その頃のお父さんとお母さん~ユーディス視点~
幸希の父、ユーディス・ウォルヴァンシアの視点になります。
「レイちゃんたら、ユキに再会出来たのが嬉し過ぎて、元気いっぱいね~」
幸希の母であり、私の妻でもある夏葉が、レイフィードと幸希の消えていった通路の方を見て微笑んでいる。
私にとっては時々顔を出している故郷の王宮だが、……幸希を連れて帰って来たのは、十年近くぶり、だろうか。
あの寂しがり屋の弟にとっては、一日一日が、きっと辛い日々だった事だろう。
レイフィードは、幸希をとても可愛がっていたから、引き離す時は色々口論もした。
その結果、記憶を封じる事を納得させ、幸希を地球に連れ帰ったのだが……。
幸希の身体に無理が生じ、帰還するとわかった途端に、あの浮かれ具合。
「今頃、幸希に引かれていなければいいんだが……」
「レイちゃん、暴走したら止まらないものね~。だけど、きっと大丈夫よ。驚きはするでしょうけど、幸希は貴方に似ているもの。向けられた愛情には素直な子だわ」
「……それなら、安心だな」
私も、レイフィードから真っ直ぐな愛情を向けられる度に、仕方ない子だと思っても、それを避けようとは思わない。
兄である私を一心に慕い、自分の愛する者達を命懸けで守ろうとする弟を、愛される立場にある者達もまた、深く愛しているからだ。
だから……、幸希もきっと、レイフィードを慕う事だろう。
一緒に過ごした記憶はなくとも、紡いだ絆が消える事はないのだから。
「君達も出迎えご苦労だったね。セレスフィーナ、ルイヴェル」
夏葉と同じく、幸希達が消えて行った方向を物憂げに見ていた王宮医師の二人に声をかける。
この子達もまた、幸希と過ごした懐かしい記憶を抱く者達の一部だ。
「わかっていた事ですが、やはり寂しくもありますね」
レイフィードと幸希の様子に微笑ましさを感じつつも、やはり、自分達の事を覚えていない幸希に寂しさを感じているだろう。
セレスフィーナは私の顔を見て、苦笑を漏らした。
その横では、彼女の弟のルイヴェルが、まだ幸希達の消えた方向を静かに見つめている。
「君達には酷な願いを強いたと思っているよ。あの子の為だと、そう決めて記憶を封じて貰っていたけれど……、まさか連れて帰ってくる事になるとは、思いもしなかった」
「ユーディス様、お気になさらないでください。ユキ姫様の為にも必要な事だったと、私達も納得しております」
「有難う。それと、先程……お父上は国外に出ていると言っていたね?」
幸希の記憶を封じる為の核となる術を施した人物、セレスフィーナとルイヴェルの父親には、幸希の記憶を戻して貰わねばならない。
本当はレイフィードに、帰還の事を告げた時に言っておくべきだったんだが、一刻も早く幸希を楽にしてやりたい思いが先行していて、すっかり聞くのを忘れていた。
「はい、一ヶ月ほど前からまた国外に出ておりまして、ユーディス様達のご帰還の事は、通信を通して連絡はしてあります。ですが、こちらに戻るにはまだ暫くかかるかと……」
「そうか……。では、彼が戻るまで、幸希にはこの国に慣れさせる事から始めるかな。君達にも色々迷惑をかけると思うが、助力を頼めるかい?」
「勿論です。ユキ姫様がこの地にお心を許されますように、出来る事があれば、お手伝いさせて頂きますわ」
そう言って承諾してくれたセレスフィーナに続くように、ルイヴェルがこちらに視線を向け、私に小さく頭を下げた。
「姉と同じく、ユキ姫様のお力になれるよう尽力させて頂きます」
「二人共、本当に有難う。これから頼りにしているよ」
「幸希の事、どうかよろしくお願いします」
私の故郷、エリュセードの東側に存在する、――ウォルヴァンシア王国。
これから、幸希にとっては新しい日常が幕を開ける。
今まで傍に在った大切なもの達と別れを告げて、この新しい場所で、一から全てを始めるのだ。
出来る事なら、あのまま地球で人としての生を歩ませてやりたかった。
……けれど、幸希の身体があちらに耐えられない以上、こちらの世界で生きていく以外の選択肢は存在しない。
もし、無理にでも地球におき続けたら……、幸希は壊れていたことだろう。
そんな事だけは……、絶対にさせられない。
私と夏葉の間に生まれた、この世で唯一人の大事な娘。
あの子を守るためなら、私はどんな事でもしよう。
エリュセードに戻った事で、幸希にはこれから色々と立ち向かわなくてはならない試練もあるだろう。
この世界の事、私の故郷の国や種族の事……、学び知らねばならない事は数多くある。
それはあの子にとって、様々な感情の成長を促してくれることだろう。
(だが、今は……)
今はまだ……、見知らぬ地に足を踏み入れた娘には、多くを語る事はしないでおこう。
幸希がこの世界に馴染めるように、優しい風の吹くこの場所に、ゆっくりと根付けるように、
ひとつひとつ……、大切な事を教えていこう。
「夏葉、幸希を守っていこう。私達と、ウォルヴァンシアの者達がいれば、きっと未来は明るい」
「勿論よ、ユーディス。アナタも幸希も私の大切な家族。そして……、懐かしいこのウォルヴァンシアの人々も……。一緒に守っていきましょう」
荷物を持った夏葉が、当然だというように温かな笑顔を私に向けた。
本当に……、昔から変わっていないな。
幸希にとっては、慣れ親しんだ故郷との別れになったが、願わくば……。
(あの子のこれからに、幸多からんを事を……)
2016・04・14 改稿。