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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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眠るユキと帰還した者達~サージェスティン視点~

ガデルフォーン騎士団長、サージェスティンの視点で進みます。


※ガデルフォーン騎士団長、サージェスティンの視点で進みます。


 ――Side サージェスティン



「『瘴気』の浄化は終わったけど……」


 ウォルヴァンシアから遊学に来ているお姫様、ユキ・ウォルヴァンシア……。

 彼女にプレゼントする洋服の会計を終えて店を出た俺は、その姿が見えない事を不審に思い、視線を周囲に巡らせた。

 そして……、広場の方に意識を向けた瞬間、聞こえてきたのは驚愕と悲痛を纏った住人の声。地面に広がった蒼い色……、それがユキちゃんなのだと、瞬時に理解した俺は、彼女を助け起こし、頬を叩いて意識の有無を確認した。

 けれど、彼女は小さく呻いただけで、苦しそうに身を捩っただけ……

 ルイちゃんに、彼女の身体の事には気を付けているようにと言われていたけれど、その件とはまた別。ユキちゃんをこんな目に遭わせた原因は、――『瘴気』の影響だった。店を出た後、俺が彼女を待たせていた僅かな時間に瘴気の影響を受けたんだろうけど、……一体誰が。

 ラナレディアの町にある宿屋の二階ですぐに処置が出来たから良かったけど、まさかこんな事になるとはね。


「ふぅ……」


 彼女の中に悪影響を及ぼしていた瘴気は、すでに全て浄化してある。

 あとは、ゆっくりと休んでいればすぐに回復するはずなんだけど……。


「一体どこで……」


 このラナレディアの町に、瘴気の気配はない。

 だが、この子を害したのは間違いなく瘴気。俺の知らない場所で、偶然発生していた瘴気に触れた? いいや、その可能性はない。

 俺が店から出るまでの時間はそんなになかったし、ユキちゃんも店の向かいにある公園にいたわけだし、……あるとすれば、意図的に害された可能性が一番高い。

 誰が? 何故? その目的を考えながら椅子座ったまま足を組む。

 こんな平穏一色の町で、彼女を害される事になるとは……、完全に俺の落ち度だ。 ルイちゃんにバレたら、足蹴りだけじゃすまないよ。踏んでグリグリされちゃうよ、絶対。と、肩を落として溜息を吐いていると……。


「ぐふっ!!」


 突然、俺の頭上に現れた転移の陣の光。

 そこから抜け出し飛び降りて来た人物が、華麗に俺を踏みつけて着地した。

 いやぁ、知ってたよ? 多分、この魔力の気配的に、君だって事は。

 だから、あえて避ける事をせず、甘んじて今背中に酷い仕打ちを受けているわけだけど。


「あー、痛い、痛いよー」


 本当容赦ないね。不機嫌さと苛立ちがこれ以上ないぐらいに伝わってくるよ。


「これはどういう事か、説明しろ。サージェス」


「あははー……。ごめんねー……。今回は俺もふかーく反省しているよ」


 俺の上から足をどけた銀髪の男、ルイちゃんが髪を掻き上げ、眼鏡のズレを直した。確か、ユリウスとクラウディオと一緒に『場』の調査に行ってたんじゃなかったっけ? なのに、なんでタイミング良くここにいるのかなー。

 それを聞いてみると、ルイちゃん自身、念には念をと考えて、

 ユキちゃんに何かあった時に、その事が自分に伝わるように細工を仕掛けていったんだそうだ。なるほどねー。それで、この宿屋に転移して来たと。


「本当は、もう少し早く帰るつもりだったんだがな。どこぞの偉そうな魔術師殿のせいで、到着が遅れた」


「あー、クラウディオね。それはまたご苦労様。で、よいしょっと……。ユキちゃんの事だけど、今はもう大丈夫だよ。『瘴気』の浄化は全部終わってるしね」


「……『瘴気』、だと?」


 俺がそう言葉にすると、ルイちゃんの深緑の双眸は、予想通り剣呑な光を帯びた。


「あー、やっぱりそういう反応になるよね。俺もユキちゃんを診察した時に吃驚したよ。『瘴気』なんて……、こんな平穏な町には不似合いだからね。辺境や魔獣の出没地に行けば、また話は違うけど……」


「お前が傍にいて、何故気が付かなかった?」


「ごめん! 実はさ、少しの間だけ、ユキちゃんを一人にしちゃったんだよねー」


「つまり、その隙にユキを害されたわけか?」


「うん。ほんっとーにごめん!!」


 両手を合わせて心からの謝罪を口にするけれど、ルイちゃんの視線が和らぐ事はない。むしろ、大魔王降臨の気配が室内に満ちて行くよ。怖いね!!

