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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~
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ユキの困惑と増える問題

 アレクさんとカインさんが伝えてくれた想い……。

 私はそれを胸に抱きながら、自分の気持ちを一度落ち着けようと深呼吸をゆっくりと繰り返した後、サージェスさんから一冊の本を受け取った。

 気になる内容の本でもあったし、思考を通常状態に戻すには、何かに集中した方が良い。パラりと……、本の一ページ目を捲った私は、文字に目を走らせようとした、の、だけど。


「どうした、ユキ?」


「……ルイヴェルさん、も、文字が、難し過ぎて……、読めませんでした」


 自分の頭の中で、チーンという虚しい音が響いた気がする。

 おかしいなぁ、ある程度は読めるようになったと思っていたのだけど、この本に書いてある文字は、今までに見た事のない類の文字だった。


「タイトルは読めたんです。でも、中身が……」


「……貸してみろ」


 ルイヴェルさんに本を手渡すと、数ページほどパラパラと読んだところで、パタンとそれを閉じた。どうしたんだろう……。


「これは、確かにお前には無理だな……。本来であれば、開いた主の知識を読み取って、それに適した文字を構成する術が、長い年月を経たせいか、それとも術に欠陥があったのか、狂ってしまっている」


「あー、たまにあるんだよねー。そういう変な本。ごめんね、ユキちゃん。俺がちゃんと確認すればよかったよ」


「いえ、気にしないでください。私……、今日はもう、寝ますね。色々あって疲れてしまったので。お二人も気にせずに、ご自分の部屋へ戻ってください」


 クッションを横にずらして、寝る体勢に入った私。

 だけど……、あれ? お二人共、出て行く気配がない?


「それがねー、ユキちゃん……。年頃の女の子には物凄く申し訳ないんだけど、陛下の勅命が働いているから無理なんだよね」


「はい?」


「最近の、ガデルフォーン国内に生じている異変、昨夜の魔物達の襲撃。そして、お前に接触した子供二人が施していった『呪い』と『傀儡』の件があるからな。問題が片付くまでは我慢しろ」


 の、呪い? 傀儡? ……ルイヴェルさんは何を言っているのだろう。

 さっぱりと理解出来ていない私に溜息を吐くと、ルイヴェルさんは側にあった椅子へと腰を下ろし、その長い足を組んで腕も同じように定めた。


「昨夜、お前が勝手に単独行動をした原因もそれだ。術をかけ、人を意のままに操る傀儡の魔術……。いつ掛けられたのかは定かじゃないが、呪いの方はその後だろうな。お前に『プレゼント』と称して、悪趣味極まりない呪いを植えつけていったようだ」


「そ、そんな物騒なものが……、ふ、二つも、私の、中に」


 さらに詳しい説明をルイヴェルさんから聞かされ始めた私は、サーーッと血の気が引いて、今にもふらりと倒れてしまいそうな錯覚に陥ってしまう。

 私は自分の胸元を押さえ、今もこの中で不穏極まりない術が蠢いているのだろうかと身奮いする。


「ルイヴェルさん、術を解く事は……、出来るんでしょうか」


 不安と絶望が混じる視線でルイヴェルさんを見つめると、プイっと横を向かれてしまった。

 い、今、直前まで、普通に会話をしてくれていたのに、急にどうしたの!?

 亀裂でも入ったかのように態度が豹変したルイヴェルさんの周囲には、まるで極寒のブリザードが吹雪いているかのように感じられる。

 は、反応に困るというか、ルイヴェルさん……、私、貴方に何かしましたか!?

 

「る、ルイヴェルさ~ん……」


「大嫌いな俺に、呪いを解いて欲しいのか? お前は……」


「え……」


 ちらりと、視線だけを私に寄越したルイヴェルさんが、……少しだけ、不機嫌そうにそう言葉を向けてきた。……まさか、この人。


「……あの、もしかして、今日私が言った事を、気にして……、ます?」


「別に気にしてない。嫌いな奴によく助けを求められるものだなと、そう思っただけだ」


 再びプイっと横を向いたルイヴェルさんに、ツー……、と冷汗が背中を伝い落ちていく。


(こ、これは……、間違いなく、私の言ったアレを根に持っている!?)


 まさか、この話のタイミングで拗ねるような態度を取られるなんて思ってもみなかった。大嫌いという言葉をぶつけた時の反応だって無言だったし……、その後も何かを言って来ることはなかった。だから……。


(ルイヴェルさんには、何のダメージもなかったんだろな~と……)


 そう思い込んでいたのが甘かった!! 本当は物凄く気にしてたんですね!?

