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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
207/261

愛しい人に呼んで貰えるだけで……

ウォルヴァンシア王宮、魔術師団の方に異変が起こる少し前の時間に戻ります。

ガデルフォーン皇宮、幸希の部屋からのスタートです。

※ウォルヴァンシア王宮、魔術師団の方に異変が起こる少し前の時間に戻ります。

 ガデルフォーン皇宮、幸希の部屋からのスタートです。


 ――Side 幸希


――ガデルフォーン皇宮・幸希の部屋・午後



「ルイヴェルさん……、まだ目を覚ましてくれませんね」


 ディアーネスさんの私室での話し合いが終わった翌日の午後、私はアレクさんと一緒に自分の部屋へと戻って来ていた。

 本当は、眠ったままのルイヴェルさんの看病を傍で続けたかったのだけど、少しは休んだ方が良いとレイル君に促され、一度部屋に戻る事になったのだ。

 アレクさんと共にテーブルを囲み、女官の人が差し入れてくれたお茶とケーキで一息を吐く。


「失った体力と気力を考えると、まだ時間はかかるだろうな……」


「そう……、ですよね」


「……心配なのはわかるが、ルイについては、ゆっくり休めば治ると、そうディークが言っているんだ。……お前が思い詰める必要はないんだ」


「アレクさん……」


 テーブルの上に置いた右手を、アレクさんの優しい温もりが上から包んでくれる。

 私よりも大きな硬い男性の手の感触。

 ゆっくりと……、アレクさんの顔を見上げてみると、もう片方の彼の手が、私の頭を気遣うように撫で、大丈夫だ……と、安心させるように微笑んでくれている気がした。

 

「ルイは時間をおけば、すぐに良くなる。それに、きっとアイツが目を覚ませば、報復される方は堪らないだろうな」


「……確かに、ルイおにいちゃ、……ルイヴェルさんの場合は、やり返すのも凄そうです」


「だろう? 倍返しどころか……、千倍返し以上の事をやるのは確実だ」


 苦笑と共に私の髪を手に取り指先に絡めてくるアレクさんの意見に、私も微かな笑みを零して頷く。

 今は受けた傷のせいで眠りに就く事を強いられているけれど、アレクさんの言う通り、目を覚ませば、また普段通りの冷静沈着な様子で、ガデルフォーンに起きようとしている不穏と向き合う事だろう。

 そして、今回の騒動を引き起こした、あの子供達や二人の男性に対する報復も勿論、私の知っている『ルイおにいちゃん』なら、絶対に成し遂げるに違いない。

 やられたらやり返すが信条の人だったし、そこに容赦が存在しない事も知っている。今のルイヴェルさんの状態を例えるならば、きっと……『大魔王様の眠り』、もしくは、『嵐の前の静けさ』と表現するべきかもしれない。


