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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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幸希の休日・懐かしさの宿る温もり

 ――Side 幸希


「う~ん……、また、失敗、か~……」


 術の練習が始まってから三日目……。

 ルイヴェルさんの魔力をお借りして始めた魔術の実践勉強は、中々実を結ばずにいた。

詠唱を覚え、それを口にしながらイメージを紡いでも……、私が前に差し出した両手の中心には、銀緑色の魔力が僅かに現れるだけ。魔術の行使とは、程遠い。

 教えられた通りにやっているのに……、どうして上手くいかないんだろう。

 私の中に宿っている他人の魔力、それから『抵抗』を受けている、ようには……、感じられないのだけど。


「ニュイ~、ニュイニュイッ!!」


「ん? どうしたの? ファニルちゃん」


「ニュイ~、ニュイ~!!」


 薄桃色のぽっちゃりもふもふボディのお友達が私の座っているベッドに飛び乗り、その小さな手々で扉の方を示した。

 

「もしかして……、お散歩に行きたいの?」


「ニュイ!!」


 ファニルちゃんの言葉はわからないけれど、どうやら正解したらしい。

 女帝であるディアーネスさんに今日は一日休んでいてもいいと言われていたけれど、……そういえば、朝食後からずっと魔術の訓練ばかりでお出掛けもしていなかった。

 ここはひとつ、気分転換の一環としてファニルちゃんのお散歩に付き合おうかな。

 ぴょんと飛び降りたファニルちゃんが喜びに弾んだ鳴き声を上げて出口へと向かって行くのを微笑んでついて行きながら、私は部屋を後にした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あれー? ユキちゃん、どこかにお出掛けかなー?」


「あ、サージェスさん、こんにちは。今日もお仕事ですか?」


「ニュイ~!!」


 そろそろ三時のティータイムに近い、穏やかな午後の時間。

 ガデルフォーン皇宮の中を散策していた私達は、回廊の向こうから歩いて来たサージェスさんに出会った。今日もきっちりと騎士団の団長服を纏っているその姿はとても凛々しい。

 ファニルちゃんも挨拶代わりにサージェスさんの肩に飛び乗り、撫でてほしいと頬を摺り寄せている。


「非番なんだけどねー。屋敷にいても退屈だし、どうせならユキちゃんと遊ぼうかなぁと思って」


「ふふ、ありがとうございます。でも、すみません。少しお散歩をしたら、また勉強に戻るつもりなので、また次の機会に」


「勉強? でも、陛下がユキちゃんに今日は休みを与えてある、って、そう言ってたよ?」


「特に予定もなかったので、どうせなら、魔術の勉強を進めようかなぁ、と」


「あぁ、なるほどねー。で? 上手くいってないから息抜きに出てきた、って感じかな?」


 ズバリ言い当てられて曖昧に笑って頷くと、ぽんっと、優しい温もりが頭に落ちた。

 

「あんまり無理しちゃ駄目だよー? 根を詰めると逆効果になるからね」


「ニュイ、ニュイ~」


 私の頭をよしよしと、妹を相手にしているかのように包容力のあるサージェスさんからの気遣い。

 ファニルちゃんもその言葉に同意しているのか、神妙に頷いている。

 確かに、無理は良くないとわかってはいるのだけど……。


「何ていうか……、早く出来るようにならなきゃな、って、そう思ってしまって……」


 出来る事が目の前にあるのに、それを上手く扱う事の出来ない自分が不甲斐なくも感じられるから……。まだ、三日。カインさんやレイル君はそう言ってくれるけれど、もう、三日だ。

 三日経っても、成功しない……、ひとつも。

 攻撃や癒しの魔術をそれぞれ試してみても、全く……、ルイヴェルさんの魔力は私に応えてはくれない。私がこの世界と、もうひとつの世界の間に生まれた存在だからなのだろうか。

