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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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皇宮内の罠

一度現実に視点を戻します。


 ――Side 幸希


「その女の子は……、誰、だったんですか?」


 当時のガデルフォーン皇帝の前に現れ、娘だと名乗ったらしき幼い少女。

 彼女は自分を受け入れてくれないガデルフォーン皇帝を、ディアーネスさん達のお父さんを、最も残酷な方法で殺した……。

 操られたままの皇子様達と、彼らと反目し合っていた、正気の皇子様達。

 全てが、その金髪の愛らしくも恐ろしい少女によって引き起こされた事だと、ラシュディースさんは語ってくれた。


「ガデルフォーン皇家の血に連なる者である事は間違いないと感じたが……、やはり、あれは俺達の妹ではなかった」


 結論だけを告げると、ラシュディースさんは紅茶をひと口飲み、足を組みなおした。

 皇家の血を受け継ぎながらも、彼らの家族ではない少女……。


「どういう事だよ、ラシュ」


「その事に関しては後で話す。俺達は……、あの少女、いや、亡霊の招きに応じ、少ししてから皇都へと戻った。勿論、すぐに乗り込む事はせず、皇宮で正気を保っている弟達と接触する事から始めたがな」


 皇都で身を隠しながら、正気を保っている皇子様達から秘密裏にもたらされた情報。

 まず、ラシュディースさん達があの少女に出会った晩の翌日……、皇宮に、操られているアルフェウスさん達の傍に、一人の存在が寄り添うようになった。

 それが、話の中に出てきた黄金の髪の少女。

 殺害された皇帝の隠し子として保護したと、アルフェウスさん達は偽りの報を民に告げた。

 そして、皇宮内で生活するようになった少女は、自分勝手で我儘な性格で周りを振り回し、贅沢な衣装や装飾品に囲まれながら傲慢の限りを尽くしたという。

 その、突然現れた自分達の異母妹かもしれない少女をどう扱っていいのか、馴染めずにいたらしい。


「本当の異母妹ではないと知って、弟達は大層ほっとしていた……。俺達は力を合わせ、亡霊を捕らえる為の『檻』、その役目を果たす強力な術を創る為に奔走し、――そして」


 ある晩の事……、ラシュディースさん達はついに皇宮へと乗り込む事になった。


「成功、したのか?」



「……一度は、な」


「それは……、『檻』を破られてしまった、という事ですか?」


 皇子様達の協力を得て挑んだ戦いは、確かに一度は成功の瞬間を迎えた。

 けれど……、まさにその瞬間、ラシュディースさん達に生じた僅かな油断が、予想外の事態を生んでしまった。


「敵は、アルフェウス達だけじゃなかったんだ……。俺達に協力してくれていた弟達もまた、あの少女の操り人形だった」


「そんな……!!」


「正気だと思っていた弟達の一人がその名を呼び、ディアが振り返った瞬間……、アイツの胸を貫いたんだ」


 それは、普段カインさんが使用している竜手と同じものだった。

 ディアーネスさんの胸を貫いた皇子様の右手……。

 抉られた胸からは大量の血が溢れ出し、彼女を窮地に陥らせた。


「その一人だけではなく、他の弟達も目の色を変えて俺達に襲いかかってきた……。俺とシュディはディアを連れ、また……、皇宮から逃亡する羽目になったと、まぁ、そういうわけだ」


