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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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朝の訪れと意外な申し出

「ニュイ~? ニュイッ、ニュイッ」


「んっ……。お母さん、もう少し、寝かせ……、むぐっ、んっ、――んんんんっ!?」


 心地良い眠りの中で微睡んでいた意識が、穏やかに繰り返していた呼吸を塞がれた事で一気に覚醒した。何かが、――何かもふもふとした感触が、私の顔に貼り付いている!!

 起床早々の大パニックイベント!! 真っ暗な視界に光を取り戻す為に、私はその何かを両手に掴んで、じたばたと激しく暴れだした。

 

「ニュイィィッッ!!」


「ちょっ、な、何!? うぅ~!! お、お願いだから、は、離れてぇえええっ!!」


 甲高い鳴き声は動物のそれ。だけど、……あれ? この可愛らしい独特の声は、どこかで聞いた事があるような。

 それも、ごく最近……、ガデルフォーンに来てからの、どこかで……。

 

「ん~っ、もごもごっ!!」


「ニュイ~……」


 痛がっていた鳴き声から、今度は悲しそうな音に変わったその生き物? が、私が両手を下ろすのと同時に、自分もごろん、と、毛布の上に転がっていった。

 爽やかな朝日の差し込む部屋の中、その光に照らされながら顔を上げたのは……。


「ニュイ~……、ニュ~イィ~」


「はぁ、はぁ……、はぁ。……ふぁ、ファニル、ちゃん?」


「ニュイッ!!」


 うるりと大きな波の粒を浮かべていた、薄桃色のぽっちゃりもふもふボディの動物が、その種族名を口にした私に、嬉しそうな鳴き声を上げた。

 ガデルフォーン皇国のみに生息している希少な動物、ファニル。

 長くふさふさとした両耳は兎を連想させるものだけど、お尻から生えている尻尾はそれとは違うものだ。もっふりと大きく広がりがあって長い。例えるなら……、リス、の尻尾、かな。

 ファニルちゃんは私の胸へと飛び込んでくると、すりすりと頬擦りをしてきた。

 確かこの子は……、皇宮の庭で出会った、子供のファニルちゃんに似ているような……。

 

「ユキちゃん、ごめんねー。朝っぱらから吃驚させちゃって」


「え?」


 可愛いファニルちゃんのもふもふ感を堪能しながら、何故この子がここにいるのだろうと首を傾げている時だった。

 顎の下に触れた誰かの指先が、くいっと私の顔を横に向けたかと思うと、すぐ目の前にはニッコリ笑顔の男性が。


「……サージェス、さん?」


「おはよう、ユキちゃん。『俺達からの贈り物』は気に入ってくれたかなー?」


 茶目っ気のある笑みと共に、その人は、ガデルフォーン皇国の騎士団を率いるサージェスさんは、私の頬へとキスを贈って、すぐに顔を離した。

 アイスブルーの瞳に、みるみる内に真っ赤な茹でダコ状態になっていく私の顔が映り込む。

 

「な、なななっ、何で、わ、私の部屋に、さ、サージェスさんがいるんですかっ」


 眠る前にきちんと鍵を掛けて眠ったはず。

 それなのに、どうしてサージェスさんとファニルちゃんが部屋の中にいるのか……。

 頬に残っているキスの余韻に戸惑いながらしどろもどろになっている私に、サージェスさんは「サプライズだよー」と、暢気に笑いかけてくる。


「シュディエーラがね、その子をユキちゃんにって」


「ニュイっ」


「ファニルちゃんを……? 私に、ですか?」


 サージェスさんが流し見た視線の先を追い、私もそちらを見てみると。


「おはようございます、ユキ姫殿。私からの贈り物は気に入って頂けましたでしょうか?」


 まるで最初から鍵が掛かっていなかったかのように、自然と開いた扉。

 室内へと足を踏み入れた宰相のシュディエーラさんが、ふわりと穏やかな微笑みを向けてくれた。 

 本日も、性別不明の美しさが眩い。


「おはようございます、シュディエーラさん。でも、贈り物、って、一体……。ファニルちゃんは、ガデルフォーンの希少動物ですよね? 良いんですか?」


「勿論、誰彼と譲渡出来る存在ではありませんが、他ならぬその子が望んだ事なのです。ユキ姫様のお傍にいたいと、共に生きていきたいと」


「ニュイ~!」


 私の腕の中で愛らしく鳴いている、ファニルの子供。

 ぴょんっと大きく跳ねてシュディエーラさんの腕の中へと収まったファニルちゃんが、期待いっぱいにその大きな目を見開いて私を見つめてくる。


「昨日、ユキ姫殿を丸のみにしてしまった幼いファニル。それが、この子なのですよ」


「あの時、の……?」


 コスプレ集団と化していたファニル達の楽園。

 その場所で出会った、何の仮装もしていなかった幼いファニルちゃん……。

 私がファニルちゃんの生態をよく知らないにも関わらず、その肉球を触ってしまったが為に起きた、とんでも吃驚事態。

 その体内に別空間を持っているファニルちゃんに飲み込まれた前後の記憶は、『謎』という闇のベールに包まれてしまっていて、全然覚えていない。

 けれど、その時のファニルちゃんが何故……。


「まぁ、一言で言っちゃうと、一目惚れってやつだろうね。ユキちゃんの事を気に入ったから、傍にいたいんだって、シュディエーラに駄々捏ねしてたんだよー。ねぇ? ファニル」


