指すべき研究室は、以前ガデルフォーンを訪れた際にはまだ出来上がっていなかった新しい一室だ。
途中、下り坂になっている階段を降りて行くと、厳重な両開きの巨大な扉の前へと辿り着いた。
扉の奥で行われている実験や研究の余波が外に及ばぬように防衛の為の術が展開されている。
恐らく、扉の前に大きく展開されている紫の陣に干渉しなければ、中に入れない仕組みになっているのだろう。
「これなら、中で爆発が起きようが、予想外の事が起きても、被害は抑えきれるだろうな」
「ルイヴェル、出来るだけ手短に用件を済ませろよ。平気な顔をしちゃいるが……、本当は部屋で寝ときたいのが本音だろ?」
「大丈夫だと、何度言えばお前達はわかってくれるんだろうな? あの程度の怪我、俺には掠り傷のようなものだ」
「掠り傷? これ以上ない程に深く剣先で抉り込まれた挙句、大量出血の上、術まで使いやがった奴の言う事じゃねぇな?」
ギリ……と、俺の左腕にディークの手が爪ごと食い込み、嫌味のように、俺の腰へと拳がグリグリとめり込んでくる。
「ぐっ……」
「傷が塞がってると言っても、無傷になったわけじゃねぇからな。普通の傷とは違う。肉の奥深くまで抉られて、臓器にまでダメージいってんだ。……少しは考えろ」
治癒の術は、浅いものであればすぐに完治するが、その傷の具合によっては、傷口を塞いでも中の状態が完全に回復するまでに時間を要するものがある。
術者の能力も大きく影響するが……、俺の腰を刺した剣には瘴気と呪いじみた効果も付加されていた為、本当の意味で完治するまでには、まだ暫く時間がかかる……。
勿論、俺もその事については把握しているが、……今は一刻も早く、この扉の向こうにある分析中の『力』が、自分の記憶の中に在る情報と一致するかを確かめたい。
「確かめた後、指示を出したらすぐ戻る。だから今は、俺の好きにさせてくれ。頼む。……ディーク兄さん」
「そういう時ばっか殊勝な態度で接してくるから性質悪ぃよな、お前って奴は……。はぁ、……お前が態度改めると、鳥肌立つんだよな」
「敬意を払ったつもりだが?」
「もういい。ってか、別にこの先に行くなとは言ってないだろ……。とにかく、無理をすんなって俺は注意をしてるだけだ。いいか? 具合が悪くなったり、身体がきつくなったら、すぐに部屋に戻すからな。でないと……、ユキが悲しむぞ」
「わかっている……」
それでなくとも、自分の手で俺を傷付けた事をまだ気にしているからな……、アイツは。人を傷付けるという行為をした事のない、汚れのない手と、純粋な心。
それを、……俺が二重に掛けられた呪いの罠に気付かず、血に染めてしまった。
「保護者失格だな……」
守ってやる立場にありながら、俺自身が、……その心に深い傷を残した。
この件に関しては、事が落ち着いてから、ユキの様子をよく見ておく必要がある。
気にするなと言ったところで、アイツの場合……、心の中で持て余しているだろうからな。
「こら~!! ルイヴェ~ル!! 団長代理である俺の許可も得ずに、勝手に入ろうとするな~!!」
「クラウディオ、さっさと俺達をこの中に入れろ」
「人の話を無視するなああああああああああ!!」
背後に迫って来た面倒な男の声に振り向いた俺は、いっそ氷漬けにでもすれば大人しくなるかと、一瞬だけ本気で術を行使しようかと考えた。
だが、それを察したディークが諫める様に睨みを起こして来た為、不実行に終わる。魔術師団を束ねる長の代理を任されて、色々と気負って緊張気味なのはわかるが、いつもの倍以上に騒々しい。
「さっきも伝えたはずだが? 確認したい事がある、と」
「なら、俺にそれをまず説明しろ! 聞いてから中に入れるかどうか決める」
俺とディークの前にまわり、腰に両手をあて立ちはだかったクラウディオだが、やはり思った以上に、余計な気負いをし過ぎているな……。
魔術師としての能力はあれど、その精神の脆さがこいつの弱点だ。
虚勢を張り強きに振る舞ってはいても、団長代理としての責任の重圧さに、今この時も圧迫されているのだろう。
その上、いつも心の支えになっているユリウスまで不在だからな……。
「総崩れ間際の建築物……、と言ったところか?」
「何を言っている!!」
「いや、何でもない。それよりも、説明は中でする。さっさとそこをどけ」
「この中では、慎重な分析作業が行われている。魔術師達の邪魔はするな。それに、お前は今、絶対安静中のはずだろう? 用件なら俺に預けろ」
また、ここでもその理由で行く手を阻まれるのか。
