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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
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ウォルヴァンシア魔術師団の異変

視点はウォルヴァンシア王国のままで進みます。

ウォルヴァンシア国王、レイフィードの視点となります。

 ――Side レイフィード


「……なるほどね。やっぱりエリュセードに現存する力とは異なるものか」


「はい。魔力や瘴気、他の力とも性質を比べてみましたが、明らかに違う存在です」


 寝台のクッションに背を預け、セレスフィーナからの報告を受けていた僕は、提出された報告書に目を通し、彼女の話と合わせて現状を把握していく。

 黒銀の光を纏う力……、ガデルフォーン皇国と表の世界の行き来を邪魔する存在。

 それを無効化する為の方法と、力の正体を探るようにウォルヴァンシア魔術師団には指示を出している。


「現時点では、魔力での干渉が可能である事は判明しております。ですが、最初に私達ウォルヴァンシアの魔術師団、そして、ガデルフォーンのお二人が行った干渉の仕方では、妨害を無効化する事は出来ません。

魔力以外の力と同じく、その力の本質に干渉可能な要素を取り入れる必要があります」


 エリュセードに現存している力であれば、魔術師達も容易く干渉に入れるんだけどね……。今回、妨害に使われている力は、エリュセードに現存しているどれとも違う力。未知の存在を一から読み解く時間と、それに対抗する為の要素を判明させる為に分析をさらに深めていかなくてはならない……。

 

「全てを任せてしまって申し訳ないけれど、引き続き分析を頼むよ」


「御意。……それと陛下。ガデルフォーンに滞在なさっているユキ姫様達の事なのですが……」


 セレスフィーナの、悲しげに曇った表情と暗くなった声音……。

 彼女が言いたい事と、その胸に抱えている不安は、僕や傍にいるユーディス兄上にもわかる。

 本当なら、僕がウォルヴァンシアに戻った時点で、魔術師団や騎士団をガデルフォーンに向かわせる予定だったんだけど、面倒な妨害のせいで地団太を踏まされているわけだ。あちらには、頼りになる子達が揃っているとはいえ、心の底から安堵出来るわけじゃないからね。

 

「セレスフィーナ、君があの子達を案じる気持ちもわかるけれど、あの力の分析と、干渉する為の要素を見つけるまでは、やるべき事に集中した方がいい。大丈夫だよ。あちらには、ディアーネスや心強い子達が多いからね」


 謁見の後、一度僕の私室に一人で現れたガデルフォーン魔術師団の長、ヴェルク殿の話によれば、通信を繋げた際には、皇宮に現れた子供達は魔力で出来た檻に捕えられていたそうだ。

 ディアーネスの方は、『場』に閉じ込められた魔術師団の子達を助けるために向かったらしく、玉座の間での戦闘は終わっていたらしい。

 けれど、ヴェルク殿の口から伝えられた内容の中に、少々気になる部分もあった。


(ルイヴェルが負傷していた、というのは、……今のセレスフィーナには、話さない方が良いだろうね)


 聞けば、玉座の間は半壊以上の状態の上、壁の方には負傷したと思われるルイヴェルがいたらしいからね……。

 双子だからか、もしかしたら、セレスフィーナもルイヴェルの身に起きた異変を察知しているかもしれないけれど、僕がルイヴェルの負傷を伝える事で、彼女の心に必要以上の負担をかけるわけにはいかない。

 僕はセレスフィーナを安心させる為に微笑んでみせると、魔術師団に戻る彼女の背中を見送った。

 そして、入れ替わるように僕の部屋へと駆けこんで来たのは、可愛い我が子、三つ子の三人だ。

 その後ろからは、王宮の二階にある図書館に勤めているアイノスという青年が、苦笑をしながら三つ子達を歩いて追って来ていた。

 濃いダークブラウンの髪に、物腰の穏やかな印象を滲ませる優しい青の瞳の青年だ。多分、仕事中に三つ子達から遊んでとせがまれたんだろうね。

 