 そんな風に考えた事もあったけれど、ルイヴェルさんからはそれを否定されている。

 まぁ、私も流石に根本的なところに重大な問題があるなんて考えたくはなかったから、せっせと術の練習に励む事に徹している。

 でも……、三日経っても手ごたえなし、となると……。


「何だか……、ルイヴェルさんの魔力にそっぽを向かれているような気がしまして」


「ルイちゃんの? それはないと思うけどなー。だって、ルイちゃん、ユキちゃんの事大好きでしょ?」


「……はい? だ、大好きと申しますか、う~ん、き、気に入られては、いる? みたい、なんですけど……。それとこれとは違うんじゃないですかね?」


 ファニルちゃんを腕に抱いて撫でもふっているサージェスさんの面白そうな気配に困惑しつつそう答えると、「同じだよー」と、答えが返ってきた。

 

「あのね、魔力っていうのは、その本人の気質が滲むものなんだよ。だから、自分の魔力を分け与える相手の事を自分が嫌ってたら、それなりの影響が出ちゃうんだよねー」


「そう、なんですか……」


「だから、別にユキちゃんの中に宿ったルイちゃんの魔力が意地悪をしてるとかじゃなくて、まだ行使に至る何かが足りてないだけなんだよ。後はー……、そうだなぁ、ねぇ、ユキちゃん?」


「は、はい?」


 笑顔を引っ込めたサージェスさんが、少しだけ悲しそうに眉根を寄せて言った。


「ルイちゃんの事、苦手だったりする?」


「……嫌い、ではないんですけど、流石に……、色々と心臓に悪い構い方をしてくる人なので、まぁ、ちょっと、だけ……、はい、苦手な部分も、あります」


 そう、嫌いじゃない。

 あの人は意地悪なところもあるけれど、私の事を何かと気遣ってくれる人だ。

 けれど……、愛情表現が下手、というか、私が望まない方法でいじってこようとするので、その度に精神的疲労困憊の状態に追い込まれるというか。

 そう打ち明けると、サージェスさんは「そっか、そっかー」と、また笑顔を浮かべて微笑ましそうに私を見下ろしてくる。


「じゃあ、逆だね」


「え?」


「ルイちゃんの魔力が問題なんじゃなくて、ユキちゃんの心が術の行使に乗り気じゃないんだよ」


「ニュイ~」


 そう、なの、かな……。

 私の中にある、ルイヴェルさんへの苦手意識が……、術の行使を拒んでいる?

 自分では、一生懸命に頑張っているつもりだったけれど、サージェスさんの言葉は……、当たっているような気もして、何となく落ち込んでしまう。


「まぁ、物凄く苦手、とかじゃないでしょ? 普通にルイちゃんと話す事は出来るみたいだし」


「はぁ、まぁ……。話をするのは大丈夫なんですけど、あの人の眼鏡の奥がきらんっと妖しく光ったような気がすると、その後から半泣きになるような目に遭うんですよねぇ……。しかも、どんどんいじり方がパワーアップしている気もして」


「ははっ、そりゃあそうでしょ。君は、ルイちゃんの『特別』だからねー。……ようやく戻って来たんだから、構い倒したくもなるよー」


 その自信満々な確信ありの言葉は何!?

 頭を横から勢いよくゴーン!! と、鐘突きで殴られたかのような精神的大ダメージが、私を荒波のように襲う。た、確かに本人からも気に入っている的な発言を零される事はあるけれど、『特別』などという恐ろしい領域に踏み込んだ覚えはない!!

 ……でも、ようやく戻って来た、という言葉には、身に覚えがある。

 私がこの異世界エリュセードに移住した際、ルイヴェルさんやセレスフィーナさんが歓迎してくれていると感じながらも、一方で、どこか寂しげな気配があった事に……。

 それは、私がまだ幼い頃に両親とウォルヴァンシアに帰還する度に、あの双子の王宮医師様達にお世話になっていた、という話だ。ただ……、その頃の想い出は、何一つ、教えて貰えていない。

