表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~  作者: 古都助
第三章『序章』~女帝からの誘い~
101/261

お買い物と出会いの縁

「なぁ、ユキ。そろそろ休憩しようぜ。丁度そこに喫茶店があるしよ」


 それからまた日が過ぎ、数日後の事。

 私は買い物をする為に、アレクさんとカインさんと一緒にウォルヴァンシアの城下町を歩いていた。

 必要な物を買い揃えた大きな紙袋を、アレクさんが持ってくれている。

 カインさんもそれより少し小さな紙袋を持ってくれていて、私は申し訳ない事に手ぶらの状態だ。

 きっと二人も歩き疲れた事だろうし、私もカインさんの提案に賛成して、オープンテラスの喫茶店へと向かい始めた。


「いらっしゃいませ~! 三名様ですね? こちらにどうぞ~!」


 相変わらず、この喫茶店の店員さんは接客の神様のように愛想が完璧だ。

 私達を外に面しているオープンテラス内のテーブルに案内すると、メニューを置いて一礼し、仕事に戻って行った。勿論、このテーブルにある小型のベルを鳴らすと、すぐに飛んで来てくれる仕様になっている。私達はメニューを開き、何を頼もうかと思案し始める。

 あれ……、この前に来た時とメニュー表の中身が違う。種類も増えているし、おススメの一言や料理の品の絵も変わっている。


「新メニュー……、あ、季節の果物を使ったジュースが増えてる。えーと、ファルムジュース……」


「ファルムの実は甘く、ジュースにも適しているからな。それにするか?」


「そうですねぇ……。アレクさん、ファルムの実って、どのくらいの甘さなんですか? 出来ればスッキリとした甘さがいいんですが」


 同じようにメニューを見ていたアレクさんが、私の方へと顔を寄せてくる。

 ずらりと並ぶそれらに視線を走らせ、トン、と、指先でファルムの実を使ったジュースをお勧めされた。しつこい甘さもなく、後味が良いそうだ。

 私はそれに決めると、今度はアレクさんのメニュー表に視線を向けた。


「アレクさんは何にしますか?」


「そうだな……。水分補給に適している、このクラウ茶にしておくか」


 ちなみに、クラウ茶というのは、味的に日本で飲んでいたウーロン茶とそう変わらない飲み物だったりする。それに決めたアレクさんが、メニュー表をパタンと閉じて小型のベルに手を伸ばす。


「あ、カインさんはもう決まりましたか? まだならもう少し待ちますけど」


「ん、俺の方も決まってるから大丈夫だぜ。ってか……、おい、番犬野郎。今俺の返事を聞く前にベルを押しやがったな? 本当根性悪い奴だよな、テメェはっ」


 はぁ……。ここに至るまでに何度二人の喧嘩を目の当たりにした事か……。

 最初は城下に出かけようとしていた私をアレクさんが見つけて、一緒に行く事が決まった後に今度はカインさんと遭遇。ついて来ようとしたカインさんをアレクさんが追い払おうとして、まず王宮を出る前に一回目の喧嘩が起こった。それを宥めてどうにか三人で城下に出て来たものの、それからまた些細な事で二度、三度……。

 アレクさんは穏やかで自分から争いを好んだりしないように見えるのに、やっぱりカインさんがこ、恋敵だから、喧嘩越しになってしまうのだろうか。

 睨み合う二人に溜息を吐きながら今までの事を思い返してみたけれど、恋敵どうこうの前に、相性自体が悪いんじゃ……、と思ってしまうのは、きっと確かな読みだと思う。


「お願いしますから、皆さんが休む場所での喧嘩はやめてくださいね。もし始めたら……、一週間口を聞きませんので」


「だそうだ。ユキの心を煩わせるな、愚か者め」


「今のはテメェのガキじみた嫌がらせが原因だろうがっ。今すぐ竜体に戻って丸呑みにすんぞ、このクソ野郎っ」


 カインさんに対してだけは、アレクさんは確かに大人げない。

 私はアレクさんの方に身体を向けると、今のはアレクさんが悪いですよとその手を握って穏やかに過ごしてくれるようにお願いした。威厳も迫力もない、少しだけ自分的に睨みを利かせた顔で。

 騎士団の副団長様に効果があるとは思わない。けれど、アレクさんは話せばわかってくれる人だ。

 

