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ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『序章』~女帝からの誘い~
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カーネリアン茶葉店

 お昼の時間を迎え、王宮の入り口で待ち合わせをした私とリデリアさんは、護衛役の女性三人を連れて城下へと向かう事になった。

 あくまで女の子同士の楽しいお出かけ、そうロゼリアさんとセレスフィーナさんに言い含めたリデリアさんは、本当に楽しそうに大通りを歩いている。

 王妃様という立場上、自国では面倒な制限もかかり、果たさなくてはならない責任も多いらしく……。

 普段、彼女が抱えているストレスは相当のようだ。

 

「まぁ、どっちかといえば……、旦那と馬のせいなんだけど」


「馬、ですか?」


「そ。馬。あの銀髪の足フェチ男ことヴェルガイアの事よ。アイツは好みの足を見かけると、すぐにどこかに消えちゃうし、問題起こしまくるし、セレインは万年鬱陶しいし……。王妃としての仕事よりも、あの二人を相手にする方が疲れるの」


 普通の町娘ルックになったリデリアさんがそう愚痴る姿に、彼女の隣を歩いているエルゼラさんがうんうんと頷き同意している。

 確かに、ヴェルガイアさんの大胆な行動は、毎日相手にしていたら苦労も多い事だろう。

 けれど、疲れているように見えても、リデリアさんの声音に二人を拒絶する気配は感じられない。

 仕方がないなぁ……、といった感じだ。


「ご苦労お察しいたします。確かに、ヴェルガイア殿は意表を突いてくる事が得意な方というか……」


「まさか……、ロゼリアさんも被害に遭ったんですか?」


 騎士服ではなく、私服に着替えて同行してくれているロゼリアさんに尋ねると、案の定、遠い目をされて頷かれてしまった。


「今日の朝……、騎士団の近くで」


「ほんっとーにごめんなさいっ!! あの馬鹿っ、ルイヴェルさんにあれほど怒られたっていうのに、またぁあっ!!」


「ヴェルさん、懲りない性格だもんね~」


 両手で顔を覆い嘆くリデリアさんの辛さは、この場にいる全員がその立場であれば同じように感じて頭を抱えたくなるものだ。

 何をされてもめげないヴェルガイアさん……、あの人の足に対する熱意は本物どころか、神の域にまで達しているのだろう。もしくは、変態の領域。

 足の為に生き、足の為に死ねる男性だ、ヴェルガイアさんは……。

 リデリアさん曰く、ラスヴェリートでも被害者続出らしい。


「他国の貴人に対し無礼かとも思ったのですが……、騎士団で心身を鍛え上げてきた事が全て無意味と思えるほどに鬼気迫る勢いだったので……」


「あぁ、ボコボコにしちゃったわけね。いいわよ、いいわよ、好きなだけぶっ飛ばしてやってちょうだい。セレスフィーナさんも遠慮なんでいらないから、ヴェルガイアには厳しくね?」


「ふふ、少々心苦しい思いですが、弟が動くよりも先にそうした方が、ヴェルガイアさんの為になるのでしょうね」


 苦笑を零す姿さえ、女神様のように麗しいセレスフィーナさんの言葉に、私達四人は納得顔で頷いた。女性陣が怒るよりも、ルイヴェルさんが下すドSな鉄槌の方が恐ろしい……。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ここが、私の実家である『カーネリアン茶葉店』です。狭い所ですが、どうぞ」


 可愛らしい来店ベルの音を聞きながら、ロゼリアさんに促され足を踏み入れたのは、一軒の茶葉店。城下の一角にあるこのお店の外装は、穏やかな森の風景を思わせるかのように、看板や壁に緑の蔦や花が這っていて、自然にそうなった物ではない仕様なのが窺える事だろう。

 内装の方は、ロゼリアさんの言葉とは違い、広々と余裕のある空間がとられており、入り口から見て左の方には、二つの真っ白な丸テーブルと椅子が置かれている。

 右手の方には、販売用の茶葉が種類毎に区切られて沢山のガラス蓋の中に収められているようだ。

 十や二十の話ではない種類の茶葉が勢揃いしているその近くには、柔らかにウェーブを描く長い夕陽色の髪の女性の姿があった。どうやら在庫チェックか何かをしているようだ。

 私達の入店に、愛想の良い笑顔で振り向いたその女性……、ロゼリアさんの実姉であるフィノさんとは、何度か面識がある。

 騎士団に勤めているロゼリアさんは凛々しく落ち着きのあるタイプだけど、お姉さんのフィノさんは可愛らしいタイプの人だ。二人とも外見の若さに違いは見られず、逆転姉妹でも通用しそう。

 ちなみに、フィノというのは愛称で、本名はフィノレア・カーネリアン。


「まぁ! ロゼ、お帰りなさい!! それにユキ姫ちゃんとセレスちゃんもいらっしゃいませ!! あら? そちらの黄金の髪のお嬢さんとブラウンの髪のお嬢さんは、新しいお友達かしら?」


