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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~
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痛みを抱える心と二人の想い

 アレクさんを振り返ったカインさんが、眉を顰め苦痛の声を僅かに漏らした直後、口許を笑みの形に歪めた。


「何だよ、俺に先越されて悔しいなら、お前も改めて想いをぶつけりゃいいんじゃねぇか? 保護者の顔ばっか目立って、恋愛対象から除外される前に、よ」


「黙れ……。お前に指図される覚えはない」


「はっ、俺は親切心でアドバイスしてやってるだけだろ? お前のやってるユキ至上主義のお優しい行動ばっかりじゃ……、保護者や兄にはなれても、恋人にはなれねぇだろ」


 アレクさんの腕を掴み、自分の肩から外させたカインさんが、挑戦的な表情を浮かべ、挑発を彼へと向ける。

 その言葉は、アレクさん自身がずっと思っていた事……。

 私に、……一人の男性として見てほしいと、ずっと願っていた、彼の心。


「俺は……、ユキを守りたい。ずっと、笑顔でいられるように、俺の手で、ユキの全てを……。だが、俺は、……いつまでも保護者でいる気は、ない」


 アレクさんの蒼の双眸が、カインさんを見下ろし睨む眼差しの中に、ゆらりと強い熱を宿し始めたのがわかった。

 それは、ただの怒りだけじゃなくて、……今まで抑え込んでいた何かを表に出すかのような。


「どけ。お前の番は終わっただろう」


「……」


 アレクさんと少しの間火花を散らしていたカインさんが、面白そうに喉の奥で笑うと、大人しく寝台を下り、壁の方へと歩いていった。

 私の方は、カインさんからの不意打ちのような二度目の告白と、耳元で囁かれた台詞のせいで、もう今にも意識を失ってしまいそうなのに、こ、これ以上は……。

 けれど、そこで終わらせてくれるわけもなく、今度はアレクさんが寝台に片膝を着き、私の頬に右手を伸ばそうとすると、その手が触れる直前でピタリと止まった。

 険しい表情を浮かべ始めたアレクさんが、瞳の気配を切なげに揺らしながら口を開く。


「触れたいと……、そう思う気持ちは、今この時も、俺の中にある。今日、お前の意思も聞かずに触れようとした事は、許される事じゃない……。俺の勝手な想いを、お前に聞かせ続け、押し付けようとした事も……」


「アレクさん……、あの、私」


 その瞳の中に、少しだけ……、怯えているような気配が浮かんだけれど、それを塗り潰すように、また……、強い熱の揺らめきが灯り始める。

 顔の前で止まっていたアレクさんの手が動きを再開し、頬を撫でるように私のそれを包んだ。


「俺の抱えている想いは、お前にとって、……重荷になる。だから、極力、お前の前では、自分の抑えているものを出さないようには気を付けていた。だが、やはり……駄目だな。時を経るごとに、枷が外れやすくなっている。……好きになる度に、お前を愛する心が強まる毎に、自分を抑えられなくなっていくんだ」


 決して私の視線を逃がさないように、アレクさんが間近で私の瞳を捕らえる。

 自分だけを映してほしいと訴えてくる視線。

 蒼の双眸に溢れ出す想いを滲ませながら、私を見つめるアレクさん。

 逸らせない、許されない、アレクさんの想いから逃れる事は……、出来ない。


「お前の重荷になるとわかっているのに……。気が付けば……、お前に触れようと、俺だけを見てはくれないかと……、困らせてしまう自分がいる。今日の事もそうだが、また、いつ自分を抑えられなくなるかと思うと……」


「あの、今日の事は……、その、私が、アレクさんの気持ちを知っていて、お兄さんみたいだって……、アレクさんの心を傷付けてしまったのも悪かったんです。だから、そんなに自分を責めないでください……」


