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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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ガデルフォーン王宮・深夜の話し合い~ルイヴェル視点~

※ウォルヴァンシア王国、王宮医師、ルイヴェルの視点で進みます。

 ――Side ルイヴェル


「何故……、何故っ、貴様がここにいる!? ルイヴェル・フェリデロード!!」


 女帝の執務室へと足を踏み入れた瞬間、予想通りの怒声が俺を襲った。

 毎度の事ながら……、慣れているとはいっても、やはり騒々しい。

 人の顔を見るなり青筋を浮き立たせ、親の仇にでも出会ったような顔をしているこの男。

 嫌悪という感情よりも、面倒という一言に尽きる存在だ。


「先ほどの食事の時といい、大げさな出迎え感謝する、とでも言えばいいか? ガデルフォーン魔術師団所属、クラウディオ・ファンゼル殿?」


「出迎えてなどいない!! 何故我が国の重要な話をする場に、貴様のような部外者がやって来るのかと!! 俺はそれを指摘しているだけだ!!」


「お前達の主たる女帝陛下のめいだが? 呼ぶ者を間違えたというのなら、このまま部屋に戻らせてもらうが」


 ユキの保護者的な立場として遊学に同行している俺としては、他国の面倒事に関わらないで済むのなら、その方が有難い。

 俺の目の前できゃんきゃんと騒いでいる魔術師も、それを望んでいるようだしな。

 だが、踵を返そうとした俺の背後には――。


「戻っちゃ駄目だよー、ルイちゃん。中にいる構ってちゃんはすぐに黙らせてあげるから、はい、中に入って入ってー」


「……だ、そうだが? お互いに残念な結果だな、クラウディオ」


「サージェス!! 貴様、他国の者の手を借りる事に恥はないのか!?」


「ないよー。だって、困った時はお互い様だし、国に仕えている以上、陛下の言は絶対だしねー」


「ぐっ……」


 所詮、クラウディオ如きが勝てる相手ではない。

 ガデルフォーン皇国を守護する騎士団の長、サージェスティンは笑みという仮面の下に毒蛇を飼っているかのような男だ。逆らうにはそれ相応の覚悟がいるだろう。

 サージェスの静かな威圧感に負けたクラウディオは悔しげに奥歯を噛み締めながら、道を開けた。

 

「ルイヴェル殿、ウチのクラウディオがいつもすみませんね~。貴方に相手をしてほしいばかりに、子供のような真似でしか甘えられないんですよ~。ねぇ? クラウディオ~」


「ユリウスぅうううう!! 根も葉もない、おぞましい事を口走るなぁあああああっ!!」


「でも、似たようなもんだよねー? ルイちゃんの事を見かけると、すーぐに全力ダッシュで喧嘩売りに行くし? ねぇ、クラウディオー?」


「サージェス、貴様ぁああああっ!!」


 じゃれ合っている三人を無言で放置し、奥にある執務机の方へと向かう。

 本来であれば、すでに大人の姿へと成長を遂げているはずの女帝だが、その姿でいる事はあまりなく、常に少女の姿を纏っている事が多い魔竜の長。

 その隣には、宰相殿の姿もある。

 女帝は室内の騒ぎに動じる事はなく、数枚の書類を差し出してきた。


「ガデルフォーン皇国内における、『場』の調査記録だ。まずは目を通せ」


「御意」


 女帝から書類を受け取り、ソファーへと腰を下ろす。

 ウォルヴァンシアを発つ前に、レイフィード陛下から報告書と共に聞かされた、ガデルフォーン皇国内における、僅かな異変の跡。

 一度目に通したそれは、異変と呼ぶには程遠いものばかりだったが……。


(……干渉を受けた『場』に生じていた魔力の乱れを調整後、『揺れ』が起こった、か)