「いつもすまないね、アイノス」


「いえ、王子様方と遊ばせて頂くのは楽しいですから。それと、お休み中の陛下が退屈しないようにと、王子様方から本のリクエストがありまして」


 よく見てみれば、アイノスの手には何冊かの本が抱えられており、遊び相手だけでなく、荷物運びにまで駆り出されたらしい事が察せられる。

 それをユーディス兄上が受け取り、僕の寝台傍のサイドテーブルに積み重ねてくれた。童話の本に、冒険モノの本、それから……。うん、完璧に、僕に読んで貰おうと思って持って来たんだろうね。

 

「「「とうさま~、ごほん~」」」


「はいはい。読んであげるから、僕の身体を踏まない所に移動して貰ってもいいかな~」


「「「は~い!!」」」


 小さな身体で寝台へと登って来た三つ子達を足の上からどけると、僕はアイノスが運んで来た本から適当に一冊を手に取り、それを開いた。

 

「レイフィード、負担がかかるようなら、私が三つ子達の相手をしてもいいんだよ?」


「兄上の気遣いは有難く頂戴しておきますけど、読み聞かせぐらいなら大丈夫ですよ」


 手にした本を開き、三つ子達が覗き込んでくるのを眺めながら、僕はその本……、遥か遠い昔、エリュセードを混沌に陥れた『悪しき存在』と戦った民達との物語を音に乗せた。

 この世界の者なら、誰でも知っている遠い過去の出来事……。

 その時代の当事者は、誰一人生きてはいないとされるほどの……、古の時代。

 どこからか現れたその存在達は、圧倒的な力をもって、エリュセードに恐ろしい災厄をもたらした。

 当時、エリュセードで一番栄華を誇っていたイリューヴェル皇国を襲ったその者達は、彼の国を救う為に動いた各国の救援の手を阻む事に成功したものの、結果的には妨害を打ち破られ、あと一歩のところで……、その身を異空間の彼方へと封じ込められた。

 その時代の事を、子供向けに直し挿絵と共に描かれた本は、狙い通り、三つ子達の心を惹き付けているようだ。

 確か前にも読んであげた気がするんだけど、まぁ、子供だから、何度でも読み聞かせをしてほしくなるんだろうね。

 無垢な瞳をキラキラと好奇心に輝かせて、三つ子達は盛り上がっている。


「なにせ、この『悪しき存在』達は、エリュセードの民が持たない力を揮っていたらしくてね。当時、その存在達の中から離反者が出なかったら、多分、今のエリュセードはなかったかもしれないね……」


 絵本を読み終えた僕は、子供達の頭を撫でながら、見知らぬ時代に想いを馳せるように吐息を零した。

 離反者、つまり、その悪しき存在にとっては、裏切者と呼ばれる人物がエリュセード側に寝返った事により、各国からの救援をイリューヴェル皇国に入国させることが出来たんだ。

 こちら側としては、救世主に近い存在だったんだろうね……。

 その功績により、仲間を裏切った離反者たる人物は、唯一人……異空間に封じられる事なく、このエリュセードで生き延びる事を許されたと聞く。

 まぁ、その子孫がいるかどうかは不明だけどね。


「古の時代に起きた、その戦いについては、まだ不明な部分も多いと聞きますからね。王宮図書館にも、色々な解釈の成された本が多いと記憶しています」


 アイノスの言う通り、大まかな流れは変わらないものの、古の時代に起きた戦いの中身については、色々と議論がなされている。

 『悪しき存在』は、エリュセードの外側、瘴気で淀む空間から生まれ出でた種族だとか、別世界からの侵略者だとか、時を経る内に、歪み変化していると言ってもいい。彼らの正体が何なのか、どこから来たのか……、決定的な確証は得られないまま。そして、彼らが行使していた、エリュセードの民が持たなかった力……。

