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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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プリンをお供に。

「あ、あの……、ルイヴェル、さん。こ、これは~……」


「プリンだ」


 いや、それはわかりますよ? 私の大好きな、ぷるんとした佇まいに、カラメルや生クリームがたっぷりのプリン。

 ルイヴェルさんの部屋に運ばれてきたそれは、確かにプリン。どこからどう見てもプリン。

 皇宮の料理人さん達が作ってくれただけあって、元の世界じゃ滅多に食べられない、豪華な、豪華な……。

 椅子に座った状態で膝の上に両拳を揃えていた私は、背後に立っている冷静顔の王宮医師様を振り返った。特に動じた様子は見られないけれど、心なしか……、喜びの気配がじわじわと。


「たっぷりと味わったらどうだ? お前の『大好きなプリン』だぞ」


「だ、大好きではありますけども……っ、うぅっ、何の仕返しなんですか、これはあああっ!!」


 バッ! と、青いレースのテーブルクロスが敷かれた丸テーブルに向き直った私は、カタカタと大きく震えている指先でそれを示して叫んだ。

 テーブルを埋め尽くすひとつのお皿、その上に載っている、どっしりとした重さと、規格外の大きさをした物体。座っている私の頭の高さよりもそれは巨大で、バケツプリンどころの騒ぎじゃない凄まじい迫力と共に鎮座している!!

 プリン、確かにプリンだけど……、豪華にもほどがあるでしょう!!

 

「私、こんなに食べられませんよ!!」


「そうか? お前なら軽いと思ったんだがな?」


「私の胃は怪獣級ですか!! もう……、ルイヴェルさんも手伝ってくださいよ? 一人じゃ絶対食べきれませんから」


「……喜ばないのか?」


「え?」

 

 いや、あの……、それは、まぁ、普通サイズだったら素直に喜んだかもしれませんども!!

 流石に、モンスター級の特大プリンを前にしたら、喜びよりも圧倒間が半端ないというか……。

 でも、私の傍に椅子を引き寄せて腰を下ろしたルイヴェルさんの顔には、サプライズをして外した感満載の寂しげな気配が滲み出してしまっている。

 本当に……、今日のルイヴェルさんは一体どうしてしまったのだろう。

 悪夢らしきものを見ていた時に起こした予想外の行動といい、急に不機嫌になったり、残念そうな視線を寄越したり、今みたいにしょんぼりとしたり……。

 表情にこそあまり変化はないけれど、その全身から伝わってくる気配が今日に限って、物凄く正直なものに感じられる。とりあえず……、うん。


「う、嬉しいですよっ。こんなに大きな物だと食べるのに苦労しそうですけど、その、滅多にお目にかかれない奇跡のような光景のようにも見えますし、わ、わ~い、た、食べるの楽しみだなぁ~!!」


「……そうか。なら、遠慮せずに完食しろ」


 あきらかにわざとらしい私のフォローだったけど、ルイヴェルさんは少しだけ気配を和らげてスプーンを指差した。生クリームやカラメルだけでなく、沢山のフルーツまで盛られた大サービス以上の特大プリン。二人でも食べきれるかわからないけれど……、ぜ、全力で頑張ろう!!


「ニュイニュイ~!!」


「ユキと一緒に食べてもいいが、お前には専用の餌も用意してある」


「ニュイ~!!」


 プリンを食べ始めていると、私の足元で興味津々な目をしてプリンを見上げていたファニルちゃんがルイヴェルさんの言葉に喜び、一層高く飛び跳ねた。

 バラバラと餌を器に盛られ、それに勢いよく飛びつくファニルちゃん。

 私はその嬉しそうな姿を微笑ましく思いながら眺め、口の中で極上のハーモニーを奏でるプリンを堪能し続ける。あぁ……、美味しい。こんなにも美味しいプリン、食べた事ない。

 でも……。


「ルイヴェルさん……」


「ん?」


「この特大プリン……、下から食べ続けたら大崩壊を起こすんじゃないですかね? ぐっちゃりと」


 いや、どっちゃりかもしれない。

 ルイヴェルさんも椅子に座ってプリンを食べ始めているのだけど、見事にバランスを考えない下付近にスプーンを差し入れている。

 下手をしたら、私もルイヴェルさんも、ファニルちゃんもプリン塗れの地獄が待っているかもしれないっ。という事で、これ以上食べる事が怖くなってきた私は、手を止める事にした。


「安心しろ。このプリンは術で固定してある。下から食べようが、ど真ん中をぶち抜こうが、崩れ落ちてくる事はない」


「そ、そうですか。ほっ……。安心しました」


「でなければ、味を楽しむどころの話じゃないからな。――ところで、術の勉強はどうだ? あれから少しは上達したという報告を聞きたいところだが」


 うっ……!! こんな時にそういう事を聞きますか!?

 絶品を気兼ねなく楽しめると思った矢先の質問。当然、私に答えられる言葉はひとつしかない。

 スプーンを置き、居住まいを正してルイヴェルさんに向き直る。


「すみません……、まだ、ひとつの術も行使出来てません」


「ひとつもか?」


「はい……」


 三日経っても進展なしと報告されて、流石に怒られるだろうか……。

 しゅぅぅんと身も心も小さくなった私に、ルイヴェルさんは小さな吐息をつく。

 あぁ、絶対に呆れられている! 出来の悪い生徒で本当にすみません!!

