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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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師との再会~カイン視点~

一人で訓練を終えたカインは、城下町へ出かけます。

引き続き、カイン視点で進みます。

 ――Side カイン


 城下町に来たのはいいが、さて……どこに行くか。

 偽物とはいえ、魔物を三百匹も相手にした疲労もあるし、腹もそろそろ減ってきた。先に飯食って、それから気晴らしに何件か店をまわるか……。

 適当に選んで入ったのは、以前サージェスの野郎と初めて出会った食堂だった。

 店内にひしめき合う人の多さに俺は思わず眉を顰め、一歩後ろに下がる。

 入った時間帯が悪かったのか、丁度昼時のピーク時に来ちまったからなのか。

 別の店にするか、と背を向けようとした瞬間。


「はい、いらっしゃい!! 奥の席で相席よろしく頼むよ!!」


「ちょっ、待て!! まだここで食うなんて言ってねぇえ!!」


 恰幅の良い女将が、俺の腕を無理矢理引いて奥の通路へと引っ張って行く。

 ガツガツと昼飯を腹に溜め込んでいくおっさんや、昼間から酒に夢中になって騒いでる奴もいるな。店を出ようにも、もうこんな奥まで連れて来られたんじゃ……、引き返すのは無理か。


「お兄さん、この子と相席頼むよ!!」


 一番奥のテーブルに座って、飯を口に入れながら本を顔の前に持っている男。

 それが、俺の昼飯の相席客だった。女将の声には、「あぁ」とだけ答えている。

 向かいの席に座った俺は、こうなったら仕方ないと諦めて、メニューを開いた。


「さっさと注文決めとくれよ!! お客さんが混んでるからね~!!」


「あ、悪ぃ。じゃあ、適当に女将が良さそうなもん厨房に頼んでくれよ」


「そりゃ助かるね!! じゃ。すぐに伝えてくるからね!! そこの水でも飲んで待っといてくんな!!」


「おう」


 耳にうるさい客共の騒音を聞きながら、俺はテーブルに頬杖を着いて目の前の男に視線をおいた。あれ、医学書だよな? 飯を食うか本読むかどっちかにしろよ、ったく……。同時進行でやってるせいで、飯はちんたら進んでるし、よく女将に文句を言われねぇもんだ。

 女将が飯を持ってくる間、俺は目の前の男や周りの様子を観察しながら、時間を潰した。早く飯だけ食って、表の通りに戻りてぇ……。


「あいよ!! ウチ特製、たっぷり肉入りチャーハンだよ!!」


「げっ、また、すげぇ量のもん持ってきやがったなぁ……」


「何言ってんだい!! このくらい食べなきゃ力なんて出ないよ!!」


 山盛りのチャーハンを俺の前に置いた女将は、当然のようにそう胸を張って言い、さっさと向こうへと行ってしまった。

 前にユキ達と来た時もそうだったが、どうやらまた、女将の愛情たっぷり大盛デーにぶち当たっちまったらしい。


「味は美味いんだけどな……、量がなぁ」


 独り言を呟きながらチャーハンを掬って口に運んでいると、目の前の男が飲み終わったスープ皿を俺の前に差し出してきた。


「量が多いなら、こっちで少し引き受けてやるよ」


 本を顔の前から外さずに、男は淡々とそう言った。

 なんだこいつ……、まだ自分の山盛り野菜炒めが残ってんのに、俺の分まで食えるのか? 本人が引き受けるって言ってんだから、まぁ、心配ないんだろうが……。

 しかし……、なんだ、今一瞬……男の発した声に聞き覚えがあったような……。


「じゃあ、遠慮なく」


 試しに多めにスープ皿の中にチャーハンを分けてみる。


「悪ぃな。食べてくれんなら有難いわ」


「まぁ、規格外の量だからな。慣れてねぇ奴にはきついだろ」


「そうそう。この前もここで食ったんだけどよ。その時もすげぇ量出されて、俺の連れがダウンしたんだよなぁ」

 

 俺とよく似た喋り方……。聴けば聴く程、どこかの誰かの顔を……、思い出す。


「そりゃ、よく頑張ったと褒めてやるべきだな。だが、残す事については、女将は何も言わねぇよ。次から、食べられる量だけ腹に入れとくんだな」


 へ~、そうだったのか……。

 親切にも、この大食堂のルールについて説明してくれた男に、俺は背中に冷や汗を感じながら相槌を返す。


「ご丁寧にサンキュ。それより……、飯か読書、どっちかにしたらどうだ? 全然進まねぇだろ」


 藪をつつくな、俺!! 不味い事を言ったと思ったが、逃げられない何かを感じてもいる。


「あぁ、ちょっと急ぎで調べておきたい事があってよ。普段はしないんだが、つい、な」


「……へぇ」


 まただ……。俺の記憶の中に、急ぎの時だけ飯の時も本を読んでいた黒髪の、いや、正確には、黒銀髪の医者の顔が蘇った。

 口うるさくて、容赦のない……、イリューヴェル皇国内の山に住んでいた男。

 ここにいるはずもないのに、目の前の男とアイツの姿が重なって見える。


「……アンタ、なんか俺の知り合いに似てるな」


 そんなわけがない……。ここにアイツがいるわけが……。

 声を発するまでは気付かなかったが、……男の白衣姿と、腰まである長い黒髪に、嫌な予感が止まらない。

 その本をどけた先には……、まさか……。


「奇遇だな。俺もお前と話していると、――捻くれた『馬鹿弟子』の事が浮かんだぜ?」


「……」


 バサッ……と、テーブルの上に本が置かれた。

 皿の上に……、俺の持っていたスプーンが無機質な音を立ててぶつかる。

 目の前の男が晒したその顔は……、間違いなく記憶の中にある『アイツ』。

 不機嫌そうな眼差しが、俺を真っ直ぐに射抜いている。


「お、女将!! 悪ぃけど、金ここに置いとく!!」


 テーブルの上に多めの金を叩き付けた俺は、目の前のアイツが行動に移るその前に、場を駆け出した。

 店内をひしめく客の群れを押しのけ、外へとどうにか抜け出す。

 おそらく、今頃アイツも席を立った頃だろう。追い付かれる前に、どこかに急いで逃げねぇと!!