「もうあの時の事は気にしてませんから。だから、必要以上にカインさんを敵視しないであげてください」


 あの時、というのは、カインさんとの初めての出会いと、二度目の再会の時に味わったトラウマの件だ。深く傷ついた私の事を、アレクさんは必死に守ろうと気遣ってくれた。

 原因は間違いなく私。だから、この心優しい騎士様は、カインさんを害敵として嫌ってしまう。

 けれど、もうその必要はない。カインさんに対する嫌悪は消えて、私はもうすっかり元気なのだから。


「もう私は大丈夫です。だから、カインさんともう少し、歩み寄っては貰えませんか?」

 

 大事にしてくれているこの人に無理なお願いだとはわかっている。

 私のせいでアレクさんの中に植え付けてしまったカインさんへの嫌悪と敵意。

 自分が平気になったからといって、アレクさんにもそれを押し付けるのは身勝手な事だ。

 それを承知で、せめて喧嘩だけはしないようにと歩み寄る事をお願いしている。


「無理だよなぁ? 前の事もあるかもしれねぇが、番犬野郎の場合……、俺に対する敵意は本能的なもんだ。俺がそいつを無意識に嫌うようにな」


「そうだ。ユキに頼まれても、俺はこの竜を好きにはなれない……。あの件がなくとも、俺は本能的にこいつが気に入らない。生まれながらの相性なのだろうな」


「が、頑張ってみても……、無理、でしょうか」


 その時、置いておいたメニュー表の裏側にある物を見つけた。

 店員さんが私達のテーブルへと現れ、注文を受けに入る。


「あ、あの!! すみませんけど、これお願いします!!」


「はぁ~い!! 親愛のラブラブカップリングジュースでございますね~!!」


「「は?」」


 何事も小さな一歩から!! 私が頼んだそのジュースは、ストローの飲み口は二か所だけど、ジュースを吸い込む下の部分は一か所だけのそれを大声で頼んでしまった。

 それに続いて、アレクさんとカインさんの分の注文も早口で店員さんに伝え、注文完了。

 アレクさんとカインさんの物言いたげな視線が一気に私へと集中してくる。


「おい……、今注文したアレ、誰と誰が飲むんだよ」


「ユキ……、まさか」


 カインさんは噴火しそうな怒りを堪えた表情で、アレクさんは小さく首を振って辛そうに私を見つめている。はい、そうです……。親愛のラブラブカップリングジュースを、二人に飲ませる為に!

 方向性として色々間違っている気はするけれど、何かひとつの事を協力して絆を育めれば、と。

 

「頑張りましょう!」


「頑張れるわけねぇだろうが!! この無茶振り王兄姫がああああ!!」


「今までに受けたどんな訓練よりも……、過酷だ」


 あ~、やっぱり駄目か。私も自分の取った行動に内心で全力のツッコミを入れたけれど、もしかしたら、仲良くなるきっかけになるんじゃないかと……。無理ですね? ごめんなさい。

 でも、頼んでしまった物は取り消せないわけだし、ここはひとつ。


「やっぱり二人で飲」


「「飲まない」」


「アレクさん、私からのお願いでも、ですか?」


 ここはひとつ、アレクさんから攻めてみようと決めたものの、銀の騎士様は決して私に対して絶対服従なわけではなく、しっかりとした表情で一言。


「忌々しいその竜と飲むぐらいなら、ここで自決する」


 その力強い返事に、どこかほっとした私がいる。

 アレクさんはいつも私を優先して自分の意見を主張したりする事が少ないから、譲れない信念がそこにある事を再確認出来て、私は心からほっとしたのだ。

 けれど、問題のジュースの方は本当にどうしよう。

 一、私が一人で飲む。二、どちらかと飲む。

 後者を選んだら絶対に面倒な大喧嘩が起こる事は確実だ……。


「じゃあ、私が頑張って飲みますので、二人は注文した自分の分を」


「「俺と飲めばいい」」


「自分一人、で、飲みますね」


 あえて満面の笑顔で牽制した私は、店員さんが注文の品を運んで来てくれた後、ぐにゃりと片方のストローの口を指で折り曲げて、もうひとつの口から飲み始めた。

 ドンッと重量のありそうな大きなグラス。途中でハートマークを描くラブラブストロー。

 ジュースの色はドピンクで、味は甘ったる過ぎるストロベリー味。

 流石に量が多いけど、だ、大丈夫……。一人でも何とか。

 そんな私の残念な姿を、アレクさんとカインさんが同じように残念な目で見ている。


「お前……、やらかした事の責任に対する真面目さ半端ねぇな」


「ユキ、無理はしないでくれ……。お前に何かあったら、俺は」


 このジュースを全て飲み干して倒れても構わない。

 だから、お願いだから喧嘩する回数を減らしてください! それが私の切なる願いだ。

 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「うぅっ……、はぁ、お、終わった」


「ユキ、顔が真っ青だ。本当に大丈夫なのか?」


「ご苦労さん。周りの奴らも面白そうに見てたぜ?」


 親愛のラブラブカップリングジュースを飲み終えてテーブルに突っ伏した私の背中を、アレクさんが心配そうに擦ってくれる。途中で飲むのを代わると言われたけれど、勝手に頼んで無理な事を頼んだ私の責任だ。それを断り飲み続ける事十数分……。長かった、苦しかった。

