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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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竜の皇子と訓練のはじまり

前半は、ウォルヴァンシア騎士団の副団長アレクディースの視点。

後半は、幸希の視点になります。

 ――Side アレクディース



「――ユキ!!」


 突然の予感、いや、すでに何かが起こったと言わんばかりの凄まじい戦慄が、俺の中を駆け抜けた。書類に走らせていた羽根ペンの先が、文字をわからなくする程に、その黒い染みを深めている。

 今……、ユキに何かが起こったような、そんな気が、したんだが。

 副団長室の中で、一人室内を見回しながら席を立った俺は、うろうろと不安を抱きながら歩き回る。


「ユキ……、まさか、お前の身に、何かが」


 ――と、今すぐにでも彼女の許に駆け付けたい衝動に駆られていた矢先。

 執務机の上に、緑銀の光が生じた。あれは……、ルイの魔力だな。

 小さなメモが一枚と、ころんと机の上に落ちた記録シャルフォニアの玉。

 やはり、俺の嫌な予感は当たっているのか? ガデルフォーンにいるユキの身に何かあって、それで、ルイが緊急伝達を!!

 急いでメモを手に取った俺は、その内容に目を走らせる。

 

『面白いものが記録出来た。お前にも見せてやろう』


「は?」


 確かに、ルイの文字に間違いはないんだが……、面白いもの?

 記録の玉を再生してみろと綴られているそれを持ったまま、指示通りに俺はそれを見る事にした。

 ルイがユキに関する事を何も書いていないという事は、特に何も起きていないという事だろう。

 良かった、ただの俺の気のせいだったんだな。

 そして……、始まった再生記録をじっと眺めていた俺は、愛らしい動物と戯れるユキの姿に仕事の疲れを忘れながら見入った。しかし、――。


「……、……、……」


 今、俺は何を見てしまったのだろうか……。

 もう一度少し前の映像シャルムに戻し、もう一回見る。

いや、今のではよくわからなかった。もう一回だ。

今度はゆっくりと再生させながらじっくりとそれを見つめ続ける。

 ユキが薄桃色の動物達を前にはしゃぎ、その動物の子供と思われる存在を抱いて……、撫でまわし……、その前足の裏にある肉球を触った、瞬間。


「ユキぃいいいいいいいいいい!?」


 三度目にして頭が正しく認識した驚愕の事実!!

 ゆ、ユキが……、あの薄桃色の動物に、――喰われた!!!!!!!!!!

 それも、あんなにも小さな身体をしているくせに、一瞬で、パックン、と。

 あまりに高速過ぎて、ゆっくりと再生するまで全然意味がわからなかった。

 

「いや、そうじゃないっ、ユキが、……ユキが、く、喰われ……っ、ユキぃいいいいっ!!」


 何故だ? 何故ユキが喰われなくてはならない!?

 何故、ルイはこんなものを俺に送ってくる!? アイツは一体何をしているんだ……!!

 映像に向かって手を伸ばそうと、現実の彼女に、いや、過去の彼女に届くはずもない。

 

「い、今すぐに、ガデルフォーンに行かなくてはっ!!」


 執務室の中には書類がどっさりと持ち込まれているが、――そんな事はどうでもいい!!

 単身、ユキの窮地を救いに向かうべく副団長室を飛び出しかけた俺だったが、扉を開いた直後に騎士団員の一人と強烈な衝突劇を引き起こしてしまった。


「い、痛たたた……、副団長、吃驚するじゃないですか~」


「おいおい、大丈夫か~? 二人とも。アレク、急にどうしたんだよ?」


「ルディー……、ユキが、ユキがっ、俺は、ガデルフォーンに行く!!」


「はぁ?」


 素早く身体を起こし、ルディー達をすり抜けて駆け出そうとするが、ルディーから足払いをかけられてその場に転びそうになってしまう。

 

「ま・て!! 全然意味がわかんねーよ。ってか、仕事、仕事ほっぽりだして逃亡なんか許さねーぞ」


「ユキが、ユキが……!!」


「そればっかりじゃわかんねーっての!! ほら、中入れ!! しっかり話聞いてやっから!!」


 騎士団服の上着をひっ掴まれたかと思うと、すぐに副団長室へと放り込まれてしまった。

 話をしている暇などないというのに、早く、早く、喰われたユキの救出に――!!

