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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
205/261

ウォルヴァンシアの地にて

前半はウォルヴァンシア国王、レイフィードの視点。

後半はウォルヴァンシア騎士団長ルディーの視点となります。

※前半はウォルヴァンシア国王、レイフィードの視点。

 後半はウォルヴァンシア騎士団長ルディーの視点となります。


 ――Side レイフィード



「レイフィード陛下、失礼いたします。先ほど、事前に受けた報せ通り、ガデルフォーン魔術師団の御二人が到着されました」


「報告有難う、セレスフィーナ。すぐ用意をして僕も向かうから、二人には玉座の間に向かうように伝えてくれるかな」


 自分の身体に戻っていた僕は、寝台に上半身を起こした状態で、報告に訪れてくれたセレスフィーナと向かい合っていた。

 寝台の傍には、僕が仮の器に在る時に受けた精神の傷を癒す為の術を使ってくれているユーディス兄上がいる。

 咎めるような視線が痛いねぇ……。まぁ、僕の自業自得なんだけど、大好きな兄上に睨まれるのは少々居た堪れないよ。


「あの……、ユーディス兄上。行っても、……良い、ですよね?」


 ガデルフォーンで瘴気の闇を払う為に使った力は、仮の器の強度を越えるものだった。そのせいで、僕は仮の器を失い、ウォルヴァンシアの地で眠る自分の身体に戻る羽目になったわけだけど……。

 本体は無事でも、精神の方にダメージを負ってしまったからね。

 それを癒す為の術を受けながら、こうやって寝台の主としてユーディス兄上に延々とお説教を受けていたというわけだ。

 本当はまだ寝てなきゃいけないのはわかってるし、ユーディス兄上や皆に心配をかける事もしたくない。

 だけど、ガデルフォーンで起きている異変と、到着したガデルフォーンの魔術師団を束ねる二人との謁見は、優先させなきゃいけない大事な事だ。

 そう思って、遠慮がちにだけどユーディス兄上に尋ねてみた僕は……。

 

「……」


 ――怖い!! 思いきり怖い目をしているユーディス兄上を直視してしまったよ!!

 仮の器を使ってガデルフォーンに行った事だけでも怒っていたのに、ダメージを負って戻って来た事に対する怒りも蓄積されている上、また無理をしようとする僕に対しての怒りが上乗せ状態だとまるわかりだよ!!

 いや、悪いのは全部僕だけども!!

 だけど、結果的に僕がガデルフォーンに行ったのは正解だと思うんだよね~……。

 あっちの状況は把握出来てるし、すでに各国への使者も出してある。

 一から状況を理解するよりはマシじゃないかな~……、という思いを込めてユーディス兄上を見つめてみるけど、やっぱり怒ってるよ!!

 

「ユーディス兄上……、指示を出し終えたら、すぐ……、戻りますから」


「……その言葉に、嘘はないだろうね?」


「勿論ですとも!! ユーディス兄上の可愛い弟は、嘘なんか吐きませんよ~!! ガデルフォーン魔術師団の二人と、こっちの魔術師団に指示を出し終えたら、マッハで寝台に戻ります!! そして、ユーディス兄上の看病を受けますから!!」


 ユーディス兄上ってば、僕に国王としての威厳がどうだこうだと言う癖に、どこか過保護なんだもんなぁ……。

 精神に負ったダメージも回復してるし、多少無理をしても大丈夫だと思うんだけど。……まぁ、立場が逆だったら、僕もユーディス兄上を寝台に留めようとしたかもしれないけどね。

 

「セレスフィーナ、ガデルフォーン魔術師団の者達を玉座の間に。レイフィードの事は、私が支えて謁見の場に立ち会おう」


「は、はい」


 セレスフィーナが急いで僕の私室を後にすると、謁見の為の準備をユーディス兄上に手伝って貰い、僕はその手を借りて玉座の間へと向かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「突然の訪問と、謁見……、お許し頂き深く感謝いたします。狼王族を束ねし、ウォルヴァンシアの国王、レイフィード・ウォルヴァンシア陛下」


 黒髪の男性、ガデルフォーン魔術師団、団長……ヴェルク殿は、ガデルフォーンの先代にあたる皇帝の歳の離れた弟の子息、つまり、甥にあたる人物でもある。

 ただし、本人は自分の父親と同じく、皇族としての立場を放棄しているから、継承権は持っていないんだけどね。

 僕と兄上に対し礼をとるその背後には、副団長であるシルヴェスト殿が控えている。ガデルフォーン魔術師団を率いる二人は、所用があって国外に出ていたらしいという話は、僕が仮の器に入っている時に、ディアーネスから聞いてはいたけれど……。

