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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~
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囚われし者達と嘲笑

 それぞれの武器を檻へと構え、取り囲み鋭い殺気を纏い始めた皆さんの姿に、私は緊張を呑み込むように喉を嚥下させた。

 ディアーネスさんの力によって意識を失っていたはずの子供達とカインさんの偽物……。本当に……、もう目覚めているというの?


「途中から起きてたよねー、この子達……。得体の知れない力を操るって言っても、流石に『宝玉』の力には敵わなかったでしょ? 傷を癒す為に時間稼ぎをしていたのかもしれないけど、普通の傷とは違うからね」


「『宝玉』の力は、エリュセードの神々が初代皇帝陛下に下賜された神秘の存在。それを行使した陛下の攻撃を受けては、傷の治りも遅い事でしょう」


 まだ反応を示さない三人を物憂げに見つめながら、シュディエーラさんは優しげな気配を掻き消し、冷たい響きを言葉に纏う。

 私以外の全員と言ってもいいかもしれない……。

 敵という認識を抱く三人に対し、硬質な気配を滲ませる皆さんの視線も、見ているのが怖くなるくらいに苛烈とも言える気配を湛えている。


 ――……。


 その時、不気味な静寂が場を満たしたかと思うと、三人を捕えている檻の光が黒銀の光に呑まれ始め、同時に、人の心に不安を沁み込ませるかのような気配と共に、瘴気まで溢れ出した。

 アレクさんが私とルイヴェルさん、そしてレイル君を庇い、前に出る。

 カインさんも竜手を構え、檻を取り囲んでいた皆さんの表情も険しさを増す。


「これ……、檻の中からじゃないね」


 サージェスさんが即座に剣を鞘に納め、短く詠唱を紡ぐと、彼の周りに氷の刃が現れ、玉座の間に立ち並ぶ大きな柱のひとつに向かって、それを鋭い勢いをもって放った。

 氷の刃は柱にぶつかるよりも手前の辺りで、何かにぶつかったかのように動きを止め、次の瞬間にはジュワリと音を立てて、全て蒸発してしまう。

 そして……、空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、外で轟いている雷鳴の光と轟音を受け、そこに一人の男性の姿が浮かび上がった……。

 白いシャツをだらしなく着こなし、顎に不精髭を生やし、笑みを浮かべているのに、その瞳だけには何の温もりも感じられないあの男性は……。


「あの時の……」


「ユキ……、お前がラナレディアの町で出会った男というのは……、アイツ、だろう」


「はい……。間違いありません」


 ルイヴェルさんからの確認に、私は確かな頷きを向ける。

 マリディヴィアンナを迎えに来た四十代前半程に見えた男性……。

 ラナレディアで出会ったあの人で間違いはない。だけど……あの冷たい底冷えするような無情を感じさせる気配は何だろう。

 マリディヴィアンナを迎えに来た時、あの男性は確かに優しさを感じさせる気配を漂わせていたのに。

 その全てが嘘であったかのように、あの人を見ている私の心には不安と恐怖だけが大きく増殖し広がっていくかのようだ。


「ウチの子供達がお世話になったみたいだねぇ。ちょぉーっと目を離すと、嬉々として悪戯をしちゃう子達だから、ごめんね?」


「……君、この子達の保護者で良いのかなー? 子供の躾は早い内にやっとかないと、本当に……大迷惑するんだよ?」


「保護者、ねぇ……。見た目的にはそう見えるかもしれないけど、一応言っとこうかな。俺よりも年長さんなのは、そっちの男の子だからね。まぁ、精神年齢で言うと、俺がお父さんポジションっぽくなってるけど」


 温もりを感じさせない笑い声でそう答えると、不精髭の男性は私達の前へと降り立ち、檻に向かって歩み寄ってきた。

 懐から葉巻を取り出し口に咥えると、指先に灯った小さな炎を近付ける。


「ふぅ……。ひと仕事終えたしね。そろそろその子達を引き取っておいとまさせて貰うとするよ」


 不精髭の男性が指先をパチンと鳴らした直後、玉座の間に生じていた瘴気の濃さが増し、私は息苦しさに胸を押さえた。

 これは……、レイフィード叔父さんが払ってくれた時よりも……。

 ずるりと身体から力が抜け落ちそうになると、ふいに……呼吸が楽になった。

 瘴気の靄は依然として浸食を強めているのにどうして……。

 その時私は、自分の身体の輪郭をなぞるように、緑銀の光が生じている事に気付いた。

 

「外に逃がしてやりたいところだが……、今はそうも言っていられないからな。……暫くはそれで我慢していろ」


「ルイ、ユキを助けてくれた事には礼を言うが……、あまり魔力を使うな。今のお前は、大量出血後の瀕死も同然なんだ。これが人間の身だったら……確実に死んでもおかしくない状態だと、わかっているだろう?」


「お前と違い、俺は医者なんでな。自分の身がどのような状態にあるかは把握出来ている。その上で、まだ術を使っても問題はないと判断し行使したまでだ。それと、お前が過保護を発揮するのはユキ相手だけにしておけ。俺には不要だからな」