 

「少しは機嫌が直ったかなーと思ったら、また思い出したように拗ねて……。ルイちゃーん、大人の男の魅力が駄々下がりしちゃうよー?」


 大人げないなーと、サージェスさんが茶化しを入れると、ますますルイヴェルさんの機嫌が悪くなっていくのが気配でわかった。

 今までに私が見た事のあるルイヴェルさんの面というのは、そんなには多くないのだけど……。

 こんな風に不機嫌さを強調して拗ねるという面は……、まだ見た事がなかった。

 いつだって冷静沈着で、物事を自分のペースに持っていくタイプの人だという印象があって……。拗ねるなんて大人げない真似をするとは、夢にも思わなかった。


(だけど、私がルイヴェルさんに酷い事を言ってしまったのは、元々の原因を辿れば……)


 ルイヴェルさんの悪趣味な意地悪が原因……。

 今日の出来事をそう振り返ると、私は素直に謝る気分にもなれず、毛布の中にもぐり顔だけを出した蓑虫状態になった。

 呪いや傀儡という怖い術は早く解いてほしいけれど……。

 

「……」


 毛布から顔を少しだけ出した状態でルイヴェルさんの方を窺ってみると、サイドテーブルに頬杖を着いていたその顔が、視線だけでこう言ってきた。


『自分から謝ったら、考えてやらなくもないが?』


 ……と、言外に意地悪な催促をっ。うぐぐっ。

 ルイヴェルさん、何でこんなに時間が経ってから反撃に出てくるんですか!!

 普通は、言われた時に反応を示してそうなるはずでしょう!?

 心の中には、アレクさんとカインさんにどう向き合って行くかという悩みを抱えているのに、どうして追加で面倒な問題を乗せてくるんですか~!!

 そう抗議したい気持ちを抑え込んだ私は、ふとある事を思い出した。

 毛布を被ったままサージェスさんの方に近付いていく。


「ん? どうしたの、ユキちゃん」


「あの、サージェスさんも、お医者様、なんですよね?」


「うん、一応ね」


「の、呪いとかを解いたりとかは……、出来るんでしょうか?」


 確か、サージェスさんも戦闘の時に魔術を使っていたし、ルイヴェルさんと同じくお医者様としての腕も持っている。なら、私の中にある術を解いて貰えるかも、と、相談してみたのだけど。

 ……背後の気配が一層強く怖いものになったような気がするのは、はは……、気のせいだと思いたい。

 サージェスさんは足を組み直し、うーむと顎に手を当てて思案し始める。

 む、難しい……、のかな?


「……ごめんね、ユキちゃん。俺には……、無理なんだよ」


「え!?」


 悲壮感の漂う顔つきで首を振られた私は、血の気をサー!! と、落とした表情でカタカタと恐怖で震え始めた。


「さ、サージェスさん、そんなに……、私の中にある呪いや術は強力なものなんですか? わ、私……、し、死んじゃうんですかっ?」


「ユキちゃん……、ぷっ」


「……へ?」


「ぷっ、くくっ……、ははっ、ははははははっ!! そんな、はは……っ、ほ、本気で怯えた顔しちゃって……。か、可愛いね! はははははっ」


「さ、サージェスさん……?」


 何でいきなり噴き出したの? どうしてそんなに大声を上げて笑っているの??

 私は目を大きく見開いて、戸惑いと共にサージェスさんが落ち着くのを待った。

 

 ――ガタン!!!!!!!!!!!!


「え?」


 今度は背後から椅子を蹴倒すような音が響いて、え……。

 ずかずかと大股でサージェスさんの許へと近付いたルイヴェルさんが、無言のまま。


 ――ガッ!!!!!!!