 そんな俺の焦燥と衝動は、無情にも乱暴に閉まった扉の音と共に、封じ込まれる事になるのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side 幸希



「うぅ~、が、頑張ってくださ~いっ、ひ、せ、正義の、アレク侍、さんっ!! うぅっ、あぁ、あ、悪の巨人に、ルイルイ大魔王に、負け、ない、でっ。……はぁ、はぁっ、――危なぁ~いっ!!」


 がばっ!! と、自分の身を包んでくれていた何かを跳ね除けるように飛び起きた私は、眩い光の気配で我に返った。

 なんだろう、酷い寝汗の感触と、この倦怠感は……。

 どうやら自分がベッドの上で飛び起きたという事実を認識した私は、自分に向かって突き刺さってくる物言いたげな視線に気付き、右を見た。


「か、カイン、さん……? それに、レイル君と、ルイヴェルさんも……」


 シュールな何かでも見たかのように、ベッドの傍にある椅子に腰かけているカインさんとレイル君の表情は何とも言えないものだった。

 ルイヴェルさんの方は壁に背を預けながら、ちょっと怖い視線で私を見ている。


「なぁ、ユキ……」


「は、はいっ」


「お前、寝言すげぇな……」


「は、はい!?」


「カイン皇子、言わない方がいい。寝ている間は、誰だって無防備なんだからな」


 何故かフォローを入れるように首を振るレイル君だけど、一体何? 何があったの?

 物凄く残念な目で私に何か言いたそうにしているカインさんの方に、思いきって聞いてみる。

 自分が何故ベッドのお世話になっているのか、何故、三人の様子に違和感を感じるのか。

 ――答えは簡単だった。


「そ、それは……、あ、あの、ほ、本当に、ご、ご迷惑を、うぅっ」


「謝らないでもいい。まぁ、あんな目に遭えば、色々と、な」


「でもよぉ、流石に自分の夢の中での出来事を全部解説しながら寝言連呼、……って、ある意味才能だよな?」


「違います!! 違いますから!! そ、そんな、変な寝言癖なんて、今までに、な、なかった、はず、なんですから!!」


 自分があの可愛らしいファニルちゃんにパックンされてしまった事実にも衝撃を受けたけれど、それよりも重要問題なのは、私が眠っている間に恐ろしい寝言の数々を発していたという事!!

 夢の中で見た、巨大なファニルちゃん。都市を破壊しながら暴れまわるファニルちゃんを操っていた悪の巨人、ルイルイ大魔王達を相手に奮闘する、正義のヒーロー、アレク侍さん。

 まだ目が覚めたばかりで、かろうじて思い出せるその夢の中での記憶に戦慄しながら、私はカインさんから貰ったグラスの中の水に口をつける。

 まさか、その夢の内容が……、断片的にとはいえ、外に漏れていたなんてっ。

 

「ユキ、お前の夢の中では……、いや、お前の認識下において、俺は相当の悪役のようだな?」


「え、えっと、あの、ゆ、夢の中でのお話、ですので、……す、すみませんでしたっ」


 どう言い訳したものか……!!

 寝言で散々と言っていいほど、私はルイヴェルさんを悪役ポジションに仕立て上げ、沢山の文句を繰り返していたらしい。あぁ、よりによって、ルイヴェルさん!! 私の馬鹿!! 私の馬鹿!!

 ちなみに、カインさんはルイルイ大魔王様を裏切って寝返った配役で、レイル君は私と一緒に妖精役、だった気がする……。

 ルイヴェルさんに冷ややかな気配で見下ろされている私を、カインさんが面白そうに喉の奥でクックッと笑いながら茶化す。


「でもまぁ、ルイヴェルが悪役ってのは、当然っちゃ当然だよなぁ? ユキ、お前の配役、バッチリだぜ」


「か、カインさんっ、お願いですから、それ以上はっ」


「はぁ……、何にせよ、ただの夢だ。ユキのせいじゃないからあまり気にするな。――そして、ルイヴェル、お前も根に持とうとするんじゃない」


「別にそんな狭量な真似はしていないがな? ただ……、一度この王兄姫殿下とは、じっくりと話をする必要がある、と、そう思っただけだ。なぁ? ユキ……」


 夢の中で見たルイルイ大魔王様よりも、現実のルイヴェルさんの方が一千倍怖い!!

 ――それから私は、自分が無意識に犯した罪により、暫くの間、現実の大魔王様からの意地悪なお仕置きを受ける羽目になった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 


「さてと、それじゃあ始めようか」


「だ~か~ら!! 俺は授業なんか受けねぇって何回も言ってんだろうが~!!」


 昼食後、逃げようとしたカインさんを強制連行しながら、私達は皇宮の敷地内にある鍛錬場に到着した。騎士団や魔術師団が使う稽古場や訓練場とは違う、特殊な施設なのだそうだ。

 灰色の柱が立ち並ぶ、外装は神殿のように荘厳なその場所の奥。

 そこで待っていたのが、女帝のディアーネスさんと、騎士団長のサージェスさん。

 カインさんはこれから、この場所を使って訓練を受ける事になっているらしい。

 教師、というか、お師匠様役はサージェスさんなのだけど……。

 この通り、生徒役のカインさんが全力で駄々を捏ねています。


「グラヴァードの愚息よ。何の為にお前をこの国に招いたと思っている? 勇ましき竜の血を絶やさぬ為にも、また、その力を無駄にせぬ為にも、我が教師を用意してやったのだ。感謝するが良い」


