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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第一章~狼王族の国・ウォルヴァンシアへの移住~
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狼王族の国・ウォルヴァンシア!

 朝の勉強を終え、時計の針がお昼少し前を差した頃。

 私はレイフィード叔父さんからの呼び出しを受け、王族一家が集まって寛げるリビングのような部屋へと訪れる事になった。

 真っ赤な絨毯を踏み締め中に入ってみると、ほんのりと黄色に近いクリーム色をした壁に飾られている、家族らしき集まりの肖像画が目に映る。代々の王族一家のそれだ。

 何度か訪れた事のある団欒の場所。ソファーの方には、もう私以外の全員が集まっているようだった。


「すみません、遅くなってしまって」


「ふふ、別に急ぎの用事じゃないから、気にしなくていいよ。よく来てくれたね、さぁ、座って」


「はい」


 ニッコリと笑って出迎えてくれたレイフィード叔父さんに小さく頭を下げ、食事の席と同じ順で座っているお母さんの隣に座る。

 テーブルの上には、クッキーの盛られた菓子籠や、人数分に切り分けられたパイがそれぞれの前に置かれていて、向かい側のソファーで三つ子ちゃん達がうずうずとしている様子だった。

 丸くて大きなお目々をきらきらさせている様はとても可愛らしく、「早く食べた~い!」という抑えきれない気持ちが伝わってくるかのようで微笑ましい。

 でも、三つ子ちゃん達がちょっとでも手を伸ばそうとすると、すかさずレイル君の目が鋭く光り、


「お前達、父上の許しなく手をつけたら、三日間のおやつ禁止令を出すぞ」


 まるで母親のような厳しさが三つ子ちゃん達の動きを制した。

 三人はぷるぷると恐怖に震えながら身を寄せ合い、ブンブンと首を振って大声をあげる。


「「「ぼ、ぼくたちっ、なんにもしてないよ!! ちゃんとおりこうさんにしてるもん!!」」」


「そうかそうか。なら、両手を膝の上に揃えて、大人しく、王子らしく、静かにしていろ」


「「「うぅぅ~」」」

 

 もう限界なんじゃないかなぁ……。

 目の前に並ぶ、甘くて美味しいお菓子達。

 料理長さんが作ってくれる王族の料理やティータイムのお菓子は、まさに極上!

庶民育ちの私に大きな衝撃を与え、もうその味なしには生きていけないと思わせてしまうほどに、美味しすぎてほっぺたどころか、魂ごと落っことしてしてしまいそうな物ばかりだ。

 その素晴らしい職人技の一品達を前にして、我慢など出来るはずもない。

 むしろ、私が来るまで、よく頑張って我慢したね! と褒めてあげたくなるくらいだ。

 レイル君の言う通りに大人しくしながらも、パイやクッキーを熱心に見つめる子供達。

 これ以上は可哀相だと判断し、私はレイフィード叔父さんに声をかけた。

 

「レイフィード叔父さん、お話の前に、お菓子を頂いても良いでしょうか? ちょっとお腹が空いてしまって」


お腹の辺りをさすりながらお願いしてみると、私の意図を察してくれたレイフィード叔父さんとお父さんが微笑ましそうな表情になり、ティータイムの始まりを許してくれた。

三つ子ちゃん達が嬉しそうに笑顔を弾けさせ、早速クッキーやパイに手を伸ばし始める。


「ユキ……」


「んっ。もぐもぐ……。美味しいよ、レイル君」


「……ふぅ、仕方ないな」


 向けられた抗議の視線にニッコリと応えてみせると、レイル君もお菓子に手を伸ばしながら笑みを零した。三つ子ちゃん達の教育的に、甘やかしちゃ駄目なのはわかっているのだけど……。

 今日だけは特別という事で。折れてくれたレイル君にこっそりと「余計な事をしてごめんね」と謝り、私は紅茶の入っているティーカップを手に取った。


「さて、じゃあ食べながらで良いから、少し話を聞いて貰おうかな」


「ん……。はい」


 そういえば、話があるからと呼ばれたんだった。

 一番前の中心の席に座っているレイフィード叔父さんに顔を向け、カップをソーサーに戻す。

 

