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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~
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捕えた者達と、王宮魔術師の嘆き

 負傷したルイヴェルさんを守るように身を寄せ合っていた私達は、玉座の間の上で繰り広げられている皆さんの戦いを、固唾を呑んで見守っている……。

 とても広い玉座の間は、戦闘の衝撃であちらこちらに損傷が生じ、今にも天井から瓦礫が落ちてきそうな状況だ。

 カインさんの居場所を掴みに、偽物へと蹴りを繰り出しているセルフェディークさんが、一度後方へと飛びのき、鋭い光の刃を自分の周囲に出現させ、一気にそれを偽物へと放つ。


「ちっ……、自分の弟子と同じ顔に平気で攻撃を仕掛けるとは、凄い師匠がいたもんだな」


「俺は弟子を甘やかすようなタイプじゃねぇんだよ。あっさりテメェみたいな偽物に取って代わられやがって……、後で説教と仕置きだ!!」


「出来るといいなぁ? 生きていれば……、の話だけど、な!!」


 ……偽物は、カインさんを殺した、とは一度も口にしていない。

 生きていれば……、そう言葉を濁しているという事は、まだどこかで生きている可能性が皆無ではないという事だ。

 

「ユキ……」


「ルイヴェルさんっ、大丈夫ですか? 傷が痛みますか?」


「いや……、それもあるが、……カインの事だが、あれが偽物だとすると……、『近付いてくる』この気配は……」


「え?」


 ルイヴェルさんが辛そうに息を吐き出した直後、左手を前に持ち上げ何か詠唱を唱えた。

 

「ルイ、今無理をしたら、傷口に響くぞ」


「大丈夫だ……」


 セルフェディークさんが張ってくれた結界を包むように緑銀の光が強く重なり、結界の層が厚くなった事を私達は感じた。

 そして、どこからか轟音が徐々に近づいてくるような正体不明の音と地鳴りが始まり、私を含めた玉座の間の全員が、砕け散った窓から覗く外へと視線を投げた――瞬間。


 ――ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!


「きゃああああああああああ!!」


「くっ……、ユキ、顔を伏せていろっ」


 突然、窓の役割をなくしたそこに大きく黒い影が玉座の間へと体当たりをするように全てを破壊し、大きな衝撃音を場に満たした。

 ……な、なに!? アレクさんに庇われながら、私は薄らと瞼を押し開く。

 玉座の間は、飛び込んで来た何かに半壊させられ、窓の破片や瓦礫が私達の周りに散乱している。

 結界のお蔭で、怪我をしているルイヴェルさんや私達には何の被害もなかったけれど、一体何が起こっているというのだろうか。

 視線を周りの惨状から飛び込んで来た物へと移した私は、――驚愕に息を呑む。


「何……、これ」


 躰が大きすぎて玉座の間には入りきらず、硬い鱗と真っ黒な頭の部分だけが私達の目に映っている。

 怪物……、魔物……、のようにも見えるけれど、その頭部を放心状態で見ていた私は、そのどれでもない事に気付いた。

 この生き物は……、禁呪事件の時にカインさんを救ってくれた……、イリューヴェル皇帝さんが変化していた竜体と一緒だ。

 けれど、こんな所にイリューヴェル皇帝さんがいるわけもないし、別の竜なのだろうか。

 

「……どこから入って来ているんだ、お前は」


「ルイヴェルさん? この竜は……、お知り合いですか?」


「カインだ」


「え?」


 ちらり……。ルイヴェルさんの意外過ぎる言葉に目を見開いた私は、瞼を開きこちらを見ている真紅の瞳と出会った。

 漆黒の竜……、血に濡れたような赤い……、瞳。


 漆黒の竜は一度、風を巻き起こすような鼻息を吐き出した直後、黒い光に包まれ跡形もなく消失した。


「ど、どこに……」


「はぁ……、何で俺ばっかこういう目に遭うんだよ。何の呪いだ、ったく」


 漆黒の竜を見上げていた私は、面倒そうな疲弊した声音がする方へと視線を落とした。全身を引き裂かれたような痕の残る黒い服を纏い、同じ色の髪をガシガシと掻きながら溜息を吐いているのは……。