「ユキは……、優しい。そうやって、俺のやった事を許そうとする。だが、今の俺には、それが辛いんだ……」


「え……」


「俺の言葉や行為では、お前の心に何の波紋も落とせないのかと。許されないような事をしてでも、……お前の心に、俺を刻みつけたいと願ってしまうんだ」


「……あ、アレクさん」


 頬に重ねてある手のひらの熱が、どんどん強まっていく気がする……。

 それは、彼が危惧している通り、私を傷付けてしまいかねないような危うさをも秘めたもので……。

 私の事を想う気持ちが強くなる度に、アレクさんは苦しみを抱えてしまう。

 彼はそう話しながら、申し訳なさそうに表情を曇らせる。

 けれど、その気配が次の瞬間には、決意を秘めた力強い意思を持つ。


「俺の想いは、これからもきっと……、お前を戸惑わせてしまうだろう。出来る事なら傷付けずに、お前の心を壊さないように大事にしながら、俺という存在を受け入れて欲しいと願ってはいるが……。お前を愛している限り……、そんな事は無理なのだろうと、今日改めて自覚した」


「……む、り?」


「あぁ……。俺がお前に触れたいと、存在を感じてほしいと望むのは、全て、お前を愛しているからこそ生じる本能なんだと、な。だから、これを切り離してお前を愛する事は、恐らく無理だ」


「おやー、アレク君てば、ついに本能に従って、ユキちゃんを食べちゃう宣言なの? 確かにそれだったら、ストレス堪らないだろうけどねー」


「……」


「んなわけ、ねぇだろうが……」


「はぁ……。サージェス、黙って聞いてやれ」


 アレクさんが話している途中で、カインさんの時と同じく、サージェスさんがにこやかに茶々を入れてくる。ルイヴェルさんの窘める声が左から響き、壁の方からもカインさんの呆れるような溜息が漏れ聞こえた。


「アレク君の場合、放っておいたら際限なく語りまくるんじゃないかと思ってね。ユキちゃんの負担も考えて、出来ればシンプルにストレートにいってほしいかなーと。そろそろ心臓限界迎えちゃいそうでしょ? ユキちゃん」


「え、えっと……、それは」


 指摘された通り、早鐘を立てる鼓動は、熱を抱きながら私の心をも焦がし尽そうと高鳴っている。

 それは、アレクさんのせいだけじゃなくて、さっきのカインさんとのやり取りも含めて、……なのだけど。確かに、これ以上話を続けていたら、気が遠くなって倒れてしまいそう。

 

(……でも、アレクさんの気持ちを最後まで聞かないと)


「素直に、シンプルに、ユキちゃんに言った方が良いんじゃない? アレク君」


「……そう、だな」


 サージェスさんの茶化すような声音に渋々ながら頷くと、アレクさんは私に「すまない」と一言謝って、話を再開した。


「言葉を短くして済ませるというのは、俺には少々難しいんだが……。ユキ、ひとつ、聞いても良いだろうか?」


「は、はい」


「俺はきっとこれからも、幾度となく枷を外してしまう危険性がある。その度に、お前を怖がらせたり、戸惑わせたりと、自分の身勝手な想いをぶつけてしまうかもしれない」


「……」


「ユキにとっては、迷惑そのものでしかない。俺が抑えているこの心の片鱗を見せる度に、俺を厭うようになる事もあるかもしれない」


「そんな、私がアレクさんを嫌う事なんて……」


 今まで私を温かく、力強く見守って来てくれた人を、嫌いになれるわけなんかないのに。そう言葉を挟んだ私に、アレクさんは少し困ったように笑って、もう片方の手で、私の手をぎゅっと握りしめた。


「そういう可能性もある、という事なんだ。俺の中の醜い衝動が強くなるということは、同時に、お前に対する愛情が増しているという事だ。だから、それを切り離して考える事は出来ない。だから……、ユキ、お前に許しを乞いたい」