「まぁ、相手が敵である以上、ルイを止める必要はないだろう」


「そ、そうですね。でも……、目の前でそれを見届ける勇気はありませんけど」


 すでに幼い頃の記憶を取り戻している私にはわかる。

 私が幼かったあの遠き日々の出来事……。

 冬休みを利用してウォルヴァンシアに戻った際、セレスフィーナさんとルイヴェルさんと一緒に遊びに出掛けた町で、私はひょんな事から誘拐されてしまった。

 たったの数時間、本当に、半日にも満たなかった、人生初の誘拐は、恐ろしい光景と共に幕を閉じた……。

 思い出してはいけない。あの光景は、幼児が見るには刺激が強すぎた……。

 私は頭に浮かびかけた光景をブンブンと振って追い出すと、話題を強引に逸らす事にした。


「そ、そういえば、カインさんは今頃、どうしているんでしょうか」


 朝食の時は挨拶を交わす事が出来たけれど、その後はまったく見かけていない。

 ルイヴェルさんの部屋にも来ないし、自分の部屋にいる様子もなかった。

 ディアーネスさんからの指示で、皇宮の外に出る事は禁じられているし……。


「カインなら、ディークと鍛錬場だ」


「鍛錬場……、あぁ、そういえば、修行をやり直すとか言ってましたよね」


 となると、ディークさんと一緒に修行の真っ最中なのか……。

 何だか、その修行の中身を知りたい自分と、知ってはいけないと警告している自分を感じながら、そのネタで会話を続ける。


「サージェスさんの時みたいに、ボロボロにならなければいいんですけど……」


「お前には酷い傷に見えても、あの男は竜の種族だからな。普通の人間の何倍も打たれ強いと考えても良い」


「でも、やっぱり痛いものは痛いと思うんです。サージェスさんとの時も、凄く大変な目に遭っていたようですし……」


「……お前にそうやって心配されている時点で、幸せ者だとは思うが」


「はい? 今アレクさん、何か言いましたか?」


 ふいに、アレクさんが顔を横に背け呟いた聞き取りにくい小声に、私は首を傾げる。

 聞き返してみると、ほんの少し……不機嫌さを気配に宿したアレクさんがこちらを向いた。

 

「今、……この場で、この時に言う事でもないとは思うし、不謹慎だとも、わかっている」


「アレクさん……?」


「お前は、俺に対し遠慮があるし、基本的に保護者のような眼差しを向ける事の方が多い」


「え……」


「それが俺達の関係性でもあるし、実際、間違ってもいないとは思う。だが、あの男に対する接し方を見ていると、……どうしても、その差を感じずにはいられない」


 それは、つい最近にも聞いたアレクさんからの言葉だった。

 私をいつも気遣って優しくしてくれるアレクさんに対して、不満などがあるわけがない。

 だけど、カインさんの場合は、時折、私を怒らせるような言動も混ざってくる関係性である為、私も怒らざるをえないというか、確かに感情を高ぶらせて声を荒げたり、拗ねる事もある。

 その違いが、アレクさんにとっては辛いのだと、私にそう吐露したあの日……。


(私の中では、まだ恋をする事に対する怯えも、誰かを傷付けるかもしれない覚悟も……)


 色々と中途半端になってしまっている自分の中の想いを感じながら、何故またアレクさんが同じ事を口にしたのだろうと考えていると、少しだけ言い難そうに、アレクさんが口を噤んだ。

 

「……あの時言ったように、俺はお前の気持ちが定まるのを、大人しく、待つ、つもりだった」


 アレクさんは、私に対して無理強いをしたりする人じゃない。

 あの夜言われた、アレクさんとカインさんからの言葉を思い出した私は、一体彼が何を言おうとしているのか、少しだけ……その翳った表情を見つめながら、不安を抱いた。

 もしかして、優柔不断で恋をする勇気も出ない私に対して、ついに見限る決心を固めたのだろうか。

 ……そうだよね。前は頑張って恋が出来るように、自分の中に在る想いを育ててみるとか口にしてはみたけれど、今更、恋をして誰かを傷付ける事が、自分自身を傷付ける事に怯えて、どうしていいかわからないなんて言い出した私に対して、考えを改めたとしか思えない。


「けれど、……その、これは、俺の我儘でしかないんだが」


「はい……。その方がアレクさんにとっても、良い、ですよね。大丈夫ですよ。私は今まで沢山気を遣って貰いましたし……」


 だけど、そう言いながらも、私の心の中は、土砂降りの雨が降っているかのように、徐々に温もりが冷え込んで、何かが凍り付いていくかのような心地がしている。

 恋を知らない私が、勿体ないほどに素敵な男性二人から想って貰えた。

 それだけでも幸せな事なのに、振り出しに戻って、恋をする事に怯え始めた私を待って貰うなんて、我儘すぎるもの……。

 顔を下に向け、アレクさんからの言葉を待っていた私は、次の瞬間……。


「接し方や、俺に対する想いを無理矢理どうこうしようという気になったわけじゃない。だが……、お前の気持ちが定まる日まで、自分に出来る努力をしたくなった、というか……。もう一歩、あの男よりも先に進みたいという気持ちがあって、……困らせるとはわかっているんだが」


「……え?」


 アレクさんの言葉に、私は顔を上げてしまう。

 もう一歩……先? 何の事だろうか。

 見上げた先にあったアレクさんの両頬は、何故か僅かに薄桃色へと変化しており、……思春期の少年を思わせる表情が彼の顔に浮かんでいた。

 私に対する想いが冷めたんじゃ……と思っていた私には、青天の霹靂というか、え? これ、何が起ころうとしているの?


