懐かしい絆~カイン視点~
カイン一人行動の果ての視点物語、これでラストです。
ガデルフォーンの城下町で再会した、かつての師匠ディークと共に、
皇宮に戻り、ラシュと三人での懐かしい時間を過ごすカイン。
――Side カイン
師でもあるディークと再会した俺は、一度皇宮に戻りラシュの部屋を訪ねた。
テーブルの上には、チーズとトマティエという野菜を混ぜたサラダと、ウェブレアの肉を焼いたソース掛け、それからポタージュが俺達三人の前に置かれている。
ラシュも昼食がまだだったし、俺とディークも少ししか食ってなかったからな。
丁度良いとばかりに、ラシュが女官達に命じて手配してくれた昼食だ。
で、食いながらでいいから、俺がウォルヴァンシアに行ってからの事を説明しろと、ディークに半ば強制的に命じられて、その話を始めてから三十分……。
心底感心したように、ディークはコップの中の水を飲み干して笑みを浮かべた。
「なるほどな……。『禁呪』に遭って生き延びたとは、運が良かったな? 解呪自体は、能力の高い術師であれば解除は可能だが、お前の話にあったイレギュラーなのがくると、話は厄介になる。本当……、しぶとい馬鹿弟子だぜ」
「ディーク……、そこは素直に助かって良かったな、とか師匠らしい事言えよっ」
「はっ、何言ってんだテメェは。今まで好き放題やって来たんだ。いっぺん死の淵に落ちて、反省するぐらいが丁度いいだろうが」
「本当容赦ねぇな……」
俺が積み重ねてきたイリューヴェルでの素行の悪さ……。
何度もディークに目を覚ませと言われていたってのに、絶縁を叩き付けられても抗い続けた。本当はわかってたさ。ディークが師匠として、友人として、心配してくれていた事は……。
それなのに、俺は我を張ってその思い遣りを振り払った。
ディークが俺の話を聞いて、自業自得だと感じているのも当然だな。
「カイン、ディークは口ではああ言ってるが、本当は、誰よりもお前の事を心配していたんだぞ? 根っからの天邪鬼だからな、ディークは」
「うるせぇ、黙って飯食ってろっ」
ラシュの指摘に、ディークがギロッと目つきを鋭く細め、その右肘をラシュの左横腹に叩き入れた。
おい……、今、もろに強ぇのが入ったぞ……。
確か、最初の出会いの時に、同じような光景をみたような気がするな。
「い、医者が……、怪我人作るのは良くないんじゃないか、ディーク」
ラシュが横腹を押さえ、ピクピクとソファーに倒れ込んでいる。
涙目で抗議しているが……、案の定そんな訴えがディークに効くわけもない。
「このくらいで医者がいるかよ。テメェの場合、元が頑丈なんだしな。それよりも、ウォルヴァンシアに行った事で、やっと目が覚めたようだな。カイン?」
「あ、……あぁ」
「お前、遊学先がウォルヴァンシアで本当に良かったよな? あそこには、親身になってくれる奴らも多い。ついでに、魔術の類に強いセレスとルイもいる。ちゃんと感謝しとけよ」
「わかってるっつの……。……ん? ちょっと待て、今……、『セレスとルイ』って言ったか? ディーク、アイツらと知り合いなのか?」
「おい、ラシュ。こいつ、師匠の家名も忘れてやがるぞ」
食事の手を止め、残念なものを見る目で俺をじとっと見遣ってるんだが……。
俺はずっと師であるこの男の事をディークと呼んできた。
正式な名前が『セルフェディーク』ってのは知ってるけどよ……。
家名……、家名……。
そういや、最初に出会った時にさらっとフルネームを聞いたような気がしないでもない。だが、それがどういう家名だったのかは覚えていない。