 ラシュディースさん達は遠くに逃げるのではなく、気配を消してある場所に向かった。

 自分達の治癒術では治療が追いつかない深手を負ったディアーネスさんを救う為、――暗部と呼ばれる、闇町へと。

 そこには、所謂裏の家業やその道の人達を治療してくれる腕の良いお医者さんがいて、彼女はそこに運び込まれたらしい。

 そして、そこで新たな協力者を得るに至った。


「そ・れ・が、後のガデルフォーンの騎士団長、サージェスティン・フェイシアなのでありましたー、ってね?」


「「「!?!?」」」


 集中してラシュディースさんの話を聞いている最中に、私の耳元にふぅっと息を吹きかけて楽しげに囁かれた男性の低い音。

 真っ赤になった耳を押さえてカインさん達と背後を振り返ると、そこには何の気配もなく近寄ってきたサージェスさんの姿が……。


「な、なななっ、な、何、やってるんですか!!」


「あー、ユキちゃんてば顔真っ赤だねー。サージェスお兄さんにときめいちゃったかなー?」


「サージェス、テメェッ!! ふざけんじゃねぇぞ!! 吃驚しただろうが!!」


「サージェス殿……、頼むから心臓に悪い真似はやめてくれないか。はぁ……」


 飛び上がる勢いで驚いたカインさんがサージェスさんの胸倉を掴み怒鳴る。

 本当に、一体いつからこの部屋にいたの……。

 だけど、サージェスさんは全く悪びれる様子もなく、私やラシュディースさんの方を見ながら言った。


「えー? だってねぇ、何か深刻な話をしてるみたいだったから、場を和ませてあげようかなぁ、なーん。一応、気を遣ったつもりだよー?」


「どこがだぁあああっ!! さりげにユキにまでちょっかい出しやがって!! ふざけんじゃねぇぞっ!!」


「か、カインさんっ、そんな事したら……」


「えいっ」


「どわああああああああっ!!」


 ――サージェスさんに報復されますよ。

 そう声をかける暇もなく、カインさんは背負い投げ一本で絨毯に叩き付けられてしまった。

 レイル君が私の隣で顔を片手で覆い、「はぁ……」と、疲れきった溜息を漏らしている。私も同じ気持ちだよ、レイル君。

 

「ははっ、サージェスは相変わらずだなぁ」


 大事なお話の、緊迫した空気を見事に台無しにしてくれたサージェスさんに対して、ラシュディースさんは苦笑を浮かべるものの、叱ったりはしなかった。

 シュディエーラさんも、「いつもの事ですからね」と、目の前の光景を受け流してしまっている。


「俺もまざっていい?」


「あぁ、構わない。あの時はお前と、お前の師匠のお陰で助かったからな」


「ははっ、いやぁ、あの時の陛下は本当にヤバかったからねー。俺、この人死ぬんじゃない? って、ちょっと焦ってたよー」


「さ、サージェスさん……」


 助かったから良かったようなものの、サージェスさん……、軽すぎですよ!!

 けれど、ツッコミを入れても無駄だと悟り、私は別の事を聞く事にした。


「あの……、サージェスさんは、闇町で生活していたんですか?」


 今は騎士団の所属だけど、過去には色々とあったのだろう。

 ほんの少しだけサージェスさんの昔に興味を持った私の質問に、にっこりと優しいお茶目な笑顔が返ってくる。


「そうだよー。あの頃は医術の勉強に興味があって、凄腕のお医者さんのところでお世話になってたんだー。まぁ、その前は流れの旅人だったんだけどね」


「お前の過去って、なんか読めねぇよなぁ……」


「確かに……。確か、サージェス殿は辺境の出身、だったと聞いた事があるが……。まさか闇町でも生活していたとは。流石にそれは知らなかった」


「うん、エリュセードの表も裏も、色々と見てまわったよー。あぁ、でも、お世話になってた孤児院がなくなってから暫くは住み込みとかで食い繋いでたんだけどね」


 人生において勉強は大きな味方だよー、と、楽しそうに笑いながら話してくれたサージェスさんなのだけど、今……、とても重要な過去を聞いてしまったような気がっ。

 カインさんがソファーに戻り、何だか申し訳なさそうな顔でサージェスさんを振り返る。


「お前……、結構苦労して生きてきたんだな」


「俺も初耳だった……。サージェス殿、大変だったんだな。すまない……、色々と誤解をしていた」


 人の生い立ちはそれぞれ。

 家族に囲まれて育つ人もいれば、親がなく、又は何らかの事情によって施設で育つ人もいる。

 サージェスさんは少年期と呼ばれる頃に、孤児院へと押し入った賊のせいで家を失ったらしい。

 そして、それを機にこの人は外で働いて暮らす事を選び、他の子供達よりも早く巣立つ事になった、と。

 どんな職をやっていたのかとか、少しだけ話してくれたサージェスさんから、私は目を逸らす事が出来なかった。生きる力を切り拓く、その逞しさ。人生において大切な勉強をずっと続けてきたこの人に、尊敬の念が止まらない。


