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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~
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不穏なる者達の再来

「……来たか」


 足を走らせ玉座の間へと辿り着いた私達は、大人の姿を纏っているディアーネスさんとレイフィード叔父さん、それから、ラシュディースさんやシュディエーラさん、セルフェディークさん、クラウディオさん達の向こうにあるものを見た。

 ここにはないはずの景色。全く別の場所が私達の目に映っている。

 そして、遠方にあるはずのその景色の中に……、禍々しさを滲ませる黒銀の光を見た。空間を切り取ったかのように目の前に晒されているその光景は、他の場所を映しているのではなく、……今、間違いなく、本物の息吹をもって繋がっている。


「ディアーネスさん、これは一体……」


「ユリウスが向かった『場』のひとつだ。見ての通り、……得体の知れぬ力に侵され、干渉を試みても中の様子を探る事は出来ぬ」


「そんな……っ。ユリウスさん達がどうなったのか、わからないんですかっ」


 絨毯へとアレクさんに下ろされ、その優しい腕を支えにディアーネスさんの許へと近付くと、レイフィード叔父さんが私の顔色の悪さを心配して目を見開いた。


「ユキちゃん、まさかだけど……、『場』に生じた力の余波で、干渉を受けたのかい?」


「……はい。そうみたいです。でも、ルイヴェルさんとサージェスさんのお蔭で、何とか……」


「無理をしちゃ駄目だよ。アレク、今すぐにユキちゃんを部屋へ」


「いいえ、まだ、ユリウスさん達の無事を確認するまでは、大丈夫、ですから……」


 ユリウスさん達がいると思われる『場』から、こちらの空間に忍び寄ろうとする恐ろしい気配を、ディアーネスさんの築いた透明な結界らしきものが阻んでいる。

 ただ、『場』に漂う風の気配だけが、玉座の間に流れ込む事を許され、私達に色濃い不安を届けていた。


「ディア、『宝玉』の力を使っても干渉出来ないのか?」


「……出来ぬ事はないが、今この場で『宝玉』の力を使った場合、万が一の事態を引き起こせば、皇宮だけでなく皇都にも類が及ぶだろう」


 険しい表情を空間の先へと向け奥歯を噛み締めたラシュディースさんが、その言葉を聞いて拳を握り締める。

 セルフェディークさんの方は、舌打ちと共に「最悪だな……」と忌々しげに呟いているのが聞こえた。

 そして、ユリウスさんの同僚でもあり、お友達でもあるクラウディオさんは……。

 信じられない、現実を心が受け入れていない事がこちらにも伝わってくる絶望的な顔色と引き攣った表情で、身体を恐怖に震わせている。


「何故だ……、俺が『場』を後にする時は、何も……、異変など」


「クラウディオよ……。お前の報告では、あとは残りの術隠しのベールを最後の一枚まで解呪し、責任者であるお前達が、中身の存在を探る作業を残していたのだったな?」


「は、はい……。問題なく、……作業を再開する手はずだった、の……、ですが」


「あらかじめ仕掛けられていたのか、それとも、何らかの干渉が入ったのか……。いずれにせよ、この場にいても何の解決にもならん。我が『場』へと赴き、『宝玉』の力を行使する。他の者はここに残れ」


「いえっ、俺も同行させてください陛下!! ユリウスが……、俺の部下達が……、呑まれているのです!! 早く助けなくては!!」


「控えよ、クラウディオ。お前ではすぐにあの闇に呑まれる……。我であれば、『宝玉』の加護を纏い、たとえ危うくなったとしても、ここまで戻って来る事は出来るだろう」


「しかし……っ」


 同行を懇願するクラウディオさんをラシュディースさんが後ろに下がらせると、ディアーネスさんが槍を出現させ、それを手に空間の向こうへと飛び込んで……、行こうとした、その瞬間。