「ルイ……、俺は本気で心配しているんだぞ」


 茶化すような仕草と言動でアレクさんからの注意をひらりとかわしたルイヴェルさんだったけれど、その後に眉根を顰め腰に手をあてたルイヴェルさんの様子を見る限り、傷口が塞がってはいても、痛みは絶えずそこにあるのだろう。 

 あの時、私の手の中には、間違いなくルイヴェルさんの肉を抉った感触がしっかりと伝わってきた。

 そして、カインさんの偽物が傷口を広げるように深く抉り刺した時の感触……。

 今でも……、生々しいその音と感覚は私の中にこびりついている。

 

「ルイヴェルさん、アレクさんの言う通りです。どうか、これ以上の無理はしないでください……。でないと」


 もし、ルイヴェルさんの命の灯火が消え去る事があれば、双子の姉であるセレスフィーナさんに、私はなんと言って謝ればいいの……。

 今にも泣き出してしまいそうな震える声でそう訴えると、ルイヴェルさんは小さな吐息と共に、私の頭へと左手を乗せた。


「まだ気にしているのか、お前は……。大丈夫だと、……そう言っているだろう。それに、正直お前に使った術で打ち止めだ。あとは……、サージェス達に全て任せる。だから……、もう泣くな」


「泣いて……、ない、です。でも、本当に……約束ですからね? もう術は使わないでください。全部終わったら、すぐに別室に運びますから」


「わかった……」


 黒い靄で充満していく玉座の間の中、私は頭の上から外された左手を強く握り締めると、もう何も見えない視界を感じながら、ごくりと喉を鳴らした。

 あの不精髭の男性が生じさせている黒い靄、瘴気に巻かれながら、他の皆さんはどうしているのだろうか……。

 

「あれまぁ、相当強固な檻だね、これ……。俺一人じゃ骨が折れる仕事だけど……さて、どうしよっかねぇ」


「……ぼやいてないで、早く僕達をここから出してよ」


 不精髭の男性のものと思われる声が響いたかと思うと、それに応えるように……檻の中で囚われていた少年の声が確かな意思をもって私の耳に届いた。

 やっぱり……、意識があったんだ。それも、起きたばかりの不確かな声じゃなくて、明確なしっかりとした意識を宿した声音……。

 ルイヴェルさん達の予想通り、檻の中にいる三人は意識を取り戻してそこに在るのだと、私は改めて実感させられた。

 だけど、こんなに視界が悪いと……、サージェスさん達は戦い難いはず。

 

「ほ~んと、忌々しい女帝とお兄様達ですわね~……。私達が仕掛けたお遊びも……、結局死人なしで終わってしまいましたし、はぁ~……、つまらないですわ」


「まぁそう言うなよ。失敗したなら、次の遊びを考えれば良い。失敗したものよりも、さらに面白い大きな遊びをな」


 この声は誰……? マリディヴィアンナの可愛らしい声の後に続いた、まだ聞いた事のない男性の声を捉えたかと思うと、……何か、硬い物に亀裂が入るかのような、不吉な音が聞こえた。

 まさか……、ラシュディースさんとシュディエーラさんが構築した、あの檻を……。

 

「悪いけど、その中の子達を連れて行かれると、あとで陛下にお仕置きされちゃうからね」


 闇の中、白銀の光が舞うように煌めいたかと思うと、檻から飛び退く不精髭の男性と、剣を構え鋭く斬り込むサージェスさんの姿が見えた。

 男のだらしなく着崩されているシャツが剣先によって引き裂かれると、その肌に薄らと真っ赤な血が滲む……。

 

「あ~あぁ、酷い事をしてくれるもんだねぇ」


 不精髭の男は傷を負っても動じる事はない。

 サージェスさんから向けられる二撃目に頬の皮膚を擦り裂かれると、距離をとるように後ろへ飛び退き、指先で葉巻をくるくると弄び、ニタリと……嫌な嘲笑を浮かべる。


「自分達がやってる事の方が、何百倍も酷いって自覚がいないのは何なんだろうねー」


「悪人というものは、大抵そういう無自覚な方が多いのではありませんかね」


 白銀を纏う剣を払ったサージェスさんと、表面上は苦笑している風のシュディエーラさんの声が響き、その姿が両の手のひらから生まれた光に照らし出され、他の場所からも同じように光が灯り始めた。

 その光は持ち主の手を離れ、丁度檻の真上に集結すると、玉座の間を強い閃光で包み、硝子が砕けるような音を響かせる。

 光の波が視界を埋め尽くす様を目の当たりにした私は、腕で自分の視界を覆い、ぎゅっと固く瞼を閉じた。

 