「え……、ゆ、許し、ですか?」


「そうだ。これから先、お前にとって危険な要素になるかもしれない俺を……、困らせて泣かせてしまうかもしれない存在が傍に在る事を、許してくれるか、と」


 ……アレクさんの温もりを手に、瞳に感じながら、私は瞼を閉じる。

 人を愛するという事は、私にはまだ難しい事で、今、彼が抱いている想いがどれほどのものなのか、それを本当の意味で理解する事は出来ない。

 だけど、恋という感情が人に何をもたらすのか……。

 優しく甘い色だけではない事は、アレクさんを見ていればわかる。

 相手を想うからこそ苦しんで、自分の中に芽吹き絡みつく醜い衝動と闘いながら、自身をも傷付ける。それが、痛いほどに私の心へと伝わってくるから……。

 

「ルイ達にお前を預けた後、一人になって考えた。俺という存在をお前の傍に置く事は、非常に危険なんだと……。だが、結局……、どれだけ考えようと、お前の傍にいたいという想いがまさってしまう」


「アレクさんは、とても……真面目な人だから、凄く、悩んだんだと思います。私も、アレクさんの胸の内を聞かせて貰ってから、色々考えました……。恋をする事がどんな想いや行動を生むのか、私の出す答えが……、アレクさんとカインさん、お二人に、どんな傷を与えてしまうのか、と」


「ユキ……、俺も、アイツと同じように、覚悟は出来ている。むしろ、俺達の我儘でお前を振り回しているようなものだ……。その果てにどんな答えが出ても、俺はお前の騎士として、友人として、在り続ける」


「アレクさん……」


 二人には在って、私にはなかった『覚悟』。

 その想いと今、私は間近で向き合っている……。

 真剣に想ってくれる二人に私が返せるもの……、それは。


「ご、ごめんなさい……。私……」


 ぽろぽろと金平糖のように涙が落ちては、アレクさんの手の甲を濡らしていく。

 涙で視界が霞み、アレクさんの表情が見えなくなるけれど、きっと困った顔をしているはず。急に泣き出して……、私は一体何がしたいのだろう。


「わ、私が……っく、私が、一番……、二人を、こ、困らせて、いますっ」


「ユキ……」


「だ、だから、アレクさんは、何も……、うぅっ、あ、謝る……、必要は、ないし。許すとか、許さないとか、そんなの関係、なくて……っ」


 堪え切れずに涙を流し続ける私の目元を、アレクさんが指先で涙を拭いながら宥め声をかけてくれる。


「ユキ……、お前もアレクと同じで、真面目に考えすぎる性質だな。最終的には、お前の心が求める相手を選べば良い、単純な話だ。 別に、アレクとカイン二人から選ぶ必要もない。出会いは幾らでもあるからな……」


「そうそう。ルイちゃんの言う通りだよー。ユキちゃんまだ若いんだから、むしろ恋愛は大人になってからで良いとも思うけど、早くから一人に絞る必要なんてどこにもないんだよ? むしろ、アレク君と皇子君は練習台だとでも思って、気楽に気楽にー」


「サージェス!! 余計な事噛ませるなら部屋から出て行きやがれ!!」


「いちいちサージェスの発言に噛みつくな、カイン」


 壁を離れ、サージェスさんに喰ってかかろうとしたカインさんが、ルイヴェルさんの制止を受け、舌打ちを漏らす。

 その間も私は涙を止められず、アレクさんが取り出したハンカチで目許や頬を拭われていた。


「すまない、ユキ……。やはり俺は、お前を困らせてばかりだな」


「ち、違うんです。前にもお伝えしましたけど……、私、初恋もまだなんです。だから、お二人の想いの強さに応えられるほどの心の準備も器もなくて……。でも、必死に自分の気持ちを育てなきゃって焦り始めた気持ちもあって……」