「――っ!!」


 今まで目の前に在った景色がぐにゃりと歪んだかと思うと、その全てが掻き消えてしまった。


「レイフィード叔父さん、これって……」


「空間を繋ぐ力が、強制的に絶たれたみたいだね……。それに……、見てごらん。外の様子が」


「え……」


 レイフィード叔父さんの視線の先を追うと、玉座の間の外……、青く澄んでいたはずの空に暗雲が垂れ込み始め、肌を何か気持ちの悪い感触が這い上がってくるようにぞわりと粟立った。何……、これは。

 

「ユキ、俺達から絶対に離れるな……」


「アレクさん……」


 私を守るように、アレクさんが肩を抱き寄せ宙を睨んだ。

 他の皆も……、何もないはずのその場所に、明確な意思を持って視線を向けている様子だった。

 

「そこにいるのだろう? わざと気配を漏らしているのなら、さっさと姿を現せ」


 外が完全に薄暗い闇に閉ざされたせいで、この玉座の間にもそれが及ぶ。

ディアーネスさんが槍の先を宙へと突き付けると、どこからともなく……、女の子のクスクスと笑う声が不気味に響き始めた。

 

「うわー……、二度と聞きたくなかった面倒な声だね」


「ええ。本当に……、やはり……、生きていたと、そういう事なのでしょうね」


 雰囲気的には苦笑しているようだけど、その中に……、サージェスさんの声音には迫りくる危険を察知している気配があった。

 アレクさん達が、腰の剣へと手をかける。

 ディアーネスさんのすぐ傍では、宰相のシュディエーラさんが場に生じた異質な気配に眉根を寄せ、やはり皆が見ている場所と同じ部分を険しげに見つめていた。

 玉座の間を満たすように聞こえてくる少女の笑い声は、私も聞いた事がある子のものだ。

 

『ふふ、こんなに沢山の方々が集まられている場所に姿を晒すのは、正直、少し恥ずかしいですわね……』


 ゆらりと空間が捩じれたかと思うと、薄らとその可憐な少女の姿を浮かび上がらせた。眩く柔らかな流れを描く金の髪、愛らしく美しい天使のようなその顔。

 嬉しそうに笑みを形作る唇と、見た目の純粋無垢な印象を穢すかのように、そのアメジストの双眸には、歪んだ狂気が浮かんでいる。

 貴族の女の子が纏うような、上品で仕立ての良さそうな漆黒のドレス。

 裾に流れるフリルが、彼女の可憐さを惹き立てながらクルッと回った時に風に靡いた。


「お久しぶりですわ、と、言えば良いですかしら? 私から大切なお兄様達を奪い、この命までも害そうとなさった……、下賤な女帝」


 少女は笑いながら自分を睨み付けているディアーネスさんを見下ろしている。

 

「貴様は元から生きてなどいない……。遥か昔に母親と共に息絶え、この世を彷徨っていただけの亡霊だ」


「あら、前は確かに肉体を持つ事は出来ませんでしたけど、今は……、ちゃ~んと、ふふっ、人の身体を有していますのよ?」


「誰かの身体を乗っ取ったとでも言うつもりか?」


「いいえ、正真正銘……、私専用の、一から創り上げた綺麗な肉体ですのよ。物にだって触れますし、肌を切られれば、血だって出ますもの」


 そうクスリと狂気めいた笑みを零した少女は、私がラナレディアの町で出会った子に間違いない。

 彼女はふわりと地へと舞い降り、玉座の間に集まっている人達の姿を流し見ると、私と目が合った瞬間、嬉しそうに両手を顔の前で組み頬に撫でつけた。


「お姉様! 元気そうで何よりですわ。この前お会いしたばかりですけれど、……呪いと傀儡の術はすっかり解けているようで、ふふ……、何よりですわ」


「……貴方は、……一体、『誰』、なの?」


「あぁ、私とした事が、そういえば、お姉様に名前を教えていませんでしたわね。改めまして、愛らしいお姉様、私の名はマリディヴィアンナ……。どうぞよろしくお願いいたしますわ」