中々思い出さない俺に苦笑し、ラシュがソファーへと起き上がって来た。
「まだ子供だったからな。覚えてなくても無理はない。意地悪せずに教えてやれよ、ディーク」
「別に焦らす気はないがな。……『フェリデロード』だ」
「……は?」
「間抜けな顔すんな。セルフェディーク・フェリデロード。それが俺のフルネームだ」
「悪ぃ、もう一回言ってくれるか?」
今、どっかの腹黒眼鏡と同じ家名が聞こえた気がするんだが、……俺の気のせいか? だが、ディークは一度で内容を呑み込まない俺にイラッときたらしく、
テーブルを挟んだ向こう側で不機嫌そうに足を組んだ。
「ウォルヴァンシア王国が誇る、魔術と医術の名門、フェリデロード家の出だって言ってんだよ。王宮でお前も会ってんだろ? 現王宮医師の双子、セレスフィーナ・フェリデロードとルイヴェル・フェリデロードによ」
「いや、会ってるっつーか……」
ウォルヴァンシア王宮に滞在するようになってから、何かと世話をかけているというか。禁呪事件でも多大に迷惑をかけてるし、俺と一番関わりが深いというか……。
ついでに、双子の弟の方もこっちに来てるしな。
「王宮医師の双子には結構世話になってる。けど、まさか……ディークが同じ一族の出とはなぁ。どおりで、根底にあるSさが似通ってると思ったぜ」
「ついでに説明してやると、俺はアイツらの父親の姉の息子だ。セレスとルイよりも、俺の方が若干年齢が上だ」
「なるほどなぁ……」
「世間は意外に狭いと思える瞬間だよな~。今この皇宮にはいないが、ルイヴェルも一緒に遊学に来たそうだぞ?」
「ふぅん……。いつ頃戻るんだ?」
自分の従弟が俺達と一緒にこちらに来ている事を知ったディークが、
興味を持ったようにラシュに帰還日を訪ねた。
ルイヴェルがガデルフォーンの魔術師達と『場』の調査に行ってから、もう三日、か。そろそろ戻って来てもいいと思うんだがな。
具体的な帰還日はまだわかっていないが、そろそろではないかとディークに伝えると、これまたラシュと同じ流れで、「あの生意気野郎の顔でも見て行くか」となり、ディークの王宮滞在が決定した。付き合いいいな、ほんと。
「いやぁ、ディークが皇宮に滞在するなら、退屈せずに済みそうだ。あ、そうだ。ひとつお前に朗報があるんだ」
「朗報?」
「実はな……、あの幼かったカインが……、恋に目覚めたんだ!!」
「ぶっ!!!!!!!」
なんかどんどん昔の知り合いが皇宮に滞在決定していくな……とコップの中の水を飲んでいた俺は、ラシュの嬉々とした発言に、中身を吹き出しかけた。
あ、危ねぇ……!! もうちょっとで向こうの席のディークに被害がいくとこだったぜっ。もし、被害が現実になってたら、拳骨か蹴りが飛んできただろうな。
で、ラシュの発言を聞いて、ほんの数秒の間、ディークが動きを停止した。
顎に手をあて、暫し思案する動きを見せた後、俺をちらりと見遣る。
「……赤飯、炊くか?」
「いらねぇよ!!!!!!!!! ……ってか、赤飯ってなんだ」
「エリュセードにあるだろ? 和っつー文化が栄えてる国で食える飯だ。祝い事の時にそれを炊いて振る舞うのが習わしらしいぜ?」
「カインの初恋だからな。祝い事には違いない。ディーク、あとで厨房で作ってみたらどうだ?」
「材料があればな。……だが、あのカインが初恋とはなぁ。女関係見境なかったお前が……」
グサグサッ!! 今、一番触れられたくない話題に触れやがったな……!!
