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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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国王執務室にて~アレク視点~

ウォルヴァンシア王国副騎士団長、アレクディースの視点でお送りします。

「はぁ~……」


「お疲れのご様子ですね、陛下……」


 騎士団で纏めた書類の束を持ち、国王執務室へと足を向けた、とある午後の事。

 ウォルヴァンシア王国を統べるその人は、執務机の背後にある窓辺に頬杖を着き……、盛大な溜息を吐いている最中だった。

 夕暮れのオレンジが、心なしか、陛下の憂う表情に哀愁さを演出しているような気がする。


「陛下、申し訳ありませんが……、騎士団の書類にサインを」


「サインね、サイン、サイン……。え~と、……ふむふむ、うん、大丈夫だね。はい」


「有難うございます」


 元から仕事能力の高さと速さに定評のある陛下だ。

 書類に目を通し、把握と思考の時間にも時間はかからない。

 だが、……ここ数日の陛下の仕事具合は、さらに今までの上をいく。

 執務机の前にあるテーブルには、大量の書類が山積みとなって、引き取りを待っている。

 ちらりと見た限りでは、恐らく……、全部に目を通し、サインなり、指示なりを終えてあるのだろう。


「ふぅ……。ねぇ、アレク」


「はい」


「今日って、何日目、だっけ……」


 寂しげに呟かれた陛下の意図は、勿論あれだ。

 ユキがガデルフォーン皇国の女帝に囚われ……、いや、違う。

 遊学に招待され、旅立ってから三日。……そう、まだ、三日なのだ。


「三日目です」


「あんなに沢山仕事をこなしたのに……、まだ三日、か。はは、……ははっ。僕、もう千年ぐらい経った感覚なんだけど」


「……自分も、です」


 俺も、ユキがこの王宮から消えてから……、陛下と同じように悲しみの底に沈んでいる。

 遊学期間は一ヶ月。だというのに……、三日目でこれだ。

 陛下と同時に溜息を吐き、遥か遠き地にいる少女の事を想う。

 ユキの事だから、きっと真面目に勉学に励んでいるに違いない。

 ルイもついている。何も、心配はない。……なのに、会えない時間が何倍にも重く積み重なり、三日目で情けなくも限界を感じてもいる。

 俺も陛下と同じように、その寂しさを紛らわせるように仕事一筋で励んでいるが……。


「な~んか……、沢山仕事をこなしても、かえって虚しいよねぇ」


「……はい」


「文官達にさ~、仕事のやり過ぎだから、ゆっくり休めって言われてるんだけど……、暇な時間もまた、問題なんだよねぇ」


 時間が出来れば、嫌でもユキの事を考えてしまう。

 特に、陛下はユキと引き離されていた時間が長い。

 ようやく再会出来たというのに、また離れ離れとなると……、それが一ヶ月間とはいえ、ある種の不安をも、目覚めさせてしまうのだろう。

 どこぞの王宮医師は、双子の姉から同行権をもぎ取って自分だけオイシイ思いをしているが。

 やがて、文官達が書類の山を引き取って去っていくと、俺は陛下にソファーへと促された。

 運ばれてきた茶と、菓子の類がテーブルへと並んでいく。


「はぁ……。僕もガデルフォーンに行っちゃ、駄目かなぁ」


「俺も行けるものなら行きたいのですが……」


 国王が姪御会いたさに立場を放り出すなど、あってはならない。

