不穏なる者達の嘲笑3
ユキが二人への想いで涙に濡れて眠りに就いた晩の事。
ガデルフォーン国内のある場所で、『彼ら』はひとときの休息を得ていた。
※敵サイド、不穏を抱く者達の、第三者視点です。
「ふあぁ……、良く寝た~」
「朝眠りに就いてから、夜になるまでの十数時間だよ~。寝すぎだじゃないかな?」
仄明るい炎の灯りを生む焚火に照らされながら身を起こした闇夜色の髪の青年が、自分の肩を揉みながら、その声に視線を向ける。
太い幹に背を預け、難解なデータを記録として空中に表示させ、真剣な表情でそれを眺めている不精髭の男に。
普段は不精髭を生やしただらしのない男にしか見えないが、こう見えて、青年達の仲間内では頭脳労働の役割を果たしている。
「朝眠りに就いてから、夜になるまでの十数時間……。寝すぎだと思うよ」
呆れまじりの視線を不精髭の男から向けられ、寝起きの男は肩を竦めて笑う。
「仕方ないだろ。昨夜は『核』で使った玩具遊びで、俺もこいつらも夜更かしだ。それに、最近は『仕事』で忙しかったからな。寝不足解消もしたくなるってもんだよ」
片膝を立て、不精髭の男、ヴァルドナーツを物憂げに見やりながら、闇夜色の髪の青年は苦笑を滲ませた。
彼のすぐ傍では、毛布を肩まで被り、幸せな夢を見ているかのように表情を和ませて眠る二人の子供の姿がある。
ガデルフォーンにいる間は、『仕事』が終わるまでは、こうやって、人気のない森や洞窟を選んで寝泊りをしている四人だ。
「そういえば昨日は聞く暇がなかったけど、『お仕事』は上手くいったのかい?」
「万事抜かりなく、な。仕掛けまでは全部終わらせといた。ガデルフォーンでの『仕事』が終わったら、あっちを動かせばいい」
「了解。ご苦労様。……ふぅ、しかし、俺達って、本当……、不思議な関係だよね~」
不精髭の男、ヴァルドナーツが一度、記録の類を全て消し去ると、眠り込んでいる二人の子供を微笑ましそうに見遣った。
「元々、何の関係もない他人同士が、こうやって身を寄せ合っている」
「そうか? 関係がないとは言えないだろ。俺もお前も、こいつらも……、根元に抱えているのは、同じ思いだ。それが共通しているから、行動を共にしている。そうだろ?」
「……そうだね」
ヴァルドナーツと闇夜色の髪の青年、そして、この子供達が抱く……、思い。
それは決して、このエリュセードの民達には歓迎されない、排除されるべき存在の自分達。その手に、魂の底から欲した願いを掴みとる為に、彼らは禁を犯す道を選んだ。
「ん……」
二人が子供達を眺めていると、金髪の少女、マリディヴィアンナがゆっくりと瞼を押し開き、隣で眠る少年を揺り起した。
「起きてくださいな。……私達の施した術が、解呪されたようですわ」
「……ふあぁ、おはよう、マリディヴィアンナ」
起き上がった少年が、自分の髪を撫でつけ、グンっと背を反らすと、ふぅ……、と、ひと息零す。
マリディヴィアンナの言う通り、少年も自身が施した呪いが解かれるのを確かに感じていた。
「お前ら、またなんか悪さしてきたのか? 昨夜も、魔物の操作を俺に任せて、少しの間どこかに行ってたよな?」
「ふふ、お姉様に会いに行っていましたのよ」
「お姉様?」
「ええ。とても可愛らしくて素直そうな……、私好みのお姉様でしたの。ほら、前回の時は、お兄様を手に入れ損ないましたでしょ? だから……、今度は、お兄様ではなくて、お姉様が欲しくなりましたの。蒼い髪がとても綺麗で、温かいぬくもりを与えてくれるお姉様を……」
マリディヴィアンナは、うっとりと頬を染め、お姉様……、と酔いしれながら呟いている。そして、右手を前に翳し、お姉様……、否、ユキの姿をそこに映し出す。
「ウォルヴァンシアの王兄姫、ユキ・ウォルヴァンシアか。僕の集めた情報によると、異世界とエリュセードの混血児らしいよ」
毛布をたたんでいた少年が、『記録』を見上げながらユキについての説明を添える。
「異世界? ……ふぅん、本当にあるんだな。そういうの。で? この女をお前のお姉様にしたいってわけか? マリア」
青年が口にした愛称は、マリディヴィアンナの名前を呼びやすく略したものだ。
彼女はにっこりと頷くと、お姉様お姉様とうわ言のように繰り返す。
「完全にベタ惚れしたな、このお姫さんは……」
「マリディヴィアンナは、一度ハマると、とことん執着するから……」
青年と少年が視線を交わし、はぁ……と、疲労混じりの溜息を同時に吐き出した。
ヴァルドナーツの方も同じく、自分の世界に浸りくるくると踊るマリディヴァンナを眺めながら苦笑いだ。
「ウォルヴァンシアの王兄姫、か。まだ少女期って感じだが、可愛い顔してるじゃないか……。まだ、なんにも染まってなさそうな無垢な気配が、俺好みだな」
腕を組み、愉しそうにユキの記録に視線を定めた青年が、獲物を見つけた獣のように微笑した。
「珍しいね……。君は遊び慣れている女性の方が好みかと思っていたけど」
「そっちも面白いが、俺としては……、こういう穢れを知らなさそうな女をじっくりと落としていくのも好きなんだよ。真っ白な布を染めるように、俺の色を沁み込ませて変えていく。お子様なお前にはわからないだろうが、その過程を見るのも、面白いぞ?」
「……あまりわかりたくはないかな。それより、そんなに目の前のお姫様が気になるなら、遊んで来たら? まだ、僕達の『仕事』を本格的に動かすまで時間があるし、……僕からのお願いも聞いてほしいな」
「お願い?」
「あぁ。……とっても面白い事になるよ」
――大勢の人に守られて、笑顔で過ごし続ける『君』の穏やかで幸せな日常を、ほんの少しだけ、僕達の手で掻き乱してあげよう。
以前、ユキの血とウォルヴァンシアの住人達のせいで失敗した『仕事』。
彼らのせいで、少年達はまた別の『仕事』をしなくてはならなくなった……。
あの時の屈辱をこの機会に晴らしてしまおうと、少年はほくそ笑む。
(それに、もうひとつ、面白い仕掛けもあるしね……)
少年は、真紅の瞳を面白げに細めた青年の耳元に唇を寄せ、楽しい悪戯の計画を囁いた。