『場』とは、魔力の溜まり場でもあり、魔力の補給所の役割を果たせる泉のようなもの。

 力の弱い魔術師は、自身の身の丈にあった『場』からのみ、強い力を抱く魔術師は、よりレベルの高い『場』から、強大な魔力を得られる、といったところだ。

 他にも、それぞれの『場』における条件の違いにより、様々な影響を起こす事もある。

 その中でも、初心者の魔術師達が立ち寄る類の『場』に、『干渉』の跡が見られた。

 この場合の『干渉』とは、魔力補給の痕跡を意味するものではなく、術を使用しての『場』全体への行為を指す。

『場』のことわりを、領域に手を加え、操作しようという『干渉』。

 その跡を見つけたガデルフォーン魔術師によって、大事には至らなかったようだが……。


「ルイちゃーん、どう? 何か気になるところ、ある?」


「あるから、女帝陛下は俺を呼んだ、そうだろう?」


「まぁねー。『場』への干渉は魔力の乱れ程度で済んだけど、――調整後の『場』に『揺れ』だよ? 誰かが手を出さなきゃ、こんな短期間で魔力の乱れがもう一度起こる事はないでしょ?」


 書類によれば、『場』の魔力調整後、ガデルフォーン魔術師団は一度調査隊を皇都に引いている。

 その後に、最初の『干渉者』が現れたのか、それとも、別の誰かなのか、再び『干渉』が行われた、と考えるのが妥当なところだろう。

 調整したばかりの『場』に、自然的な乱れが短期間で起こる事は滅多にないからな。

 だが、ただの悪戯と呼ぶには、……労力に見合わない、というべきか。


「ユリウス、クラウディオ、『場』への『干渉』は、ただ魔力の乱れを引き起こした事だけか?」


「そう報告書に書いてあるだろうが!!」


「まぁまぁ、クラウディオ。そうやって何でもかんでもルイヴェル殿に噛み付くしか能がないのは、大人としてどうなんでしょうね~。――少しは成長しなさい」


「うぐっ……」


 俺の向かい側のソファーへと二人揃って腰を下ろした、幼馴染組の魔術師二人。

 昔からの関係故なのだろうが、相も変わらず……、ユリウスの方が強いな。

 普段はのほほんとしている男だが、ユリウスの中にもまた、サージェスと同じように毒蛇じみた気配が根付いている。


(この室内においては、ぎゃあぎゃあと喚くクラウディオだけが、純粋培養そのものといったところか)


 人に喧嘩を売る事も多いが、その根底に毒はひとつもない。

 幼馴染であるユリウスから辛辣な言葉と共に説教を向けられれば、悔しがりながらも反論出来ずに俯いている。根が正直な証拠だ。

 そして、俺に対しても喧嘩を買うなと、こちらへと流されてきた視線。

 クラウディオの幼馴染であり、友人であり、また、保護者の立場も兼任とは、お前は本当に苦労するな? ユリウス。


「――で? ルイヴェル・フェリデロードよ、お前はどう見る? 此度の『場』における『干渉』は、『悪戯』か、それとも……」


「恐れながら申し上げます。今回の『場』への二度に渡る『干渉』は、『意図的』なものであり、また、今後の警戒を必要とする案件であると、そう考えられます」


「ふむ。根拠を述べてみよ」


「御意。『場』への干渉は、どのレベルにおける場所においても、術者にとって負担を意味する行為となります。『悪戯』程度の気軽な心構えで行う対象としては、リスクの方が大きいかと」