 俺に向き直って、顎で床を示すルイちゃん。


「とりあえず、地面に這いつくばって貰おうか? ……もう一度、踏んでやる」


「ルイちゃん!! 目がマジだね!! 殺る気満々だね!! でも、さっき思う存分踏んだでしょー!! という事で、却下」


 この怒り具合……、本当にユキちゃんの事を大事にしているようだ。

 いや、知ってたけどね? 俺も当時、寝台で眠っている女の子が元気に遊びまわっていた頃、何度か遊んであげた事があったから。

 いやぁ、変わってないねー。どんどん保護者根性アップしまくってるね。

 ……きっと、一度経験した別れが、二度とユキちゃんを失いたくないという感情を強めているからなのだろう。うんうん、愛だねー。


「ユキを害した奴の姿は見なかったのか?」


「生憎と、ね。俺が見つけた時には、もう地面に倒れちゃってたし。ユキちゃんを治療する為に急いでここに来たからね」


「全ては、ユキが目を覚ましてから……という事か」


 重たい溜息と共に、ルイちゃんが俺の座っていた椅子に腰を下ろし、ユキちゃんの頬へと手を伸ばした。

 妹を心底心配しているような兄の気配を思わせる優しい仕草。


「ユキ……」


「せっかくのユキちゃんとのデートだったのにねー。服もいっぱい買ったんだよ。アクセサリーや雑貨も……。なのにこんな事になっちゃって、本当……、ユキちゃんには悪い事をしたよ」


「サージェス。今の話を聞いて気になったんだが、何故お前がユキと行動を共にしていたんだ? カインの訓練や、騎士団の仕事はどうした? 誰と誰がデートだと?」


「皇子君は精神的に不安定だったし、訓練どころじゃないよ。ユキちゃんと喧嘩しちゃって、もう荒れまくり。あと、騎士団の仕事はちゃんと調整してきたから大丈夫、ってね。あ、それと、デートはデートだよー。って、ルイちゃん、怖い!! すぐ殺気出すの良くないよ!!」


 もう、短気なんだからー。自分の大事なお姉さんと、お気に入りの女の子に手を出したら、即処刑みたいな顔するの、昔から全然変わらないねー。


「なるほどな……。つまり、ユキの気分を紛らわせようとして出掛けたわけか」


「そうそう。あとは、ユキちゃんの恋愛相談にでも乗ろうかなーと、思って」


 にこっと場を和ますように愛想の良い笑顔を見せてあげたってのに、ルイちゃんの視線ときたら、呆れ全開だよ。ノリが悪いねー。

 再びユキちゃんにルイちゃんが視線を戻すと、またまた来客の気配が……。

 部屋の空いた空間、絨毯に描かれていく光が陣を構成し終わり、約一名面倒なのと一緒にユリウスが現れた。


「ルイヴェルー!! 調査の途中で消えるとは何事だ!!」


「クラウディオ、ルイヴェル殿にも事情があったんですよ。最初は訳を聞くとか、もう少し穏便な態度をですね……」


「女帝陛下の命を受けてるんだぞ!! それを放り出すなど!! おい、ルイヴェル!! 俺の話を聞いているのか!!」


 あー、本当うるさいねー……。

 ユキちゃんがゆっくり休んでるっていうのに、他の客にも迷惑だよ。

 ついつい腰の鞘に収めてある剣の柄に手がいってしまう。

 サクッと殺っちゃったら静かになるかなーとか、不穏な事を考えてしまうよ。

 けど、俺よりも先にイラっとしちゃった日が横に一名……。

 ゆっくりと部屋の隅に移動した俺は、防音と防壁の術を室内に張って爆発の時を待つ。


「ユリウスー、こっちにおいでー、そこにいると危ないからねー」


 被害者は一人でいい。自業自得の馬鹿以外に制裁を受ける必要はないのだから。

 やれやれと肩を竦めたユリウスが俺の傍へと寄ってくると、お馬鹿さんはますます気分を害したようにルイちゃんを指差して怒鳴り出した。


「最後の最後まで責任を持とうとは思わないのか!! ウォルヴァンシアの名を背負っているなら、それに見合う行動をだなっ」


「……」


 さーて、くるよくるよー。

 場の状況を判断せずに当たり散らしちゃうお馬鹿さんへの制裁。

 ルイちゃんの身体から怒気が立ち昇り、敵意のある魔力が詠唱なしに表に顔を出し始める。怒鳴ってるクラウディオは気付いてないと思うけど、……足下見た方がいいよー。あの陣さ……、トラップ系の術だよね。あーあぁ……。