 けれど、深く落ち込んでしまった私の心の内とは反対に、ルイヴェルさんはこう言った。


「やってみろ」


「はい?」


「術の行使だ。何でもいい。俺の目の前で、実践してみろ」


 つまり、今から魔術の練習を見てやるから、目の前で見せてみろ、って事かな。

 でも……、サージェスさんに指摘された事が頭の中に浮かんでしまって、どうにも自信がない。

 

「あの……、明日じゃ、駄目ですか?」


「明日も今も同じだ。問題点もわからずに練習を続ける方が無意味だからな」


「は、はい……。それじゃあ」


 とりあえず、逃げ道はないようだし……、水の術をやってみる事にしよう。

 席を立ち、ルイヴェルさんからよく見えるように両手を前に出す。

 詠唱はちゃんと覚えてある。それを口にし始めるのと同時に、頭の中で術のイメージを作りながら……、私の中に宿っているルイヴェルさんの魔力に意識を集中させてゆく。

 お願い、発動させて……。私は、確かにルイヴェルさんの事を苦手に思っている部分もあるけれど、嫌いなわけじゃない。困っていれば助けてくれるし、意地悪だけど、ふとした時に、思い遣りを見せてくれる事もある。私にとってルイヴェルさんは……。

 ルイヴェルさんは……、そういえば、何だろう。保護者的な立場の人……、それは、当たっているけれど、……何だか、しっくりこない。他に、何か大切な、ぴったりの立場があるような……。


「ユキ、目を開けろ」


「え? あ、は、はいっ」


 ルイヴェルさんが私にとって何なのか。それをぐるぐると考え込んでいたら、術を行使しようとしていた事をすっかり忘れ去ってしまっていた。

 案の定、取り戻した視界の中には、包み込むような形で向き合わせている両手の中心に、淡い銀緑の力が微かに煌いていて……。発動には程遠い。


「意識を乱していただろう? 何を考えていた?」


「……そ、それは、すみませんでした! もう一回、もう一回やらせてください!!」


「いや、今ので十分だ。その内どうにかなる、とは思っていたが……、やはり問題なのは、お前の心の在り方のようだな」


「――っ」


 見抜かれた。いや、見抜かれて、いた……。

 ルイヴェルさんは思っていた通りだとでも言いたげに、私の両手をその温もりで掴んできた。

 

「ち、違うんです……っ。私は、ルイヴェルさんの事を嫌っているわけじゃ、あのっ」


「わかっている。元々、この可能性を考えていなかったわけじゃないからな……。ユキ、少しの間、目を閉じていろ」


「え、あの……。ルイヴェルさん、何を」


「恐れる事はない。お前のぶつかっている障害を取り除いてやるだけだ」


 ルイヴェルさんにそう促され、私は渋々と瞼を閉じていった。

 真っ暗になった世界の中で、ルイヴェルさんの静かな詠唱の響きが紡がれてゆく。

 心地良い、低い声音がまるで子守唄のように、私の心の中に沁み込んでくる……。

 徐々に身体がじんわりと熱を抱き始め、ふわふわとした不思議な感覚が起こって……、あれ?


「ルイ……、ヴェル、さん……、何だか、眠く」


 身体の芯がふらふらと揺れるような感覚が起こって、足元から……、力が、抜けていく。

 今、何が起こっているのか、ルイヴェルさんが、何をしているのか……、それを知りたくて、私は瞼を押し上げた。――え?


「……んっ」


 おかしな光景だった。絨毯に崩れ落ちた私は、自分の手元を見て首を傾げたくなったのだ。

 私の手……、こんなに小さかった? まるで、小さな子供ほどの、頼りない大きさのそれ。

 戸惑いながら見上げた先には、やけに遠く見えるルイヴェルさんの姿があった。

 

「る、ルイヴェル、さ……、あ、あれ?」


 さっきまでの、自分の声と違う。舌ったらずな甘さを含んだ頼りない音。

 私を見下ろしているルイヴェルさんが穏やかに微笑み、手を伸ばしてくる。

 

「心配するな。お前が術を使えるように、俺が少しだけ手を貸してやるだけだ。……まぁ、後で父さんに文句を言われるだろうがな」


 両脇の下に差し入れられたルイヴェルさんの手。

 軽々とその感触に抱き上げられた私は……、まるでいつもそうしていたかのように、ルイヴェルさんの胸元に頬を寄せる形でその場所に収まった。

 規則正しい鼓動の音を聴きながら、ゆっくりと瞼が落ちてゆく。

 

「ん……。ルイヴェル、さん」


 何が起こっているのかもわからないまま、結局……。

 私は心地良い温もりの中で、何も知らない無垢な赤ん坊のように眠りへと落ちていった。

 どうしようもなく、懐かしさに溢れているかのような切なさを抱きながら……。

2016・09・10

改稿完了。

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