 それを打ち破る為に、離反者がもたらした情報と、事態の打開策。

 『悪しき存在』が揮っていた力の特徴……。

 ――ふいに、何かが頭の片隅に引っかかったように感じた僕は、もう一度絵本のページを逆戻りするように捲り、あるページで動きを止めた。


「……」


「レイフィード? 何か気になる事でもあるのかい?」


「陛下?」


「「「とうさま~?」」」


 そんなわけがない……。いや、あっていい事じゃない。

 動きを止め、小さく指先を震わせている僕を、皆が心配そうに見遣ってくるのを感じながら、そこに書かれた文字を口にする。


「……黒、……銀」


 一致してほしくない。そんな可能性は、あってはならない。

 けれど、僕の中で、もしかしたら……、という危惧が警鐘を激しく打ち鳴らしている。

 セレスフィーナの報告では、分析中の力は『現存していない力』だと証明された。

 今のエリュセードには存在しない力……。

 かつて、エリュセードには古の昔、数多の力がそこかしこに存在していた。

 それが混ざり合い、長い歴史を刻んだ結果……、幾つかの力としてこの世に存在し続ける事になった。

 つまり、『失われた力』や、『過去に存在していた力』までは、分析の過程に含まれていない可能性が高い。

 あくまで、セレスフィーナ達が分析し、照らし合わせた対象は、今この世界に存在している力とだけ……。


「アイノス、悪いんだけど、今すぐにセレスフィーナを呼んで来てくれるかな? 魔術師団の方にいると思うから、出来るだけ急ぐようにと伝えておくれ」


「御意」


 アイノスは事情を深く聞く事はせず、すぐに外へと姿を消した。

 あの子も元はウォルヴァンシア騎士団の騎士だったから、僕が感じている危惧を瞬時に悟る事が出来たはずだ。

 

「レイフィード、まさかとは思うが……」


 本へと視線を落としたユーディス兄上が、その美しい面差しに険しさを宿す。

 

「まだ、予想の段階でしかないですけどね……。恐らく、魔術師団の子達も、それが今、この世界に現存しているという可能性は、無意識に排除していると思います……」


 もし僕の推測が当たっていれば、ウォルヴァンシアやガデルフォーンだけの問題では済まない。

 僕はユーディス兄上に通信用の腕輪を取って貰うと、それを腕に装着し、ある人物へと通信を繋げた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――ウォルヴァンシア王宮・魔術師団本部に至る回廊。


 ある人物との通信を終えた僕は、アイノスに呼び出して貰ったセレスフィーナに二度手間を掛けさせてしまう事を謝ると、三つ子達をメイドに預け、ユーディス兄上達と四人ですぐに魔術師団へと向かう為、転移の陣を発動させた。

 僕の立てた推測は、道を急ぎながらセレスフィーナに説明してある。

 万が一、エリュセードとガデルフォーンの行き来を邪魔している力の存在が、古の時代に存在したものと同じであれば、早く対処をしないと不味い事になってしまう。

 転移を終え、魔術師団への入り口である回廊の前に到着した僕達は、その瞬間、――魔術師団の内部から凄まじい爆音が生じるのを目にした。

 すぐにセレスフィーナが僕達の身を守る為の結界を張り巡らせ、襲い来る爆風を退けると、濃く立ち込める煙と炎の波の向こうを睨み据える。


「一体……、何が起こっているの」


 何もかもが、煙と炎のベールによって覆われ、中で何が起こっているのかを確認出来ない。

 魔術師団の中には、多くの術者の子達や、ヴェルク殿やシルヴェスト殿もいるというのに……。

 

「レイフィード陛下、お下がりください。あとは、俺とセレスフィーナにお任せを」


 セレスフィーナの横に立ったアイノスが、短く詠唱を紡ぎ、自分の目の前に契約魔獣である青色の狼を呼び出すと、その雄々しい咆哮と共に、魔術師団の中へと駆けこませて行く。

 その姿を見送りながら、アイノスが二度目の詠唱を音に乗せ完了させた直後、魔術師団を包み込んでいた炎が急速に一点へと向かうかのように収束し、僕達の目の前から消え去って行った。

 

