リデリアからのお誘い
王達の会議の翌日。
リデリアさんとの再会から翌日、朝の勉強を終えた私はお茶の時間に入った。
自分が暮らす事になったウォルヴァンシア王国の歴史や風習、文字の読み書き。
王族の一員としての在り方などなど……。どれだけ勉強しても追いつかないと思う日々。
「ふぅ……。お昼からは、どうしようかなぁ」
一日全てを勉強に使ってしまうと息が詰まるし、定期的に息抜きは必要となってくる。
だから、今日のお昼は予定なしにしておいたのだけど……、さて、どこに行こうか。
三つ子ちゃん達と遊ぶのも楽しそうだし、レイル君とお茶をするのも有意義な時間になりそうだ。
それとも、厨房でお菓子作り、もしくは、城下に出てお買い物……。
頭の中で色々と考えていると、テラスに続く全面窓仕様の扉の所に、訪問者の姿が見えた。
「アレクさん?」
鍵の開いていたテラスから入って来たアレクさんの姿は、お仕事モードの騎士服だった。
仕事の合間に暇が出来たからと、様子を見に来てくれたらしい。
「あの竜は来ていないようだな……」
「ははっ……、アレクさん、カインさんの事を警戒し過ぎですよ」
「いや、あの竜は油断ならない……。俺の見ていない所でお前に何をするか……。万が一、お前の身を穢すような事があれば、俺はっ、くっ」
部屋の中を見回してそう真剣にカインさんを評するアレクさんだけど、そこまで警戒心全開にならなくても……。まるで、生まれた時からの天敵であるかのように、二人は険悪なままだ。
そして、何だか段々と私に対する愛が重く地下深くまで沈んでいきそうなものへと、困った方向に進んでいるような気が。う~ん……。
私はそんなアレクさんを席に促し、彼の分の紅茶を淹れ始める。
あのガーデンパーティーの日以降、私の負担にならないようにと、カインさんと同じように気遣ってある程度の距離を保ってくれているアレクさん。
表面的には、告白をされる前の状態と同じように穏やかな時が流れているけど……。
「ユキ、今度の休みなんだが……」
「は、はい」
淹れたての紅茶を差し出した私の腕を、アレクさんの温もりが優しく掴んだ。
彼が何を言おうとしているのか、見上げてくるその蒼を見ていれば、すぐにわかる。
胸の奥に抑え込んでいた私への想い。それが、温もりを通して伝わってくるから……。
きっと、次のお休みの日に、私をどこかへと誘おうとしてくれているのだろう。
二人でどこかに出かけたい、と……。
けれど、アレクさんがそれを言葉にする寸前、部屋の扉がノックされた。
慌てて触れ合っている温もりを外して貰い、私は扉へと向かう。
「リデリアさん?」
「こんにちは、ユキ。今いいかしら?」
美しい黄金の髪を纏うラスヴェリートの王妃様ことリデリアさんが、護衛と思われる二人の男女を連れて私の前に現れた。
今日は深紅のドレスを身に纏っているようで、彼女の浮かべている笑みは女神様のように麗しい。
彼女を部屋に招き入れると、すでに席を立って礼の形を取っていたアレクさんへと、その青の瞳が視線を向けた。
「お邪魔だったかしら?」
「い、いえ、大丈夫ですよ。アレクさんとは、少しお茶をしていただけですから」
「そう。けれど、ごめんなさいね? 二人のお茶の時間を邪魔してしまって。実は、ユキを誘いに来たのよ。お昼になったら、二人で城下町に遊びに行かない?」
王妃様、というよりは、年頃の女性らしい柔らかな笑みを浮かべて、彼女は誘ってくれた。
お昼から、か。特に予定はないし、リデリアさんとも一緒に遊びに行きたい。
歳の近いラスヴェリートの王妃様とは、昨日の再会の後もあまり話せなくて、どこかで時間をとりたいと思っていたのだ。だから、私はすぐに頷いて誘いを受けた。
「ユキ、それなら俺が護衛として付き添おう」
「あぁ、大丈夫よ~。私の護衛がいるから、安全安全。あ、でもノルクは駄目よ」
「はっ!? リデリアお前何言って……、ごほんっ、王妃様、護衛の職務を奪わないで頂けますか?」
部屋の中へと同行していた男女の一人、ノルクと呼ばれて反応した薄紫の髪の男性が、ぎょっとしたように抗議の声を上げた。その隣では、茶色の髪の女性がクスクスと楽しそうに笑っている。
「リデリアは、女の子同士で出掛けたいんだよね?」
「流石エルゼラ!! よくわかってるわね~。それに、ウォルヴァンシアの治安的にそうそう危ない事もなさそうだし、エルゼラと私がついていれば安心安心よ」
「うん!! ノルクがいなくても特に問題ないと思うよ? 一応城下の方の治安調査は済ませてあるしね~」
エルゼラと呼ばれた女性が愛想たっぷりに明るい笑顔で頷いていると、その横で頭を抱えて腰を下ろしたノルクさんが可哀想なくらいに落ち込んでしまった。
自分の存在意義を奪われてしまったかのような悲壮感……。
アレクさんが、同情の眼差しでノルクさんを眺めている。
「まぁ、ウォルヴァンシアの城下は平和そのものですし、何も起きないとは思いますけど……。リデリアさんの立場的に、一応万が一を想定して、ノルクさんも一緒に来て頂いた方が」
と、今にも存在意義を失って灰と化してしまいそうな王妃様付きの護衛であるノルクさんのフォローをしようとした瞬間。別方向からまさかの声が飛び込んできた。
「そうだよ!! リデリア!! 君はラスヴェリートの王妃でもあるけれど、この世で一番大切な、俺にとって絶対に失えない、唯一無二の存在なんだよ!! 護衛は最低でも絶対二人!! ノルクとエルゼラをセットで付けなきゃ、俺は絶対に許さないからね!!