「あぁ、そんなに構える事はないよ。確かに、ユキちゃんにとっては衝撃的な話になるだろうけど、怖い話とか、深刻な問題とかじゃないからね」


「は、はいっ」


「ユキ、心を落ち着かせて、レイフィードの話を聞きなさい」


 つい、膝の上に両手を揃えて姿勢を正していた私に、レイフィード叔父さんとお父さんがクスリと笑う。お母さんも、何やら面白そうなものを見るように、場を見守っているようだし……。

 怖い話でも、深刻な話でもない。としたら……、話したい事って何だろう?

 

「ユキちゃんには、まず、文字の勉強やお金の使い方、日常で必要な事を先に勉強して貰っていたけれど、本当は最初に知っておかなくちゃならない事があったんだよ」


「最初に……?」


「うん。正確には、この国……、というよりは、この世界の事だね。君にとって異世界であるこのエリュセードには、様々な種族が暮らしている。人間以外の、ユキちゃんの世界にはいなかった、特殊な生まれの人達がね」


 ここが異世界だという事、魔術という特別な技術がある事、この世界に生まれた人達は、生まれつき魔力を有して生まれるという事。

 私が暮らしていた地球にはない、特別や違いが溢れている世界。

 だけど、お父さんからは、ずは文字や生活習慣を覚える事を始めてごらんと言われ、この国や世界の事を知る為の勉強は禁じられていた。最初から色々知る必要はないからと、そう諭されて。


「まず、ユキちゃんが暮らしていた世界と同じく、人間という種族がいる。だけど、こっちの世界の人間は僕達と同じく、生まれつき魔力を有し、魔術を行使する事も出来るんだ。この点で言えば、ユキちゃんの世界にいる人間達とは違うね。まぁ、他にも幾つか違う部分はあるけれど……、それはまた今度、ね。――で、今日、ユキちゃんに知って貰いたいのは、僕達の種族についてなんだ」


「レイフィード叔父さん達の、……ですか?」


「そう。この国の名は、ウォルヴァンシア。――狼王族ろうおうぞくの民が集う地。エリュセードにおいては、長寿種族に分類され、人間とは異なる特性を抱く」


 真剣な光を帯びたレイフィード叔父さんの双眸だったけど、ごくりと息を呑んだ私の姿を見て、その表情がすぐに柔らかなものへと変えられた。

 レイフィード叔父さんが私を安心させるようにニッコリと微笑み、お菓子に夢中まっしぐらな三つ子ちゃん達の名前を呼び、手招きする。


「「「なぁ~にぃ~? とうさま~?」」」


「アシェル君、エルディム君、ユゼル君、――ユキちゃんに見せてあげなさい。君達の、もうひとつの姿を」


「「「はぁ~い!!」」」


 まるで、今からお遊戯会でも始めるかのように、三つ子ちゃん達がレイフィード叔父さんの座っているソファーの横に並んだ。

 ニコニコとした可愛い笑顔で、三人が同時に「「「ユキちゃん、みててね~!!」」」と大きな声で合図し、――え?


「…………」


 三人がその場で大きくジャンプをした瞬間、私の瞳に映った衝撃的な光景。

 宙に飛び上がった三つ子ちゃん達の身体が光に包まれ、ポンッ! ポンッ! ポンッ!!

 

『『『ユキちゃ~ん!!』』』


 い、一瞬で……、こ、子供達が、――真っ白ふわふわもっこもこのわんちゃんにぃいいいい!!

 手品だろうか? それとも、用意してあったわんちゃん達と何らかの方法で入れ替わったとか!? だけど、私の膝に飛び乗ってきた可愛いわんちゃん達が、『『『ユキちゃん、ユキちゃ~ん!!』』』と、三つ子ちゃん達と同じ声で懐いてくる!!