 幼い頃に封じられたこの世界での記憶を取り戻せば、全てがわかる。そう言われているのだけど……。


「あの……、サージェスさん」


「んー?」


 とりあえず、皇宮内を一緒に散策でもしようかと同行を求められた私は、サージェスさんと一緒に歩みを進める事になった。

 相変わらず穏やかな静寂に包まれているこの皇宮内には、その空気に合った女官さん達が私達とすれ違う度に立ち止まり、頭を下げてくれる。

 私も小さく頭を下げながら歩くのだけど、ふと、聞いてみたくなった。


「私が幼い頃の事、サージェスさんも知ってるんですか?」


「うん。まぁ、少しだけどね。知りたい?」


「は、はい……っ」


 私が幼い頃にエリュセードで過ごした日々は、断片的にしか情報として入って来ない。

 レイフィード叔父さんも、異世界で暮らす事になった私の負担になってはいけないと気遣ってくれていて、あまり……。

 でも、ルイヴェルさんが何故私の事を気に入っているのか、幼い頃にどんな関係を築いていたのか、情報としてだけでも、知りたい気がする。

 けれど、ゴクリと息を飲んで頷いた私に、サージェスさんはその笑みを深めて予想外の答えを返してきた。


「ふふ、やっぱり、秘密にしておくよ。勝手に話すと、ルイちゃんがご機嫌斜めになりそうだしね」


「そ、そう、ですか……」


「でも、気になるなら本人に聞いた方が早いよ。ユキちゃんが自分との過去に興味を持ってくれたって、滅茶苦茶喜ぶだろうしねー」


 その代償がどんなものになるのか、まずそこが一番心配なんですけども!!

 ルイヴェルさんにお願いしても、本当の事を話してくれるかどうかも怪しいし、話をしている最中に意地悪モードで翻弄してくるかもしれない。

 それは絶対に……、物凄く、疲れるんだろうなぁ。

 とほほ、と、肩を落として残念がっている私を、サージェスさんがまた頭を撫でてよしよしと慰めてくれる。


「さてと、ちょっとそこの庭に寄ってみようか」


「ニュイ~!!」


 サージェスさんが回廊から外れ私を促した先には、こじんまりとした小さなお庭があった。

 若草色の芝生が綺麗に生え揃っているその場所の奥には、小さな噴水があって……。

 ぴょんぴょんと群れて飛び跳ねている、薄桃色のぽっちゃりボディの御一行様がいた。

 サージェスさんの腕の中からファニルちゃんが飛び出し、仲間の所に駆け、いや、跳ね寄っていく。大人のサイズになっている子達が小さな子供のファニルちゃんを歓迎し、愛らしい鳴き声をあげて喜ぶ。最初に出会った子達と同じように、派手な仮装に身を包んでいる模様。


「ファニル達の住処はユキちゃんが最初に見たあの庭なんだけどね。皇宮内の散歩は自由なんだよ」


 希少動物として保護されているファニルちゃん達は、シュディエーラさんがしっかりと管理しているそうで、無断で外に持ち出されそうになってもすぐに対処出来るのだとか。

 まぁ、基本的に女帝陛下であるディアーネスさんやサージェスさん達のいるこの皇宮にそんな恐ろしく無謀な侵入者はいないらしく、基本的には皇宮のどこにいても安全なのだそうだ。

 そんな楽園の中で、ファニルちゃん達は日々のんびりと楽しく暮らしている、と。

 