 

「ウチの魔術師団の方からも、ガデルフォーンへの道は何らかの力によって妨害されている、……と、そう聞いてはいたけれど、君達でも入る事が出来なかったとはね」


 僕が本体に戻り、自国の魔術師団と騎士団に命じ、向こうに戦力を送る為の指示を出した所、転移の陣を発動させても、何らかの力が妨害作用を起こし、ガデルフォーン皇国に入れなかったという報告を受けている。

 それについて調査を命じた矢先に、彼ら二人からの連絡が入ったというわけだ。

 

「ガデルフォーン皇国、第一皇子、ラシュディース・ガデルフォーン殿下の指示に従い、我らの帰還を阻む謎の力の一部を、ウォルヴァンシアにて分析頂きたく、レイフィード陛下への謁見をお願いさせて頂きました……」


 二人は謎の力に干渉しようとした為か、纏っている衣服のあちらこちらに裂け目が見えていた。エリュセードの表の世界と、ガデルフォーンの間を阻む……、謎の力。

 黒銀の光を纏うそれを、ヴェルク殿が空間の歪みから出現させ、僕達へと晒す。

 

「目にしているだけでも……、具合が悪くなりそうな力の気配だね」


 片鱗でしかない力だというのに、その場に居合わせた僕とユーディス兄上、そして、セレスフィーナも、その禍々しい気配に眉を顰めた。

 魔力でもない、瘴気でもない、異質な存在……。


「陛下に申し上げます。ヴェルク様とシルヴェスト様がお持ちくださった、そのサンプル……。こちらで採取したものよりも、遥かに濃度が高いものとお見受けいたします。それを分析にまわせば、ほどなく結果は出るかと……」


「そうでなくては困りますよ。どうせ調べるなら一番役立ちそうな部分をと、私と団長で苦労して採取したのですからね」


 今まで黙って団長であるヴェルク殿の背後で控えていた副団長のシルヴェスト殿が、セレスフィーナをちらりと見遣り、少々棘のある言い方を向けた。

 ヴェルク殿も、シルヴェスト殿も、ある程度の苦労をして、謎の力の一部を採取して来てくれたのだろうけど、……ちょ~っと、苛々してる感じがするね。

 見てごらんよ。いつも温厚で礼儀正しいセレスフィーナがカチンときたように、苦笑しつつ口許を引き攣らせているよ。


「あ、有難く……、分析に使わせて頂きます。ヴェルク様、……シルヴェスト、様」


 あ~あぁ……。シルヴェスト殿の部分だけ、怨念が籠ったかのような気配が。

 初対面というわけではないけれど、セレスフィーナはシルヴェスト殿とあまり気が合わないみたいだからねぇ……。

 女帝であるディアーネスを敬愛しているシルヴェスト殿は、今自国に戻れないせいで非常に不機嫌だ。

 それをそのまま、セレスフィーナに向けているものだから……。


「分析には、私と団長も協力して差し上げますから、早々に結果を出してください」


「それは、光栄すぎる申し出を有難うございます……。 ウォルヴァンシア魔術師団を率いる団長が不在の為、副団長である私からお礼を述べさせて頂きますわ……」


 ……怒ってるね。確実に。

 売られた喧嘩は買うぞとばかりに、セレスフィーナらしくない怖い笑みが浮かんでいるよ。

 シルヴェスト殿とセレスフィーナの見つめ合う視線は火花を通り越して、一種の大爆発でも起きそうな気配が漂っているよ。

 それを、団長であるヴェルク殿が溜息交じりに「また始まったな……」と、小さく呟いているのを、僕とユーディス兄上は見逃さなかった。


「こほん……。セレスフィーナ、二人をウォルヴァンシア魔術師団まで案内してあげてくれるかな?」


「……御意。確かに仰せつかりました」


「言っておくけど……、事は急を要するからね? 喧嘩は駄目だよ? 売られても買っちゃ駄目だよ?」


 一応念を込めて言い含めてみるけれど、……多分、無駄だろうなぁ。

 セレスフィーナは僕の言葉に頷いてくれたものの、再び視線をシルヴェスト殿に向け、周囲の者達が悪寒を走らせるような黒い笑いを互いに零し合っているよ。

 確か、シルヴェスト殿の方がセレスフィーナより年上なんだけど、この二人は顔を合わせる度に毒の吐き合いをしてしまうんだよねぇ。

 今はまだ、表面上の礼儀を優先させているようだけど、シルヴェスト殿がセレスフィーナを煽る毒ばかり吐くせいで、恐らくウォルヴァンシア魔術師団に辿り着く頃には、凄い舌戦が繰り広げられている事だろうな~……。