「カインさん!!」


「カイン皇子!!」


 ルイヴェルさんが口にした通り、漆黒の竜の正体はカインさん本人だった。

 今度は、本物の……正真正銘の、カインさんだ。

 レイル君と一緒に駆け寄ると、その身体には、痛々しい傷が幾つも肌に残っていて……。

 

「一体今までどこに!? 何でこんなに酷い怪我をしているんですかっ」


「あ~、それは後で詳しく話してやるから、今は勘弁な。それよりも……、あの偽物野郎に仕返しさせて貰うのが先だ」


 話を聞こうとする私とレイル君を宥め、人型に戻ったカインさんは右手を竜手へと変え、顔を怒りに滲ませた瞬間、地を蹴り、動きを止めていた偽物に向かって襲い掛かっていった。


「よくも人をあんな所に放置してくれやがったな!! この鬼畜野郎!!」


「まだ生きてやがったか……。てっきり死んだもんだと思ったがな!!」


「ふざけんな!! 俺の人生はまだまだ先が長ぇんだよ!!」


 竜手同士がぶつかり合い、同じ姿をした二人が玉座の間を高速で移動しながら攻撃を仕掛け合う。

 カインさんが竜手で相手の顔を引き裂こうと渾身の力を込めてそれを振り下ろそうと……、したように見せかけ、今度は右足で凄まじい威力の蹴りを偽物のお腹に叩き込む。


「ぐっ……!!」


 偽物がお腹を片手で押さえ、胃酸を吐き出す。

 カインさんはその隙を見逃さず、すぐに竜手をぐっと強く握り込み、一瞬で偽物の懐に飛び込むと、勢いと力強さのある拳で敵の頬を殴り飛ばした。


「か、カイン……さん」


「はぁ……、はぁ、クソッ、ちょっと狙いが外れたか……」


 柱へと吹き飛んだ偽物が、ぐったりと両腕を垂らし動かなくなる。

 今ので……、死んだとは思わないけれど、あの偽物は一体……、『誰』なんだろう。偽物という事は、人の姿を借りているわけだから、本当の姿があるはずだ。

 カインさんが柱へと飛び、その胸倉を掴んで怒りに満ちた音を響かせる。


「寝たフリしてんじゃねぇよ……」


 それでも反応しない偽物を、カインさんは胸倉を掴んだまま勢いよく地へと叩き付ける。その威力が凄かったせいか、落下した位置にクレーターが出来上がった。


「あらあら、貴方ってば、皇子を殺していませんでしたのね~。幾らお身内さんだからと言って、手を抜きすぎじゃありませんこと?」


 ピクリとも動かない偽物を見下ろし、呆れたように笑ったのはマリディヴィアンナだ。身内……? 誰が……、誰の?

 困惑する私達を余所に、再び交戦が始まる。

 サージェスさんと言い争っていた少年も、双剣を揮いながら倒されてしまった仲間を一瞥し、攻撃の術をそこかしこに放ち、場を混乱へと陥れようと動く。


「陛下ー、そろそろ子供の悪戯も幕を引かせた方が良いんじゃないかなー?」


「わかっている。……今度こそ、逃がしはせん」


「ディア、今度は確実性を促す為にも、一度動けないほどに疲弊させた方が良い」


 ラシュディースさんからの提案に頷いたディアーネスさんが、身体から紫の光が放つオーラを纏い、槍を掻き消すと、両手を胸の前で何かを包むように固定した。

 何もないその中心の空間に、白銀の光を宿す丸い宝玉が現れ、私達の視界を覆い尽くすほどの眩い光が溢れ出した。


「……っ」


 瞼の裏に感じる光の威力……、マリディヴィアンナと少年の悲痛な叫び声が木霊する。


「……これでもう、逃げる力もないだろうな」


 光が収まり、静まり返った玉座の間に、ディアーネスさんの淡々とした声が響いた。瞼をゆっくりと開き、状況を確認しようとした私は、あまりにも凄惨な……恐ろしい光景を目にしてしまう。