「……マリディ、ヴィアンナ」


 少女はドレスの両裾を掴み、優雅に一礼してみせる。

 私を見つめながら笑む様は、可愛らしい少女のように見えるのに、その手は間違いなく血と罪に濡れている……。

 悲しい最期を遂げた何代か前のガデルフォーン皇帝さんの落とし子……。

 その魂は救われる事なくこの世を彷徨い続け、ディアーネスさんのお父さんを息子である皇子様達の手によって殺害させ、ガデルフォーン皇国を混乱へと陥れた。

 そして、存在を消されたと思われていた彼女は、最後の最後で、ディアーネスさんのお兄さん達の魂を身体から引き剥がし、封じられた魔獣の傍に縛り付けたのだ。

 彼女の中に潜む狂気を感じ取っているかのように震えが止まらない。


「ユキにも余計な手を出してくれたようだが、我の前に現れた以上、その身を引き裂き、この世に執着し続ける貴様の魂を、今度こそ、ひと欠片も残さずに消し飛ばしてやろう」


 槍をしっかりと握りしめたディアーネスさんが、マリディヴィアンナの目の前に一瞬で距離を詰め、それを振り下ろす。


「相変わらず野蛮な女ですわね~。ご挨拶に伺った私に対して、こんな得物を向けて害そうとなさるなんて……。忌々しいふてぶてしさは健在ですわね?」


「黙れ。大方、ガデルフォーンの『場』への干渉も、先ほどの異変も、貴様の仕業であろう」


「ふふっ、私の……というよりは、ヴァルドナーツのお仕事の成果ですけれど。あの中がどうなっているのか……、知りたいかしら?」


 聞いた事のない名前がマリディヴァンナの小さな唇から紡がれ、彼女はディアーネスさんの槍を上手くかわしながら、また宙へと舞い上がった。

 ユリウスさん達の身に起きた異変は、彼女が関係している事がはっきりしたけれど……。クスクスと狂気を纏いながら笑うマリディヴィアンナの姿が、嫌な予感を煽り、息苦しさを覚えさせる。


「まだ術が発動している最中ですから、死んではいないと思いますわよ? けれど……、身体も精神も、『あの力』に侵され、ボロボロになっているでしょうけれどね」


「そんな……!!」


 アレクさんに肩を掴まれていなければ、きっと私は前に走り出していたはずだ。

 マリディヴィアンナの嘲笑は、その容姿には不似合いなほどに歪んでいて……。

 魔術師団の人達やユリウスさんにした事を、まるで意に介していない。

 

「肉体を有しているという事は、捕えやすくもあるという事だな……。サージェス、女帝陛下に加勢するぞ」


「了解。二度と会いたくない相手だったけど、目の前にいる以上、仕方ないからね。クラウディオ、君もぼーっとしてないでさっさと動きなよ」


 ルイヴェルさんに促されたサージェスさんが、ユリウスさん達の話にショックを受け立ち尽くしていたクラウディオさんの肩を叩き、マリディヴィアンナの捕獲に移った。けれど、人数が増えてもマリディヴィアンナは焦るでもなく、舞い踊る蝶々のように軽やかなステップを踏み、皆を嘲笑うかのように逃げ回っている。

 

「残念ですわね~。私は昔とは違いますもの……。この肉体も私専用の特別製ですし、あの頃とは大違いですのよ?」


「ならば、その力を揮えぬように、貴様を我らの檻の中へと閉じ込めてやろう。

 肉体を得た事を……後悔させてやる」


 玉座の間の絨毯に長い槍をダン! と強く打ち立てたディアーネスさんが、その美しい唇から詠唱を紡ぎ始めた。

 同時に、彼女の詠唱を邪魔させないようにサージェスさんやシュディエーラさん、他の皆さんがマリディヴィアンナへと攻撃の手を仕掛ける。

 

