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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~
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休息所からの帰り道

「こんのっ、大馬鹿娘~!!」


「きゃあああ!!」


 休息所を出た後、私は騒動の発生源に向かおうとしたものの……。

 迂闊に危険な場所に身ひとつで飛び込むのは問題があると判断し、一度レイル君とカインさんを起こしに戻ることにした……、のだけど。

 もう少しで部屋のある区域に辿り着くと思ったその時、こちらに向かって走ってくる人影が見えた。私の姿を視界に認識した瞬間、人影――カインさんは、物凄い剣幕で駆け寄り、あっという間に私を米俵スタイルに抱え上げてしまった!!


「勝手に一人でどこ行ってんだ、お前は!!」


「ご、ごめんなさいっ!!」


 怒ってる!! 本気でカインさんが怒ってる!!

 私を叱り続けながら、部屋に戻る道を早足で急ぐ。


「面倒な騒動があったってのに、迂闊すぎるにもほどがあるだろうが!! 何で俺やレイルを起こさないんだ!! 学習能力付いてんのか、お前は!!」


「うっ……うぅっ」


 確かに、……その通りだった。

 あんな怖い怪物達の一件があったのに、前にもレイル君に注意されていたのに……。こんな真夜中に、迂闊にも一人で出歩いてしまった。

 学習能力がない、警戒心がないと叱られても仕方のない事。

 だけど……。

 どうして私は……、一人で行動してしまったのだろうか。

 怪物騒動があったのに、あまりに不用意過ぎた自分の行動。

 昼間には、瘴気の被害にも遭ったのに……、どう、して?

 迷う事なく部屋を出て、ゆっくりとだったけど……、私はさっき訪れた庭園を目指して歩いていたように思う。それに、あの子供達の事も……。

 とにかく、心配を掛けてしまったのだから、ちゃんと謝らないと。


「ごめんなさい、カインさん。本当に……、ごめんなさい」


「……」


 ストンと私を地面に下ろすと、カインさんはまだ怒っている表情をしたまま、――むにっと私のほっぺの肉を抓んできた。


「い、いひゃい!! いひゃいでふっへ!! ひゃいんひゃんっ!!」


「仕置きだ、二度と一人で出歩かねぇように、よぉーく教え込んでやる!!」


「ふにゃあああ!!」


 どれだけ容赦なく人の両頬を抓んで引っ張るんですか~!!

 言葉にならない叫びと共に、泣きそうな顔で抗議し続けていると、ようやくお仕置きから解放された。


「はぁ、はぁ……。じ、自分だって、ルイヴェルさんの言いつけを破ろうとしたじゃないですか~!!」


「あれは、俺とレイルがついてたんだから良いんだよ」


「屁理屈です!!」


 ジンジンと真っ赤に染まった両頬を押さえてカインさんを睨み上げると、その怒っている表情が徐々に変化し始め、……。


「俺の目が届かないとこに行くなって言ってんだよ。お前は、自分一人の身を守る力もないひよっこだろ。俺達が……、俺が守ってやれないとこに、一人で行こうとすんな」


 私を見下ろして見つめる真紅の瞳が、その低い声音が……、怯えを含むように震えている。カインさん……? 自分がどんなに心配されていたのか、さらに深く、わかったような気がして……。

 その右手が私の腰を捉え、抗う前に腕の中へと全て閉じ込めてしまう。

 首筋にカインさんの顔が埋まって、切なさを滲ませた声音に鼓動が揺れる。


「本気で焦ったんだからな……。お前、今この皇宮で何が暴れてるかわかってるか? まだこの区域には来てねぇけど、……もしお前が何かあったら、って、すげぇ、心配したんだぞっ」


「く、苦しっ、か、カインさんっ」


「うるさい。それだけ俺やレイルを心配させたんだ。このくらい我慢して聞けよ」


 カインさんの話では、私が庭園の休息所であの恐ろしい爆発音を耳にしていた時、皇宮内の異変に飛び起きたカインさんとレイル君は、まず私の部屋に駆け付けてくれたそうだ。だけど、応答する声は勿論なくて、庭にまわって中を確認したら、もぬけのから

 二人がどれだけ焦り私を心配してくれたのか……。

 話を聞くにつれ、申し訳なさすぎて堪らなくなってしまった。


「もう一人でどっかに行こうとすんな……っ。今度俺をおいて行ったら……」


「お、おいて行ったら……?」


 カインさんが身の危険を感じさせる気配を含み声音を低めると、首筋から顔を上げ、――完全に据わった眼差しで私の瞳を射抜いた。


「ルイヴェルと二人で、お前をいじり倒してやる」


「!!!!!!!!!!!」


 嫌ああああああああああああ!!