「やべぇっ!! やべぇっやべぇっ!!」


 ルイヴェルの野郎には止められてたが、この際手段は選んでいられねぇっ。

 俺は闇町と呼ばれる場所に続く路地へと駆け込み、完全に表通りとは遮断された世界へと入り込んだ。


「はぁ、はぁ……。ここまで来れば……、さすがにアイツも追って来ねぇだろ」


 静まり返った闇町の隅で、俺は壁に身を預けズルズルと地面に腰を下ろした。

 さっき大食堂で相席した長い黒銀髪の男。

 ……アイツは、俺が幼い頃に出会ってから色々と世話になった男だ。

 ラシュの友人でもあり、俺の戦闘能力を育てた師匠でもあった奴。

 随分前に、俺の素行の悪さと、言っても聞かない態度にキレられて、絶縁を叩き付けられている。まさか……、こんな所で出くわすとは……っ。


「……って、絶縁した奴を追ってくるわけもねぇ、か」


 よくよく考えてみれば、俺はアイツ……ディークに見限られた存在だ。

 再会したからといって、律儀に追って来るわけがない。

 逃げる必要なんてなかったかもな……。


「はぁ……」


「久しぶりに会った師匠から逃げるとは、テメェも偉くなったもんだな?」


「……」


 ――瞬間、嫌な予感と共に上を見上げると、雷撃の宿った拳を俺に叩き付けようと、ディークが屋根の上から飛び降りてくるところだった。

 それを寸での所で飛び退いてかわし距離をとる。

 雷撃を纏った一撃が、地にめり込み亀裂を作っているのが見えた。


「な、何追いかけて来てんだよっ、テメェは!!」


「逃げる奴は無条件で追い詰めたくなる性分なんだよ。それが、随分前に大口叩いて出て行った馬鹿弟子相手なら、……当然、気合の入った一発をお見舞いしてやりたくなるだろ?」


「ならねぇよ!! ってか、テメェの攻撃喰らったら、大参事だろうが!!」


 皇宮で生きて行く為に、俺がその戦闘能力の高さを買って師事を頼んだ相手……。

 鬼畜ともいえる修行の数々と、ディークと過ごした日々の出来事が脳裏に次々と蘇る。本業が医者のくせに、何なんだその強さは!! と、当時何度もぶつけたツッコミも懐かしい。


「ガタガタうるせぇ奴だな。……ってか、お前、ウォルヴァンシアに遊学に行ったんじゃねぇのか?」


「な、なんでそれ知ってんだよ」


「イリューヴェルの城下で耳にしたんだよ」


「はぁ……、なるほどな」


 あくまで、ディークと距離をとりながら、俺は納得の息をひとつ吐き出す。

 下手に間合いに入ると、いつ攻撃が繰り出されるかわかんねぇからな……。

 トランクを手に立ち上がったディークが、一歩その距離を詰めてくる。


「前よりは……、マシな顔してんじゃねぇか」


「は?」


「面倒な棘が消えてんだよ。自分でもわかってんだろ?」


 棘、というのは、昔の俺が纏っていた全てを拒絶して敵と見なすような気配の事だろう。今の自分が、確かに過去とは違った存在に変化している事を……ディークは見抜いている。


「そうかも……、な。ウォルヴァンシアに行ってから、色々あったし」


「デレた顔しやがって……、まぁいい。ちったぁマシになった馬鹿弟子に再会出来たのも何かの縁だ。じっくりどっかで腰を据えて、話でも聞かせて貰おうか?」


 てっきり、まだ引き続き攻撃を仕掛けられるかと思ったんだが……。

 ディークはあっさりと戦闘時に纏う気配を解き、表通りに出ろと顎をしゃくった。


「別にいいけどよ。俺の今の滞在先、ガデルフォーンの皇宮だけど構わねぇか?」


「また凄いとこに滞在してんだな。じゃあ、美味い茶と菓子でも用意して貰うとするか」


 さすがディークだな。皇宮に滞在していると聞いても、言葉とは裏腹に全く動じた様子がない。そういや……、初めて出会った時もそうだったな。

 俺がイリューヴェルの皇子と知っても、その態度が変わる事はなかった。

 ラシュと一緒に、俺をただのカインとして扱ってくれた……。


「あ~、ついでに、皇宮にラシュもいるぞ」


「あぁ、帰ってたのか、アイツ……」


「その口振りだと、やっぱラシュの素性も承知してるって事だよな?」


「お前より付き合い長いしな。でもまぁ、いるなら久しぶりに顔でも見ていくか」


 向かうのが皇宮だってのに、本当気後れしない奴だよなぁ。

 俺に早く来るように声をかけて、スタスタと先に表通りへと歩いて行ってしまうディーク。その姿を苦笑と共に追いかけ、俺は一度ディークと一緒に皇宮へと戻る事になった。

2017・06・01

文字揃えなど、完了。


カインの師匠・ディーク。

本名、セルフェディーク。

外見年齢は二十代半ばほど。

長い黒髪に白衣の青年です。

イリューヴェル皇国内にある山で一人暮らしをしていた医者です。

高い戦闘能力を有しており、幼い頃にカインと出会った事がきっかけで、

後に、カインの師匠となった人です。

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