「いい加減、成仏した方が良いと思うんだけどねー。君さ、新しい生から始めた方が絶対に幸せになれるよ?」


「ふふ、私は私のままでありたいんですの。ガデルフォーン皇帝の娘として生まれた私として、永遠の幸せを掴みとる……。誰にも、私の夢を奪う事なんてさせませんわ」


 サージェスさんが繰り出した剣撃がマリディヴィアンナの柔らかな頬に掠り、うっすらと紅の雫が肌を伝う。

 マリディヴィアンナは不愉快の気配を表情に刻み、指先で傷をなぞると元の滑らかな肌へと戻った。


「せっかく手に入れた肉体に傷が付いたではありませんの……。 殿方ならば、淑女に対し礼儀を払うべきですわ」


「自分で治癒出来るんなら、問題ないでしょ? それよりも、さっさと観念したらどうだい? ほら、次が来るよ」


 攻撃を仕掛けているのは自分だけではないと、サージェスさんが笑みを刻み後ろに飛び退いた瞬間、燃え盛る炎を右手に纏ったクラウディオさんが、避けようとしたマリディヴィアンナのドレスの端を焦がし、今度は反対方向から鋭く尖った氷の刃を幾つも指先に挟み投げ放ったルイヴェルさんの攻撃が繰り出される。


「ここには野蛮な殿方しかいないのかしら……。自分達よりも弱く可憐な淑女を傷付けようだなんて、無礼千万ですわ」


「見た目通りなら、俺達も丁重に扱うんだが、な!! お前には、親父や弟達が受けた借りがあるっ」


 氷の刃にドレスを引き裂かれたマリディヴィアンナに追い打ちをかけるように、ラシュディースさんの手から放たれた魔力が彼女の身を吹き飛ばそうと襲いかかるが、寸でのところで避けられてしまう。

 

「ラシュディースお兄様まで、私をいじめるんですの? 私はただ、家族一緒に……、幸せになりたいだけ、ですのに」


「寝言はあの世で言うんだな。ラシュの野郎は、お前の兄貴じゃない。そしてお前の母親や父親も、遥か昔に死んだ存在だ」


「きゃあああっ!!」


 マリディヴィアンナの足下に突如突風が吹き上げるように発生し、彼女はその身を傷付ける意図をもった風に煽られ、その肌の至る所に痛々しい傷を生じさせていく。

 術の出所は、少し離れた所で不敵に笑っているセルフェディークさんだった。

 

「叶わぬ望みを抱いて一体何になるのですか。貴女はすでに死した存在。冥界へと旅立たれるのが、本来の在り方でしょう」


 収まった突風から地へと崩れ落ちたマリディヴィアンナを哀れむように見つめたシュディエーラさんが、触手を放ち、その小柄な身体を戒める。

 直後、ディアーネスさんの詠唱が完了し、光の檻が彼女の周りを取り囲んだ。


「また……、この檻ですの? 芸がないですわねぇ」


「前に貴様を封じ込めた檻とは違う。今の貴様には肉体があるからな……。中の魂が逃げ出さぬよう、構成を変えてある」


「それで? また私を消滅させようとでも言うのかしら? その無粋な槍で私の身を貫き、魂を引き摺り出して砕くの?」


「すぐにそうしたいものだが、貴様には仲間がいるな? ガデルフォーンの『場』に干渉し、今この時も、我が民を苦しめている下賤の輩が」


 ディアーネスさんが脅しをかけるように槍を檻の中にいる彼女に突き付けると、『場』を覆っている謎の力を解くように要求する。

 

「ユリウス達のいた『場』だけでなく、調査の者達がいる『場』にも同じ影響が出ている。本来であれば、何の目的だと聞くべきところだが、それは後だ。マリディヴィアンナよ、この場に貴様の仲間を呼べ」


「い・や・で・す・わ。お馬鹿さんですわね~。ヴァルドナーツのお仕事はまだ終わっていませんの。呼べと言われて、呼ぶわけがありませんわ」


「自分の状況がわかっているのか、貴様は……。前の時のように、何か仕出かす気なら諦めるがよい。『宝玉』の力を継承し、女帝となった我であれば、あの時のようにはいかぬ」


「……『宝玉』。ガデルフォーン皇家に伝わる秘宝ですわね。私にだって、受け継ぐ資格があったでしょうに……。こんな冷血女に所有されるだなんて、ふふ……、神秘の宝玉も、可哀想ですわね」