 ルイヴェルさんが振り下ろした右拳が、サージェスさんの右手に受け止められ、そのまま力の攻防戦が始まってしまった。

 絶対零度とも言える眼差しでサージェスさんを見下ろしながら拳を押し進めるルイヴェルさん。笑顔でそれをお断りとばかりに押し返すサージェスさん……。


「お前まで便乗してどうするんだ? サージェス……」


「うん、とりあえず落ち着こうか。不機嫌すぎてキレやすくなってるのはわかるけどね。だけど、ここはひとつ冷静になって……」


「これ(ユキ)で遊ぶな……」


「そういうルイちゃんだって、大人げなく拗ねてるよね? 本当は呪いも傀儡も全部解き終わってるくせに、ユキちゃんを騙そうとしたでしょ?」


「そ、そうなんですか!? ルイヴェルさん!!」


 だとしたら、あの時よりもさらに悪趣味な意地悪としかいえない。

 私は毛布をバサッと払いのけて、ルイヴェルさんへと詰め寄った。

 じわりじわりと滲む涙。二度目の怒りのせいで感情は荒れ狂っている。


「本当なんですか!? もう私の中の術を解き終わってるって!!」


「……」


「本当だよ、ユキちゃん。跡形もなく綺麗にね」


「……それなのに、あんな意地悪な事をっ」


「あれー、これってもしかして、はは……、ルイちゃん、覚悟した方が良いよ」


 両手のひらを強く、強く……、怒りを込めて握り締め、私はキッとルイヴェルさんを睨み上げた。こんな大人げのない意地悪な人なんか……、


「やっぱり、貴方なんか大っ嫌いです!!!!!!!!!」


「……」


「あー。言われちゃったよ。今日で二回目だよ。……ルイちゃーん? 生きてる?」


「……」


 私からの二度目の大嫌いを受けたルイヴェルさんが、あの時と同じようにピタリと固まり、何の反応も返さず……、あれ? 何か違う。

 今度は、私をじっと見つめた後、何かを言おうとして……。


 ――ドターン……!!!!!!!


「ええええええええええ!?!?!?」


「ん……、何だ? ……え」


 絨毯の上へと何の前触れもなくルイヴェルさんが倒れてしまった直後。

 寝台の向こう側で眠っていたレイル君が目を覚まし、こちらを窺い……、一気に覚醒した。


「る、ルイヴェルー!? い、一体どうしたんだ!!」


「え、えっと……、あの、レイル君、これは……、その」


「うーん、一日に二回は流石に耐えきれなかったみたいだねー。こんなルイちゃん、初めて見たよ……。すごいね、ユキちゃん。あのルイちゃんが、君の一言で瞬殺だよ。天晴!!」


「全然天晴じゃありません!! あぁ、ど、どうしたらっ、ルイヴェルさ~ん!!」


 まさか私の言った言葉で倒れて気絶するなんて思いもしなかった。

 ど、どうしよう……!! さっきまであった怒りが遥か彼方へと吹っ飛んでいくかのように、私はルイヴェルさんの傍に向かい、何度も声を掛け続けた。


「大丈夫大丈夫。そのくらいじゃ、ルイちゃん死なないから。よっと……、隅の方で寝かせておけば、その内目が覚めるでしょ。レイル君、ちょっと手伝ってくれるかなー?」


「あ、あぁ。わ、わかった……!!」


「ユキちゃんは気にせずに寝てて良いからねー」


「で、でも……」


「ルイちゃんの自業自得だから気にしなくて良いんだよ。それと、俺も嘘吐いてからかっちゃってごめんね? 今度ちゃんとお詫びをするから、欲しい物とか考えといて。あ、食べ物でもいいよー」


 暢気にそう言うと、サージェスさんはレイル君と一緒に、部屋の隅へとルイヴェルさんを運び始めた。お、お任せしておいて、大丈夫……、なのかな。

 私は勧められた通り大人しく寝台に戻ると、毛布を被って瞼を閉じた。


(あのルイヴェルさんが、私の言葉で倒れてしまうなんて……)

 

 向こうの方でサージェスさんとレイル君の話し声がするけれど、本当に大丈夫なのかな……。倒れるって……、よっぽどの事、だよね。しかもその原因が……、私っ。

 ルイヴェルさんはちょっとやそっとの事では動じない人だと今まで思っていたから、もう、本当に何がどういう事なのか説明してほしい、切実にっ。


「はぁ……、問題が多すぎるよ」


 今は、アレクさんとカインさんとの事を真剣に考えなくてはいけないのに、何でまた問題が増えるの……。私は一度に沢山の事を考えられるタイプじゃない。

 だから今、心の中はいっぱいいっぱいで……、考えようとしても思考が上手く働かない。それはやがて、睡魔という形をとって、私の意識を夢の中へと誘い始めた。

 今日は……、もう、何も考えられない。ちゃんと向き合うのは……、明日、から……。

~その頃のアレクとカイン~


レイフィード

「君達ね、今……、何時だと思ってるんだい?」


アレク&カイン

(ガデルフォーン皇宮の一角で木から吊るされている二人)

「……」


レイフィード

「お仕置きとお説教、どっちが良いかな?」


アレク&カイン

「!!!!!!!!」(戦慄)


翌日、げっそりとした顔つきの二人の姿が、

広間で見かけられたそうな……。



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