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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第一章~狼王族の国・ウォルヴァンシアへの移住~
16/261

賑やかな朝食と、王宮散策!

 銀色の心地良い毛並みに包まれて眠った異世界一日目の夜。

 夢の中に沈んだ意識の中、私は夢を見た。

 たった一人……、真っ暗闇の中を泣きながら歩き続ける幼い頃の私……。

 大人としての思考は存在せず、一人でいる事が怖くて、寂しくて、辛くて、泣きじゃくるばかり。

 歩いても歩いても闇ばかりで、温もりなど何ひとつ掴めない道。

 何故私は一人なんだろう、何故、誰もこの手を握ってはくれないのだろうか……。

 

「いや……、いや、ぁっ、……ひとりは、ひとりはっ」


 息が詰まりそうな孤独と恐怖、どんなに涙を零しても、誰も、誰も……。

 ――ダレモ、ワタシヲムカエニキテハクレナイ。


「はぁ、はぁ……、ぅぅっ、や、ぁっ」


 黒一色の闇へと、次第に自分の身体が溶け込んでいくかのように飲まれ始めた。

 このまま、消える……。私という存在も、何も、かも。

 怖いものなど何も、何も、感じずにいられる、――無の、深淵。

 それは恐ろしいものでもあり、同時に、救済でもあった。

 この闇に身を委ね続ければ、もう何も、感じずに済む、と……。

 そう遠のきかけた思考で全てを投げ出しかけたその時。


「ユキ……」


(誰……?)


 低く心地良い、優しい音。

 私の全てを覆い隠そうとしていた闇が一瞬で消え去り、私は自分の存在を取り戻した。

 胸の中心から、指先や足先、頭の天辺へと走る、確かな感覚。

 光に包まれている男性が、そっと幼い私の身体を抱き上げてくれた。

 

(温かい……)


 恐怖も不安も、負に繋がる全ての感情が、この人の温もりに溶かされて……、自然と顔に笑みが浮かんだ。知っている……、知っている。私は、この腕の温かさを、優しさを。

 懐かしい記憶を思い出すかのように瞼を閉じていた私は、男性の顔を見上げてみた。

 けれど、眩い光だけが視界を満たし……、その人の顔は見えないまま。

 私達の周囲は闇が晴れて、小鳥の可愛らしい囀りや緑が広がっていくのに、この人だけ。

 結局、心地良い安堵感を胸に感じたまま、私は夢から覚めるまで、その人の顔を見る事は出来なかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 怖い夢が幸せな夢へと変わり、迎えた翌日の朝。

