遅い目覚めと仲直り
――Side 幸希
「……ん」
心地の良い闇から浮上し始めた意識。
誰かが、私の身体を抱き締めるように引き寄せ寝息を立てている気が……。
ゆっくりと瞼を押し上げると……。
「……カイン、さん?」
「……」
起きてしまった私とは違い、健やかな寝息を零すカインさんはいまだ夢の中。
私の身体を自分の胸元に抱き寄せる状態で寝そべっている。
えーと……、なんでこんな状態に?
確か、考え事をしている最中に眠くなって……、あ、そうだ。
レイル君に少し休んだ方がいいと言われて、確か。
どのくらい、眠っていたのだろうか……。
淡い光に照らし出されているとはいえ、すでに室内には闇が満ちている。
今……、何時なのかな。
「カインさん……、起きて下さい」
「……」
ぐっすり爆睡中……。
二度、三度とカインさんの服を掴んで揺すると、やっとその瞼に隠された真紅が私の姿を見てくれた。
寝起きのせいか、気だるげに欠伸を漏らす仕草や表情が色っぽい。
流石は魔性の皇子様! 心臓に悪い!!
だけど、まだ意識がハッキリとしていないらしく、その手が私を抱き締めにかかってきた!!
「ちょっ、カインさ~ん!! 何してるんですか!!」
「ん~……」
誰かっ、誰か、この人を止めて!!
急に私の首筋に顔を埋めたと思ったら、スリスリと動物みたいに懐き始めた!!
な、なななななな何をしてるの、この人は!!
「カインさんっ、起きてください!!」
「……ユキ? どうしたんだ」
慌ててカインさんを引き剥がそうと奮闘している私の耳に聞こえたのは、眠そうなレイル君の声。カインさんの背後から起き上がったところをみると、……レイル君も一緒に眠ってしまっていたらしい。か、川の字。
「レイル君、ちょっとカインさんを……」
「ふぁぁ……」
バタリ……。まだ眠たいのか、目元をごしごしと擦ったものの、レイル君は再びベッドに突っ伏して、ぐっすりおやすみモードに入ってしまった。
あれ、せっかく起きたのに、また寝てしまうの? ちょっと、レイル君!!
せめて、せめて私をカインさんの腕の中から助け出してから夢の中へ……!!
しかし、私の切なる願いは誰にも届かなかった。
「ううっ、……カインさんっ、本当に、もうっ、起きてっ、起きてくださいっ!!」
「……ん、……あぁ?」
カインさんの身体を駄目もとでぽかぽかと叩きながら叫ぶと、彼の動きがようやく止まり、目の前でカインさんの真紅の瞳が不思議そうに瞬いた。
「あれ? なんで俺……、お前と一緒に寝てんだ?」
「ディークさんに殴られた後、気絶したんですよ」
「あ~、そういや、そう、だったな……。で、そのまま気絶しちまって、ぐっすり、か」
「はい。ちなみに、レイル君もそっちに」
カインさんの後ろで寝てますよと教えると、レイル君の気配を背中に感じたようだった。
「悪い。面倒かけた」
「気にしないでください。確かに吃驚しましたけど。カインさん、殴られたところ、もう痛くないですか?」
「あ? あぁ……」
少し身体を後ろに引いたカインさんが、殴られた痕を気遣う様に伸ばした私の左手を掴んだ。それを自分の頬にあて、真紅の眼差しに切ない揺らぎを見せながら私の瞳を捉えてくる。
「……言うの、その……、遅くなって……、悪かった」
「え?」
「俺達、喧嘩……、してただろ」
小さく呟いたカインさんの言葉を聞いて、私はぱちりと目を瞬いた。
そういえば、私達……喧嘩の真っ最中だったっけ。
皇宮に戻って来た時に、カインさんが普通に話しかけていたものだから、つい忘れてしまっていたけれど……。
「我を張って、お前に素直に謝れねぇなんて……、本当情けねぇよな。俺がお前と出会う前、女達と関係があったのは本当の事だし、言われても仕方なかった。だけど……、今の俺まで否定されたような気になって……」
「カインさん、……私の方こそ、本当にごめんなさい。今までカインさんがどんな思いで生きて来たのか……。全部わかっているわけじゃないのに、貴方の事を……勝手な感情で責めてしまって……」
「ユキ……」
「私、自分がどんなに我儘だったか、本当にはわかってなかったんですよね。アレクさんとカインさんには色々と迷惑ばかりかけているのに……。自分の事を棚の上にあげて、勝手な事ばかり言いました……」
「気にすんな……。俺達が好きでお前の気持ちが定まるのを待ってるんだ……。振り回していいんだよ。可能性なんかないって思ってたあの時より……、ずっとマシだ」
掴んでいる私の左手を唇に移動させ、手のひらにキスをしたカインさん。