 檻の中に囚われたというのに、マリディヴィアンナは焦る事も、命乞いをする事もなく余裕の表情だった。

 それどころか、口許には歪んだ笑みを纏い、ディアーネスさんを挑発するように微笑んでいる。

 

「一応、今の所外部からの干渉は感じられないけど……。はぁ、この子、絶対なんか企んでるよねー……」


 四角い檻の中で触手に四肢を繋がれているマリディヴィアンナの様子は、誰がどう見てもまだ何かありそうな気配だった。

 私は少し後ろの方でアレクさんに守られながら彼女の様子を見ていたのだけど、その時、マリディヴィアンナの視線がこちらを向いた。


「お姉様……、どうして皆……、私をこんな風に苛めるのでしょうね。ただ幸せになりたいと願う事の何が悪いんですの? 私は……、ずっと一人でしたのよ? 優しいぬくもりを求めて……、何が、きゃあああああ!!」


 私を見つめながら、うるうると瞳に涙を浮かべ寂しそうな声音で訴えていたマリディヴィアンナの入っている檻の中に、突然青い光の雷撃のような衝撃が走った。

 

「さ、サージェスさんっ」


 その術を仕掛けたのがサージェスさんだと気付けたのは、彼の右手に魔力の名残である青い光がバチバチとまだ残っていたから。

 檻の中で雷撃に身体を苛まれ傷付けられた彼女が、見ているのも辛くなるほどに、痛い痛いと苦痛の声を漏らしながら泣きじゃくっている。


「あの、もう捕えたんですから、そんな酷い事はしなくても良いんじゃっ」


「お姉様……」


「ユキちゃんは優しい子だよね。だけど、この悪戯っ子なお嬢様には、昔の事も含め、きちんとお仕置きしないといけないんだよ」


「で、でも……」


「ユキ、サージェスにはサージェスの仕事がある。お前には酷な光景だとは思うが、あの娘に関しては、可哀想という感情はもつな」


「ルイヴェルさん……」


 私の傍へと歩み寄ってきたルイヴェルさんが私の両目を覆うように片手を当て、辛いならアレクさんと一緒に部屋へと戻るように促してくる。

 その間にも、マリディヴィアンナの辛そうな泣き声が漏れ聞こえてきて……。


(彼女は、ずっと……、一人だった。お母さんと一緒に亡くなって……、自分だけ、取り残されて……)


 それだけを聞けば、私は心の底から彼女の寂しさに同情の念を覚える事が出来ただろう。だけど、彼女はあまりにも壮絶な罪を犯した。

 ディアーネスさんのお父さんを家族の手によって害し、沢山の罪を重ね続けて……。


(だから、同情なんてしちゃ……、駄目)


 そう思うのに、どうして私は彼女の傍に駆け寄りたいと思うのだろう。

 もしかしたら、何かの罠かもしれないのに……。


「アレク、ユキを外へ連れて行け。ここから先の光景は、心の傷に繋がるだけだ……」


「ルイ……。わかった。ユキ、一緒に行こう」


「レイルとカインも一緒に行け。あとの事は俺達が……」


 私達に退出を促したルイヴェルさんが、ふいに険しい表情を纏った。

 白衣を捌き、マリディヴィアンナの囚われている檻の頭上へと視線を走らせると、短く詠唱を唱え、魔力を込めた一撃を放つ。


「る、ルイヴェル……、さん?」


 今一体何が起きたのか、私は宙を見つめながら息を呑む。

 ルイヴェルさんが突然放った一撃は、何かの力によって相殺され、大きな煙を生じさせた。それを、前のほうにいたセルフェディークさんが風の術を放ち、視界を晴らすと……。


「挨拶もなしにこういう真似はないんじゃないかな……? ウォルヴァンシアの王宮医師さん……」


 静かで淡々とした少年の声……。

 煙が晴れた先に見えたのは、私の傍にいる二人と同じ銀の光を纏いながらも、綺麗な青が混ざる髪色をした……、神の御使いとも思えるような美しさを纏った少年。


「貴方は……」


 見覚えのある色彩をもつその少年は、マリディヴィアンナと一緒に私の許を訪れたあの子だった。

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