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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~
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満ちる瘴気と子供達の『遊び』。

 記憶に新しい色彩を持つ少年が、ふわりと宙から檻の側へと降り立つ。

 囚われているマリディヴィアンナを庇うように私達の前に立ちはだかった少年が、その綺麗な面差しに愉しそうな笑みを纏い、玉座の間に集まっている人達の顔を流し見る。


「可愛らしい女の子一人を相手に、随分と大人げない真似をしているんだね」


「中身がドス黒い悪戯っ子ちゃんをお仕置きしていただけなんだけどねー? 君、マリディヴィアンナのお仲間かな?」


 サージェスさんが笑みを纏ったまま、少年の方へと剣を構える。

 他の皆もそれぞれに、いつでも攻撃に移れるように警戒を宿した雰囲気で少年の動きに注意を向けていた。

 少年が指を鳴らすと、檻の中に囚われていたマリディヴィアンナの四肢から触手が嫌な音を立てて飛び散り、彼女の身体がようやく自由を取り戻す。

 その顔には、少年と同じように愛らしくも不穏な喜色の気配が浮かんでいく。


「我の問いに答えよ。貴様は何者だ? その娘と何を成そうとしている?」


 槍を突き付けるように、アメジストの双眸を険しげに細め問いかけたディアーネスさんに、少年は微塵の動揺も恐怖も抱いた様子はなく、クスリと……、笑いを零した。その瞬間、マリディヴィアンナを捕えていた檻が眩い光を放ち、跡形もなく消え去ってしまう。


「嘘……、ディアーネスさんの作った檻が」


 少年に抱き着いたマリディヴィアンナが、その手に頭を撫でられながら二人で宙へと浮いていく。

 まるで、慈愛の光を纏う天使が寄り添いあうかのように、神秘的な子供達の美……。何も知らなければ、それはきっと、幻想の世界として映った事だろう。

 だけど、私達は知っている。この子達が天使などではない事を……。


「麗しき女帝陛下、答えを性急に求めるのは感心しないな……。僕達の『遊び』も、『目的』も、まだ何も動き出してはいない。今日はね、『遊び』の方をしに来たんだよ……」


「遊びだと……?」


「ふふ、そうですわ。私達が仕掛けた楽しい遊び……」


 少年の言葉に愛らしく頷いたマリディヴィアンナが笑う声と共に、玉座の間に黒い靄がどこからか生じ始め、私達の足下をぶわりと漂い始める。


「ユキ、外へ!!」


「は、はいっ」


 私の腕を引いて玉座の間の出口へと走り出そうとしたアレクさんだったけれど、扉は私達の目の前で大きな音を立てて閉まり、無情にも退路は断たれてしまう。

 外へと続く玉座の間の扉、窓、……全て、中の獲物を逃がさぬように完全に外と中を隔てていく。


 ルイヴェルさんとアレクさんに守られるように後ろに庇われた私は、二人の子供達へと攻撃を仕掛けるディアーネスさん達の姿を不安と共に見守りながら、両手を胸の前で組む。

 マリディヴィアンナ達は、『遊び』をしに来たと言っていたけれど、それは、私達をここに閉じ込める事なのだろうか?

 瘴気の靄が玉座の間を満たし、視界が黒く染め上げられていく……。

 この視界の悪さでは、皆が戦うには条件が悪すぎる……。

 ルイヴェルさんの影響の声が闇の中から漏れ聞こえ、私達の身体が淡い緑銀の光に縁取られ、少しずつ、瘴気の影響が和らいでいく。


「くそっ、どうなってんだよ!!」


「カイン皇子、迂闊に動かない方が良い。それでなくても視界が悪すぎる……、気配を頼りに動くのが精一杯だ」


 どこからか、カインさんとレイル君の言い合う声が聞こえてくる。

 良かった……二人はまだ無事みたい。

 

「女帝陛下とサージェス達が捕獲に動いてはいるが……、難航しているようだな……」


「この闇を晴らす事は出来ないんですか、ルイヴェルさん」


「やっているんだが……、おかしな作用が場に満ちているようでな。それを晴らす為に今、術を構成し直している……」


「ユキ、この場はルイに任せよう。お前は俺の傍から離れないように、絶対に動かないでくれ」


 仄かに光るルイヴェルさんの術の光と、玉座の間のあちこちに散らばった皆さんの術の光が居場所を示すように点在している……。

 そして、覚束ない視界の悪さの中、マリディヴィアンナ達と戦っている人達の剣戟や攻撃の術が放たれる気配が伝わり続け、何も出来ず、ただこの場で不安に怯える心臓の鼓動を感じるのみ。

 