 カインさんは買い物をした紙袋の中身をゴソゴソと漁りながら、ニヤリとした視線を向けてくる。

 この人の場合、アレクさんのように純粋な心配よりも、私が困っているところを見るのも好きなところがあるから、途中からは応援の声と共に茶化す声も聞こえていた。


「ところでよぉ……、かなりの材料を買い込んでるみてぇだが、何に使うんだ? この手芸道具一式」


「あ、それはですね。この前のガーデンパーティーでレイフィード叔父さんにプレゼントしたマスコットみたいに、皆さんにも作って贈らせて貰おうかな~と」


「ユキ、その皆とは……、俺も入っているのだろうか?」


「勿論です! アレクさんやカインさん、ロゼリアさんやルディーさんや、時間をかけて全員分作ろうかなって思ってますから!」


 皆さんへの感謝の気持ちと愛情を込めて、それぞれのマスコットを作る。

 自己満足だけど、レイフィード叔父さんが喜んでくれたように、皆さんにも喜んで貰えたら嬉しい。

 他にも、お守り石を種類も多めに買っておいたし、今日から全員分完成に向けて楽しい目標が出来た。そう話すと、アレクさんが嬉しそうにふわりと笑って、私の頭を撫でてくれた。


「楽しみにしている……。だが、無理だけはしないように、な?」


「はい!」


「ユキ、お前本当家庭向きだよなぁ……。俺の分も期待していいんだよな?」


「それは勿論! ……あれ? 何でしょう? 通りの向こうから、何か」


 気のせいだろうか。足元に、微かな地響きを感じる。

 私の声にアレクさんとカインさんが通りの向こうへと視線を向け、目を凝らす。

 大勢の人々を掻き分ける、というよりは、まるで大海の真ん中が自分から左右に退くように、人垣が割れた。……何か、喜びの響きを帯びた大声が聞こえてくる。


「おい……、何だよ、あれ」


「こっちに向かってくるな……」


 席から離れ、一体何が向かって来ているのかと通りに足を向けたその瞬間。


「素晴らしきおみ足はっけ~ん!! とぉおおおおおおお!!」


「え? きゃ、きゃああああああああ!!」


 私を守る為に前へと立ちはだかったアレクさんの両足の間に滑り込み、嬉々とした大声で私の足に縋り付いたのは……っ。


「はわあ~っ、あぁ、なんと素敵なおみ足の感触っ。このライン、頬に吸い付く感触、ふふふふっ」


「あ、あぁぁぁ……っ、な、ななななななな何なんですか!! 貴方はぁああああ!!」


 アレクさんの守りを潜り抜け、私のロングスカートの中に隠れている生足にしがみつき、すりすりと頬を寄せてうっとりとした声を漏らしている変態!!

 す、スカートの中という事は、その、中も見られている事は間違いなくて!!