 その事を十分にわかっているのだろう。陛下は「駄目、だよねぇ……」と、遠い目をしながらクッキーの類をひと口齧った。


「ディアーネスがねぇ……、ユキちゃんの邪魔になるからって……、通信を許してくれないんだよ。せめて、通信越しに会えれば、まだ寂しくないんだけど」


「お心、お察しいたします」


「僕、耐えられるかなぁ……」


 恐らく、ユキ恋しさに、後十日ももたないだろうな……。

 陛下の疲労具合と呟きに相槌を打っていると、部屋の片隅にあった銀装飾の全身鏡が光りだした。

 それが通信の合図だと気付き、陛下がそれを魔力で引き寄せる。

 鏡に映ったのは、ガデルフォーンの地でユキを護衛しているはずの……。


「ご苦労様、ルイヴェル。報告を頼めるかい」


『御意。本日のユキ姫様は、女帝陛下よりの提案にて始めた魔術の授業に臨み、無事にそれを終えられました』


「魔術? そちらで勉強を始めたのか? ルイ」


 少し疲れ気味の気配を滲ませた王宮医師のルイが、陛下に一礼し始めた報告に、俺は眉を顰めた。

 異世界からこの世界に帰還を果たしたユキは、必要な常識を学び、日々、新しい事を吸収し、成長している。だが、……遊学中に魔術の勉強とは、早すぎないか?


「ユキはまだ、この世界に慣れてはいない。それに、まだ一年の半分もこちらで過ごしていないというのに……。押し付けすぎじゃないのか?」


 ユキの世界では、一年は十二ヶ月と聞く。

 だが、俺達の世界では、一年は二十四ヶ月。それにより、ひとつ年をとる。

 こちら側の計算でいえば、ユキの世界でいうところの、半年も過ぎていない。


『俺もそう進言したんだがな。何事も、始めるのに時期は早い方がいいと、女帝陛下が譲らなかった』


「あ~、まぁ、……ディアーネスならそうだろうねぇ。僕達がユキちゃんを大事にしているのを知ってるし、そのまま甘やかされて駄目になったら意味がない、って、そう思ってるんじゃないかな」


「ユキは甘えてなどいません。むしろ、一人で頑張ろうとする部分が強く、心配になる事の方が多い……」

 

 王兄姫という立場になっても、ユキは高慢にも、傲慢にもならず、自分に出来る事を探そうと、日々努力し続けている。

 帰還して最初の頃は、無理に遅くまで勉強をしようとするので、狼の姿で訪れた俺が強制的に寝かしつける事も多かったぐらいだ。

 

「せめて、一年……。この世界の暮らしに慣れ、心に余裕が出来てからでもいいのではないでしょうか、陛下」


「う~ん、あっちの陛下は、一蹴するだろうねぇ……。ルイヴェル、ユキちゃんは嫌がってるのかい?」


『いえ。魔力の受け渡しの際には少々体調を崩しましたが、俺の魔力を受け入れ馴染んだ後には、魔術への意欲的な姿勢を見せておられました』


 その報告に、俺の耳がぴくりと聞き捨てならないような反応を示した。

 ユキに……、ルイの魔力を渡した、だと?


「ルイ……。何故初心者のユキに、そんな危険極まりないものを渡した? 下手をすれば、ユキに害が及んだかもしれないのに」


『……』


 睨み付けた俺に、ルイが冷ややかに深緑の双眸を細めた。


『俺の魔力は……、有害物質か何か、とでも言いたいのか? アレク……』


「魔力には相性やクセがある。真っ新で素直なユキにお前の魔力など注げば……、有害以外の何物でもないだろう」


「あ~、アレク~? 君、さりげに、というか、ドストレートに失礼な事言ってるよ? 気付いてるかな~?」


 俺は事実を言っているだけだ。

 日頃からユキに愛情表現だと言いながら悪趣味な真似ばかりしている男が、ただでさえ、彼女に苦手がられている奴の魔力が、すんなりとユキの言う事を聞くと思っているのか?