 私の隣で添い寝をしてくれていた心優しい狼さんの姿はなく、何だか寂しさを感じる朝の始まりとなってしまった。


「飼い主さんの所に……、帰っちゃったのかな」


 それとも、狼さんが訪ねて来てくれた事や、一緒に眠った事自体が夢だったのか……。

 そう肩を落としかけた時、……シーツの上にある痕跡を見つけた。

 銀色の……、動物の毛。


「やっぱり、夢じゃなかったんだ……。良かった」


 ほっと一安心した私は、爽やかな朝の始まりを感じさせる心地良い風の気配に視線を向けた。

 寝る前にしっかりと閉じられたはずの窓張り扉。それが少しだけ、開いている。

 狼さんがこの部屋を後にした事を意味する光景に、くすりと笑みが零れた。

 ありがとう……、狼さん。悪夢が優しい夢へと変わったのは、きっと貴方のお蔭。


「さてと、朝食の時間に間に合うように、ちゃんと準備しないと」


 ベッドから下りて身支度に入ろうとしていると、タイミングを読んだように扉がノックされた。


『幸希、起きてる?』


 部屋を訪ねて来てくれたお母さんの声に返事を向け中に出迎える。

 昨夜と同じ。貴婦人風の装いに身を包んでいるお母さんが、少し心配そうに微笑んできた。


「おはよう、幸希。昨夜は、……ちゃんと眠れたかしら?」


「うん。レイフィード叔父さんの用意してくれたベッドのお蔭で、ぐっすり」


 狼さんが添い寝してくれた事を話すべきかと迷ったけれど、口から出たのは、それだけ。

 何となく、昨夜の事は、狼さんと私だけの秘密にしておきたいような気がして……。

 私の答えに、お母さんは安心したように表情を和ませると、また部屋の外に足を向けた。


「そろそろ朝食の時間だから、支度が出来たら広間の方にいらっしゃい」


「うん、呼びに来てくれてありがとう、お母さん」


 お母さんを見送って扉を閉めると、私は早速支度に取り掛かった。

 部屋から続いている別室で顔を洗い、ヘアブラシで髪を梳き、今度はクローゼットへ。

 日本で使っていた自宅のクローゼットよりも大きな、薔薇模様や蔦模様の彫られているそれ。

 薄桃色の立派なクローゼットを外側に向かって開くと、昨日と同じように一瞬意識が遠のきかけてしまった。

 何度見ても慣れない、私には勿体ないほどの素敵な洋服の数々。

 レイフィード叔父さんの姪御に対するリサーチは完璧だった。

 私好みの女性らしい清楚な雰囲気の系統が揃えられており、選び甲斐のあるこのズラリとした服の群れ。レイフィード叔父さんの気持ちはとても嬉しい、だけど、だけど……。

一着、お幾らぐらいするんでしょう? と、恐る恐る尋ねてみたくなる素晴らしい素材とその触り心地に、私は逃げ出したい衝動を抑えながら立ち向かう事を試練のように強いられてしまう。

 まぁ、お母さんやお父さんの着ていた服に比べれば、デザイン的には落ち着いている方なのだけど。やっぱり王族の立場やそれに伴う環境変化は、精神的に追い付かない部分が多いと感じられる。

 けれど、昨日のようにクローゼットの前でお地蔵様のようになっているわけにはいかない。

 私は勇気を出し、フリル袖になっている白のブラウスと、ふわりと広がりのある青いロングスカートを取り出した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 身支度を済ませた私は、足早に部屋を出て広間へと走り始めた。

 王宮の中は同じような道や景色が多くて、頭に叩き込んだ最短ルート情報に頼りながら、迷わないように道を進んで行く。

 途中ですれ違った王宮の人達と笑顔で挨拶を交わし、清々しい朝の日差しを浴びながら、どうにか無事に広間の前へと辿り着く。

 開け放たれている扉の左右には、メイドさん達がお腹の前で両手を組み、静かに佇んでいる。


「おはようございます、ユキ姫様!」


「リィーナさん、おはようございます!」


「さ、中へどうぞ」


 今日も明るくて可愛らしいメイドのリィーナさん。

昨夜の夕食の時にも控えてくれていたけれど、食事の広間担当……、なのかな?

今度時間のある時にでも尋ねてみようと決めた私は、中へと促してくれたリィーナさんや他のメイドさん達に笑顔を返して、席へと向かった。

 

「おはようございます!! 遅くなってすみませんっ」


「おはよう、ユキちゃん!! そんなに急がなくても大丈夫だよ~」


 美味しそうな朝食の並ぶテーブルの向こう側。一番前の席に座っていたレイフィード叔父さんが立ち上がり、嬉しそうに私へと手を振って出迎えてくれた。

 語尾に音符マークが付いていそうなレイフィード叔父さんは、今朝もテンションが高い。

 お父さんとお母さんも、昨夜の夕食と同じ席についていていたけれど、レイフィード叔父さんの息子さん達の姿は、まだ見えなかった。きっと広間に向かっている最中なのだろう。

 もう少ししたら、あの可愛くてむぎゅぅううううっ!! としたくなる三つ子ちゃん達と、幼い王子様三人のお兄さんであるレイル君が顔を出してくれるはずだ。


「昨夜はちゃんと眠れたかな、ユキちゃん?」


「はい。素敵なベッドを用意して頂けたので、寝心地も良く、ぐっすりと眠れました」


「それは良かった!! でも、寂しくなったり、何か不安に思う事があったら、僕達にちゃんと相談するんだよ?」


「ふふ、はい。ありがとうございます」


 テーブルの上に両肘を着いて、組み合わせた手の甲に顔を乗せたレイフィード叔父さんが、お茶目そうな笑みを浮かべながらウインクをひとつ。

 本当に、気遣いと愛情に溢れた良い叔父さんをもって、私は幸せ者だ。

 じ~んと、その幸福感を噛み締めながら神様に感謝していた私だったけれど、困った事がひとつ。

 レイフィード叔父さん……、お願いですからその美形過ぎる綺麗なそのお顔に、気遣いと親愛に溢れたその視線に、大人の色香を漂わせるフェロモンを付加しないでください~!!

 年頃の女性の立場としては、実の叔父であろうと、精神的に色々とあれなんですから!!