「嫌だっつってんだろうが!! 大体、こっちに来たのだって、テメェの脅しのせいだろうが!!」


「威勢の良さも父親譲りだが、お前は本当にそれでいのか?」


「あぁ?」


 悪態をつくカインさんの喉元へと、ディアーネスさんの長い槍の先がぐいっと突きつけられる。

 小柄な少女の姿をしていても、やはり一国を治める女帝様だ。伝わってくる威厳や威圧感は本物だ。ディアーネスさんの背後から巨大な暗黒竜でも飛び出してきそうな迫力に、私はレイル君と手を取り合って微かに震え上がってしまう。


「勇ましき竜皇族、その血を受け継ぐ可能性の塊……。その高みを、お前は望まぬのか?」


「そ、そんなもん、知るかよっ」


「では言い方を変えてやろう。――お前は弱い。この場において、ユキを除く全ての者に劣る存在だ」


「なっ!!」


 何の感情も籠めず、ディアーネスさんはただ事実を音にするように告げた。

 その言葉で、カインさんが悔しそうに奥歯を噛み締めながら傷付くのを、私は……。

 この中で誰が一番に強いのかなんて、よくわからない。

 ただ、それぞれに戦うすべを持っていて、強い人達なのだという事だけを把握している。


「今のエリュセードは一見して、平穏そのものだ。ある程度の力を持ってさえいれば、生きていく事には困らないだろう。だがな、不穏の芽とは、いつ闇の中から顔を出すかわからぬもの……。その時になって、自身に力ない事を悔やんでからでは、全てが遅いと、そうは思わぬか?」


「ぐっ……」


「出来る時に、出来る事を全てやっておけ。のちに後悔せぬ為、大切な誰かを、失わぬ為にもな……。戦闘訓練だけでなく、あらゆる知識もまた、お前の力となろう」


 少しだけ顔を俯けたディアーネスさんの双眸に、何かを後悔しているかのような、悔しさに似た何かが、揺らめいた気がする。

 出来る時に、出来る事を、か……。私も、今の言葉を心に刻んでおこう。

 

「はぁ……、わかった。授業、受けてやるよ」


「はい、お利口さんだねー、皇子君。突っ張ってるだけじゃ、何の成長もないから良い傾向だよー。それじゃあ……、肩慣らしにちょっとだけ、相手をしてあげようか」


「余裕こきやがって……っ、全力でぶっ飛ばしてやる!!」


 ディアーネスさんからの言葉に、私と同じように感じるものがあったのだろう。

 カインさんは勢いよく立ち上がると、鍛錬用の空間へと移動して行った。

 残された私達は、その手前にある長椅子に腰を下ろし、ディアーネスさんが動くのを見た。

 大きな台座の前へと立ち、彼女が何かを唱えると……。


「あれは……」


「この鍛錬場を使う為の魔術式を発動させている。あの巨大な光の球体がそれだ」


「なるほど……」


「どのような地形か、その場に宿る属性など、あらゆる条件を設定し、カインとサージェスがいる場所を実戦用のフィールドに変化させる。全てが本物そっくりの仕様となる為、感触や空気もそれと同じように感じる事が出来る」


 私の左側、長椅子の横にある石壁に背を預けていたルイヴェルさんが、丁寧な説明と共に前を見つめる。……まだ、ちょっとだけ機嫌が悪そうに見えるのは、やっぱり私の寝言のせいだろう。

 レイル君が私の肩をぽんぽんと叩き、気にするなと微笑んでくれる。


「だが、ウォルヴァンシアにある鍛錬場と同じものだとすれば、ダメージはそのまま、のはずだよな? ルイヴェル」


「あぁ、この場所で負った傷は全て、現実のものとなる。――治療の準備をしておくか」


 それはまた……、なんとも怖いお話だ。

 う~ん、カインさんは本当に、大丈夫、なのかなぁ?

 正直、カインさんがどれだけの強さを持っているかは知らないから、サージェスさんと戦った時にどれだけの被害が出るのかを全く予想が出来ない。

 だけど、一番弱い、と指摘されて言い返さなかったところを見ると……。


(カインさん……)


 見守る事しか出来ないけれど、とりあえず、これだけは言っておこう。


「カインさん!! どうか無理をせずに、頑張ってください!!」


 立ち上がってそう叫んだ私に、カインさんがくるりと振り向いて愛想良く満面の笑顔をくれた。


「おう!! そこで見惚れまくってろよ!!」


 ――そう、自信満々に大声で応えてくれたカインさんだったのだけど。

2016・02・29

改稿完了。

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