「サージェスさん……」


「ん? 何かなー、ユキちゃん」


「先生、って、呼んでいいですか?」


「え?」


 私は自分からソファーの外に身を乗り出して、サージェスさんの両手を取った。

 いつもニコニコしているサージェスさんだけど、私のこの行動は予想外だったらしく、小首を傾げながらその足が一歩引かれてしまった。


「うわぁー……、純粋にキラッキラしたお目々だねー、ユキちゃん。でも、俺全然凄い人じゃないから、ちょっと……、サージェスお兄さん困っちゃうなぁ……」


「私も、サージェスさんみたいに、色々と人生の勉強を積み重ねていきたいです!! また今度是非、詳しいお話を!!」


「う、うん……。えーと、皇子くーん、レイルくーん、……ユキちゃん、ちょっと何かのスイッチ入っちゃったかもしれないんだけど」


「けっ、テメェでどうにかしろよ」


「ユキは普段から外で働きたいと口にしているからな……。サージェス殿に憧れを抱いたんだろう」


 サージェスさんだけじゃなく、私はウォルヴァンシアの皆さんにも時々お話を聞かせて貰ったりしている。私自身は元の世界にいた頃から外で働きたい、アルバイトをしたいと思っていたけれど、お父さんから勉学に励みなさいと言われて結局体験出来ずじまい……。

 個人的には、ウォルヴァンシアでの生活に慣れたらどこかで働いてみたいと思っているのが本音だ。まぁ……、過保護なレイフィード叔父さんが許してくれるかは難しいところだけど。

 だからこそ、今は色々と経験している人の話を聞いて、いつか外で働ける日を夢見て心の準備をしているというわけだ。


「ユキちゃん……、そんなに働きたいの?」


「はい!!」


「ふぅん……、じゃあ、いつか外で働くとしたら、俺のとこにおいでよ。騎士団長の補佐的なお仕事とかさせてあげるよ?」


「本当ですか!!」


「ちょっと待てぇえええええっ!! 何でよりにもよって最初の仕事がテメェの補佐なんだよ!? 俺もレイフィードのおっさんも、絶対ぇ許さねぇからな!!」


 ソファーから身を乗り出している私の頭を乱暴にはたき、カインさんが元の場所にきちんと座れと首根っこを掴んでくる。

 まったく……、レイフィード叔父さんやカインさんに反対されても、私だって人並みに働いてみたいのに、どうして周りには過保護な人達が多いのだろうか。

 あぁ、そういえば……、アレクさんも私が外で働いてみたいと話した時に、


『なら、俺が護衛役として同行し、お前の仕事姿を見守ろう』


 ……うん、凄く過保護だった。

 働く事に反対はしない。だけど、自分の付き添いが必須だと……。

 気持ちは嬉しいけれど、もしいつか働く日が来たら……、アレクさんには黙ってこっそり働こうと決めている。


「お前達、微笑ましい姿を見せてくれるのは有難いんだが、そろそろいいだろうか?」


 クスクスと笑いを零しながら掛けられた声で、ようやく我に返った。

 あぁ、大事なお話の途中で私は何て事を……!!

 すぐに居住まいを正し謝ると、ラシュディースさんは「話の息抜きにはなったから、問題ないぞ」と、朗らかに笑いながら許してくれた。この人は本当に度量が大きい!!


「で、だ。ディアを医者の許に運び込んだのは良かったものの、胸に出来た風穴の状態は酷いものでな……。同時に、『瘴気』と呼ばれる毒素にも侵されていた」


 瘴気。それは、以前にカインさんが禁呪によって倒れた件においても、その存在を目の当たりにしている。黒い靄のような存在で、浄化しなければ生きている者に害を及ぼすもの……。

 その中でも、特に凶悪な類の濃度をした瘴気と、彼女に死を与えようとする呪いのような魔力の気配が、ディアーネスさんの身を蝕んでいたらしい。


「幸い、浄化の類は私の得意分野でしたから、サージェスや医師殿と力を合わせ、ディアーネス様をお救いする事が叶いました」


「じゃあ、ディアーネスさんの胸の傷痕は、その時のものなんですね?」


「あぁ。消す事でも出来るというのに、ディアはそれを拒んでいる。自分自身を孤独な牢獄の中に押し込めるかのようにな」


 そう思い詰めてしまう原因が、この話の続きにあるのだろう。

 異母兄である皇子様達を『殺した』と言った、その真実が――。

2016・10・05

改稿完了。

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