 受け渡しの際に生じる抵抗も、その後の術行使においても、問題が多くなるのは確実だ。

 だがしかし、俺の発言を遮って宥めたのは、レイフィード陛下だった。


「アレク、そこまで神経質になる事はないよ。なにせ、ルイヴェルだからね……。絆の強さでいえば、たとえユキちゃんが覚えていなくとも……、ルイヴェルとの方が強い」


「陛下……っ」


「多少は手こずるかもしれない。でも、ルイヴェルの魔力がユキちゃんを傷付けたり、困らせ過ぎる事はないと思うよ。ねぇ? ルイヴェル」


『御意……。ユキ姫様の御為ならば、このルイヴェル・フェリデロード……、命を賭す覚悟でおります』


 ……偽りのないその深緑が、時折どうしようもなく、敵わないと俺に思い知らせる事がある。

 ユキに忠誠を誓い、全てを守ると公言しても……、俺は、まだ。

 帰還したユキの傍に寄り添い、絆を育んだとはいえ……、まだ、一年にも満たない。

 だが、ルイは……、幼い頃のユキを知り、彼女が帰還する度に顔を合わせ、共にいた存在だ。

 その記憶を奪い、異世界へと手放してから……、ルイがどれだけ落ち込んでいたか、知っていたはずなのに。俺は、ユキに無理をさせたくないばかりに、今、ルイを敵視してしまった。

 彼女に負担をかける存在が許せず、……いや、もしかしたら、嫉妬も、入っていたかのかもしれない。

 ガデルフォーンに同行したカインだけでなく、ユキの傍にいられるルイに……。


「すまなかった、ルイ……」


『いや……、構わない。だが、ユキは魔術を学ぶ事を拒絶してはいない。むしろ、喜んでいる。向こうの世界では、あり得ない力、らしいからな』


「そうだね~。ユキちゃんの世界には、『科学』っていう文明が発達していて、魔術の存在はないらしいけど……。兄上曰く、その世界の人間達が認識していないだけで、魔力の源も、行使出来る環境も揃ってるらしいんだけどね。え~と、何だっけ。不可思議なものは存在するはずない、とか何とか」


 在るものを認識せず、その恩恵を自ら拒絶しているという事か。

 俺もユキから多少はあちらの世界の事を聞いているが、それが、彼らの歩んできた道の結果なのだろう。向こうの世界では、形式上、神を信仰する事もあるが、それはあくまで、夢現のような存在らしい。全ては『科学』という文明を元に考えられ、不可思議な要素は排除される。

 俺達の世界では、考えられない事だ。エリュセードには、数多の神が存在し、魔力や魔術の照明も容易だ。

 だから、ユキにとっての魔力や魔術の類は、物語の中だけの存在だった。

 それが今、彼女の目の前に、本物として、その存在を主張している。


「ナーちゃんも、こっちの世界に迷い込んで来た時は喜んでたよ~。ものすっごくね。自分も使いたい使いたいってはしゃいで、最初は渋っていたルイヴェルに付き纏って強引に師匠にしちゃったり」