 カインさんの偽物が倒れている場所の周りに、ズタズタにその身を切り裂かれ、傷だけになって倒れている少年とマリディヴィアンナの姿が映る。

 二人はピクリとも動かず……、生きているのか、死んでいるのかもわからない。


「回避する暇もなかったであろう? 『宝玉』には、力の増幅の他に、色々と使い道がある」


「陛下、あの者達を今一度檻の中に……」


「今の状態であれば、打ち破る力も残ってはおるまい。ラシュディース兄上、シュディエーラ、あ奴らを捕えよ」


「御意」


 頷いたディアーネスさんに命じられ、シュディエーラさんとラシュディースさんが詠唱を行い、三人を纏めて大きなひとつの檻の中に閉じ込める。

 術で構成されたその檻の中で、三人はいまだ動けずに瞼を閉じたまま……。

 目にするにはあまりにも凄惨で、子供が好きな私としては見ていられない状態だった。だけど、あの子達はただの子供じゃない……。

 それだけが、叫ばずにいられる心の支えだった。


「女帝陛下、一度意識を引き戻し、ユリウス達を救う手段を聞き出さなくては」


 クラウディオさんがディアーネスさんの傍に飛びそう促すけれど、彼女は首を横に振った。


「恐らく、意識を無理矢理引き戻したところで、喋る事はあるまい。我の兄上達の時でもそうであった……」


「では、ユリウス達は!!」


「我が行く。幸い、ここにはラシュディース兄上がおられる……。もし我に何か起ころうと、『宝玉』は兄上の許に戻り、新たな皇帝を誕生させる。仮に兄上がそれを拒もうとも、後継者は他にも存在しておるからな。問題はない」


「ディア……、『場』を覆う力は、あの子供達が放った黒銀の光と同じ物だ。術を解かせた方が安全ではないのか?」


「身を引き裂かれ、檻の中に封じられようと、あ奴らの禍々しさは衰えがない。たとえその命を堕とすと脅したところで……、答える事はないだろう」


 瞼を閉じ、その白く美しい手のひらを握り込んだディアーネスさんは、後の事をお兄さんであるラシュディースさんと宰相であるシュディエーラさんに任せ、空間を開き、『場』を支配している禍々しい大地へと飛び込み、こちらに余波が及ばないようにする為か空間を閉じてしまった。


「陛下……、ユリウスっ」


 その姿を見送った後、クラウディオさんが奥歯を噛み締め二人の無事を祈るように呻いた。『場』を覆っていた黒銀の光、閉じ込められている魔術師団の人達やユリウスさん……。きっとクラウディオさんも、ディアーネスさんと一緒に付いて行きたかったはず……。

 女帝である彼女に全てを任せ、ここで待つしかない自分に対する怒りと、自分だけが助かってしまったという複雑な感情が、今の彼を苛んでいる。

 私は無意識に……、クラウディオさんの傍へと駆け寄っていた。


「クラウディオさ……、あっ」


「……」


 彼の腕をそっと掴み、見上げた私の視界に映ったのは……。

 複数の言い表せない辛さが入り混じり……、ひと雫の涙を頬へと伝わせるクラウディオさんの表情だった……。

 

「クラウディオ……さん」


 何も……、かけられる言葉が出て来ない。

 ディアーネスさんが向かったのだから、きっとユリウスさん達は無事に戻って来れると……。そう断言できるだけの自信もなければ、クラウディオさんの今にも砕け散ってしまいそうな心に寄り添う言葉も浮かんで来ない……。


「ごめん……、な、さい」


 無意識にクラウディオさんの傍に近寄ってしまった私は、少年の言葉を思い出した。無力で無能なお姫様……、何も出来ないのに、何かをしようとする心だけで動く……。

 これはきっと、自己満足でしかない。出来る事は何もないのに、自分が相手を心配しているという偽善を押し付ける行為……。

 そこまで考えて、打ちのめされそうになる思いに支配されそうになった私は、サージェスさんが庇ってくれた時の言葉を思い出した。

 今は無力でも、それを変えようとしていく心が在る限り、無能には堕ちないのだという事……。

 私に出来る事は……何? ううん、出来る事は今の段階では何もない。

 だけど……、目の前でズルズルと崩れ落ち、希望を掴めずに項垂れているクラウディオさんを放っておくことは出来ない。

 この人は今……、自分への怒りと、ユリウスさん達に対して何もしてあげられないその立場を酷く恨んでいる。しきりに零れ落ちる自責の念と、徐々に精神の安定が脆く崩れ去っていく気配。

 放っておいてはいけない……。このままじゃ、クラウディオさんの心が死んでしまう。今、ディアーネスさんは一人で『場』に閉じ込められている皆さんを助けようとしているのに……。

 