「フィノさん、こんにちは。こちらはラスヴェリートの王妃様で、リデリアさんです。それからこちらは、彼女の護衛のエルゼラさんです」


「初めまして。素敵なお店と、素敵なお姉さんにお会いできて光栄だわ。――きゃっ!!」


「わぷっ!!」


 町娘の姿をしていても、溢れ出る気品と美しさで眩く感じられる他国の王妃様と護衛さんに、フィノさんは心の底から歓迎と大きな喜びを次に移した行動によって表した。

 リデリアさんとエルゼラさんを、むぎゅぅうううっとその両腕に抱き締め、彼女達を褒め称える言葉を嬉しそうに口にし始める。

 それに対し、リデリアさんも最初こそ驚いたものの、フィノさんの背中を抱き締め返し、歓迎されている事に表情を和ませて抱擁を返す。

 エルゼラさんもほのぼのとした笑顔で楽しそうに笑ってフィノさんに応えている。

 私も最初の時は吃驚したものだけど、実妹であるロゼリアさん曰く。


「リデリア殿、エルゼラ殿、申し訳ありません。姉は、愛らしい女性や美しい女性に目がなく、というか、女性全般に惜しみない愛情を注ぐ人でして……、少々スキンシップが激しい面もありますが、どうかご容赦を」


「あぁ、いいわよ。ふふ、こんなに喜んで貰えて嬉しいわ。よろしくね、フィノさん。あぁ、それと、私に対しては敬称や敬語はいらないわ。気軽に接してちょうだい」


「私も気軽にエルゼラって呼んでね~!」


「ええ、わかったわ!! こちらこそよろしくね!! リデリアちゃん!! エルゼラちゃん!!」


 ちなみに、フィノさんはどんな美形の男性を目にしようと、女性相手のようにはならないらしい。

 一応彼女の為に補足しておくと、百合関係の人ではなく、純粋に恋より友情タイプの女性大事の性格なのだとか。

 フィノさんに促されテーブルに着くと、ロゼリアさんが店内を見回しお姉さんに問いかけた。


「ところでフィノ姉さん、父さんと母さん……、と、兄さんは?」


「お父さんはお友達のお店に出張中、お母さんは茶葉の仕入れに出かけているわ。……あの馬鹿兄は、沢山の女の子が誘いに来たせいで、店番ほったらかしで外出中! まったく、父さんと母さんは良いとして、馬鹿兄はいつも通り最低最悪よ!!」


「はぁ……、また、なんですか。兄さんには困りものですね」


 ロゼリアさんとフィノさんのお兄さんとはまだ会った事がないけれど、どうやら容姿の優れている姉妹と同じく、ご本人も相当の美形さんらしい。

 けれど、女の子にダラシがなく、責任感が微塵もない人だそうで……。


「いつかあの男、絶対刺されるわよ」


 愛らしいフィノさんの顔に不穏な翳りが差し、その口から物騒な台詞が飛び出す。

 ロゼリアさんも、「いっそ騎士団に放り込んで、強制教育など良いかもしれませんね」などと、怖い笑みが……。お兄さん、今すぐに全力で逃げてください!

 

「と、皆ごめんなさいね。ウチの無節操な兄の話はゴミ箱に投げ捨てておくとして、お茶とお菓子を用意してくるから少し待っててちょうだい」


 パッと今まで見せていた不穏顔が嘘のように消え去り、フィノさんは女性陣に囲まれて上機嫌全開でお店の奥へと消えてしまった。

 多分……、彼女が男性には反応せず、女性ばかりを可愛がり大事にしているのは、お兄さんの影響が濃いのかもしれないなぁ。

 日本にいた頃も、男兄弟に囲まれていた友人が疲れた顔で『男と遊ぶよりも、女友達と遊んでる方が何倍も楽しいわよ』と言っていたのを思い出す。

 友人もまた、男兄弟の中で苦労が多かったせいなのだろう。


「ロゼリアとフィノのお兄さんは、相変わらずなのね……。そういえば、この前も王宮のメイド達が嬉しそうに彼とデートをした時の話をしていたわ」


「くっ、あの愚兄はどこまで節操がないのか……っ。セレスフィーナ殿、もし私の兄と遭遇しても、相手にはしないでください。お願いします」


「ふふ、大丈夫よ。ルイヴェルがいるから」


 あぁ……。双子のお姉さんを心の底から大切にしている某弟さんなら、確かに鉄壁の盾となってロゼリアさんのお兄さんを追い返しそうですよね。毒と殺気入りの嫌味と視線で。

 しかも、すでにデートのお誘いをかけにセレスフィーナさんの前に現れているというお兄さんは、毎度ボロボロになってもアタックを繰り返してくるのだとか……。

 