「あぁ……、俺も、その光景は何度か見ました。元の世界に帰す以上、余計なものは教えない方がいいと言っていたルイを……」


 そこから先は、あまり言いたくない。

 ルイにとってもユキの母親であるナツハ様との攻防戦はげっそりするものばかりで、あまり語る事もない。まさに、猛攻の勝利と……、当時の事を思い出しながら俺は口を噤む。


『……そういえば、魔術を教わり始めた頃のナツハ様と、よく似た表情をしていたな。魔力の受け渡しの際はどこか怖気づいていたような感じだったが』


「それで? 今日はどこまで学ぶ事が出来たんだい?」


『今日は、魔術を行使する際に必要な知識を授け、一応は実践までこなしました。初歩的な魔術を幾つか教えましたが、なかなか発動までには至りません』


「あぁ、そこは違うんだね~。ナーちゃんの時には、一回で成功してたけど」


『ナツハ様の場合は、他者の魔力ではなく、ご自身の魔力を用いての行使でしたので、その違いも影響しているのではないかと思います』


 行使に関しては課題が残るものの、ルイの話では、訓練を続けていけば問題はないだろうという事だった。未知なる分野に苦戦しながらも、笑顔を浮かべ頑張るユキ……。

 一生懸命な彼女なら、きっと……、俺達の許に戻ってきた時には、嬉しそうにそれを見せてくれる事だろう。


『――それと、昨夜の話し合いに関する事ですが』


 ユキに関する報告を終え、そろそろ通信が終わるかと思われたその矢先。

 ルイは疲労具合を濃くさせながら、こう言った。


『ガデルフォーン皇国内の、『場』に関する調査に関してですが、やはり……、行かなければなりませんか?』


「調査? ……どういう事だ、ルイ」


『昨夜、女帝陛下からめいが下った……。『場』の調査に同行し、ガデルフォーン魔術診断に助力せよ、とな』


 ユキの護衛兼主治医として同行しているのに、一体どういう事だ?

 俺が視線を流し陛下を見やると、ルイと同じくげっそりとした顔の陛下が……。


「はぁ……、押し通されちゃったんだよね、僕達」


『御意……』


「もう決まった、というか、決められた以上、さっさと同行して片付けてくる方が楽だよ。悪いけど、力を貸してあげておくれ、ルイヴェル」


『……やはり、逃れられませんか』


「逃げたら……、喰い殺されるような目に遭わされるよ、きっと」


 抗う気力なし、か……。だが、ルイが調査に同行している間、ユキはどうなる?

 ガデルフォーン皇宮には、ユキを狙う不埒な竜がいる。

 これ幸いにと、あの竜が彼女の寝込みを襲い、大事おおごとをしでかす事にでもなったりしたら……!!


「ルイ……、頼むから、頼むから、ユキの傍を離れないでくれ……!! 彼女の貞操が危ないっ」


『はぁ……。その辺は、女帝陛下が取り計らうと言っている』


「だが、だが……!! 万が一の事が起きたらどうするんだ……!! 護衛の隙を狙い、あの竜がユキの寝所に忍び込み……、その魔の手をっ」


「アレク~、流石にそうなったら僕も本気で怒るから、とりあえず……、僕の可愛い姪御ちゃんを頭の中でとんでもない目に遭わせるのはやめてくれるかな? 怒るよ」


 想像や予想だけでも許すまじ!! 恐ろしい気配を漂わせながら俺の口に大量のクッキーを押し込んだ陛下が、鏡の中のルイに念を押すように尋ねる。


「大丈夫、……なんだよね? 嘘吐いたら絶対に許してあげない、って……、ディアーネスに伝えておいてくれるかな?」


『御意……。お言葉、今日中に女帝陛下にお伝えいたします』


 カタカタと震える部屋の窓や調度品……。

 扉の外から、小さく悲鳴じみた声が聞こえるが……、恐らくは、陛下の怒りの気配にメイド達が怯えているのだろう。かくいう俺も、少々居心地が悪い。 

 普段、笑顔でいる事が多い陛下だからこそ、というべきか……。

 レイフィード陛下は、愛する者達への情が深い故に、それを傷付けられる事を絶対に許しはしない。息を呑み、陛下に頭を下げたルイが、鏡の中でその姿を揺らがせ消えてゆく。


「……さてと、お茶の時間を楽しんだら、また頑張ってお仕事しようか? ねぇ、アレク」


「……御意」


 瞬間的に消え去った怒りの気配。陛下の浮かべた満面の笑顔。

 ユーディス殿下が王位を放棄した際には、多くの民や臣下達が悲しみの声をあげ、縋り付こうとした……。偉大なる王を戴ける機会を永遠に失ってしまった、と。

 だが、次第にその失望の声は消えてゆき、……誰しもがこう思うようになった。

 ――レイフィード・ウォルヴァンシア陛下こそ、我らが偉大なる王なのだ、と。

 その王が愛する者を傷付ける事は、……許されざる、大罪。

 学友だったのならば、ガデルフォーンの女帝もその意に背く事はないだろう。

 万が一、ユキに何かあれば……、自身の命さえ、危うくなるかもしれないのだから……。

2016・08・17

改稿完了。

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