 真っ白な毛並みのわんちゃん達。その瞳の煌めきをじっと観察した私は、確信した。

 気のせいじゃない。手品でもない。この子達は、三つ子ちゃん達だ!!


「れ、レイフィード叔父さんっ、この素晴らしいパラダ、ごほんっ、子犬ちゃん達は、三つ子ちゃん達、ですよねっ? 魔術か何かで変身してるんでしょうかっ!?」


「ははっ。まぁ、魔術を使って何かに変じる事は可能だけど、その子達の姿は生まれつきだよ」


「え?」


「人と獣、二つの姿を有する存在。――僕達は狼王族。人と狼の姿、両方の面を抱き、誕生する種族。……ごめんね。ユキちゃんがこの世界に、この国にもう少し慣れてから話そうと思っていたんだけど。『あの子』の件があったからね」


 人と獣……。人と、狼の姿を抱いて生まれる種族。それが、狼王族。

 ふさふさの尻尾をブンブンと振っている三つ子ちゃん達をぎゅっと腕の中に抱き締め、やっぱりここは異世界なんだなぁと、改めて再確認出来た気がする。

 ショック、というか……、吃驚はしたけれど、何だかわくわくとした感覚が生まれてくる気がして、意外にもあっさりとこの現実を受け入れる事が出来た。……でも。


「じゃあ……、私が出会った、お世話になっていたあの狼さんも……、この子達と同じ、なんでしょうか」


「その子達はまだ子供だから毛色が真っ白なままだけどね。成長すると、どちらの姿にも共通するのは、髪と瞳の色なんだ」


 銀毛の、蒼い瞳をしていた狼さん。

 優しくて、あたたかな気配で私の心を包み込んでくれた……、異世界で初めてのお友達。

 そして、今朝……、私のベッドで眠っていたあの人も、狼さんと同じ色を纏っていた。

 不法侵入者だと、変質者だと、勝手に思い込んで……、取り乱して、平手までお見舞いして……。


「レイフィード叔父さん、あの人が……、そう、なんですね? 私の事を励まして、寄り添ってくれていた……、大切な、お友達の……」


「アレクディース・アメジスティー。君に正体を隠していた狼さんの名前だよ。ウォルヴァンシア王国を守護する、騎士団の副団長。僕も部屋に飛び込んだ時には吃驚したよ。僕の可愛い姪御ちゃんに、随分と大胆で恐れ知らずな事をしてくれたものだよね。ふふ、困った子だ」


「アレクディース……、さん。狼さんの……、あの人の、名前」


きっと、自分の正体を明かさなかったのは、狼の姿で接していた方が、私が気を遣わずに済むと、そう思って配慮してくれていたのだろう。

悪意からでも、からかったわけでもない。去り際の、アレクディースさんの表情を思い出せば、あの人の全てが私への思い遣りに溢れていた事だとわかる。


「多分、この国に帰還したばかりのユキちゃんと出会って、心配になったのかもしれないね。今のユキちゃんには幼い頃の記憶がないから……。この世界は見知らぬ場所同然。その不安や寂しさを、アレクは狼の姿で寄り添う事で、少しでも癒してあげたかったんじゃないかな」


「その気遣いと心は、幸希の父として有難いと思うのだけどね……。一国の副騎士団長が仕事を疎かにしてしまった事実は、少々……、ふぅ」


「私のせいで……、大事なお仕事を?」


一国の副騎士団長様。お仕事の内容はよくわからないけれど、狼さんは頻繁に私の許を訪れてくれていた。私を一人にはしておけないと、あの人にいっぱい心配をかけて……、無理をさせていたのだろう。


「あ、兄上っ!! 余計な事は言わないでいいんですよ~!! ああっ、ユキちゃんっ、そんな辛そうな顔をしないで!! 疎かにしたって言ってもね、ほんのちょっとの事なんだよ!! 物凄く重大な支障が出たとか、アレクが副団長としての信頼を失ったとか、そういうレベルには滅茶苦茶遠いんだから!! 君が気にする事はないんだよ~!!」