「シュディエーラ主催の、皇宮内、ファニル・ファッションコンテストもあるんだよー」


「す、凄いですね……。ちょっと、見てみたいかもっ」


 庭の入り口の辺りでファニルちゃん達の群れを眺めながらその情報にドキドキとしていると、ふと……、すぐ近くで人の気配がしたような気がした。

 一体どこからだろうと視線を巡らし、微かに聞こえた小さな音を辿って、回廊側に面している庭の壁へと意識が向く。

 優しい風の流れに、パラパラと捲れる本のページ。

 壁に寄りかかるようにして地面に腰を据え、無防備に寝顔を見せているのは……。


「る、ルイヴェル……、さん?」


「ふふ、お昼寝中みたいだねー。自国でも、部屋でもないっていうのに、こんな隙を見せるなんて、よっぽど疲れてるのかな」


 足を投げ出して眠っているルイヴェルさんの膝の上から風に弄ばれている本を取り上げ、それをサージェスさんが静かに閉じる。

 私はルイヴェルさんの傍に膝を着き、滅多に見られない、というよりも、今までに見た事のない王宮医師様の寝顔をじっと観察し始めた。とても貴重な機会な気がする。


「私の遊学に付き合ってくれて、色々と保護者としてのお仕事も忙しそうだから……」


「うーん……、俺的にはそれよりも、もうすぐ出発予定の、『場』の調査への同行じゃないかなーと、そう思うんだけどね。万年構って貰いたがり屋のクラウディオもいるし、ルイちゃんとしては、ユキちゃんから離れるのが嫌で仕方ないんじゃないかなー」


「確か、ユリウスさん達と行くんですよね? 一応説明はされたんですけど、……私の事なら気にしなくてもいいのに」


 ガデルフォーンでの生活はまだ始まったばかりだけど、カイン君やレイル君もいる。

 私の面倒を見ているだけでは気苦労も多いだろうし、気分転換に行くつもりで息抜きでもしてきてくれればいいのに。そう零すと、サージェスさんが何だか複雑そうな表情で私に向って小さく首を振った。何故?


「ユキちゃんって、罪作りだよねー……。えーと……、あぁ、そうだ。ユキちゃん、ちょっと飲み物を持って来てあげるから、少しの間ルイちゃんの事を見てて貰ってもいいかな? ほら、クラウディオとかが通りがかると色々と面倒だし、ね?」


「え? あぁ、はい。大丈夫ですけど……」


「それじゃ、すぐ戻ってくるから! 行って来るねー」


 サージェスさんは気遣い屋さんだなぁ、と、手を小さく振って見送った私は、改めてお昼寝中のルイヴェルさんに視線を戻した。

 苦手、な相手である事は間違いないのに……、寝顔は普段と違ってあどけないようにも見えてしまうから、何だか微笑ましくて。

 

「……ん、……キ」


 寝言かな? ルイヴェルさんが小さく漏らした声に耳を傾けてみる。

 どんな夢を見ているのだろう……。


「……プリ、……ン」

 

「プリン?」


 きっと頭の良さそうな人にしかわからないような難しい夢を見ているに違いない。

 そう予想していたのに、王宮医師様が漏らした寝言は、まさかのプリン。

 プリン、って……、あの、ぷるんと甘くて美味しい、あのプリン?

 夢の中でプリンを前に喜んでいるのかもしれないルイヴェルさんの図を想像してしまい、危うく盛大に噴き出しそうになってしまった。

 けれど、その寝言には続きがあって……。


「ほしい……、なら……」


 誰かに何かを言っているかのように、眠っているその顔に僅かな笑みの気配が浮かぶ。

 あ、これ……、いつも私に意地悪を仕掛けてくる時の黒い笑顔だっ。

 まさか、夢の中でまで誰かに悪い癖を押し付けてるんじゃあ……、ない、よね?

 しかも、その誰かが私自身のような気がして、ぞくりと全身に面倒な悪寒が走る。


「ユキ……」


……ルイヴェルさん、やっぱり私なんですかっ。夢の中の私に何やってるんですかっ!!

含みのある小さく不気味な笑い声の追加効果まで加わり、げんなりと顔色を悪くした私は、ルイヴェルさんの頬を恐れ知らずにも指先で突いた。


「もう……、あんまり意地悪が過ぎると、一生口を利きませんよ~?」


「…………」


 しっとりと滑らかな、相変わらず綺麗なお肌の感触を楽しみながらそう小さく声をかけると、ルイヴェルさんの表情にまた変化が見られた。

 辛そうに寄せられた眉間の皺、少し乱れた息遣い、魘され始めた事がわかる苦痛の音。


「ルイヴェルさん……?」


「……ディス、殿下、……俺、はっ、……ツ、を、――っ!!」


「えっ!? きゃぁあっ!!」


 悪夢でも見始めたのだろうかと心配になった直後、予期せぬ事が起こった。

 近づき過ぎていた私の身体をルイヴェルさんの両腕が縋りつくように抱き締め、痛い程の拘束へと変わってゆく。と、突然、何事!?