「はぁ……、ユキ!! 大丈夫かっ」


「カインさん……、それに、レイル君も……」


 闇の中、気配を頼りに寄って来てくれたカインさんとレイル君が、私の身に何も起きていないかどうかを確認してくる。


「二人が無事で良かった……」


「今戦っているのは、女帝陛下とサージェスか……。ちょこまかと逃げられているようだが……、この瘴気をどうにかしないと、思うように力を揮えないようだな」


「……ルイヴェル、少しの間でいい。僕の力をこの瘴気にぶつけるから、ユキちゃんを守っておくれ」


 すぐ横で、レイフィード叔父さんの声が聞こえたかと思うと、ルイヴェルさんが眉間を寄せ、「良いのですか?」と、静かに問いをかける。

 どういう意味なのかはわからなかったけれど、事はすぐに起こり始めた……。

 私達から少し離れた所に、蒼い光に包まれたレイフィード叔父さんの姿が浮き上がる。その瞳が……、前に、初めて人型をとった『禁呪』を前にした時と同じように、黄金色の瞳へと変わっていく……。


「『この器』を創ってくれたセレスフィーナには悪いけれど、悪戯の過ぎる子供達にはお仕置きが必要だからね……」


 以前と違うのは、レイフィード叔父さんの瞳の色に寄り添うかのように、その蒼い光が急速に黄金のそれへと変化し、――眩いほどの閃光が爆発した。

 同時に、突風が巻き起こり、アレクさんとルイヴェルさんが私を腕の中へと庇い込んでくれる。


「……これでは、『器』が陛下の力に耐えきれず、本人にも相当の苦痛がいっているだろうな」


「苦痛? ルイヴェルさん、どういう事なんですかっ」


「それは……くっ、もう暫くじっとしていろ。陛下の力が……、瘴気を呑み込んでいる最中だからな」


「は、はいっ」


 瞼を開ける事も出来ず、私を案じてくれるアレクさんの声と、ルイヴェルさんの静かな声音だけが何とか聞こえてくるだけだ。

 他の皆さんがどうなっているのか、それも今は確かめる事は出来ない。

 硝子が砕け散るような酷い音が響き、子供の悲鳴が耳を裂くように聞こえてくる。


 ――……。


「ユキ、……もう目を開けても良いぞ」


「……」


 瞼の裏を焼いていた光が収まり、空間が静まり返ると……ルイヴェルさんから声がかかり、私はゆっくりと視界を取り戻した。

 玉座の間には、もう瘴気の闇はどこにもない……。

 けれど、室内は砕け散ったらしき硝子の破片があちらこちらに散乱しており、決して無傷とはいかなかった。

 マリディヴィアンナ達はどうなったのだろうと視線を走らせた私は、宙に浮かびながらも漆黒のドレスをボロボロにし、肌に紅の鮮血が滲む彼女の姿に気付く。

 傍にいる少年の方は、……マリディヴィアンナほどではないけれど、服のあちこちが破け軽傷を負っていた。


「ウォルヴァンシアの国王……、か。その身体……、人工の産物だよね? 今ので……、『壊れちゃった』んじゃない?」


 瘴気を全て晴らされ怪我まで負ったというのに、少年は口許から笑みを消さず指先をある一点へと向けた。

 その先を追った私は……、変化の起こった光景に息を呑んだ。

 レイフィード叔父さんが、少年を睨み据えたまま……、キラキラとした光を纏いながら、徐々にその姿を朧気なものへと変えていき始めたのだ。

 瞳は、いつもの優しいブラウンへと戻り、黄金の光も全て消え失せている。


「レイ……フィード……叔父、さん」


「この器じゃ、やっぱり僕の力には……、耐えきれなかった、みたい、だねぇ。ユキちゃん……、ごめんね。叔父さん……、ちょっと、限界、みたい……、だから」


「レイフィード叔父さん!!」


 どういう事なの? レイフィード叔父さんの身体が光に溶け消えて、どんどん見えなくなって……!!


「心配するな。レイフィード陛下の行使した力に、器が耐え切れなくなっただけだ」


「ルイヴェルさん……、それって」


「陛下の精神が、元の肉体に戻る時が来たと、そういう事だ」


 申し訳なさそうに私を見たレイフィード叔父さんが、その口元に笑みを刻む。


「……ごめんね、ユキちゃん。もうちょっと一緒にいたかったけど、叔父さんはここまでみたいだ。あとで必ず、こっちに駆け付けるから……。アレク……、ルイヴェル……、それまで……、僕の……、可愛い姪御を、……頼む、よ」


「「……御意」」


 その言葉を最後に、全ては幻のように消え失せ、玉座の間からレイフィード叔父さんの姿は掻き消えてしまった。


「レイフィード叔父さん……。――っ!!」


 叔父さんが消えてしまった余韻を感じる暇もなく、宙で爆音が巻き起こった!!