「あのなぁ、別に急がなくても良いって前から言ってんだろ」


「そうだぞ、ユキ。俺達は、お前を想う気持ちを許されているだけで、幸福なんだ」


「で、でも、カインさんは、手を出すのを堪えてるとか言ってましたし、アレクさんも色々悩んでいて、私のせいであんなに苦しんで……」


 私が早く、二人に答えを返せないから生じている問題のわけで……。

 でも、今の私にはまだ二人の内どちらかを愛するという感情も定まらなければ、どちらかにごめんなさいを向ける覚悟もない。

 そんな自分が嫌で嫌で、こんな風にみっともなく泣いてしまっているというのに。


「ったく」


 カインさんがアレクさんを押しのけ、私の額目がけて容赦のないデコピンをお見舞いしてくる。


「痛っ!!」


「ユキ、大丈夫かっ」


「このくらいで痛がってんじゃねぇよ。おい番犬野郎、テメェもだぞ。くだらねぇ事で悩んでる暇あったら、俺に出し抜かれねぇように、ユキを口説く事に専念したらどうだ?」


「余計な世話だ。それよりも、ユキの肌に傷をつけた罪を贖え」


「アホか。指で弾いたくらいで何が傷だ。テメェのそういう過保護なとこばっか見てると、恋人候補っつーより、保護者にしか見えねぇけどなぁ?」


 あぁっ、か、カインさん、どうして今このタイミングで禁句を!!

 私に『保護者』や『兄』に見られる事を嫌がっているアレクさんにそれは駄目!!

 だけど、すでに零れ出た言葉は取り返しがつくはずもなく……。


「アレク、カイン、暴れる気なら、外に行け。皇宮の外れあたりなら、多少の戦闘は許される」


「え? る、ルイヴェルさんっ、何を勧めているんですか!!」


「あぁ、そうだねー。あそこなら、ま、別に壊しても平気でしょ。ユキちゃんの事は俺とルイちゃんで見とくから行っておいでー」


 さ、サージェスさんまで!!

 カインさんは今、アレクさんに胸倉を掴まれて互いに睨み合う状態になっているのだけど、ルイヴェルさんとサージェスさんの勧めを聞いて、パッと身を放した。

 そして、出て行く前に、一度私を振り向いたカインさんが、一喝。


「俺達はな、勝手にお前の事を想ってるだけだ。だから、それに対して、早く答えを返そうとか、傷付けるとか、どうしようもねぇ事ばっか考えて一人で閉じ籠ってんじゃねぇよ!! いいか? 俺達の事は気にすんな。大事なのは、お前の素直な気持ちなんだからな!!」


「カインさん……」


「番犬野郎、テメェもだからな? ぐだぐだ面倒な事考えてる暇なんかねぇだろ。テメェが頭抱えてる間に、俺がユキの心に踏み込んじまうぞ」


「お前と話していると、何故こうも苛立つんだろうな……。人を挑発して、からかって楽しいか? お前のような男がユキの傍に在ると思うと……、今すぐ斬り殺してやりたくなる」


「はっ、やれるもんならやってみろよ? このド真面目頑固騎士野郎」


「はいはーい、さっさと退出退出だよー。ユキちゃんの負担になるからねー。喧嘩はお外で仲良くだよー。さ、ユキちゃん、もう一回寝る? それとも、本でも読んであげようか?」


「あ、あの……」


 カインさんとアレクさんが睨み合いながら出て行く様子を見送ると、サージェスさんがどこから出したのか、その手に何冊かの本を抱いていた。

 絵本とか、普通の物語の本とか、種類豊富にそろえられている……。

 私はその中に、気になるタイトルを見つけ、それを貸して貰えるように頼んだ。

 古ぼけた青色の本……。一体いつ書かれた物なのかはわからないけれど、前にラシュディースさんが話してくれた過去の出来事に纏わるそのタイトルが、私の目を引いた。


 ――タイトルは、……『ガデルフォーンの魔獣』。


 今もまだ、ディアーネスさんのお兄さんである皇子様達の魂が囚われている場所に封じられている、古の魔獣。

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