 そ、それだけは、それだけは嫌ぁあああああああああああああ!!!!!!!!

 頬を引っ張られるより、食事を抜きにされるより、部屋に閉じ込められるより、この世で一番、それだけは絶対に嫌ぁああああああああああああああ!!!!!!!!


「も、もう迂闊な真似をしたりしませんから!! だ、だから、それだけは……っ!!」


 元々、カインさんは人をいじったりからかったりして手のひらの上で弄ぶのが大好きな人だ。どこかの誰かさんほどではないけれど、その気はある。確実にっ。

 最近は私を気遣ったりそういう部分が大きかったのに、……あぁ、また!!

 初めて彼がウォルヴァンシアに来た頃を思い出すと、色々からかわれて翻弄された記憶が、記憶がっ。さらに、あのルイヴェルさんまで加わるとなると……っ。


「うぅっ!!」


 絶対に回避!! そんな恐ろしい未来は回避で!!

 私はコクコクと、まるで命令が入っている人形にでもなったかのように何度も首を縦に振った。


「約束します……っ。も、もう二度と、勝手にどこかに行ったりはしませんから!!」


「言ったな?」


「え?」


「今のお前の台詞、『記録』に証拠として残してやった。ついでに、『契約』の術式もこっそり展開しておいたから、もし、今の誓いを破ったら……、さっき俺が言った仕置き内容を強制実行だ」


「――っ!!!!!!!」


 ニィッと、まるで悪役みたいに笑ったカインさんが、私を少しだけ腕の中から離し、自分の右手のひらの上に浮かぶ、小さな紅色の陣を見せてくれた。

 け、契約って……、え? 今の私とカインさんのやり取りが形に残る約束事になったって事!? 強制的な効力をもつ契約に!?

 もしそれを破れば、即座に術者本人であるカインさんにそれが伝わり、交わされた契約内容から逃れられないように、私はカインさんの許に強制送還されてしまうとの事だった。カインさんっ、早業過ぎますよ!!


「さて、もしもの時の首輪は付け終わったし、レイルのとこに戻るぞ」


「く、首輪……?」


 それは一体何の比喩表現ですか……、と、疑問の眼差しを向けると。

 顔を少し動かした瞬間、――小さな鈴の音が聞こえた。

 えーと……、今の音は……、どこから。


「……こ、これ」


 チリン……、と鳴った音がする部分に指先を添えると、首に、……小さな硬い感触が。それが鈴のような物なのだと理解し、その周りに何かシャラシャラと小物? のような物が着いているのを確認する。――こ、これは確かに首輪っぽい!!


「首輪ってこれの事ですか!!」


「なかなか似合ってるぜ? 子猫を飼った気分になるな……。くくっ」


「何て事してくれるんですか!! は、外れない……、留め金っ、どこっ……?」


「あるわけないだろ? 術で生じたモンは、役目を果たすまでそのままだ」


「デザインがよく見えないんですけどっ、……うぅっ、変な形や柄だったりしませんよねっ?」


 カインさんの事だから、今回の件に対するお仕置きで、変なデザインにしている可能性も否定出来ない。

 触るだけじゃ、分かるのは形だけで、色合いや全体的なデザインはわからないし……。いやいやそれよりもっ、カインさんに首輪を着けられるなんて!!


「カイン皇子~!! ユキは見つかったか!!」


「おう、捕獲しといたぜ」


「ほ、捕獲……」


 私は脱走した猛獣か何かですか、全く……。

 回廊の向こうから走って来るレイル君と、あれは、アレクさんだ。


「ユキ、無事でよかった……!!」


「駄目だろう、ユキ。勝手に一人でどこかに行ったりしたら」


 カインさんに怒られた時のように、レイル君にも眉間に皺を寄せられながらお叱りの言葉を貰ってしまう。

 決して声を荒げてはいないのだけど、その声音は真剣で……、凄く心配を掛けてしまった事がわかる音だった。


「レイル君、本当にごめんね」


「いや、無事ならいいんだ。それより、早く部屋に戻ろう。ルイヴェル達が複数の、さっき俺達の前に現れた、核の魔物と応戦しているらしいんだが……。ルイヴェルの術式がこもった石のお蔭で、俺達の部屋のある一帯に強固な結界を張れたから、騒動が治まるまで、俺達は大人しくしていよう」