 ディアーネスさんが晴れた視界で槍を振るい、その魔力によって少年と傷付いたマリディヴィアンナを拘束。

 今度は檻ではなく、紫色の光を纏う数多の槍が二人の子供を大きな柱へと、衝撃音と共に貫き縫い止めた。


「瘴気が晴れれば、もうどこにも逃げる事は出来ぬぞ」


「ウォルヴァンシアの王様には助けられちゃったねー……。でも、これで瘴気も綺麗さっぱり無くなっちゃったし、観念した方が良いかもね」


 ディアーネスさんとサージェスさんの槍と剣の先端を喉元に突き付けられた少年とマリディヴィアンナは、……それでも焦る様子を微塵も見せず、嘲笑の気配を纏っている。 どうして……? レイフィード叔父さんに瘴気を払われ、身体の自由さえ奪われているのに。

 

「僕達を殺したら、……『場』の魔術師達も皆死んでしまうよ?」


「ふふ……、そうですわよ。私達がここで消滅すれば、ヴァルドナーツが報復をしてくれますもの。何も出来ない女帝、忌々しい……、私と同じ血を抱く女……。ご自分の臣下達が、惨たらしく殺される姿を見る事になるのが平気なら、遠慮なくやってごらんなさいな」


「誰が殺すと言った? 我はもう二度と、過去と同じ過ちを犯したりはせぬ。貴様達を殺せば、また後から面倒な報復を仕掛けてくるのは目に見えている。どうやら、貴様の魂を本当の意味で滅するには、特殊な方法が必要らしいからな……。このままここに縛り付け、術を解きたくなる気にさせてやろう」


「うわー、陛下、どこぞの悪役みたいだねー。ま、この子達悪戯が過ぎてるし、仕方ないんだけど」


「おい、サージェス。冗談を言ってる場合じゃないだろ!! 早くユリウス達を助ける為にも、解呪の方法を!!」


 シュディエーラさんと共に近付いて来たクラウディオさんが、目の前の子供達を睨み、焦りを隠せずに怒鳴り付ける。

 けれど、マリディヴィアンナの話が本当だとすれば、おそらく、ユリウスさん達を『場』の中に閉じ込めているのは、ヴァルドナーツという人だ。

 そうなると、術を仕掛けた本人と思われる人を捕まえないと無理なんじゃ……。


「どこまで痛めつければ、お前達の仲間はここに現れるのだろうな?」


「残念ですわね~。ヴァルドナーツはお仕事で忙しいですから、ここには来ませんわよ。それに、私達も『遊び』を邪魔されては困りますし?」


「そうだね。楽しい楽しい『遊び』を……、始めないといけないし、ね」


 まだ、何かあるというのだろうか……。

 自由を奪われてもまだ、子供達は余裕を一切失ってはいない。

 

「ったく……、強情なガキ共だよなぁ。おい、ユキ、大丈夫か?」


「あ、カインさん……、は、はい」


 髪を掻き上げながら寄って来たカインさんに頷いた私は、肩の上にそっと両手を置かれ、何故か怪我がないかどうかを確認し始められる。


「ユキに触るな」


「うるせぇな。何かあったらヤバイだろうが。……怪我は、……してねぇみたいだな。よっと」


「か、カインさんっ、だ、大丈夫ですって!!」


 ペタペタと身体中を触られた私は、今度は首の辺りまで確認しようとしてきたカインさんを押し戻そうと両手を彼の胸へと突いた。

 けれど、カインさんが私から離れる寸前、耳元で何かを囁かれたような気がするのだけど、……気のせい?


「おい、ルイヴェル。ちゃんとユキの事、あとで診察しとけよ。何かあったら面倒だからな」


「当たり前だ。それよりも、ここからが問題だな。ユリウス達を救う為には、あの術の解呪は必須だ……。術者本人が解呪すれば話は簡単だが……、そう上手くはいかないだろうな」


「お前じゃ解けねぇのかよ」


「時間をかければ可能かもしれないが、……中の者達がそれまでもつかどうか」


 何だろう……。カインさんとルイヴェルさんの話している声が……、遠くなっていく気がする。自分の心臓の音だけが、やけに大きく存在を主張するように鳴り響いて……。これは……な……に?


『…………』


 これは、……誰、の、声、だろう。

 何を言っているのはわからないけれど、頭の中に低い音が言葉にならない声を囁いている。まるで、……さっき、カインさんに何かを一瞬耳に囁かれた時のような。

 声、というよりも……特殊な音に近い、嫌な気配を纏っている気がする。

 一瞬、視界が霞んだ私は、……自分の意思さえ感じられず、一歩、前へと踏み出していた。

 

「ユキ……?」


 アレクさんに肩を掴まれたような気がするけれど、私はその手を払いのけると、また前に進んでいく。どこに行くの? 

 そう、消え入りそうになる意識の中で問いかけた私の両手が、ゆっくりとお腹の前に構えられ、その中に……、何か、硬い感触が生まれた。これは……何?




































 ――そして、一瞬意識が完全に闇へと堕ち、次に私が視界と意識をぼんやりと取り戻した瞬間。


「……え」


 両手を伝う……紅い、……紅い……どろりとした、嫌な感触。

 視線の先には、短剣を構え、何かを……貫いている自分の両手が映っている。

 血が……溢れ出て……肉を抉るような感触が……。


「……な、……にっ」


 私は今、間違いなく、『誰か』を刺している……。

 男性の腕が私の手に重なり、





――見上げた視線の先で、『あの人』が、……驚愕に目を見開いていた。

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