 大慌てでアレクさんが変態不審者をスカートの中から引き摺り出し、竜手を構えたカインさんと一緒にその人をタコ殴りにし始める。

 私といえば……、突然の事態に対応出来ず、羞恥と恐怖に固まっている事しかできないでいる。

 何なの、今のは? 見えたのは銀の煌めきと嬉々とした男性の興奮した満面の笑顔。

 一瞬だけ見えたそれに、私は何故か既視感を覚えた。

 足に縋り付く変態、不審者、要注意危険人物……。どこかで聞いたような。


「このド変態野郎!! ユキに何してくれやがったんだ!! クソ野郎が!!」


「ユキの素肌に触れた罪は重い……。楽に死ねると思うな!」


「あ痛たたたたたたたたっ!! ぼ、暴力は反対ですよぉおおおお!!」


 頭を庇い蹲りながらアレクさんとカインさんに容赦のない報復をされている長い銀髪の男性を、恐る恐る近づいて隙間から覗き見る。

 銀の髪、愛想の良い笑顔……、は今は浮かんでいないけれど、ルディーさんから聞いた特徴と一致する風貌を抱くその男性は、もしかしたら。


「あの、もしかして貴方は……」


「ヴェルガイアぁああああああ!」


「え?」


 ラスヴェリートの方ではないですかと、アレクさんとカインさんを宥めて尋ねようとしたその瞬間、割れている人垣の向こうから、新たな突入者が現れた。

 陽の光に照らされて眩く輝く黄金の長い髪。貴族階級にある事が一目でわかる高級な仕立ての紺色の外出着に身を包んでいる美しい女性が、私達の前に現れ仁王立ちを見せた。


「あぁっ、り、リデリア姫様~! た、助けてくださぁ~い!!」


「何だよ、このド変態野郎の知り合いか?」


 凛とした立ち姿のその女性は、二十代前半ほどに見える姿をしている。

 ぎりっと跳ね上がっている眉と、怒りを堪えている事がわかる弓のように食い縛っている艶のある唇。息を整え、変態な不審者さんの怯えるその身体へと……。


「他国に来てまで何やってんのよぉおおおおおおお!」


「ぎゃあああああああああああああ!!」


 麗しの貴族令嬢だと思わしきその女性が、右足に凄まじい力を込めて銀髪の男性を蹴り飛ばした!

 勢いがあり過ぎたのか、彼女の一撃は男性を遥か遠くの方へと吹き飛ばしてしまい、私もアレクさん達も、突然の事態に「え?」と口を開けてしまう。

 今……、この人は何をやっただろうか。


「この世界のお嬢様って……、凄いんですね」


「いや、ユキ……。普通の令嬢にあんな破壊力はない」


「おい、んな事よりも、あの不審者ヤバくねぇか?」


 全身を怒らせ蹴り飛ばした対象を凄い速さで追いかけて行ってしまった女性を遠くに見据え、私達もそちらへと駆け寄って行く。

 完全に意識が強制アウトされてのびている銀髪の男性……。

 黄金の髪の女性が、ふんっと鼻息も荒く腰に両手を当てている。


「まったく!! ラスヴェリートを出る前に、あれだけ注意したでしょうが!! アンタ人の話ちゃんと聞いてたわけ!? 私とセレインが恥を掻くでしょうが!!」


「あぁっ、痛っ、痛いっ。うぅ、で、でもっ、リデリア姫様のおみ足は、相変わらず素敵な感触ですね~。はぁ、もっと」


「黙らっしゃい!! このド変態足フェチ不審者ぁあああああ!!」


 大勢の人達の困惑した視線を集めながら、女性は通りのど真ん中で銀髪の男性を何度も足蹴にしては罵声を浴びせている。知り合い……、というか、身内なのは間違いないようだ。

 もしも、そこで残念な目に遭っている男性がラスヴェリートの人だとしたら、黄金の髪の女性も、国王夫妻に同行してきた人かもしれない。

 思い切って、私は彼女の肩をポンポンと叩いてみた。


「あのぉ……」


「このっ、この!! 踏まれまくって悦んでるんじゃないわよ!!」


「リデリア姫様ぁっ!! ご褒美を、ご褒美をもっと~!!」


「気色悪いわぁあああああああああ!!」


 ――全然聞いてくれない。そして、銀髪の男性の反応が凄まじく怖い!

 アレクさんが私の肩を抱き、近づいてはいけないと首を振ってくる。

 で、でも、確かめないと……っ。


「はぁ、はぁ……」


「なぁ、もういいか~?」


 流石に目の前で自分達以上の仕打ちを不審者に味わわせた女性の迫力に怒りを削がれたのか、カインさんが女性の前に回り込んで問いかけた。

 その時初めて、女性は周囲の注目が集まっている事に気付いたらしく、その羞恥に耐える為か、その場に座り込んでしまった。正気に戻った、という事なのだろう。


「私何やってんのよぉ……っ。他国に来てまで馬に振り回されるとかっ、ああもうっ」


「あの、大丈夫ですか?」


 彼女の傍に腰を屈め、その震えている背中を擦る。

 気持ちはよくわかる。私もさっき恥ずかしい悲鳴を大声で響かせてしまったから。

 

「あ、貴女は……。あぁ、さっきのヴェルガイアの被害者の子ね。もう、本当にごめんなさいっ。この馬は足の事になると見境なくてっ」


「馬?」


 視線を巡らせても、馬はいない。けれど、彼女は嬉しそうに気絶している銀髪の男性を指差してもう一度言った。馬……、と。

 意味はよくわからないけれど、あだ名のようなもの、かな?