「痛っ……、る、ルイヴェル、さんっ?」


「……くな、……から、……ない、……、行かない……、で、くれ……っ」


「ルイヴェルさん……っ、ルイヴェルさん!! 起きてください!!」


 冷静さと意地悪の塊のようなルイヴェルさんが、……泣いているような気がする。

 私を抱き締めて離さない両腕が、その身体が、何かに怯えているかのように、震えを伝えながら温もりを伝えてくる。

 ただ、怖い夢を見ているだけじゃない。ううん、この人がそのくらいで恐怖を覚えるなんて事、きっとありえない。

 だとしたら……、ルイヴェルさんが最も恐れる何かが、例えば、心の傷になっているような何かが、悪夢の中に潜んでいるのかも。

 なら、一番手っ取り早いのはルイヴェルさんを現実に引き戻す事。

 私は拘束の痛みに耐えながら必死に大声で揺さぶりをかけ続けた。

 そして……、瞼の奥に閉じ込められていた美しい知を抱く深緑が姿を現し、ぼんやりと瞬きが繰り返された後……。


「……ユキ?」


「大丈夫ですか?」


「……サイズが、……違う」


「え?」


 非常に際どい体勢で密着している私と自分の距離感などお構いなしに、ルイヴェルさんはよくわからない事を呟きながら拘束の力を緩めてくれた。

 私の頬に右手を添え、まだ寝ぼけ眼の深緑に疑問を浮かべながら首を傾げている。


「ユキ、……か?」


「そ、そうです、よっ。ユキです」


「…………」


 しっかりとくっついた状態にドキドキと戸惑いながら答えると、頬を包み込んでいる感触が指先で肌を擽っているような動きを見せ、さらに私を困惑させた。

 新手の意地悪とは違うようだけど、これはこれで心臓に悪すぎて精神上よろしくない!!

 それに……、ようやく現実を認識し始めたルイヴェルさんの深緑が、眼鏡越しにうっとりと愛おしそうな気配を寄越してきたので、今までにない恐怖の戦慄が鳥肌と共に駆け巡る始末!!

 やっぱりまだ、意識が現実に戻って来てない!! ルイヴェルさんが重篤な故障を起こしている!!


「る、ルイヴェル、さん……、だ、大丈夫、です、か? もしも~し」


「……そういう事か」


「あ、あの~……」


 けれど、やがてしっかりと現実に意識が戻ったようで、……その視線が、現状の確認に入った。


「……ユキ」


「は、はいっ」


「陽の高い内から男を襲うように躾けた覚えはないんだがな?」


「――なぁああああっ!! お、おおおおおお、襲ってませぇええええええん!! そ、そ、それからっ、それからっ、ルイヴェルさんに躾けられた覚えもありませんからぁああああああっ!!」


 ルイヴェルさんを押しのけるように両手を突き出して飛び退くと、いつの間にか周囲に集まっていたファニルちゃん達の群れにぶつかってしまい、もっふもふの感触に倒れ込む事になった。

 うぅ……っ、し、心配したのにっ、心から心配したのに!! 起きたらやっぱり大魔王様だった!!


「ニュイ~?」


「ニュイッ、ニュイッ!!」


「冗談のひとつにも全力で応えて下さる王兄姫殿下の素直さには、頭が下がる思いだな」


「も、もうっ、それ以上いじろうとしないでください!!」


 ファニルちゃん達の温もりから顔を上げ、半泣き状態で振り返りながら噛み付くと、ルイヴェルさんは丁度立ち上がったところだった。

 白衣や服に付いた汚れを払い、ニヤリとした視線を向けてくる。

 うぅ……、まだまだいじる気満々だ、この人!!