 こんな事は、俺でなくともすぐにわかる事だ。

 女帝の表情も、ユリウスやクラウディオ達の反応も、特に意外性を抱いてはいない。

 俺に最新の報告書を渡したのは、現状を把握させる為……。そして――。


「ルイヴェル・フェリデロードよ。我が国の魔術師団への協力を」


「お断りいたします」


「我からの願いを退けると?」


 当たり前だ。俺はガデルフォーン皇国の臣下ではない。

 他国の貴人に対する礼儀は弁えているが、俺の主はレイフィード陛下であり、この女帝ではない。


「我が王からのめいであれば、喜んで従いましょう」


「ルイヴェルっ、貴様!! 陛下からのめいを間髪入れずに叩き落すとはどういう了見っ、んぐぐっ!!」


「はいはい、貴方は黙っていましょうね~、クラウディオ」


「まぁ、ルイちゃんならそう言うよねー。出張のついでとかだったら可能性ありだったけど、今回はユキちゃんの護衛役だし、そりゃ心配だよねー」


 慇懃無礼だと言われようが、今の俺にとっての最優先事項は、ユキの安全を守る事だ。

 俺が目を離せば、カインあたりがユキを連れ出した挙句に、幾つもの面倒な騒動を起こす事が、目に見えている。

 それをわかっている上で、この皇都を離れるわけがない。


「ならば、レイフィードの許しを得れば、協力するのだな?」


「……我が王が、めいを下すのであれば」


 姪御であるユキを溺愛してやまないレイフィード陛下が、簡単に頷く事はないはずだ。

 だが……、女帝の自信に溢れた薄い笑みを目にしていると、……凄まじく嫌な予感がする。

 

「シュディエーラよ、そこの鏡を持って参れ」


「御意、我が君」


 執務室の隅に置かれていた、全身を映す事の出来る、縦長の鏡。

 それを宰相殿が執務机の側に置き、女帝に一礼した。


「女帝陛下、……まさか」


「許しを得てしまえば問題はないのだろう?」


 通信用の術が施されていると思われる全身鏡が光を放ち、やがてその中に映ったのは……。


『ふあぁぁぁ……、もう、こんな深夜に何の用なんだ~い? 僕寝てたんだけど』


「レイフィードよ、お前の臣下を我に貸し出せ。国内の調査に当たらせる」


『へ?』


 夜着姿でぼんやりとしながら首を傾げた陛下が、そのブラウンの目を瞬いた。

 エリュセード学院の友人同士とはいえ、無理難題をそう容易く受け入れられるわけがない。

 レイフィード陛下のユキへの愛情は疑うべくもない、揺るぎないものだ。

 俺の予想通り、陛下は首を振りながら、女帝からの要請を断っている。


『駄目だよ~!! ルイヴェルはユキちゃんの護衛として送り出したんだから~!!』


「ほんの数日だ。ルイヴェルを借り受ける間は、我がユキの守りを固めておいてやろう。それならば問題あるまい?」


『う~ん、でもねぇ……。ルイヴェル、ちょっと二人で話をしようか』


「御意」


 全身鏡に近付き、それを移動させる為のキャスターを転がして隅へと向かう。

 

『ルイヴェル……、頷いちゃ駄目だよ』


「ご安心を。そんな選択肢は端から持ち合わせておりません」


『うん、心強い言葉だね!! それじゃあ……』


 声を潜め合いながら陛下と神妙に頷き合い、全身鏡を女帝の前に戻す。


『ディアーネス~、やっぱりね~、本人の意思って重要だと思うんだよ~。だから、必要な人材の条件と人数を提示して貰えれば、こっちから何人か』


「要らぬ。そこに使える者が丁度良くおるのだ。貸し出せ」


『まぁ、それはそうなんだけどねぇ……。でも、本人が嫌がってる以上、無理強いはどうかと思うんだよ。それに、ユキちゃんの身を守る為には』


「ほんの数日の事だ。第一、我がユキの安全を保障しておるというのに、何故断る必要がある?」


 女帝陛下の言は正しい。だが、俺と陛下が口にしているユキの身の安全と、護衛、という意味合いには、多少のズレが生じている。

 全身鏡に映っているレイフィード陛下がその右手を握り締め、真剣な表情で言い放つ。


『甘いよ!! ディアーネス!! 僕が言っているユキちゃんの身の安全っていうのは、不埒な輩に手を出されないかっていうのも入ってるんだからね!! 特に!! どこぞの思春期真っ盛りな永遠の反抗期っ子とか!! とか!!』


「陛下、お気持ちはわかりますが、どうか落ち着いてください。女帝陛下に残念な目を向けられています」


『だってぇぇええええ!! 本当の事じゃないか~!! ルイヴェルがユキちゃんの傍に居てくれれば安心出来るけどっ。君がいなくなっちゃったら、あれでそれな事になるかもしれないんだよぉおおおっ!!』


