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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
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可愛い動物にパックンされました!~カイン視点~

イリューヴェルの第三皇子、カインの視点で進みます。

「……なぁ、レイル。今、……こいつ」


「あぁ……」


 ピンクの毛玉野郎がげぷっと満足そうな顔をするのを眺めながら、俺とレイルは真顔で互いを見やった。

 今、目の前で何が起こったのか、徐々にその事実が頭の中で固まってくる。

 サァァァァ……と、中庭に心地の良い風が吹いた、その瞬間。


「「ユキぃいいいいいいいいいいい!!!!!!」」


 俺達は何食わぬ顔で飛び跳ねていた毛玉野郎を鷲掴みにかかった。

 気のせいでも何でもない!! 今確かにこのもふもふ野郎はユキを一瞬で丸のみにしやがったんだ!! 肉球を触られた瞬間にすげぇ雄叫びをぶっ放しやがったと思ったら、突然巨大化して、開けたその大口の中に……、中にっ。


「テッメェっ、出せ!! 吐きやがれ!! ユキは食いモンじゃねぇんだぞ!!」


「シュディエーラ殿!! ファニルは肉食だったのか!? ま、まさか、体内でユキを消化したりはっ」


「そんな事しやがったら、俺がこいつを丸焼きにして食ってやる!!」


「ニュイ~!!」


 容赦なく揺さぶりまくる俺達にファニルは涙目でやめろやめろと言ってくるが、ユキを無事に吐き出すまではやめてなんかやらねぇぞ!!

 ってか、この小せぇ身体のどこにユキを収めてやがんだよ!!


「申し訳ありません。私の注意が遅かったばっかりに……」


「と言いつつ、実はわざとだろう? シュディエーラ殿」


 俺達の手から人喰いファニルを片手に掴み上げたルイヴェルが振り向きながらニヤリと笑うと、ガデルフォーンの宰相野郎は悪びれもせずにそれに答えた。


「ふふ、ユキ姫殿には、無害に見えるものほど危ないと、初めにそうお教えしたまでです」


「だそうだ。今回は注意事項を最後まで聞かずに触れた、ユキの自業自得だな」


「この鬼畜野郎共がぁああああ!!」


「落ち着くんだ、カイン皇子!! 今はそれよりも、早くユキの救出を!!」

 

 ユキの護衛でくっついてきたくせに飄々としてやがるルイヴェルにも腹が立つが、確かにそうだな。

 今はこの人喰いファニルの中に飲み込まれたユキを助けだしてやらねぇと!!

 

「ルイヴェル!! どうしてそんなに平然としていられるんだ!! ユキが喰われたんだぞ!! いくらさっきの事で拗ねているからといって、あんまりな仕打ちだろう!!」


「何がだ? 別に害があるわけでもない。焦る必要も、怒鳴る必要も皆無だ」


「「え?」」


 怖がりながら震えているファニルを腕に抱いたルイヴェルが、芝生に腰を下ろした。

 集まってくる他のファニル達を撫でながら、俺達にも座れと促してくる。

 害があるわけじゃねぇ、……って、本当なんだろうな?

 俺とレイルはユキの事を気にしながらも、とりあえずその場に座った。


「宰相殿、説明してやってくれるか?」


「かしこまりました。まず、ファニルは我が国の希少生物のひとつでして、このガデルフォーン国内においてこの子達の姿が見られるのは、皇宮内でだけとなっております。愛らしい見た目と、その特異性から狙われる事もありまして、保護の形をとっているというわけですね」


「そんな事はどうでもいいんだよっ。重要なとこだけ話しやがれっ」


「きちんと話しておりますよ? その特異性が、ユキ姫殿を飲み込んだあれです」


「あ?」


 宰相がルイヴェルの腕からユキを丸のみにしたファニルを受け取ると、どこからか取り出したブラシでその毛並みを手入れし始めた。

 心地良さそうに目を細めるファニルを、他の仲間達が羨ましそうに見ている。


「実はですね、ファニルの体内には、食べた物を収め消化する器官の他に、もうひとつ、別の空間が存在するのです」


「は?」


「食事以外の目的で飲み込んだ物は、全て体内にあるその別空間に収納され、消化される事のないまま保存されます。しかも、その空間にはとても余裕があり、自分の身体よりも大きな物もあっさりいくらでも飲み込める仕様という、お役立ちの便利空間なのですよ」