「ロゼリアさんのお兄さんって……、一人に決めたりしないんですか?」


「さぁ……。兄の恋愛事情など、私には知る由もありませんが……。でも、そうですね。本命がいるのなら、今の日常はありえないかと」


「でも、あれよねぇ……、大抵女好きの男とかって、本命と出会っちゃうと、今までの女関係に苦しんで更生するってのが、よくあるパターンだし……。ロゼリアさんのお兄さんもいつか落ち着く日が来るわよ」


「そうであれば、いいのですが……」


 あの兄にそんな日が訪れるか……? ないだろう。

 と、ロゼリアさんの悟りきった疲労顔に、一体どんなフォローを入れればいいのか。

 お茶とお菓子を運んで来たフィノさんも、同じように溜息を吐きながら自分のお兄さんを酷評する呟きを落としている。

 

「さっき焼けたばかりのマドレーヌとクッキーよ~。さぁ、どうぞ~」


「うわぁ~! 美味しそう!! フィノさんはお菓子作りが上手なのね~!!」


「良い匂い!! ありがとう、フィノさん!!」


 目の前に置かれた甘い匂いの漂う極上の焼き菓子を前に、それを囲んでいる私達女性陣から嬉しそうな声が上がる。

 店番をしながらも、お菓子作りまで同時進行でこなせるフィノさんは、本人曰く。


「自宅が職場だから、色々と出来る事も多いのよね~。皆、遠慮せずに食べちゃってね!」


 ふんわりと焼けたマドレーヌの柔らかな食感と共に、中から蕩け出してきた蜂蜜の甘い舌触り。

 う~ん、いつ食べてもフィノさんのお菓子は絶品だ。

 それぞれが口の中の幸福に酔いしれながら、それを喉の奥に流し込み、ティーカップを手に取る。


「ふぅ……、最高」


「ですね~。フィノさん、とっても美味しいです」


「前よりも腕が上がってるわね、フィノ」


「フィノ姉さん、今度の騎士団への差し入れは、是非これで」


 恍惚な吐息と共に全員の表情が蕩けきった後、リデリアさんがふと疑問に思ったようにマドレーヌの『サイズ』を見つめながら口を開いた。


「でも、……どうしてひとつひとつがこんなに大きいのかしら?」


「ん……、大きい方がお得感があって良いと思うけど、確かに……、普通よりも大きい、かなぁ」


 通常のマドレーヌサイズよりも、その二倍の大きさを誇るフィノさんの作品。

 やっぱりリデリアさんも同じ疑問を抱いたようだった。

 気にせず食べていたエルゼラさんも、満足はしているものの、その頭の中では通常サイズのマドレーヌを思い浮かべている様子で。

 

「ふふ、実はね~。昔読んだ絵本にね……、大きなお菓子の家が出て来たの。で、小人さん達が大きなお菓子を手に微笑んでいる挿絵がもう可愛くて可愛くて! いつか、あの絵本に出てきた大きなお菓子の家を作るのが夢になっちゃって、自然と」


「普通のお菓子まで二倍サイズになってしまうようになったそうです。フィノ姉さんは夢見がちな人ですから」


「もうっ! ロゼだって昔は、『お菓子の家に住みた~い!』って言ってたじゃないの!! それに、こうやって大きなサイズのお菓子を作る練習をしておけば、いつか本物のお菓子の家を作れるかもしれないじゃない?」


「フィノさん、是非その時は、私も一緒にお菓子の家作りに参加させてください!!」


「あら、ユキも凄いやる気ね~!」


 フィノさんとは同じく料理やお菓子作りが趣味の女子としては、一度は作ってみたい!!

 それが、永遠の夢であるお菓子の家!!

 胸の前で両手をやる気に満ちた力で握り締めながら立候補するのは、これで二度目だ。

 一度目は最初にフィノさんからその話を打ち明けられた時。

 定期的に参加意思表明をしておかないと、その時に呼んで貰えないかもしれないから!!


「じゃあ、その時は私の事も呼んでちょうだいね? セレインが駄目だって言っても、抜け出してくるから」


「ふふ、勿論よ! リデリアちゃんもユキ姫ちゃんも、セレスちゃんも、み~んなで作りましょうね!! そして、ウォルヴァンシア伝説記録に私達の名前と作品を残すのよ~!!」


「え? ウォルヴァンシアにそんなのがあるんですか?」


 それに関しては初めて知った!! ウォルヴァンシア伝説記録……、もしかしなくても、向こうの世界で知られている記録保持者のアレの事だろうか。

 お菓子の家を作った夢のある記録者……。きっと沢山の材料とお金がかかる気がするけれど、頑張れば実現可能のはずだ。よし、私も普段から大きなお菓子が作れるように練習を積み重ねておこう。


「絶対、実現させましょうね!! フィノさん!!」


「ええ!!」


 こうして、女性陣特有の賑わいを見せながら、カーネリアン茶葉店で楽しいひとときが流れていったのだった。

2015・12・08

改稿完了。

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