 仮にも一国の王がこれでいいのか? という問いは、あえて遠く彼方に投げ飛ばしておく。

 俺と陛下が危惧している可能性のひとつ。それが、カインの『暴走』だ。

 最悪な出会いをしたにも関わらず、ユキに惹かれ、恋情を抱いたイリューヴェルの皇子。

 恋敵であるアレクからの邪魔が入らない以上、この機を逃すはずがない。

 ユキの心を手に入れる為に、ウォルヴァンシアにいた時以上の行動を起こそうと、密かに機会を窺っている事だろう。

 そして……、調子に乗った結果、『間違い』が起こらない、とも限らない。

 その『暴走』を事前に阻む為にも、俺は二重の意味でユキの傍を離れるわけにはいかない、というわけだ。


『はぁ、はぁ……っ。とにかく、そういう訳だから、ルイヴェル以外で我慢してくれないかなぁ? ディアーネス』


「ふむ……。お前達の事情はわかった。それならば、仕方あるまい」


 溜息と共に落ちた女帝の呟き。

それが、妥協と諦めを意味する……、ものでない事は明白だ。

口元に浮かんだ薄い笑み、そのアメジストの輝きは、何も諦めてなどいない。

 今までの仕事上における付き合いにおいて、わかってはいた事だが……、また、こちらが押し通される羽目になりそうな未来がよぎった。

 

「シュディエーラよ、ユキに不都合がないよう、取り計らえ」


「御意、我が君の仰せのままに。ユキ姫殿が不埒な真似を受けぬよう、尽力いたします」


「レイフィード、これで良かろう?」


『良かろう? って……、君、人の話聞いてた!? 僕はルイヴェルにユキちゃんを守るように言ってるわけで!!』


「話は終わりだ。ルイヴェル・フェリデロードよ、我が国の調査隊に同行せよ。出発の日は、ユリウスとクラウディオから聞くがよい」


 だから、何故そうなる? 俺はその要請を断り、陛下もまた、許可を出していない。

 だというのに、女帝はさっさと通信を強制的に終わらせ、椅子から離れた。

 小さく漏らされた欠伸が場違にしか感じられないが、何が何でもその横暴を貫くつもりか?


「ルイちゃーん、諦めた方がいいよ……。ウチの女帝陛下は、有言実行型の絶対者さんだからね。抵抗しても、あらゆる手を使って頷かされちゃうよ」


「……俺に人権はないのか?」


「あははっ。なぁに言ってるのかなー? ――俺が逃げられなかったのに、ルイちゃんが逃げられるわけないでしょ」


「確かに、そうだな……」


 先代の皇帝が亡くなり、女帝がその座に就いたという数十年前。

 このガデルフォーンの裏、闇町の住人として気ままに暮らしていたこのサージェスは、その剣術の才を見込まれて、騎士団長という地位に据えられた。

 勿論、そんな立場を望んでいなかったサージェスからすれば、面倒事以外の何物でもない。

 だが、女帝の静かなる猛攻により……、最後には、妥協を強いられた、と、以前にサージェス本人から聞いた事がある。

 そうだな。お前ほど器用に立ち回る男が逃げきれなかった相手だ。愚かなのは俺の方か……。

 

「御意。女帝陛下の御心のままに。このルイヴェル・フェリデロード、力を尽くさせて頂きます」


「うむ」


 逃れられないのなら、さっさと面倒事を片付けられるように動くまでだ。

 命令に従う意を示すと、女帝は満足げな笑みを浮かべ、退出へと歩みを向けた。

 だが、宰相殿が開いた扉の向こうへ足を踏み出す前に、「あぁ、そうであった」と、俺の方へと振り返った女帝に、目を細める。

 何だ……、まだ何か面倒事を押し付ける気か?


「調査の出発までには時間があるな。ルイヴェルよ、お前にもうひとつ、仕事を与えよう」


 そう告げた女帝のせいで、俺の就寝時間はさらに先へと延びる事になった。

2016・06・21

改稿完了。

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