「ニュイッ!! ニュイ~」


「私でいいの?」


「ニュイ~!!」


 シュディエーラさんの腕の中から身を乗り出し、ファニルちゃんが何度も何度も嬉しそうに鳴きながらコクコクと頷くような動作を見せた。

 こんなに可愛い子と一緒にいられるのは嬉しいけれど……。


「動物を飼っていた経験が全くないんですが……、大丈夫でしょうか?」


「ふふ、大丈夫ですよ。昨夜の内に必要な躾は全て終わらせておきましたので、ユキ姫殿には餌の用意だけお願い出来れば、と。基本的には、放し飼いで問題ありませんし」


「もう肉球を思う存分触っても、丸のみにされないから大丈夫だよー。良かったね、ユキちゃん」

 

 後は、愛情をたっぷりと注いで、好きなように芸を仕込むのも自由。

 その他色々と諸注意を受けた私は、改めてファニルちゃんを腕の中に抱いた。

 

「よろしくね? ファニルちゃん」


「ニュイ!! ニュイィィ~!!」


 何で気に入られてしまったのかはわからないけれど、今日からこの子を導くのは私。

 親として、友達として、一緒に頑張って行こう!!

 ……と、もっふもふの感触を抱き締めながら、ひとつの命を預かる決意をしていた矢先の事。


「それではユキ姫殿。その子のオプションは何にしましょうか?」


「え?」


 何だかわくわくとした気配で差し出された、一冊の分厚い……、本?

 シュディエーラさんとサージェスさんを見やると、中を見るように促される。

 エリュセードの共通用語らしき文字が綴られた、黄色い表紙。

 え~と……、『ファニル・コレクション』って書いてあるけど、……まさか。

 ぺらり。


「――こ、これは!!」


「ニュイ~?」


 当たっているであろう予感と共に最初の一ページを目にした私は、次々と高速でページを捲っていった。それはもう、怒涛の勢いで。

 まさにこれは、ファニルちゃん達のファッションコレクション!!

 それぞれに違う恰好をしてポーズを決めているファニルちゃん達の写真はとても魅力的で、撮影班の熱意が感じられるものばかりだ。

 メイド姿のファニルちゃんや、フリルドレス姿のファニルちゃん、騎士仕様姿のファニルちゃん、などなど、コスプレの種類が豊富すぎて、次のページを捲るのが楽しくて堪らない。

 でも、シュディエーラさんがこれを私に見せた、という事は……。


「もしかして、オプションって……、仮装の事ですか?」


「はい。ユキ姫殿のご趣味を反映するのも良し、そのファニルの好みに任せるも良し。お決まりになりましたら、是非私にお任せを。ご満足頂ける衣装をご用意いたしますので」


「ファニル達はお洒落が大好きだからねー。思いつかなかったら、シュディエーラに任せてみるのも手だよ」


「は、はい。……ファニルちゃん、何かリクエストはある? 着てみたい洋服とか、着けてみたいリボンとか」


 飼っているわんちゃんや猫ちゃんにお洒落をさせるようなワクワク感を覚えた私は、まずは本人の意見を聞いてみようと、ファッション集めを見せてみた。

 普段から生のコスプレファッションショーを見て生活しているのだから、ある程度の好みがあると思ったのだけど……、あれ? ファニルちゃんがファッション集から顔を上げ、シュディエーラさんの頭に飛び乗ってしまった。


「ニュイ~、ニュイッ、ニュイ~、ニュイニュイッ!!」


「おやおや、子供ながらに気遣い上手ですね」


「結構ぶっ飛んだ性格のファニルが多いけど、意外と常識的な性格をしてるのかな、この子。普通に良い事言ってるよ」


 私にはわからない、ファニルちゃんの言葉。

 専用の術を使えば動物の言葉を理解出来るようになるけれど、私が行使出来る術といえば、レイフィード叔父さんから習った、詠唱だけで強制発動出来る防犯の類だけ。

 だから、ファニルちゃんの言葉を理解出来て会話までしているお二人に羨望の眼差しを向けてしまう。良いなぁ……、私もファニルちゃんとお喋りしてみたい。

 目の前で繰り広げられた真剣なやり取りが終わると、シュディエーラさんがファニルちゃんを頭の上に乗せたまま転移の陣を発動させ、その光の中へと消えて行ってしまった。


「あの、シュディエーラさんはどこへ……?」


「ファニルとユキちゃんを結ぶお役立ち品を作りに、ちょっとねー。三十分ぐらいで出来ると思うから、ユキちゃんの身支度が終わる頃には戻って来ると思うよ。さてと、それじゃあ俺も騎士団の用事があるから、先に行くね」


「あ、は、はいっ。ファニルちゃんを届けて下さってありがとうございました!! お仕事、頑張ってください」


「うん、有難うねー。張り切って皆を鍛えてくるよー。――と、あぁ、そうだ」


 去り際に何かを思い出したのか、サージェスさんが早足で私のいるベッドへと戻って来た。

 忘れ物の類はしていないと思うのだけど……。

 

「あの子の名前、ゆっくりとでいいから考えてあげてくれると嬉しいな」


 そう耳元に囁かれて気付いた。あのファニルちゃんの名前をまだ知らなかった、と。

 皇宮に住んでいるファニルちゃん達にはシュディエーラさんやディアーネスさん達がつけた名前があるらしく、一度名前を与える為の術式を経て、その名前はファニルちゃん達の中に刻まれるのだとか。

 確かに、生き物を飼う上で、名前をつける事は最初の第一歩。

 すっかり忘れていたその初歩的な段階を思い出す事になった私は、早速その難題に悩み始める事になったのだった。


2016・07・05

改稿完了。

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