俺がその事でユキと気まずい仲になっているのを知っているラシュも、同情するような目で俺を見ている。
「ディーク、今、カインの昔の女性経験についての話はやめてやってくれないか? 実はだな……」
こっちに聞こえないように、コソコソとディークの耳に事情を説明しているらしきラシュ。お前ら、本人目の前にしてそれはどうかと思うぞ? バレまくりじゃねぇか。話を聞き終えたディークが、ニヤリとルイヴェルに似た笑みを浮かべ、テーブルに頬杖を着いた。
うわー……、すげぇ嫌な予感しかしねぇっ。
「初恋の相手が、ウォルヴァンシア王兄・ユーディス殿下の姫とはなぁ。俺も昔里帰りした時に、何度か会った事あるぜ? レイフィード陛下や王宮の奴らに滅茶苦茶溺愛されてたもんなぁ。そっかそっか……、あのお姫様に惚れちまったか」
「う、うるせぇな……っ」
「どうせ純粋培養に育ってんだろ? そりゃ、お前の過去の女関係知ったらまずいよなぁ。だから何度も言ってやっただろうが。将来後悔するってな」
「ディーク、あまり苛めてやるな。もう昔とは違うと、本人も変わろうと努力しているようだしな」
「くくっ……悪ぃな。あまりに意外過ぎたもんでな。でも、昔よりマシな面が出来るようになって……、安心したぜ」
「ディーク……」
一瞬だけ、ディークの瞳に穏やかな安堵の色が浮かんだのを見つけた俺は、ずっと言えなかった事を口にしていた。
師匠として、友人として、目の前のディークが、どれだけ過去の俺を心配してくれていたか……。
その手を振り払い、ずっと長い間……、謝罪の言葉ひとつ伝えていなかった。
「……なんつーか、……あのよ。その……、本当……、ディークには……、色々迷惑かけた」
「……」
「本当……、出来の悪い弟子で……、悪かった」
言葉が足らないのはわかってる。だけど……、どうしても言いたかったんだ。
ディークが与えてくれた教えを、口は悪ぃけど、いつも見守ってくれていたその想い……。俺の真紅の瞳を受け止めたディークが、ソファーを立ち上がり、俺の傍に腰かける。
「柄にもなく、素直になりやがって。……馬鹿弟子」
俺の頭に左手を乗せたディークが、乱暴に漆黒の髪を掻き回す。
手つきは乱暴だが、……そこには確かに、ディークの想いが重なっていた。
師匠でもあり友人でもある、長い時を共にしてきた存在……。
一度は絶たれた絆が、確かな強さをもって再び結ばれていく。
「……さて、じゃあ、次は、ユキ姫との仲直りだな、カイン」
「ラシュ?」
俺とディークの様子を穏やかに見守っていたラシュが、握った右手をポンと手のひらに打ちそう言った。
「馬鹿弟子の初恋だからな。俺も特別に協力してやるよ」
いや、余計な真似はしないでくれ……っ!!
そのルイヴェルと重なりそうになる悪だくみを考えてるような表情を今すぐやめろ、ディーク!!
自分でタイミングを見計らって、どうにかするから!!
しかし、俺の保護者を気取る二人組は勝手に話し合いを始めてしまう。
「どっか密室にでも一晩閉じ込めちまえば、嫌でも話すしかなくなって和解すんだろ」
「いや、ここは俺達が第三者として見守り役に徹し、二人の話し合いの席を設けてだな……」
「面倒だから自白剤でも飲ませて、両方素直にさせちまうか」
「そういう無理矢理なのは良くないぞ、ディーク。もっと穏便に、初々しい二人を見守る為にも……」
「手っ取り早いのが一番だろうが。おい、カイン。許して貰いたかったら、相手の前で土下座するのも手だぞ」
――誰か、この面倒な大人二人を(片方物騒すぎる)どうにかしてくれっ!!
2017・06・01
文字揃えなど、完了。
追加補足。
セルフェディーク・フェリデロード。
ウォルヴァンシアの双子の王宮医師にとっては、従兄にあたります。
ディークの方が二人より年上です。
双子の父親の姉の息子でもあり、フェリデロード家の名を冠するとおり、
その魔術の才と医術の腕は高いです。
ウォルヴァンシアへは、たまに帰って来てます。