 三つ子ちゃん達のもっふもふの毛並みに顔を埋めながら俯いた私に、レイフィード叔父さんがソファーから飛び上がるように立ち上がり、大慌てでフォローを入れてくれた。

 だけど……、やっぱり、あの人に負担を掛けていた事には変わりがなくて。


「……アレクディース、さん」


 沢山お世話になったのに、あの人のぬくもりに救われて、見知らぬ異世界でも頑張って行こうと、そう、思えたのに……。その正体に気付けず、私はあの人を傷付けてしまった。

 

「兄上ぇええ~っ!! ユキちゃんを落ち込ませてどうするんですか!! ユキちゃんっ!! 本当に大丈夫なんだからね!! 仕事はきっちりと済ませていたし、ちょぉ~っと騎士団から消える事が多かったぐらいで、皆、理由を知りたかっただけなんだよ~!!」


「でも……っ」


「あぁっ、それにそれにぃいいいっ!! アレクは自分の意思で正体を隠してたんだよ~!! その上、ユキちゃんの部屋で毎晩添い寝天国なんて……っ!! あぁっ!! 羨ましい~!!」


「レイフィード、今はお前の私怨はどうでもいいんだよ。それよりも……、ユキ、お父さんはね、いくら心配だったからといって、お前の寝所に潜り込んだ件に関してだけは、……少々思うところがね」


「そうそう!! だから、本当に気にしなくていいんだよ~!! ユキちゃんが驚いて平手打ちしちゃったのだって、当然の対応なんだからね!! 僕だったら、お尻ペンペンの刑に処しちゃうよ~!! ねぇっ、兄上!!」


「あぁ、ビンタなど生温い……。その場に私がいたら、銀狼の肉片が部屋中にばら撒かれた事だろうからね」


「お、お父さん……っ」


 綺麗な顔で不気味な笑みを零すお父さん!! 私の恩人に何をする気なの!!

 温和で心優しいお父さんの暗黒面を目撃してしまったような気がして震えていると、お母さんが「ユーディスはお茶目さんよね~」と、私に笑いかけてきた。――お茶目には見えないから!

 レイフィード叔父さんの方も、何だか怖いブラックオーラをダダ漏れにしているし……っ、お父さんと一緒に危険要素二倍的な感じで、恐怖感がぶわりぶわりと!!


「れ、レイル君……っ」


「はぁ……。すまないな、ユキ。すぐに落ち着くとは思うが……、父上も伯父上も、お前の事を想っての怒りなんだ。アレクが不埒な真似をするわけがないとわかっていても、許し難いんだろう。なにせ、嫁入り前の娘の部屋に忍び込んでいたわけだからな」


 苦笑気味のレイル君が身を乗り出して私の膝から三つ子ちゃんの一人を抱き上げる。

 その頭を撫で、顎の奥を擽りながら「まぁ、本当に危険な何かを仕掛けたりする事はないだろうから、安心していいぞ」と。……レイル君、不穏な気配をまき散らしている大人二人を見て、それを信じろっていうのは、難しい気がするよ。うん。


「はぁ……」


『『『ユキちゃ~ん、げんきだして~』』』


「ふふ、ありがとう」


 こんなに小さな子達にまで心配をかけてしまうなんて……。

 きっと、アレクディースさんから見た私は、この子達以上に小さく、頼りなく思えていたのかもしれない。お仕事を抜け出して、ずっと傍に寄り添ってやらなくては壊れてしまいそうな……。

 

「アレクディース、さん……」


 あの人は、……今、どうしているのだろうか。 

 私が叩いてしまった頬は、気付かずに傷付けてしまった心は……、今も、まだ。

 一度会わなくてはいけない。会って、話をしないと……。

 だけど、あんな酷い事をしてしまった自分の無神経さを……、どう、謝ればいいのか。

 合わせる顔がないと罪悪感に圧し潰されながら、私は腕の中から声を掛けてくれている二つのぬくもりをぎゅっと抱き締めたのだった。

2014年、5月4日。改稿しました。

2015年、3月28日。文章の揃えなど、その他修正しました。

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