「では、ユキは無事と思っていいんだな? それに間違いはないと、そう断言出来るんだな? シュディエーラ殿」


 縋るような視線を向けたレイルに、宰相は無駄に煌々しい笑顔で応えた。

 まぁ、無事なら少しは落ち着けるんだけどよ……。

 宰相の話によると、大人のファニル達の躾は済んでいるが、子供のファニルはそれがまだときた。

 最近ようやくお手だけ教えたと語る親馬鹿な語り口に、全力で怒鳴ってやりたい衝動を堪え続ける。

 いや、確かにな……、ユキの奴も警戒心が足りねぇっつーか、普段から危なっかしいとこがあるんだけどよ。なんで一番重要な事を先に教えてやらねぇんだよ。

 

(大体、先に触っていいかって、ユキはちゃんと聞いたじゃねぇか)


「まぁ、本当は一番最初にお教えしておこうと思ったのですが……、ふふ、ルイヴェル殿の目が、期待されているように見えましたので」


「「期待……?」」


 レイルと同時に白衣の保護者野郎を見やると、奴はまた別のファニルを撫でながら下を向いた状態で……。


「笑ってやがる……」


「確信犯だな……。ファニルの事を知っていて、わざと止めなかったのか」


 低く喉の奥で笑うその音に、最低最悪の大魔王の片鱗を見た。

 ユキを気に入ってるくせに、その愛情表現が根底からひん曲がってやがる。

 

「でもですね、世の中には嘘を口にする方もいらっしゃいますので、ユキ姫殿もご自身で危険に対する注意深さや防衛本能を磨いておく必要があるのですよ」


 だから、ルイヴェルとは違う意図で自分は注意を遅らせたのだと、宰相は少しすまなそうに笑った。

 まぁ、一理あるけどよ……、問題はそっちの保護者面した確信犯の方だよな?