「……『アレク』と、……敬称など、そういうものは付けずに、……呼んでほしい、と」


「……はい?」


 思ってもみなかった、アレクさんからの申し出。

 それは、私への気持ちがもう冷めたとか、そういうものではなくて、まさかの『呼び捨て』を希望されるものだった。急に何故?

 アレクさんを、『アレクさん』ではなくて、『アレク』と呼んでほしいのだと、彼は、消え入りそうな声で、もう一度低く呟いた。


「本当に不謹慎すぎて、自分でも何を言っているんだとはわかっているんだ……」


「あ、あの……」


「……駄目、だ、ろうか」


 いえ、あの……、そんな頼りなげな、縋るような子犬モードの気配を漂わせながら懇願するように言われたら……、これはもう、一体どう答えればいいのやら。

 私は昔から、目上の人事は敬うようにと教育されていて、歳が自分より上の人に対しては、名前と敬称をつけるようにしている。

 だから、自分より年上で、いつもお世話になっている大人の男性を呼び捨てるというのは……。


(高い……、物凄くハードルが高い!!)


 だけど、アレクさんは物凄く、そう呼んでほしそうだ。

 自分では我儘を言っていると気に病んでいるようだけど、それは我儘ではない気もするし……。

 出来るなら、叶えてあげたい。それでアレクさんが少しでも喜んでくれるなら。


「あ……」


「……」


 頑張れ自分!! ……と、第一声を振り絞った瞬間、今は狼の姿になっているわけでもないのに、アレクさんの頭に獣の耳が見え始めた気がする。ブンブンと嬉しそうに尻尾を振るような幻影も。


「アレク……」


 そこまで口に出来た瞬間、アレクさんの顔に広がる心底嬉しそうな気配……。


「……さん」


「……」


 しょぼーん……。やっぱりハードルが高すぎて、結局「さん」を付けてしまった。

 瞬時にアレクさんの喜びの気配が萎んでいったのがわかる。

 何だろう……、物凄く悪い事をしたんじゃないかという罪悪感が押し寄せてくるのだけど。


「すまなかった……。やはり、過ぎた願いを口にしたようだ」


「ち、違うんです!! あの、私、昔から、目上の人には、敬語と敬称が癖になっていて、なかなか、アレクさんの事を呼び捨てにする勇気が、ですね……。で、でも、練習すれば、きっといつかは……!!」


 両手のひらを拳の形に握って、アレクさんをこれ以上落ち込ませないように正直なところを打ち明けると、ふいに、アレクさんの口許から苦笑が漏れた。

 

「いや、やはり、無理をさせようとした俺が悪かった。ただ、あの男とは違う繋がりが欲しかった、というか、その……。お前を困らせてみたくなった……、のかも、しれない」


「困らせたく……、ですか?」


「どうすれば、あの男のようにお前の心を揺さぶれるのかと。……色々自分なりに考えたが、俺は基本的に、お前を困らせたり、傷付けたくないと思っている」


「は、はい……。それは、有難い事だとは思っていますけど」


「だが、前にも言ったように、俺がお前の事を想っている以上、……それが無理である事は、前にも話したと思う」


 それが、二度目の告白をするようにアレクさんとカインさんが私の部屋で話をしてくれた時の続きなのだと、徐々に気づき始めた。

 アレクさんは、私への想いが強くなるほどに、守りたいと思うのに傷付けてしまうかもしれないと悩んでいた……。

 だけど、あの時よりも、アレクさんの雰囲気が和らいでいるというか……。

 上手くは言えないけれど、少しだけ……彼の様子が変わった気がする。


「さっきのあれも、その第一歩というか……。俺の中で、お前に対して叶えてほしい願いや欲が数えきれないほどある事にも気付いた。恐らく……、今後も、お前を突然困らせてしまう事が……多くなっていくと、思う」


 確かに、敬称なしで年上の人を呼ぶのは難易度が高いけれど、我儘を言われているという気には全然ならなかった。

 むしろ、私を困らせてしまうのではないかという自責の念を抱きながら、それでも、私に名前を、ありのままで呼んでほしいと口にしたアレクさんは、どこか……大人の人なのに、可愛らしく感じられる。