「それではこちらへ。くれぐれも迷子になられぬよう、お気を付けくださいね? ヴェルク様、……と、シルヴェスト、様?」


「以前にも来た事があるんですから、迷うわけがないでしょう。それよりも、団長不在のウォルヴァンシア魔術師団を率いるのは貴女なんですから、せいぜい、統率を崩さぬように努力して頂けますか?」


「……ほほほほっ、言われるまでもありませんわ」


「シルヴェスト、この緊急事態に、セレスフィーナ殿をからかって遊ぶんじゃない……。はぁ……、レイフィード陛下、ユーディス殿下、失礼いたします」


 ヴェルク殿に諫められながら玉座の間を出て行く三人を見送り終った僕は、ユーディス兄上と共に額を押さえた。

 セレスフィーナとシルヴェスト殿の相性の悪さ、あれ……どうにかならないのかな。

 彼女はガデルフォーンの地を踏んだ事はないけれど、その国の魔術師団副団長であるシルヴェスト殿とは何度か面識がある。

 もう初対面の時から相性最悪だと、話には聞いているけれど……。

 多分あれ、……シルヴェスト殿の愛情表現の一種じゃないかな~って思うんだよね。 

 ウチのルイヴェルも愛情表現がどこか間違っているけれど、それをさらに悪くした感じだ。

 

「レイフィード、あとの事は私達に任せておきなさい。時が訪れるまでは、お前には休養が必要だからね」


「じゃあ兄上。僕はゆっくり休んでおくので、セレスフィーナとシルヴェスト殿の喧嘩の仲裁をお願いしてもいいですか? あの子達、目を放すと何かやらかしそうで……、怖いんですよ」


「二人共、互いの国で魔術師団を率いる身だ。今回の件をちゃんと理解していれば、それほど大事にはならないと、私は思うけどね」


「そうである事を、祈りたいものですけどね……」


 謁見を終え、私室へと戻った僕は、眠っている間やってほしい事をユーディス兄上に託し、どこからか聞こえてくる爆音を耳にしながら眠りに就いた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side ルディー