 けれど、それを口に出してお願い出来るほど、私は強くはなかった。


「あ、そろそろ来たみたいだね?」


 私の心中の切なさには気付かず、レイフィード叔父さんは開いている広間の入口へと笑顔を向けた。ドタバタと、昨夜と同じように聞こえてくる賑やかな足音。

 きゃっきゃっと楽しそうな子供の笑い声がフェードインしてきたかと思うと、予想どおり、広間の中へと、三つ子ちゃん達が楽しそうに駆け込んできた。

 そして、そのすぐ後ろには、昨日と同じく疲弊したレイル君の姿が……。

 もしかして、三つ子ちゃん達を追いかけて広間に来るのは、日常茶飯事……、なのかな?


「「「と~さま~、おはようございま~す!!」」」


「はい、おはよう。今日も元気そうで父様は嬉しいよ。さ、ユキちゃん達にも、きちんと朝のご挨拶出来るかな?」


「「「ゆきちゃん、ゆ~ちゃん、な~ちゃん、おはようございま~す!!」」」


 食卓テーブルの前できちんと三人横に並んだ状態で、溢れんばかりの笑顔と共に向けられた可愛すぎる朝の挨拶。私のハートがドストレートに射貫かれたのは言うまでもない。

 『ゆ~ちゃん、な~ちゃん』というのは、昨夜もそう呼んでいたけれど、私のお父さんとお母さんの事だ。そんな呼び方もまた愛らしい。

 幸せ過ぎる朝の光景に一人で溢れんばかりの喜びを感じていた私は、三つ子ちゃん達に朝の挨拶を元気良く返した。その時の嬉しそうな子供達の笑顔。あぁ、神様、この瞬間を本当にありがとうございます!!


「はぁ、はぁ……、疲れた……っ。お前達、どうして俺の話を最後まで聞かない……!? 走ったら駄目だと言っただろう!! どうしてわからないんだっ!! 行儀が悪いと何度も言っているのに!!」


 レイル君が呼吸を整えながら、少し怒った様子で三つ子ちゃん達に向かってくる。

 そして、三つ子ちゃん達の一人をがしっとその両手に掴むと、怖い顔で一言。


「めっ!!」


「うえぇ~~~ん!! れいたんがおこったぁ~!!」


「れいくん! あしぇるをおこっちゃだめ、なのぉ~!!」


「れいちゃん、おとなげないのぉ~!!」


 兄弟を助けようと、二人の子供がレイル君の足にぽかぽかとダメージにならない攻撃を始める。

 あぁ、小さな手足が自分達よりも大きなレイル君相手に、ぽかぽかと……。


(か、可愛すぎるよ、三つ子ちゃん達!!)


 きゅんとときめく胸の高鳴りを感じながら、私は口元を押さえた。

 この光景は、耐えるにはあまりに破壊力が高すぎる可愛らしさに満ち溢れている。


「はぁ……。レイル君、この子達のこれはいつもの事なんだから、大目に見てあげなさい。仕方ないって、君もわかっているだろう?」


「そんな事を言われても、毎朝支度をさせる俺の苦労も考えてくださいよ。はぁ……」


 長男は苦労するものだと、確かご近所の大学生のお兄さんが溜息交じりに言ってたなぁ。

 と、日本での事を思い出した私は、席を座ったレイル君に向けて一言。


「お疲れ様、レイル君」


「あぁ……、有難う。それと、……今朝の服も、よく、似合っている」


「あ、ありがとうっ」


 疲れていても、従妹の服装を褒める事を忘れないレイル君は、紳士の中の紳士だと思う。

 若干恥ずかしそうな気配はあったものの、ちゃんと笑顔で褒めてくれたレイル君に、私も影響されたかのように赤くなってお礼を返したのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝食を終えた私は、昨日と同じように憩いの庭園へと訪れていた。