 私がアレクさんに対し、年上の人……お世話になっている人に対しての遠慮があるように、彼もまた、私に対して遠慮があったのだろう。

 私を気遣い、心を傷付けないように、深く思い遣り、自分の願いを押し殺す事が、アレクさんの遠慮なのだ。

 そう気付いた時、ふと……私の口許は優しい感情と共に笑みを刻んでいた。


「アレク……」


 自然と、緊張や年上の人に対する礼儀などが頭の中から消えた瞬間、するりと紡がれた言葉。

 呼ばれたアレクさんが、僅かに目を見開いた後、頬の熱を一気に高めた。


「……」


 無言になり、口許に当てられた右手。

 その様を見つめていた私は、自分が今、口から紡いでしまったそれを自覚し、同じく口許を両手で押さえ、小さく……「さん」と、照れ隠しのように敬称をつけた。

 無意識だったからこそ、音に出来たのだろう。何だか恥ずかしくて、お互いに顔を背けてしまう。


「いやー、初々しいねー。お兄さん、見てて恥ずかしくなっちゃったよー」


「「……」」


 あれ、今なんか……、私達の間、下の方から……誰かの暢気な声が聞こえたような。アレクさんと二人、ゆっくりと……視線を徐々に下へと落としていく。

 すると、……テーブルに頬杖を着き、一人、うんうんと、何かに納得するように微笑んでいる青い髪の……。


「さ、サージェスさん!?」


「あぁ、俺の事は気にしないでいいから、甘い空気を続けてもいいんだよー。サージェスお兄さんは、一人で寂しくケーキでも食べてるから」


「一体いつからだ……」


 騎士職にあるアレクさんでさえ、サージェスさんがいつこの部屋に侵入し、こんなに近くまで寄って来ていたかがわからなかったらしい。

 まだ赤味の残る顔で、ギロリとサージェスさんを睨み下ろすアレクさん。

 私達を気にせず、アレクさんがまだ手を付けていなかったケーキのお皿を引き寄せ、フォークを手にもぐもぐと咀嚼している。

 いつも通りの、暢気で、人の様子を楽しんで茶化してくる気配を醸しつつも、どこかお疲れのご様子……。


「もう……、いるならいるって言ってください。というか、その前に扉をノックしてください」


「ごめんねー。だけど、吃驚させようとして外に回ったら……。絶賛、青春時代劇場が目の前で展開されていたからさー。 君達よりもお兄さんな俺としては、黙って見守ってあげようかと思って」


「なら、そのまま別の場所に行けばいい話だと思うんだが……」


「いやいや、それを、あえて間近で観察して楽しむのが面白いんだよー。うん、相変わらず料理長お手製のケーキは美味しいね。もぐもぐ」


「はぁ……、で、何か用事があって来たんじゃないんですか?」


 色んな意味で、空気をぶち壊す天才だな~……この人、と、溜息と共に頭痛さえ感じかけた私は、ここに来た訪問目的を尋ねた。

 サージェスさんに対しては、勝手に部屋に入ったり、私達の様子を眺めていた事に対する苦情をぶつけても、全部笑顔でかわされてしまうもの。

 なら、本題に移った方が、色々と自分達にも都合が良いと判断する。


「特に何か用があって来たわけじゃないよ。ルイちゃんのお見舞いに行くついでに、ユキちゃんも誘って行こうと思っただけ。まぁ、色々お邪魔しちゃったみたいだけど、ごめんね? 副団長君」


「次からは、入り口の方で正規の手順を踏んでから来てくれると……、有難い」


 務めて冷静にサージェスさんに対する発言をしたアレクさんだけど、……剣の柄に添えられた手が、それを握り締めながらプルプルと震えている。

 多分、顔を赤くしていた事や、一連の様子を見られた事に対する羞恥心のせいかなぁ……。

 私も勿論、まだ気恥ずかしさが胸の中と、頬の熱という状態で残ってはいるのだけど。

 

「じゃあ、皆でルイヴェルさんの部屋に行きましょうか」


 早くこの部屋を出て、隣の部屋にいるレイル君とルイヴェルさんの許に向かいたい。そう……、サージェスさんがさっきの事をネタにして、私達をまたいじってくる前にっ。けれど、サージェスさんとアレクさんを促した直後、隣の部屋からレイル君の焦ったような声音が、大きくこちらへと響いてきた。

アレクとカインは、ユキの心が恋に向くまで待つつもりですが、

だからといって、何もしないわけじゃありません。

というわけで、今回はアレクのターンでした。


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