その仕草に、私はトクンと胸の奥が妙な感覚に包まれるのを感じながら、その言葉を受けた。
「仲直り、だな?」
「は、はい……」
にっと笑みを形作ったカインさんに、私は戸惑いながらも頷きを返す。
何だろう……。少しだけ、前よりもカインさんが余裕のある大人に見えるような……。いやいや、この人は私よりも遥かに年上の、本物の大人なわけでっ。
だけど、今までよりもぐっと……、精神的に上の人を相手にしているような気が。
「さてと、そろそろ一回部屋に戻るか。おい、レイル。起きろ」
「ん~……、ふあぁぁ……」
背中を揺さぶってきたカインさんに気付き、レイル君が欠伸を漏らしながら口を開く。
「……ここは」
「ユキの部屋だっつの」
「ユキの……」
「レイル君?」
ゆっくり左右を見回したレイル君が、「あ」と、意識を覚ます。
「もしかして……、俺もあのまま」
眠った記憶さえないと顔に手を当てながら、レイル君が「すまない」と口にする。
「ふふ、仕方ないよ。目の前で誰かが寝ていたら、誰だって同じ事になると思うし」
「ユキ、本当にすまなかった……。二人を見ているつもりが、まさか自分まで眠り込んでしまうとは」
「お前も色々疲れてたんだろ。たまにはいいと思うけどな。……つか、腹減った」
「そういえば。私も……」
二人と同じように、私のお腹も空腹を訴える情けない音を鳴らしてしまう
一応、ラナレディアの町で少しだけ食事をとりはしたけれど、やっぱりまだ足りないみたい。
「食事の時間はとっくに過ぎてるよなぁ……。しゃーねぇな。城下町にでも行くか」
「カイン皇子、こんな夜遅くになってユキを連れ出すのはまずいだろう」
「俺達が傍にいりゃ問題ないだろ」
「それはそうだが……」
「前に行った食堂なら、すぐに行って帰って来れるし、大丈夫じゃないかな?」
一応はルイヴェルさんに許可をとらないといけないけど、すぐに行って帰って来るだけなら、ルイヴェルさんも反対はしない、よね?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……いねぇな」
「どこかに出掛けているんだろうか」
「どうしよう……」
ノックをしても応答のない扉に向かって途方に暮れていると、その左隣にあるレイル君の部屋から、妙な音が聞こえて来た。
――カリカリカリカリカリ……。
「な、なに……!?」
こんな夜遅くに、ホラーのような恐ろしい物音が!!
それは休む事なく鳴り響き、私の背中に冷たい悪寒をぞくぞくと走らせる!!
「おい、レイル。お前の部屋……、何かが爪とぎでもしてるみてぇだぞ」
「……あぁ、そういえば」
物音を不審がっているものの、カインさんの表情に恐れの色はない。
ない……けれど、思いっきり訝しんでいる様子でレイル君の部屋を指差している。
疑問を向けられたレイル君といえば、特に動じた様子は一切見せずに、自分の胸ポケットから鍵らしき物を取り出し、ガチャリ。
さすが男性!! 私と違って勇気がある!!
「ニュィイイイイイイイイイイイイイイイ~!!」
「きゃああっ」
「うわっ、ファニルじゃねぇか!!」
レイル君が開けた扉の向こうから、丸いお目々に涙を大量に浮かべたファニルちゃんが飛び出して来た。
悲痛な鳴き声と共に、私の胸へと縋りつくファニルちゃん……。
怯えたように震えながら、か細く辛そうに鳴き声を零している。
しゃっくり的な音も混ざっているから、相当怖い思いをしたらしい。
「すまない、夕方中庭から回収した後に、自分の部屋に入れていた事を忘れていた」
「ニュイッ、……ニュイ~~ッ」
「つまり、今の今まで放置されてたってわけか」
「一人で寂しい想いをさせてごめんね? もう大丈夫だから、一緒にご飯に行こうね」
「ニュイ~ッ、ニュッニュッ!!」
サージェスさんとラナレディアの町に行っていた私。
実に一日近くぶりのファニルちゃんとの再会に喜び、そのもふもふの頭を何度も優しく撫でて、「一人にしてごめんねっ」と声をかける。
レイル君の部屋を覗くと、淡い光しか室内を照らしていないようだったから、その中で今まで一人ぼっち……。この子はまだ子供だから、とっても寂しかったんだろうなぁ。うぅっ、本当にごめんねっ、ファニルちゃんっ。
「レイル君、カインさん、一度部屋に戻って、ファニルちゃんに餌をあげてもいいですか?」
「そうだな。俺も身支度を整えに戻るとするか」
「俺もそうするわ」
頷いた二人と別れ、私はファニルちゃんを宥めながら自室へと戻った。
2017・06・01
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