「う、うん……」


 レイル君の促しに頷くと、アレクさんが小さく目を瞠って私の首許に手を伸ばして来た。


「ユキ、これは何だ? さっき、俺と陛下がお前に再会した時、こんな物は……」


「俺が着けたんだよ。こいつは放っとくと、すぐどっかに行くからな」


「お前が……?」


 訝しげに蒼の双眸をカインさんに向け、アレクさんが眉を顰める。

 チリン……、とチョーカーに付いている鈴を擽り、またカインさんに視線を向けた。今度は、怒りに満ちた気配の蒼を。


「今すぐにこれを外せ。ユキをお前の勝手な言い分で繋ぐのは不愉快だ」


「所有の印でも付けられたように感じるから、か?」


「……」


「確かにそうかもなぁ? ユキの首には、俺との約束が在る。見る度に、テメェには歯がゆいモンだよなぁ。ユキが俺のものに見えるから、なんてな?」


「くだらない事を言ってないで、さっさと外せ」


 私の首に陣取っているチョーカーを外させようと、アレクさんはカインさんに詰め寄り、解呪を強く要求してくれる。

 だけど、カインさんは胸倉を掴み上げられても首を縦に振らず、挑戦的な笑みを浮かべて、「嫌だね」と。精神的に少し成長した印象があったけど、やっぱり全然変わってない!! アレクさんとカインさんの間で激しくぶつかりあう水面下の火花。

 あぁ、胃がっ、胃が……っ!!


「二人共、そこで喧嘩を始めるのなら、結界の外に追い出すからな。さ、ユキ、俺と一緒に部屋に戻ろう」


「れ、レイル君……、うん」


 二人の間でオロオロと成り行きを見守っている私を見兼ねて助け舟を出してくれたレイル君。これ以上の面倒は御免だと、その綺麗なお顔がちょっと怖い気配を放っている。このメンバーの中では一番年下に見えるのに、その意志の強さと物言いは、誰よりも大人だ。


「だとよ。番犬野郎には気に喰わねぇ仕様だろうが、ユキの安全を考えての事だ」


「他にもやり方というものがあるだろう」


「俺の腕の中にユキを抱き締めて逃げないように閉じ込める、とかか?」


「……」


 余裕の姿勢で挑発してくるカインさんに、アレクさんが腰に下げている剣の柄へと手を掛けたのが見えた。

 今はそんな険悪な雰囲気になっている場合じゃないのに……。

 私はレイル君の腕からそっと離れると、二人の傍に立ち視線を上げた。


「アレクさん、カインさん、その話は後にしましょう。ルイヴェルさん達が魔物の対処に追われているのに、ここで喧嘩してる場合じゃないと思うんです。私のこれの事も、特に日常に不便はないですし、もういいですから」


「しかし、ユキ……」


「アレクさん、気遣ってくれて本当に嬉しかったです。でも、私なら本当に大丈夫ですから、一緒に部屋へ戻りましょう」


「……わかった。ユキがそう言うなら、それに従う」


 感情的には、まだ納得はしてくれていないのだろうけれど、アレクさんは剣の柄から手を放し、私に右手を差し出した。

 ウォルヴァンシアにいる時、何度も重ね合わせた優しいアレクさんの手のひら。

 私はアレクさんの温もりに手を添えて、その横に並ぶ。

 私の心ごと包み込むように、ぎゅっと握り締められる手のぬくもり。

 久しぶりのその感触を懐かしく感じながら、私はアレクさんを見上げて笑みを浮かべた。


「お前とこうするのも久しぶりだな」


「まだ十日程しか経ってないですけど、私も同じ気持ちです。アレクさんやウォルヴァンシアの皆さんの事が、懐かしく思えてしまって……」


「その日数が、とても長く感じられた、という事だな。俺も騎士団で仕事をこなしながら、お前がどうしているかと考えてばかりだった」


「ここに来てから色々ありましたから、後で沢山お話しますね」


 私達と、ウォルヴァンシアにいたアレクさんが別々に過ごした、ほんの僅かな日数。だけど、お互いに聞きたい事や話したい事は沢山ある。


「おい、ユキ。番犬野郎ばっかに甘くすんなよな。ほら、こっちは俺の分だろ」


「あぁ、すまない、カイン皇子。また喧嘩が始まっても困るからな。この空いている手は、俺が貰うとしよう」


「レイルっ、テメェっ!!」


「れ、レイル君……」


「ふふ、たまには良いだろう? ほら、行くぞ、カイン皇子」


「ちっ。今日だけだからな、レイルっ」


 頼もしい従兄。片目を瞑ってみせた仕草は、まるでレイフィード叔父さんを思わせるかのようにお茶目だった。


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