「せ、セレイン……、さん?」
女の子組だけで出掛ける事は決定打と言い張るリデリアさんを、テラスから乗り込んで来たラスヴェリートの王様であるセレインさんが、愛する王妃様の両肩をがしっと掴みにかかる。
まぁ、ウォルヴァンシアの城下は基本的に平和だし、確かに心配はないと思うのだけど……。
他国の地で万が一、という可能性は捨てきれない。
ラスヴェリートの王妃様であるリデリアさんに何かあったら……。そう心配するのは当然だ。
「やっぱり、王妃様の立場だと護衛は多い方がいいですよね……」
「ユキ、お前もよく一人で城下に行っているようだが、普通は護衛をつけて当然だ……」
「は、はは……。でも、お姫様みたいに護衛さんに付き添われるというのは、何だか色々と申し訳なくて」
でも、お母さんも一人で買い物に行ったりしてるんですよ? と、愛想笑いで言い訳をしてみたけれど、アレクさんはやれやれと溜息を吐くばかり。
彼もまた、万が一を考えて心配してくれているのだろう。
まぁ、レイフィード叔父さんも、ウォルヴァンシア城下の平穏さを知っているから、駄目だと言ってくる事はないのだけど。いざという時は、自分が教えた防犯用の魔術を発動させなさいと教えられている。ちなみに、カインさん以外にそれを使った事はない。
「だ~か~ら!! 女の子だけで行きたいって言ってるでしょうが!!」
そして、延々と続くラスヴェリート国王夫妻の大喧嘩。
黄金の髪を振り乱し旦那様に怒鳴り散らしているリデリアさんに、私とアレクさんは困惑しながらエルゼラさんとノルクさんを見やる。……あ、放っておいていいって顔をされた。
「駄目だって言ってるだろう!! ノルクとエルゼラ!! 絶対セット!! それが嫌なら、俺が君に張り付いて護衛するよ!! 一分一秒も君から目を離さない!!」
「ぐぅううっ……!! 誰がユキとの楽しいひとときを邪魔させるもんですか!! アンタはヴェルガイアと一緒に足談義でもしてればいいのよ!! ってか、四六時中アンタの見張り付きなんて、絶対御免だっての!!」
「僕に足フェチの趣味はないよ!!」
う~ん……、本当にどうすれば。
と、その時、アレクさんが押し問答をしている国王夫妻へと歩み寄り、べりっと二人を引き剥がした。流石アレクさん、あの恐ろしい大喧嘩の間に割って入れるなんて……、副団長の地位は伊達じゃない。
「恐れながら申し上げます……。王妃様と我が王兄姫殿下の護衛、もう二人ほど、女性の護衛をウォルヴァンシアから御用意したいと思うのですが、お許し頂けますか?」
「女性? それならいいわよ!! 男は絶対却下なんだから!!」
「君は……、ウォルヴァンシアの騎士殿だね。で、その護衛というのは」
「はい。我がウォルヴァンシア騎士団の副団長補佐官、ロゼリア・カーネリアンと、王宮医師であるセレスフィーナ・フェリデロードを……。如何でしょう?」
冷静に進言してくるアレクさんに頷いたセレインさんが、それならば……と、渋々引き下がってくれた。リデリアさんが、ガッツポーズをして大喜びしている。
私も二人が同行者に加わる事は嬉しいのだけど、お仕事は大丈夫なのかな?
そんな私の心配は杞憂に終わり、アレクさんはロゼリアさんとセレスフィーナさんに話をつけ、お昼からのお出かけが正式に決まったのだった。
2015・12・08
改稿完了。