「クラウディオさん……」


「うるさい……、話し……、かけ、るな」


「クラウディオさん!!」


 このままでは、クラウディオさんが救いようのない場所まで堕ちてしまう。

 そう危惧した私は、自分よりも背の高いクラウディオさんの両頬を左右から勢いよく叩いて挟み込んだ。

 パァン! ……と、静寂に満ちた玉座の間にそれが響き渡ると、皆がぎょっと目を見開き小さく声を漏らす気配を感じた。

 

「な……っ!!」


「ゆ、ユキちゃん……?」


 私の放った衝撃で、一度放心状態に陥ったクラウディオさんだったけど、すぐに自分がされた仕打ちに眉を顰め、その淀みのない美しい青の双眸に怒りを滾らせた。

 平手と、両手打ち、どちらがマシだったのはわからない。

 だけど、本人にとっては侮辱に感じたのだろう。私の腕を容赦のない力で掴み怒鳴ってきた。


「小娘……っ、何のつもりだ!!」


「……」


 私は黙って、睨み付け射殺しそうな勢いのクラウディオさんを見つめ続ける。

 腕に喰い込んだ指先の力が、骨を軋ませそうなほどに痛い……。

 だけど、絶望と悲しみがクラウディオさんを支配し尽してしまうよりは、ずっといい。向こう側に行かないで……、絶望だけが広がる泉へ、足を踏み入れないで……。

 私の腕を掴んでいるクラウディオさんの手に右手を添え、その眼差しの苛烈さに負けないように口を開く。


「自分を責めても……、ユリウスさん達を助ける力には、なりません」


「何だと……っ」


「クラウディオさんは……、私と違って……、無力じゃ、ないんです。たとえ、ディアーネスさんと一緒に行けなくても……、ここで、この皇宮で、王宮魔術師として……、出来る事が、まだ、あるんじゃないですか?」


「……」


「私は無力で、今出来る事が……、祈る事ぐらいしか、ありません。でも、貴方には……、何か、出来る事が、まだ……、残っているんじゃ、ないですか?」


 男の人に、こんな風に憎悪を向けられて睨まれた事なんてない。

 私みたいな小娘に叩かれて、何もわかってなんていないくせに苛立たせられているというこの状況に強い怒りを覚えているクラウディオさんの気配と、その低く身震いするような声音に……、身体の震えが止まらない。

 だけど、……これでいい。

 向こう側に行かないでくれるなら……、叩かれたって構わない。


「力があるんでしょう? ……それなら、何かまだ……、貴方には出来る事がある、はずです。落ち込んでいる暇なんて、勿体ないくらいにっ」


 お互いの視線が一歩も譲りあわずに火花を散らす。

 物凄く怖いけど……、声が震えてどうしようもなく泣きそうな気持になるけれど、引けない。


「嘆く暇があったら、自分の仕事を全うしてください!!」


「――っ!!」


 自分の出せる精一杯の大声でクラウディオさんに言葉を叩き付けた瞬間、私の左腕を握り潰すほどに掴んでいた彼の手首に嵌められていた腕輪から眩い光が溢れ出した。私達全員の目の前に、その光が大きな長方形を象るかのような光景を描き出し、それが泡が散るように一瞬強く光り輝いた直後。

 ……見知らぬ二人の男性の姿が映し出されていた。

 これは……通信の光? この人達は……、誰?


『やっと繋がりましたね……。クラウディオ・ファンゼル、この私を待たせるとは良い度胸です。……速やかに、状況を報告しなさい』


 一人は、黒髪の無表情で寡黙そうな二十代半ばほどに見える男性……。

 その右横には、銀に縁取られた眼鏡を掛け、長くクセのない銀髪を纏う、少し冷たい感じのする二十代半ばほどの外見をした青年が映っている。

 敬語口調ではあるものの、銀髪の人が喋る様を見ていると、どこか嫌味めいて聞こえるのは気のせいだろうか……。 

 その二人の姿を目にしたクラウディオさんが、……ぴしりと、恐怖の鎖にでも雁字搦めにされたかのように固まり、震える声を紡いだ。


「……団長、……副、団……長」


 それはまさに、躾の厳しい飼い主を前にした飼い犬のような驚愕具合だったと、……不謹慎にも、そんな感想をクラウディオさんに抱いてしまった私だった。

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