「あとは、この煙ですね……」


 鎮まった炎を目にしながら、セレスフィーナが結界を維持したまま、僕達の視界を邪魔する煙へと詠唱を向け、突風を起こし、煙を跡形もなく消し去った。

 炎と煙はどうにかなったけれど……、魔術師団の中から感じるこの禍々しい気配は、消える事なく、その強い自己主張とも言える存在感を漂わせてくる。


「陛下、中の様子を見て参ります。どうかここでお待ちを」


「いや、僕も行くよ。この中から感じる気配は……、君一人に任せておいていいものじゃないからね」


「ですが……」


「大丈夫大丈夫。危なくなったらユーディス兄上達の後ろに隠れておくし、それに……、僕の領域で好き勝手をされるのは、正直気に入らないからね……」


 僕の身を案じてくれるのは嬉しいけれど、魔術師団の中から感じる気配は、決して油断出来るような存在じゃない。

 息苦しささえ覚えるようなこの重苦しさ……。

 セレスフィーナには茶化すように言ったものの、ここにいても意味はない気がするんだよね。

 もしここで、彼女一人を中に向かわせたら……それこそ、『見殺し』になる危険性が高まる。

 その事をユーディス兄上も感じているようで、僕が同行すると言った事に対し、何も口を挟む事はなかった。


「さぁ、急ぐよ。中にいる子達を助けてあげないとね」


「……御意」


「では陛下。騎士団への伝達は俺にお任せください。ルディー団長の方に状況を報告し、すぐに魔術師団の対処にあたって貰います」


 アイノスが僕達へと一礼し、踵を返して騎士団の方へ向かって行く。

 精神に負ったダメージは、もうほとんど回復していると言ってもいい。

 この分なら、セレスフィーナ達の足手纏いにはならずに済むだろう。

 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――ウォルヴァンシア王宮・魔術師団内部


「これはまた……、容赦なく暴れてくれたようだね」


 幸いな事に、入り口は塞がれていなくて助かったけれど、辺りには瓦礫が無造作に散らばっている。

 結界を張り、何とか被害を免れた者もいるけれど、大半は傷を負い、炎と煙の影響で動けなくなってしまっているようだ。

 僕達はその惨状を目の当たりにしながら、奥へ奥へと……禍々しい気配の許へと近付いて行く。

 魔術師団の石壁で覆われた通路を抜け辿り着いたのは、巨大な円形を描く空間……。

 普段は魔術師達が大規模の術を行使し、その効力を試す為に結界が張られた場所だけど、真ん中に……、歓迎したくない客がいるようだ。

 ガデルフォーン魔術師団のヴェルク殿とシルヴェスト殿が間合いを取り、緊迫した様子で見つめているその相手……。

 葉巻を口に銜え、顎に不精髭を生やしている男……。

 人間でいえば恐らく、四十代前半といった外見をしている男が、瘴気と、黒銀の光を同時に纏いながら、口許に笑みを浮かべている。


「嫌だなぁ……。そういうわかりやすい表情されると、流石の俺でも傷付くよ?」


「何ですか、このぐーたら男の代表みたいな男は……。自分が何をやったか、全然わかっていないようですね……」


 シルヴェスト殿が眉を顰め、苛立つ思いを言葉に滲ませている状況とその内容から察するに、この事態を引き起こしたのは、あの不精髭の男で間違いないんだろうね……。

 

「ガデルフォーンとウォルヴァンシアを隔てる力って、結構労力がかかってるんだよ。だから、そう簡単に突破されると困るわけだ。……ごめんね?」


 シルヴェスト殿達と合流した僕達全員を男は見回し、全く悪気のない声音で謝罪を口にすると、場に瘴気の靄を充満させるように浸食し、低く喉奥で笑うように声を漏らした。

 ガデルフォーンでも、瘴気の闇に視界を埋め尽くされたものだけど……、これはあの時とはどこか違うように感じられる。

 瘴気である事に間違いはないけれど……、効力が弱い。


「セレスフィーナ、出来るかい?」


「はい。この程度でしたら、すぐにでも……」


 瘴気を浄化する詠唱を紡ぎ、一瞬にしてその靄を払ったセレスフィーナが、「やっぱり……」と、僕と同じ考えを抱いたように呟いた。

 