いや、クラウディオの場合、俺の事が気に喰わないという理由で阻んでいる可能性もある。
巨大な扉の前に立ちはだかったクラウディオが、両手を胸の辺りで組み、威嚇するように睨み付けてくるが……、この先に行く為には、こいつの協力が必要になるだろうな。
紫の光を宿し淡く発光している扉の前の陣は、干渉し解除する事も可能だが、それだと時間がかかる。
一番手っ取り早いのは、この陣を知り尽くしている団長代理の手で、一時的に解かせる事だ。
「仕方ない……」
溜息と共に、目の前のド阿呆を排除する為、俺は『ある権限』を使う事にした。
眼鏡の中心を僅かに押し上げ、短い詠唱を口にする。
右手のひらに浮かび上がる緑銀の陣には、『俺の立場』を表す紋様が刻まれている。
「ガデルフォーン魔術師団、団長代理、クラウディオ・ファンゼル殿に要請する。
ウォルヴァンシア魔術師団を束ねし長、ルイヴェル・フェリデロードの名において、この研究室への立ち入りを許可願いたい」
「ぐっ……」
他国の魔術師団長からの、正式な要請を無下にする事など出来ないだろうな。
ついさっきまでクラウディオが相手にしていたのは、ウォルヴァンシアの王宮医師ルイヴェルだが、今は違う。
正式な名乗りと、己の立場を表すこの陣を示した事で、クラウディオの顔色も変わる。俺の事がどんなに気に喰わなかろうと、他国の魔術師団長を無視する事は出来ない。案の定、この手を使ってくる事を予想していなかったのか、クラウディオはガデルフォーン魔術師団の代理としての立場を優先する事を余儀なくされ、したくもないだろう礼をとった。
「……入室を、許可いたします」
今回の一件では、すでにウォルヴァンシアの地へと、ガデルフォーンの団長、副団長が向かったと聞いている。
それは、すなわち……、ガデルフォーンとウォルヴァンシアの間で、この一件に関する協力体制に入った事を意味する。
そして、そのウォルヴァンシア魔術師団の団長である俺が要請をした以上、この男に断れる選択肢など存在しない。
クラウディオは、俺達の行く手を阻む紫色に光る陣、侵入者を阻む効果の方を一時的に無効化し、中に続く道を開けた。
――ギィィィィィィィ……。
研究室の中心に設えられている円形の台座の上、禍々しい黒銀の光を纏う『力』の一部が、透明な魔力の球体の中で揺らめきながらそこに在った。
まるで、爬虫類の尾を思わせるようなうねりを見せるその存在……。
触れているわけでもない。ましてや、研究室の中心に浮かんでいる球体との距離も離れているというのに、こちらの肌を嫌な悪感とおぞましさと共に気配だけで撫で上げてくるようなこの感覚。
「同じ空間にいるだけでも、術者にとっては負担を強いる害悪そのものだな……」
術者と切り離された欠片でしかないが、飼い主の手を離れた『力』は、その本性を現すかのように、凶悪でおぞましい気配をだだ漏れにしているようだ。
そして、研究室の中には『力』の分析状況がわかる、幾つもの長方形をした像が球体の周りに映し出されている。
「……」
ディークとクラウディオを伴い、球体へと近付いた俺は、その異質な存在を暫く見つめ続ける。
その禍々しい姿を、力の波動を、動きのひとつを余す事なく観察した俺は、現状で把握されている情報を映し出しているそれへと視線を移動させた。
自分の記憶の中に在る『過去の情報』との照合を終え、……やはりか。
到底信じたくはない結論を見出し、確信を胸に抱いて俺は、クラウディオの方に向き直った。
「クラウディオ、この『力』の正体に見当が付いた」
「は!? いきなり何を言っているんだ、お前は!!」
「とりあえず、その騒々しい大声を収めろ。今から説明をしてやる」
いちいち人の言う事に怒鳴らなければ気が済まない男を制し、俺は一度研究室から出る事を提案した。
害悪を傍において説明をするには、今の俺の身体では負担が大きくかかってくる。
クラウディオを促した俺は、扉を向かって歩みを進めた……――瞬間。
――ビシィィ……。
背後で聞こえた微かな亀裂が走る音。
それをこの目で確かめるよりも早く、俺の本能が警鐘を鳴らした。
背筋に氷塊を押し付けるような悪感と、危惧の戦慄に、口が大きく開く。
「今すぐに自己防衛の為の結界を最大強度で展開しろ!!」
「おい、ルイヴェル!! 貴様何を言って……っ!!」
俺の肩を掴み、怒鳴ったクラウディオが、遅れて事態の異変に気付く。
――直後、黒銀の力を分析していた研究室内は、恐ろしい悪夢の渦へと巻き込まれた。




