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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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迷子の少女

 二日間に及んだ尽力の末、ディアーネスさんは深手を負いつつも一命を取り留めた。

 けれど、彼女が目を覚ますまでには暫くの時がかかり、意識を取り戻すのに一週間……。

 その間に、ラシュディースさんは自分達の痕跡を消したり、遠くの地へ逃げたと思わせる為の仕掛けを施したり、落ち着く暇もない日々を過ごしていたらしい。


「でも、凄かったよねー。陛下ってば、意識を取り戻した途端に動こうとするし、駄目だって身体の状態を教えてあげても」


「隙を見て抜け出そうとしていたな、ディアは」


「そうそう。だから、俺が痺れ薬入りのお茶を飲ませたり、本当に不味い時はラシュさんが強制的に陛下の意識を落としたり」


 無理をしてしまう程に、ディアーネスさんはお異母兄さん達を一刻早く救いたかったのだろう。

 大事な家族だから、自分の身体の事なんて考えられなくて……。


「ディアーネスさんは……、優しい人ですね」


「うーん、……まぁ、一応根っこには情があるみたいだけど、あの時の陛下には鬼気迫るものがあったよねー? ラシュさん」


「だな。たかが一人の少女、それも亡霊に揃いも揃って洗脳されるとは何たる醜態! と、ディアは全員シメると言って聞かなかった」


 し、シメる……? しみじみと頷き合っているサージェスさんとラシュディースさん。

 そして、懐かしそうに微笑みながら同じ姿を見せているシュディエーラさん。

 あ、操られた皇子様達を……、シメる、って、え?

 カインさん達と三人揃って固まってしまった私は、過去の当事者である三人の話に戦慄し続ける。

 

「まさか……、その勢いのまま兄貴達を殺っちまった、とか言わねぇよな?」


「流石にそれはないかと……。それに、シュディエーラさんが言ってたじゃないですか。皇子様達は事情があって別の場所にいる、って」


「いや、そうなんだけど、よ……。あの冷酷非道な魔竜女なら、半殺しぐらいはやりそうじゃねぇか?」


 お前もそう思うだろ? 的な目で同意を求めないでほしい。

 まぁ、ディアーネスさんが本気で怒ったら、サージェスさん以上の恐ろしさを垣間見る事になるのは確定だろうけれど……。

 レイル君も気まずそうにサンドウィッチを齧り、もぐもぐとしながら横を向いてしまった。

 うん、聞かないふりをしたい気持ちはよくわかるよ、レイル君。

 こんな話の最中に、「確かに容赦なく殺りそうですね」とは、誰も言えない。

 そんな私達にラシュディースさんが機嫌を損ねる事なく微笑み、別に本音を言ってもいいんだぞと、また器の大きさを見せてくれた。


「まぁ……、あの時のディアが言っていた事は、空元気のようなものだったんだろうけどな」


「ラシュディースさん……」


「けど、あの状況下で本当に皇子達を陛下にボコらせるわけにはいかなかったからね。ラシュさんとはその件の前からの付き合いだったし、成り行きで俺も協力する事にしたんだ」