「……と、ところで、も、もう、大丈夫、なんですか?」


「何がだ?」


「さっき……、何か、悪い夢を見ていたんでしょう? と、突然抱き着かれて吃驚したんですから……っ。だから、もう、大丈夫そうなのかな、って」


 私から抱き着いたんじゃなくて、貴方が自分からやったんですよ~!!

 その辺はしっかりと誤解を解いておくべきだと思って、ついでに主張してみたのだけど……。

 ルイヴェルさんは顎に指先を添えながら、何やら考え込み始めてしまった。

 

「夢、か……。そうだな、あれは……、もう、終わった事だ」


 危うくまたファニルちゃん達の方にお尻から倒れ込みかけた私は、消え入りそうなその悲しげな音に気付く事は出来なかった。

 ただ、いつも通りの顔に戻ったはずのルイヴェルさんが私の手を取って立ち上がらせると、微笑ましげに頭を撫でてきて……。


「世話をかけたようだな。起こしてくれて助かった」


「は、はぁ……。えっと……、大丈夫、なんですよね?」


「ん? あぁ……、少々面倒な夢を見ただけだ。今は問題ない」


「そう、ですか……。なら、良かった。本当に、良かったです」


 起きて早々、挨拶代わりの意地悪をされた事にはまだ色々と言いたい事はあるけれど、ルイヴェルさんが悪い夢から解放されて良かった。

 やっぱり、いつも通りの、何があっても動じそうにないこの人の姿の方が安心する。

 まぁ、子供扱いで頭を延々と撫で撫でとされているこの状況には戸惑ってしまうけども。


「さて、俺はそろそろ部屋に戻るが……、茶でも飲むか? 面白い起こし方をしてくれた礼に、お前の好きなプリンでも食わせてやろう」


「プリン、ですか……。確かに好きですけど、あれ? 言いましたっけ?」


 甘い物は何でも好きだけど、プリンは特別。

 あのぷるんっとした触感と、口の中で蕩ける極上の甘さは、大人になっても堪らない魅力に満ちている。美味しいプリンを売っているお店の情報を仕入れては現地に足を運ぶ程だし、自分でも作ったりしているのだけど……。私、今までにプリンが一番好き、って、ルイヴェルさんに話した事なんか……、ない、よね?


「あ……、わかりました!!」


「……何をだ?」


「こう言うつもりなんでしょう? ……『ふっ、お子様にはプリンが似合いだろう?』とか」


 まぁ、大抵の子供は甘い物が好きだし、そう言われても違和感はないんだけど。

 でも、ルイヴェルさんの場合は別。私を子供扱い前提で、プリンだっていじるネタにしかねない。

 だから、似ていない声真似と仕草で対抗してみたのだけど……、あれ? 何だかちょっと残念そうな気配が醸し出されているような気が。

 ルイヴェルさんは自分の銀髪の前髪を溜息と一緒に掻き上げると、無言の早足で私の傍に寄り、私の左手を引っ張って回廊の方に向かい始めた。


「あ、あのっ、ルイヴェルさん!?」


「もういい……。さっさと行くぞ。お子様鈍感王兄姫」


「だ、だからっ、お子様じゃないって言ってるじゃないですか!! ちょっ、まだサージェスさんが戻って来てないんですよ!! うぅっ、離してくださぁあああああい!!」


「ニュイ~!!」


 問答無用で連行される私の後を必死に追いかけながら庭を後にするファニルちゃん。

 もう……、寝惚けて意味不明な事をしたと思ったら、今度は不機嫌になるってどういう事なの!? ルイヴェルさん!!

 本当に気分で行動する人というか、あ、もしかして、私に先回りで自分が言おうとしていた事をズバリ当てられてしまったから、実は悔しがってるとか?

 と、そう思ってみたけれど、一度私を振り返ったルイヴェルさんの視線は違っていて、また大きな溜息と一緒に前を向かれてしまった。

 そして……、強引に部屋へと連れて行かれるその道のりの中で、私はルイヴェルさんの背中を見つめながら、何だか懐かしさにも似た思いにも、囚われている気がしていたのだった。

2016・09・10

改稿完了。

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