 ルイヴェルの野郎は完全に自分が愉しむ為に静観を決め込んで放置しやがった。


「お前、いつか絶対にユキから嫌われるぞ」


「まぁ、それならそれで、ルイヴェルの自業自得だからな……。もしそうなったとしても、同情する余地はないと思う」


「だな」


 しかし、どうやったらユキを外に出してやれるんだろうなぁ。

 宰相が続けた説明じゃ、その内吐き出すだろうって話だが……。

 その間完全に放置ってのも、ユキが可哀想っつーか……、一人で泣いてんのかもしれないと思うと、今すぐに助け出してやりたい衝動が凄まじくてだな。


「なんかないのかよ。今すぐに吐き出させる方法とかよ」


「そうですね……。まぁ、ない、とは言いませんけれど」


 何だよ、その歯切れの悪さは。

 宰相は一度 手元の元凶の頭を撫でながら視線を彷徨わせた。


「緊急事態でもない限りは、あまりお勧め出来ませんね……。この子にも、ユキ姫殿にも刺激が強すぎると申しますか」


「はぁ? 刺激が強過ぎる、って……、変な言い方しやがるなぁ」


「あれー? 皆そんなとこで何やってるのかなー?」


「サージェス殿?」


 能天気な男の声に振り向けば、ぞろぞろと騎士団員達を引き連れた一団がそこに立ち止まっていた。

 アイツは確か……、あぁ、城下で会ったこの国の騎士団長だったよな。

 笑みを浮かべちゃいるが、そのアイスブルーの瞳には……、油断大敵な鋭さが潜んでやがる。

 サージェスは騎士団員達に指示を与えると、すぐに俺達の集まってる方へとやって来た。


「あぁ、ファニル観賞会してるんだー。相変わらず個性凄いねー。……あれ、でも、……ユキちゃんどこ行っちゃったの?」


「「「「……」」」」


 目敏いニコニコ野郎はユキの姿がいないのにすぐさま気付き、辺りを見回した。

 だが、どこを見てもユキはいねぇし、俺達の表情から全部読み取ったんだろう。


「もしかして……、パックンされちゃった?」


 コクリ……。無言で全員が、いや、俺とレイルが頷く。

 宰相の膝で寛いでるファニルの腹の中、いや、別空間か。

 そこに飲み込まれたユキの救出を相談しているところだ、と。

 それを聞いたサージェスは納得顔で、「あー、はいはい。なるほどね」と右手の人差し指を振ると、他の騎士団員とは違う団長服の上着の胸元に手を差し入れた。


「じゃあ、手っ取り早く出しちゃおっか」


「あ? そんな事出来るのかよ? こっちの宰相は渋ってたぞ?」


「渋りもします。あの方法をやってしまうと、ユキ姫殿とこの子を驚かせるだけでなく、色んな物が飛んできますから……」


「シュディエーラ殿……、、まさか、渋っていた本音はそっちなのかっ?」


「そうは仰られますが、大変なんですよ? 片付けが。というか、どちらも本音です」


 片付けよりもユキの無事を確認するのが最優先事項だろうがぁあああ!!

 思わず胸倉を掴んでやりたくなった俺だが、どうにか寸でのところで耐えた。

 まぁ、誤魔化さずにどっちも本音だって正直に言いやがるところが、この宰相の凄ぇところだよな。

 ありのままの事実を口にしやがる。

 

「まぁまぁ。確かに片付けは大変だけど、その子はまだ子供でしょ? 大した物は飲み込んでないだろうし、一瞬で済むよ。一瞬で、ね」


「では行くか。シュディエーラ殿」


「はい。かしこまりました」


 あ? なんだ? 回廊の方に向かったルイヴェルの後を追って、宰相の奴がファニルを地面におろして……、同じく向こうへ。

 しかも、何故か速足で回廊のさらに向こう側に逃げ込んでくように見えるのは……、気のせいか?

 サージェスの野郎が手に持った薬のケースからピンクの丸玉を取り出し、それをひとつ、ユキを丸飲みにしやがったファニルの口に……、ぽい。


「その薬……、なんなんだ?」


「さてと、早く逃げた方がいいよー。皇子君、レイル君」


「「は?」」


 上着の中にケースを仕舞ったニコニコ野郎が、一瞬で、――回廊の向こう側に飛んだ。

 俺とレイルが意味を理解出来ず目を瞬いた、その瞬間。


「ニュィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」


「「はぁああああああああああああああああああ!?」」


 丸玉を飲み込んだファニルが、突然ブルブルと震え出した上に目から凄ぇ光線を放ちながら絶叫を発しやがったぁあああああああああ!!

 他のファニル達は!? ――すでに避難済みかよ!!

 

「カイン皇子!! 早く避難を!!」


 大暴走状態のファニルが、周囲の被害も考えずに色々なモンを口から吐き出すようにぶっ放してきやがる!! 石像やら巨大魚やら、テメェどこでそんなモン飲み込んできやがった!?

 俺は回廊の向こうに逃げようとしているレイルを先に行かせ、障害物を避けながらその時を待つ。


「ニュィイイイイイイ!!」


「――出た!!」


 ファニルの口からスポーン! と飛び出して来た蒼を見つけた瞬間、俺は宙高くに向かってその温もりを自分の腕に掴もうと急いだ。

 結果は上々。無事に芝生へと着地した俺は、ほっと内心で胸を撫で下ろした。

 

「災難だったな、ユキ」


「うぅ……」


 運が良いんだか悪いんだか、ユキは悪夢全開の夢でも見ているかのように、気絶状態だった。

 どこか怪我でもしてねぇだろうなとチェックを入れてみたが、大丈夫そうだ。

 さてと……。


「こうなるなら最初に説明しやがれ!! この無責任野郎共!!」


「えー? だから言ったでしょ? 逃げようね、って」


「遅いわぁああ!! ったく……、ルイヴェル! テメェまで早々に避難ってどういう事だよ。吐き出されたユキが怪我でもしたら」


「必要があれば動く気だったぞ。だが、お前が助けたんだ。それでいいだろう?」


 結果良ければ全て良しって考えはどうなんだろうな、おい!!

 近付いてくる卑怯な大人共を威嚇するが、全然怯まねぇ。

 結局、俺とレイルだけが散々振り回されて、この事態は収束を見せた。

 

(はぁ……、ユキが目覚めたら、どう説明すっかなぁ)


 自分がもふもふ愛玩動物に食われた、なーんて知ったら。


(また、気絶するかもなぁ……)


 ようやく落ち着いた暴走後のファニルが庭を飛び跳ねる姿を眺めながら、俺は心から疲れきった溜息を吐いたのだった。

2016・02・15

改稿完了。

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