「あれか? 情け容赦のねぇテメェが兄貴皇子共をしばき倒したわけか?」


「皇子くーん……、君、俺の事を誤解してないかなー?」


 ごめんなさい、サージェスさん……。

 サージェスさんなら、襲い来る皇子様達相手でも、最強無双で沈めていくと思いましたっ。

 けれど、そんな事はなく……、サージェスさんがやったのは、とても平和的な行動だった。

 ディアーネスさんが全快し、皇宮へ再度乗り込む算段を立て、その決行日。

 サージェスさんが皇宮中にこっそりと仕掛けておいた眠りと痺れ薬の類を術によって充満させ、全てを眠りに就かせた。


「サージェス殿、皇宮には騎士団寮や魔術師団寮などの必要な施設もあったと思うのだが……、全部、眠らせたのか?」


「うん。全部だよー。皆ぐっすり眠って、ついでに万が一目が覚めても動けないように痺れ効果を付加しといたから、凄く動きやすくなったんだよー」


「ガデルフォーンの重要な機能、全部停止させちゃったんですね……」


 必要な事、だとはわかっているのだけど……、ちょっと無差別にやり過ぎなような。

 レイル君と一緒に顔を見合って「あはは……」と苦笑し、私達は正面を向いて溜息を零す。

 やっぱりサージェスさんは、色々と凄い人だ。


「効果は上々。サージェスのお陰で無用な戦いをせずに済んだ俺達は、黒幕の許へと急ぐ事が出来た。唯一人、皇宮の中で起きているだろう娘を目指して、な」


 けれど、ラシュディースさん達が気配を追って辿り着いたその場所で……。

 先代のガデルフォーン皇帝が殺害された私室で、意外なものを見てしまった。

 ベッドでぐっすりと眠る、愛らしい少女の姿を……。

 話によると、その眠りはサージェスさんが仕掛けた罠のせいではなく、彼女自身が望んで就いた眠りだったそうだ。


「霊体って、眠るんですね……」


「みたいだねー。で、そのお嬢ちゃんだけど、俺達が来ているのにも気づかずに、寝言を漏らしたんだよ。『ガウゼルお父様』、って」


「勿論、俺達の父親の名ではない。それは、何代か前に存在していた先祖の名だった……。そして、あの金髪の少女は、その時代の皇帝が外に作った、隠し子の一人だったんだ」


 ガデルフォーン皇国の皇宮に保管されている資料。

 全てが終わった後、ラシュディースさん達はそれを調べた。

 遥か昔にいた、ガウゼルという名の皇帝は、皇妃以外にも手を出し、何人かの子を設けた。

 その中の一人が、……亡霊となって現れた、金髪の少女。

 

「当時は、まだ辺境の辺りでは貧困に喘ぐ者がいてな……。あの少女は母親と共に暮らしていて、日々を貧しく過ごしていたらしい。そして……、食う物さえ満足に得られなくなった頃」


 ――二人の親子は、餓死の道を辿った。

 少女が生まれる前、母親であった女性は当時の皇帝ガウゼルと情を交わし、娘を産んだ。

 けれど、女性に対して気の多かった皇帝ガウゼルとはすぐに縁が切れ、彼女は故郷である辺境に戻って子供を育てる事にした。

 慎ましやかでも親子二人で暮らす生活……。皇帝ガウゼルはその女性との間に娘が出来ていた事も知らず、少女の母親から手紙が届いた日に、初めてその事を知ったらしい。

 

「ガウゼルは気になってその地に行ってみたそうだが……、その時には、もう」


「その当時の辺境では、まだ魔術を応用した作物の完璧な管理が出来ていなくて、その上……、親子には食料を買うお金もなかった。母親が、病に冒されて外に出られなくなっていたからね」


「そんな……っ」


 サージェスさんの悲しそうな顔を見ながら聞いた事実は、あまりに辛いものだった。

 じゃあ、その少女は……、病気のお母さんと二人きりで、誰にも助けてもらえずに……、孤独の中で死んでいったの? 

 家の中で、子供の自分ではどうする事も出来ないまま、その少女がどんな思いでいたか。

 病床の母親が、娘に何も与える事が出来ず、苦しみと悲しみの中で……、どれほど辛い思いを抱いていたか。


「皇家の記録では、親子の遺体はガウゼルが引き取り、手厚く弔ったそうだ」


「それなのに、どうして……」


「まぁ、母親が助けを求める手紙を託したのに、間に合わなかった事が原因じゃないのかな……。まだ動ける時に手紙を出したそうだけど、病と飢えの進行は、思ったよりも早かったんだろうね」


「後味の悪ぃ話だな……」


 カインさんの言う通りだ。幼い子供が母親と二人……、救われる事のないまま亡くなるなんて。

 けれど、皇帝ガウゼルの手によって弔われたはずなのに……、何故、そんなにも時が経ってから現れたのだろうか。それも、ラシュディースさん達のお父さんを、家族の手で殺害させるなんて。

 孤独の中で亡くなった幼い子供がしでかすには、あまりにも残酷な行為だ。


「エリュセードに存在する命は、死した後に冥界へと召されると聞く。だが、稀にこの世に対する未練が強すぎて、地上に留まる場合もあると、以前に聞いた事がある。恐らく、あの時の少女は、その部類だったんだろうな……。ガデルフォーン皇家への恨み故に」


「同情はするけど、流石にやり過ぎだったよ、あれは……」


 殺害されたラシュディースさん達のお父さんのベッドで眠っていた少女は、すぐ目を覚ます事になったらしい……。その瞳に禍々しい光を宿し、自分の操っている皇子様達や皇宮の人達を呼ぼうとした。――しかし。


『どうして……、どうして、誰かいませんの!? お兄様っ!! お兄様っ!!』


 少女の夢見ていた、『幸せな世界』。

 全ては上手くいっていたはずなのに、少女は目覚めと共に絶望を覚えた……。

 頬を止め処なく伝い落ちる悲しみの涙と共に、遥か昔の世界で死に絶えた少女の亡霊が取った行動は、やはり、自分の幸せを壊そうとするラシュディースさん達への、――憎悪。

2016・10・05

改稿完了。


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