 3















 2
















 1



「大体お前はっ!! ……んっ?」


 クラウディオが足元の異変に気付いたけど、反応遅すぎだよ。

 直後、結界を張った俺達の目の前で――。


「うわああああああああああああ!!!!!!!!」


 発動した術が宿屋の屋根をぶち破り、遠く空の彼方へとお馬鹿さんを吹っ飛ばしてしまった。いやー、お見事お見事。見ているこっちもスカッとしたよ。

 だけど、今の音で完全にユキちゃんの眠りを妨げたよね。

 まぁ、それだけクラウディオの怒鳴り声がうるさかったせいなんだろうけど。

 寝台に視線を向けると、小さく呻いた彼女が、ゆっくりと瞼を持ち上げたのが見えた。


「……ここは」


「ユキ、目が覚めたか? 気分はどうだ」


「ルイ……、ヴェル、さん? どうして……」


「それは後で説明してやる。それより、具合の悪い所はないか?」


「えっと、少しだるいだけで……、大丈夫、だと思います」


 意識を取り戻したユキちゃんが、不思議そうにルイちゃんを見ている。

 そんな彼女の頬を撫でて、「もう少し休んでいろ」と声をかけたルイちゃんの表情といったら。


「ふふ」


 デレてるねー。お兄さんの顔全開だねー。何、あの蕩けるようなスマイル。

 さっきまで醸し出してた大魔王のオーラはどこに収納しちゃったんだい?

 ほら、見てみなよ。笑みを向けられているユキちゃんも、物凄く理解不能な顔で固まっちゃってるし。レアな表情通り越して、見てはいけないものを見てしまった、って顔じゃない? あれ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一時間後、どこかに飛んで行ったお馬鹿さんを完全放置して、俺達はテーブルの上に食事を運んでユキちゃんの回復を待っていた。

 卵とハムをたっぷりと挟んだサンドウィッチを食んでいた俺は、そういえば……、とユリウスに視線を向ける。


「『場』の調査は結局どうだったのー?」


「それがですねぇ……。一応、今日で一旦切り上げて帰還する予定だったんですが、やはり、幾つかの『場』に、何者かの干渉の痕が見られました。ごくわずかな干渉ですが、ルイヴェル殿の助言を参考に調査を進めた結果、地中深くに何重もの層を張ったベールが広がっていたのです」


「ベールっていうと、術隠しだよね。バレないように本来の目的を覆い隠す為の」


「はい。しかし、今回の術隠しは、非常に面倒なものなのですよ。ひとつベールを剥げば、囮のように小さな異変を配置しておき、そこから先には何もないと思わせる為の術が、二重三重に細かく施されているんです。しかも、ひとつひとつが複雑な術構成をしているものですから、慎重にベールを剥いでいかねばなりません」