「今私が払った瘴気は、いわば……、残滓だと思われます」


 その言葉に、不精髭の男の目に冷たい気配が浮かんでいく。


「元々、残り少なかった瘴気の余り物……。正確に言えば、目の前の男自体も……、残滓だと考えられます」


 セレスフィーナが男を見据え、毅然とそう言い放つ。

 すると、不精髭の男はパンパンと軽く手を叩き、暗い微笑で彼女を視界に映した。


「やっぱわかっちゃうよねぇ……。さっき、この施設を壊すのに力を回しちゃったから、正直こっちも限界なんだよ。人が睡眠時間を削って張り終えた存在だからね……。努力をふいにされるのはちょっとね」


 つまり、目の前のこの男は、エリュセードとガデルフォーンの行き来を阻んでいる力の一部が創り出した存在……。

 いや、もしかしたら、本体が遠くから意識だけを飛ばしている可能性もある、かな。何にせよ、分析途中の力が爆発を起こし、魔術師団をこんな有様にしたのは間違いないだろう。

 分析を完了させられないように、自分達が行使している力を……理解し、把握されない為に。


「でもね、瘴気の方は残りカスしかなかったけど、こっちの力の方は、まだ有効利用出来そうなんだよね~……」


 男の身を覆う黒銀の光、それが一瞬にして男の身を一頭の獣へと変じさせていく。

 黒銀に揺らめく炎のような大きな体躯……、巨大な獣と化した男は、獰猛な唸り声と共に僕達へと襲い掛かった。


「不味いね……。こんな所で暴れられたら、いつ通路を塞がれるかわからない」


 それに、ここにはまだ怪我人が多く残っている。

 あんな巨大仕様の獣に暴れられたら、せっかく繋ぎ止めた命をまた危険に晒す事になる。男が行使し、その身を獣へと変えたそれが、古の時代に存在したものと同じであった場合、普通のやり方では倒す事が出来ないはずだ。

 巨体の頭を周囲の壁にぶつけながら咆哮を上げる黒銀の獣をどうやって止めるべきか、その場にいた全員が息を呑み、打開策を巡らせている最中……。


『グワァァァアアアア!!』


 黒銀の獣が突然悲鳴を上げるかのように苦痛を伴った咆哮を響かせたかと思うと、その体躯にしっかりと突き刺さった光の槍を見た。

 それだけじゃない。円形状に構成されたこの空間の真上、硝子張りの天井部分が全て耳を裂くかのような音を響かせ砕けたかと思うと、無数の光の槍の嵐が黒銀の獣目掛けて飛来した。

 槍が獣の巨体を無数の針の山の如く蹂躙していく……。


 ――ドォオオオオオオン!!


 獣の巨体が地に倒れ、光の槍が消えるのと同時に、その体躯も最初からなかったかのように霧散した……。

 今のは一体……。動きを止め、黒銀の獣が消滅する瞬間を目にした者達は、状況が読めずに視線を戸惑いがちに交し合う。

 

「ユーディス兄上、……この魔力の気配は」


「どうやら、タイミング良く……、帰って来てくれたようだね」


 僕とユーディス兄上が上を見上げると、天高いその場所から、銀色の毛並みを抱く一頭の狼が飛び降りてくる所だった。

 しなやかな動作で着地を成した狼は、やがて光に包み込まれると、―― 二十代半ばほどの、一人の男性へと姿を変えた。


「帰還が遅くなり、大変申し訳ありません。レイフィード陛下、ユーディス殿下」


 感情の揺らぎも、喜怒哀楽すらも滲まないかのように感じられるその声音。

 一見して冷たくも感じられるけれど、彼がとても思い遣りの深い人物だという事を、僕達は昔から知っている。

 片膝を地に着け、頭を垂れている彼の名は――。

次回はガデルフォーンの幸希へと視点を戻します。

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