「ん?」


 ガデルフォーンに向かう騎士の編成と、投入する人員の調整をしていた俺は、回廊の辺りで立ち止まった。

 回廊の向こう側から競歩でもやっているかの如き勢いで迫って来る影……。

 銀と金の色を纏う二人が、それを風に遊ばせながら舌戦を繰り広げ近付いてくる。


「セレスフィーナ……、と、あれは……、ガデルフォーンの奴だっけか?」


 書類の束を抱えている俺の目の前を、嵐のような勢いで通り過ぎていく二人……。

 声をかける事すら出来ない隙の無さ……。

 向かった先は、ウォルヴァンシア魔術師団の施設が在る方向。

 そして、その二人を追いかけるように溜息を吐きながらこっちにやって来たのは……。


「はぁ……」


「えーと……、ヴェルクさん、久しぶり~……。何か、……すげー疲れてるみたいだけど、あの二人のせいか?」


 そう声をかけた俺に気付き、ガデルフォーン魔術師団の長であるヴェルクさんは、俺の前で立ち止まると、重々しい溜息を零して頷いた。

 俺にとっては、親戚筋にあたるわけだが、その苦労の滲んだ様を見ていると、どことなく、あぁ、間違いなく血が繋がってるな~と思わずにはいられない。

 俺も結構団員や知り合いに振り回される事多いしなぁ。


「ルディーか……。久しぶりだな。元気そうで、何よりだ……」


「そういうヴェルクさんは、全然元気そうじゃね~な……」


「ふぅ……、あの二人が顔を合わせる度に俺の胃を痛めてくれるからな」


 あの二人とは、言うまでもないが、ウチの王宮医師セレスフィーナと、ガデルフォーンの魔術師団副団長、シルヴェストの事だろう。

 ヴェルクと一緒にウォルヴァンシアに訪れる事があるシルヴェストとセレスフィーナは、あの競歩と舌戦の光景を見てわかる通り、相性最悪の二人だ。

 そして、それに振り回される羽目になるのが、目の前でまた溜息を零したヴェルクさんである。


「ガデルフォーンに帰らなくて大丈夫なのか? 今、結構大変なんだろ?」


 俺もガデルフォーンの異変を聞いたのは、ほんの少し前の事だが、今あっちでは色々と大変な事が起こっているらしい。

 その為、レイフィード陛下から命が下り、俺も騎士団の調整をしていたというわけだ。

 だから、何故ここにガデルフォーン魔術師団の長がいるのか、疑問混じりの声を発してしまった。


「あ~……、もしかして、自国に戻る前に妨害が入って、こっちに助けを求めてきた口、か?」


「あぁ……、情けない事に、な。ガデルフォーンとエリュセードの行き来を阻んでいる力のサンプルを採取出来た為、それをこれからウォルヴァンシアの魔術師団に持って行くところだ」


「なるほどな~。それで、セレスフィーナが関わる必要が出たわけだ」


 セレスフィーナはウォルヴァンシアの王宮医師という立場の他に、魔術師団の副団長も務めている。

 王宮医師としての時間、魔術師団の副団長としての時間。

 それを上手く使い分けているわけだが、生憎と今は団長が不在。

 シルヴェストと嫌でも顔を合わせ、対応しなければならない……。

 その心中を思うと、同情せずにはいられなくなるが、これも仕事だしな。

 

「頑張れよ、セレスフィーナ……」


 双子の弟が傍にいれば、毒を吐く嫌味な眼鏡こと、ガデルフォーン魔術師団副団長のシルヴェストの相手をする必要もなかっただろうに……。

 今回は一から十までシルヴェストの相手をしなくてはならないようだ。


「シルヴェストは、セレスフィーナ殿を気に入っているからな……。あれを愛情表現の一種だと受け止めて諦めてくれれば……、少しは楽になれると思うが」


「いや、あんな愛情表現を受け止めろって、どんな拷問だよ、それ」


 顔を合わせる度に、上から目線で毒を吐かれる愛情表現なんて、余程の物好きでもない限り、受け付けないだろう。

 漆黒の髪を掻き上げ、回廊の柱へと背中を預けたヴェルクさんにツッコミを返すと、「確かに、そうだな……」と苦笑が向けられた。

 

「アンタも苦労してるんだなぁ……」


「それはお前もだろう? ルディー。騎士団長職という職にある以上、仕事も多く、下の人間関係にも気を配らなくてはならない。……顔に疲労の気配が滲んでいるぞ」


「ははっ、まぁ、確かになぁ。ようやく騎士団の仕事も落ち着いて来たし、休みも取れそう……だったんだけど。ガデルフォーンの件が終わるまでは、お預けかな」


 それに、ガデルフォーンには姫ちゃん達がいる。

 無事を確認するまでは、この心に淀む不安も晴れねーし、油断は出来ない。

 

「お前にも世話をかけるな……。そういえば、今ガデルフォーンには、ラシュディース様が戻っているようだぞ?」


「あ~、親父ね。親父は神出鬼没だから別にそこにいても驚かねーけど、皇子辞めてるくせに、皇家かぞくとは縁が切れない性質たちよなぁ、本当……」


「立場を切り捨てられても、家族としての情は消えないからな……」


 俺の親父、ラシュディースは、遠い昔に次期皇帝座の座を放棄している。

 皇帝になる未来よりも、俺の母親と添い遂げる事を選んだ物好きな男だが、情が深いせいか、時折ガデルフォーンに戻っては、家族の様子を見に行っていた。

 その親父が、故郷に起きている異変を見て見ぬふりをするわけが……、ないよなぁ。


「親父らしいな……。と、そろそろ行った方がいいんじゃないか? アンタが行ってやらないと、セレスフィーナがシルヴェストの毒で爆発しちまう」


「そうだな……」


 同情はするが、セレスフィーナとシルヴェストの言い合いを止める役目は、ヴェルクさんに丸投げするしかない。

 俺はその背中を魔術師団の方へ向かって送り出すと、騎士団の方を目指して走り始めた。それぞれが、自分の役割を果たすべき場所へと向かって……。

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