 ―……。


「これは参ったね……。瘴気の闇を晴らされてしまうとは」


「真っ暗闇じゃ、流石に動きにくい事この上ないからね……。 さぁ、視界もクリアになった事だし、――君も檻の中に御招待するよ」


 剣を構え直したサージェスさんが不精髭の男性に攻撃を仕掛ける一方で、他の皆さんは檻に生じた亀裂を修復するように術を詠唱し始める。

 けれど、中にいる三人の表情には不穏の笑みが宿り、深まるばかりで……。


「確かに、この檻は頑丈で強固だよね……。だけど……『僕達の力を正しく理解』しない限りは、……あまり意味がないかな」


 トーンの落ちた暗い響きを纏った声音で少年が呟くと、マリディヴィアンナとカインさんの偽物が立ち上がり、直後……、檻を構成していた光が全て砕け散り意味を成さなくなった。

 自由の身となった三人が、私達を余裕に満ち溢れた笑みで流し見ると、その内の一人、カインさんの偽物が高く飛び上がり、柱を蹴ってサージェスさんと不精髭の男性の間に割って入る。

 あと少しで不精髭の男の腹部を貫ける、そんな剣筋を辿っていたサージェスさんの一撃は、介入者の竜手によって一瞬で打ち払われてしまった。

 その上、今度は報復とばかりにカインさんの偽物が強烈な蹴りを繰り出し、サージェスさんが叩き込まれる寸前で身を躱し、後ろへと飛び退く。

 そして……、カインさんの偽物がゆっくりと顔を上げ、サージェスさんに視線を向けたその時、私達は、偽物の顔が僅かに変化しているような違和感を覚えた。

 

「顔は同じように見えるのに……、何かが……、違う、ような」


 そこからまたすぐに、サージェスさんと偽物の戦闘が始まってしまい、私は自分の目を擦って首を傾げた。

 さっきと同じ、カインさんの顔をした偽物の男性……。

 だけど、どうしても抱かずにはいられない違和感が私の心をそっと揺さぶるように存在している。

 その違和感に、明確な形を与えてくれたのは、傍にいたルイヴェルさんの静かな一言だった。


「歳……、だな」


「え?」


「顔はカインのそれだが、アイツよりも歳を重ねた顔立ちをしているようだな……」


「あ……、言われてみれば、確かに」


 ほんの少しだけしか見る事が出来なかったけれど、そこに覚えた違和感の正体が、ルイヴェルさんの言うまさにそれだと気付いた私は、二人になった子供達と戦闘始めたカインさん達を見遣る。

 今のカインさんは二十代前半ほどで……、まだ十代の時の幼さがその顔に残っているけれど、偽物の方は、幼さが消え去って、落ち着いた大人の貫録を纏う二十代半ばほどの印象を備えていたように思える。


「あれも、作った顔という事なんでしょうか……」


「いや……、だとしたら、年齢を重ねた顔に変化させた意味に謎が残る。カインの姿をそのまま使うのなら、そんな事をする必要はないからな」


 私の目の前で繰り広げられる三か所での戦闘の光景……。

 サージェスさんに合流したカインさんが、不精髭の男性と偽物を相手に剣と竜手を揮い、息の合った連撃で敵を追い込むように踏み込んでいく。


「皇子君、少しは俺の動きに付いて来れるぐらいにはなったみたいだねー。だけど、――危ないよ!!」


「ぐっ!!!!」


 いつの間にかカインさんの懐に潜り込んでいた偽物の攻撃を、サージェスさんがカインさんの首根っこを掴み、後ろに投げ飛ばす事でかわす。


「もう少しだったんだがな……。余計な事をしてくれる」


「悪いね。一応この子、俺の弟子だから、さ!!」


「ふざけんな!! 手加減なくぶっ飛ばしやがって!!」


 すぐにカインさんが体勢を立て直し戦闘に加わると、不精髭の男が偽物の背後から飛び出し、黒い靄を集め炎のように形を成したそれを右手に纏い拳を叩き込んできた。

 それをサージェスさんの刃が受け止め、押し返すように力押しで不精髭の男へとぶつけ返す。


「全く……、遊び過ぎじゃないかな、あの二人……」


「仕方ありませんわ。元々、あの二人は血の気が多いのですもの。それよりも、ふあぁぁ……、早く帰りましょう。今日はもう飽きてしまいましたわ」


 カインさん達の様子を見ていた私達は、玉座の間の上空で起こっていた戦闘から逃れるように、二人の子供が地へと着地し、黒銀の光で足元を囲まれる様を視界に映した。

 

「そろそろ帰るよ。今日の遊びはこれでおしまい……。また今度相手をしてあげるよ。……それじゃあね」


「ふふ、今度はもう少しだけ本気で遊んであげますわ。その時は……、真っ赤な血でデコレートされた死体を幾つ作れるかしら」


 悪趣味というしかない、残酷極まりない発言を、マリディヴィアンナは天使のように愛らしい微笑と共に告げ、光の中へと消えていく。

 皆さんが捕まえようと術を放つけれど、それはもう意味を成さなくて……。

 同時に、カインさん達が相手にしていた二人も、宙へと飛び上がり、黒銀の光に呑まれていく。マリディヴィアンナの高笑いが徐々に小さくなり……、玉座の間には、静寂が満ちた。

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