 鮮やかなグリーンの整えられている芝生と、目を楽しませてくれる美しい花々。

 薄桃色の花に指先を添えると、リィーン……、と、小さく鈴のような音がした。

 昨日はあまり気にしていなかったけれど、もしかして……、この鈴の音は、花自体が発しているものなのだろうか? 訪れる者の心を癒してくれる、涼やかな音。


「本当に綺麗な花……。手入れも行き届いているみたいだし、良い匂い」


 花の蜜に引き寄せられる蜂や虫達のように、私はそれへと顔を近付けて、瞼を閉じた。

 異なる世界においても、花は花。形もよく似通っている。

 薄く黄色がかった、薔薇と同じ形の花。

 その咲き誇る姿の奥から、小さく聞こえてくる……、優しい音色。


「……ん?」


 心地良い音色に耳を澄ませていると、全く違う音が交ざってきた気がした。

 疑問符と共に瞼を開けてみると、……あれ? 左側の茂みが、何だかゴソゴソと動いている。

 待つ事数秒……。茂みの中から大きな音を立てて、銀毛に覆われた頭部が穴を空けるように現れた。

 ちらりと、私を横目に見上げてきた……、惹き込まれそうな程に美しい、蒼。


「狼……、さん?」


「……」


 昨夜私の添い寝をしてくれた、心優しい銀毛の狼さん。

 朝にはもういなくなっていたけれど、まさかここにいるとは……。

 少し吃驚した後、私は頭だけ茂みから出ている狼さんをよしよしと撫で、朝の挨拶をした。


「おはよう、狼さん。昨日は添い寝してくれてありがとう。お蔭でぐっすり眠れたよ」


「……」


 狼さんに昨夜のお礼を言って微笑みかけると、のっそりと茂みから出て来た狼さんが、私の前におすわりをして、尻尾をパタパタと振り始めた。

 朝の日差しを受けて輝く狼さんの銀色の毛並みは、昨日と変わらずに手入れがバッチリの素晴らしさ。けれど……。


「ごめんね、今日は焼き菓子を持って来ていないの。次に会った時でいい、かな?」


「……」


 狼さんが尻尾を振って私を見上げているその理由を、焼き菓子を期待しているものだと判断した私は、そう説明して、次の機会を約束してみた。

 言葉が通じるのか、それはまだよくわからないけれど……、狼さんは焼き菓子を持っていない私の足元や腰に大きな頭を撫で付け、嬉しそうにひと声鳴いた。


「狼さん?」


 まるで、触って触ってと、撫でてほしいとおねだりしているかのような甘え方。

 芝生に両膝を着いて、こしょこしょと顎の下を擽ってあげると、狼さんは気持ち良さそうに目を細めた。


「お日様の光を浴びてるからかな? 狼さんの身体、とっても暖かいね。でも……、このもふもふのお礼をしたいのに、さっきも言ったけれど、今は昨日の焼き菓子がないの。……本当にごめんね?」


 狼さんは焼き菓子がないとわかっているのに、それでも私に黙って撫でられてくれている。

 言葉を交わす事も出来ない関係だけれど、なぜだろう。狼さんと一緒にいると、すごく安心出来る。ずっと昔から一緒にいたかのように、触れていると、傍にいると、心がじんわりと温かくなって……。


「あれ? ……」


 狼さんの身体を撫でていると、何か視線のようなものを感じて、私はその方向へと振り向いた。

 庭園の、休憩所の蔭に……、もう一頭、狼がいる。

 私が一緒にいる子と同じ、銀毛に覆われた……、遠目だけど、あれは、深緑色の瞳?

 じっ……、と、私達を見つめているだけで、近付いて来ようとはしない。

 まるで観察されているかのような視線だ。でも、……あぁ、あの子も綺麗な毛並みをしている。


「狼さん、あの子はお友達だったりするのかな?」


 今にも眠りそうになっていた蒼い瞳の狼さんに尋ねてから、もう一度休憩所の蔭を向いた私だったけれど……、もうそこには、深緑色の瞳をした狼さんの姿はなかった。

 出来ればこっちに呼び寄せて仲良くなりたかった。あぁ、両手に花、ならぬ、両手にもふもふ。

 やっぱりここはひとつ、狼さんと仲良くなれたきっかけの、甘いお菓子の準備が必須となってくるだろう。うん、常備出来るようにお菓子作りを頑張ろう!

 

「狼さんも、お友達と一緒に遊びたいでしょう?」


 そう笑いかけると、あの子の姿を見る事が出来なかった模様の狼さんは、不思議そうな目で私を見ながら首を傾げ、疑問符の付くような鳴き声をひとつ。


(それにしても……、さっきの新しい狼さんの目……、どこかで、見た事がある、ような……)


 ほんの数秒、初めて目にしたはずの狼さんの姿、というよりも……、あの深緑の瞳に、私はどうにも気になる思いを持て余しながら、擦り寄ってきた温もりを撫でた。

2016・04・24 改稿

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