 何度も彼のした事を謝ってくれる女性が言うには、馬……、もとい、ヴェルガイアという名前のその男性は、重度の足フェチで、自分好みの足を見つけると大暴走を起こしてしまう性格なのだそうだ。

 遠くにいても、ヴェルガイアさんの『おみ足・ラブサーチ』とやらが発動すると、今回のように大変な事が起こってしまうのだとか……。なんとはた迷惑な。

 どう反応していいのかわからずに困っていると、彼女……、リデリアさんはキッと怖い顔でヴェルガイアさんを睨み付け、


「貴女の好きにしていいわ。死なない程度ならどうとでもなるし」


 非常に返答に困る発言を真顔でされてしまった。

 でも、……正直、もう十分に痛めつけられているヴェルガイアさんをどうこうしようという気は起きない。というか、医療施設に運ばなくて大丈夫なのかなぁ……。

 確かに吃驚したけれど、これ以上は死の領域に突入してしまう気しかしない。


「わ、私の事ならお気になさらずに。でも、出来ればもう被害者を出してほしくないかな~と」


「そうよね。私もそう思うのよ。なのに……、何回言っても何回踏んでも効果なしなのよぉ……っ」


「た、大変ですね」


 彼女の美しさとアンバランスな残念オーラの溢れ様に、私はひくりと頬を引き攣らせてしまう。

 むしろ、よく今まで通報されずに生き延びてこれたというか、ヴェルガイアさん……。

 もしかしたら、通報済みなのかもしれないけれど、少しは彼女の気持ちも考えてあげてほしい。

 

「ともかく、本当にごめんなさいね! あとで私とセレインからきつく注意と罰を与えておくから、今回だけは、どうか、どうか通報だけはっ」


「いや、速攻騎士団行きだろ」


「ユキに無礼を働いた罪は許し難いが、あまり預かりたくはない男だ……」


「あはは……。と、いう事なので、今回はもういいですよ。それと、間違ってたら申し訳ないんですけど、ラスヴェリートの方ですよね? 国王様達に付き添われて来た方かな~と思ったんですけど」


「……貴女は? もしかして、ウォルヴァンシア王宮の関係者?」


 目を丸く見開いて尋ねてくる彼女に頷いて見せる。

 ウォルヴァンシアの王様であるレイフィード叔父さんの姪で、国王夫妻の訪れを聞いていた事を伝えると、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。


「そうなの……。貴女がウォルヴァンシアの王兄姫殿下」


「はい。ユキと言います」


「お会い出来て光栄だわ。私は……」


 名前は聞いていたけれど、自分の立場を名乗ろうとしてくれた彼女が、遠くから聞こえてきた声に気付くと、すぐに立ち上がりヴェルガイアさんの首根っこを引っ掴んだ。

 腰に剣を帯びた二人の男女が、息を切らせながら近づいてくる。


「はぁ、はぁ……。ったく、勝手に捕捉出来ない走りはやめてくれよなぁ」


「そうだよ、リデリア~。ヴェルガイアさんが暴走しまくったのはわかるけどさ~。あぁ、疲れた。ヴェルガイアさんが暴走する度にこれだもん」


「悪かったわね。すぐ戻るわ。ノルク、こっちの馬鹿を運ぶのお願い出来る?」


 リデリアさんは駆け付けてきた若い男女に小さく舌を出して謝ると、長身の薄紫の髪の男性へとヴェルガイアさんを引き渡した。何をやったのか、彼にはわかっているのだろう。

 残念極まりない目でヴェルガイアさんを見下ろし、よいせっとその肩に担ぎ上げる。

 小柄な可愛らしい女性の方から何かを囁かれ、リデリアさんは私達へと背を向けた。


「ユキ、本当に悪かったわね。お詫びはまた後日。今日はこの辺りで引き上げさせて貰うわ」


「え、あ、あのっ」


 彼女が自分の立場を名乗る前に会話が打ち切られ、まるで嵐のように二人の男女と担がれているヴェルガイアさんと共に通りの向こうへと消えてしまった。

 まさに嵐というべきか……。ラスヴェリートの人である事は間違いなかったわけだけど、リデリアさんは一体……。

 取り残された私達は、まだ支払いを済ませていないオープンテラスの喫茶店から聞こえてきた店員さんの呼ぶ声に振り向くと、仕方なくそちらへと戻る事にしたのだった。

2015・10・20

改稿完了。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