「なるほどね……。それで、一旦情報を纏めて陛下に報告に行こうとしてたわけだ」


 思ったよりも、ガデルフォーンの『場』に手を出した存在は、面倒極まりないようだ。大量の術隠しを使って、一体何を成そうとしているのか……。

 嫌な予感が少しずつ俺の胸に広がるように、……ガデルフォーンを浸食しようとする気配を予感する。


「手法が同じだったからな。ラスヴェリートに現れた陣と」


 ユキちゃんの傍から離れたルイちゃんが、俺達のテーブルへと近づき過去に起きた出来事を口にした。

 ――ラスヴェリートの陣。それは、俺もユリウスと同じように耳にした事がある。

 確か、数年前に起きた、ラスヴェリートの地で生まれた魔物の件だ。

 ある男によって孵化させられた魔物だったけど、ラスヴェリートとウォルヴァンシアの協力体制によってすぐに浄化され、回収されたと聞いている。

 確か、その黒幕も最後には自分を禁呪によって魔物へと身を堕とし、ラスヴェリートの王子様達の手によって討ち果たされたはずだ。

 瘴気を操っていた不精髭の男……。ガデルフォーンの地で起きた、先帝弑逆の件に関わっていた黄金の髪の少女もまた、その黒幕と同じように瘴気を操っていた。


「さて、誰の仕業なんだろうねー」


 ラスヴェリートの地に害を成そうとした者と同じ手法。

 だけど、術隠しのベールは魔術師であれば、誰にだって出来る事だ。

 打ち倒された当時の黒幕には無理だから、その可能性はないとして……。

 頬杖を着いた俺に、ユリウスが不安そうな顔をしながら口を開く。


「いずれにせよ、ガデルフォーンの民を守る為にも、早急に陛下にご指示を仰がねばなりません。私としては、ガデルフォーン魔術師団の者達で力を合わせ、陛下に力の増幅をお願いし、全ての『場』を封じるのが最善ではないかと思うのです」


「一番手っ取り早い方法だね。もし『場』におかしな術が仕込まれてても、それを発動出来ないように蓋をしてやれば、たとえ封じを破ろうと術が悪あがきをしても、漏れ出す影響は、ほんの僅かだ。陛下の増幅まで受けていれば、尚更ね」


「ラスヴェリートの方も、同じ方向性で『陣』の調査と封じを進めているが……。何も起こる事がないよう祈ったところで」


「大抵は、俺達の期待を裏切って何か面倒な事が起きちゃうもんなんだよねー」


 ルイちゃんの話を一通り聞き終えると、何やら部屋の外の階段から面倒な足音が……。予想通り、荒々しく扉を開け放った傷だらけのクラウディオが、ルイちゃんに向けてドカドカと近づいて来る。

 凄い葉っぱ塗れだねー……。ついでに、鳥につつかれた跡まで見えるよ。


「貴様っ!! 俺をどれだけ馬鹿にしたら気が済むんだ!!」


「患者がいるのに、お前が騒ぐからだ」


「患者?」


 ルイちゃんが寝台に視線を投げると、クラウディオがたった今気付いたように目を瞠った。


「……何故、小娘がここにいる?」


 足早に寝台に歩み寄り、ユキちゃんの様子を眉を顰めて窺ったクラウディオが、

「大丈夫なのか? すぐに王宮に戻って治療をした方がいいんじゃないのかっ」と、心配そうに俺達に声を投げてくる。

 クラウディオはお馬鹿さんでどうしようもない短気だけど、根は情が深いんだよねー。ユキちゃんの事も、実は気に入ってるんじゃないかな?

 何度も彼女の顔と俺達の顔を交互に見てくるし。


「大丈夫だよ。治療は終わってるからね」


「そうか……。俺だって、この娘が休んでいると知っていれば、静かにしたものを」


「クラウディオ、次からはきちんと状況を把握してから行動しましょうね」


「ぐっ……。こ、今回は、……引いておく」


 自分に非があると認めたのか、クラウディオは俺達の所に戻り、椅子に腰を下ろした。ユリウスから食事であるサンドウィッチを受け取り、それを口に頬張る。

 なんだか、大人しくしてる時のクラウディオって……、子供に見えるよね。

 あ、精神的にはいつまで経ってもお子様だったっけ。


「ん……」


 その時、ユキちゃんが再び眠りの底から現実へと戻ったらしき小さな声が聞こえた。ゆっくりと身を起こし、きょろきょろと室内を見回している。


「ユキちゃん、おはよー」


「おい小娘。具合はどうだ?」


「はぁ、クラウディオ……。小娘、なんて失礼ですよ。恥ずかしがり屋なのはわかりますが、いい加減素直になる事を覚えてください」


「なっ!! お、俺は、べ、別に、恥ずかしがり屋などではっ」


 クラウディオをユリウスが窘めている間に、ルイちゃんが一番にユキちゃんの許へと向かい、身体の具合について、再度確認を行い始めた。

 そして、もう寝台から起き上がっても大丈夫な事がわかると、彼女も俺達の方へと仲間入りし、倒れる前の状況についての話を詳しく説明する為に、記憶を探り始めていく。


「――という事があったんですけど」


 忌まわしい、過去の残像。

 ユキちゃんから瘴気によって害される直前の出来事を聞かされた俺達は、表情を改める事になった。

2017・06・01

文字揃え、その他完了。

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