ルディー先生の異国講座~ラスヴェリート編~
「ひ~めちゃん! 何読んでるんだ?」
それは、ラスヴェリートの国王夫妻が訪れる話を聞いた翌日の事。
王宮の二階にある図書館でラスヴェリート王国に関する本を探していた私は、ひょこっと本棚の向こうから顔を出してきたウォルヴァンシアの騎士団長、ルディーさんに声をかけられて本のページから顔を上げた。騎士団のお仕事は休憩中なのだろうか?
いつもの着崩した騎士服と共に近づいてきたルディーさんに目を丸くしていると、読んでいた本を覗き込まれた。
「ラスヴェリート……、あぁ、そういや国王夫妻が来るって話がまわって来てたなぁ。姫ちゃん、この国について知りたいのか?」
「はい。失礼のないように、色々と情報を仕入れておこうかな、と。ルディーさんはどうしたんですか? お休みの日……、じゃないですよね?」
休日であれば、騎士服ではなく私腹を身に着けているはずだ。
そう尋ねてみると、ルディーさんはその愛想の良い笑顔を私に向けて、騎士団の勉強会で使う資料を調達に来たのだと教えてくれた。
「団長さんでも雑用ってあるんですね……」
「いやぁ、どっちかっつーと、書類仕事に飽きて息抜きも兼ねて来たって感じだな」
「ふふ、ルディーさんらしいですね。それで、もう資料は集まったんですか?」
「あと少し、って感じだなぁ。あっちの机に必要な分を積んであるんだけど、流石にそろそろ飽きてきてさ。姫ちゃん、良かったら休憩に付き合ってくんねー?」
そうお誘いをかけられて断る理由もない。
私は手に取っていた本を抱いたまま、机の並ぶ空間へと歩き始めたルディーさんの後を追い始めた。
どうやらルディーさんはラスヴェリートを訪問した経験があるらしく、国王夫妻の事もよく知っているらしい。
「とりあえず、ラスヴェリートって国はまず、人間種族の集まりで出来てる国ってのは知ってるか?」
「はい、レイフィード叔父さんとお父さんがそう話しているのを聞きました」
「そっか。じゃあ、その先からだな。人間種族っていうのは、俺達みたいに人と獣の二つの姿はなくて、人の姿だけなんだ。まぁ、魔力や魔術は同じように使えるけどな」
違いと言えば、動物的な姿を持たない事と、寿命の差。
そして、ラスヴェリート王国では美しい装飾品に使われる宝石の原石がザクザクと眠る鉱山が多く、それを扱い作り上げる技術者の人達が多い事。
ウォルヴァンシア王国程の大国ではないものの、平穏と繁栄が続いている国らしい。
また、代替わりした現国王様は人柄も政治的な手腕も良く、積極的に他国と交流し、民の幸せを願い政務に励んでいる、と。
「じゃあ、やっぱり良い王様なんですね。ルイヴェルさんの様子が少しおかしいような気がしていたので、てっきり何かあるのかと……」
「あ~、ルイヴェルな。姫ちゃん、それ正解」
「え?」
「セレイン・ラスヴェリート。現国王は、確かに王としては満点以上の奴だ。けどなぁ……、ちょっと性格に問題ありっつーか、……凄いんだよ」
凄い? 何が? 騎士団の為に調達した資料用の一冊をぺらりと捲ったルディーさんが、遠い目をしてまた溜息をひとつ。話すのも気苦労……、といった感じだろうか。
昨日の朝食の席、あの時のルイヴェルさんのように、同じ気配が漂っている。
「ルディーさん?」
「いや、嫌いじゃねーんだけど……、あの王子さん、いや、今は国王陛下か。ラスヴェリートの現国王の善政の源ってさ、王妃なんだよ」
「それって……、王妃様が王様を支えているからこそ、という事ですか?」
素晴らしい美談だと思うのだけど……。きっと何かある、って事、かな?
ルディーさんはこくりと頷くと、困ったなぁといった雰囲気で話を続けてくれた。
自分からラスヴェリートの事を話してくれると誘ってくれたのに、国の名産や民の暮らしぶりについての話から先が、どうにも頼りない。
「ぶっちゃけて話すと」
「はい」
「奥さん好き過ぎて溺愛精神半端ねぇ……」
「……はい?」
「本当凄いんだよっ。……自分の奥さん命過ぎて、どんなにウザがられても根性と執念でアタックしまくって、ようやくゴールイン。王妃の存在なくしてラスヴェリートの繁栄なし、って感じなんだよなぁ」
えーと、つまり……、愛する王妃様為にラスヴェリートの王様は毎日政務を頑張ってるって事、なのかなぁ。ウザイ程の愛情という部分に若干引きかけた私だけど、言い換えれば情熱的?
その深い愛に心を打たれた王妃様は、やがて王様を愛するように……、と考えれば、ラブロマンス万歳とも言えなくもない。
「一応王族としての責任感や自覚はあるんだろうけどなぁ……。王妃からの仕打ちひとつで暴走するというか、いや、普段は普通なんだぜ? 外面完璧だからな。けど……、あの王が暴走したら、確実に周りの奴らが胃を痛める、つーか、ぶっ倒れる」
「それって……、大丈夫なんですか?」
一体どんな溺愛暴走国王様なのか……。ルディーさんの話では、外交や国政を傾ける事はしないけれど、王妃様の対応ひとつで精神的に色々難ありな王様は、心の底から自分の奥さんを愛し過ぎていて、相手が女性でも嫉妬心を覚えてしまうのだとか。
それは……、王妃様的に愛が重たすぎるというか、ちょっと心配になってしまう。
「まぁ、外面装備で来るだろうから、姫ちゃんに害があるとは思わねーんだけど、側近の方がなぁ……。国王が来るって事は、絶対にアレもついてくるだろうし」
「アレ?」
「う~ん……、あんまり詳しく話すと面倒な疲労感を覚えるから簡単に注意事項だけ言っとくな」
「は、はい」
ルディーさんはくるりと向きを変えて私の方に居住まいを正して顔を近づけてくると、一言。
「『足』に注意しといてくれ」
「……足?」
物凄く真剣な真顔だ。でも……、足? 何故足に注意しなくてはいけないのだろうか?
「そう、足!! 国王夫妻と対面する時に、銀長髪の美形野郎を見たらすぐに足を完全ガード!! 容赦はいらねーから、向かって来たら必ず誰かの後ろに隠れてくれ」
「あの……、それって、遠回しに襲われるって言ってますか?」
流石に一国の国王陛下に仕える側近の方がそんな大それた真似を……。
冗談か何かですかと、場を和ませるように笑った私の両肩を、ルディーさんの手が、がしっと掴んだ。あ、この目は本気だ……。ウォルヴァンシアの騎士団長さんが、本気で身の危険を感じさせる真顔で凄んでくる。
「絶対に……、足を死守してくれ。でないと、姫ちゃんだけでなく、アレクや皇子さんが大暴走しちまうからな」
「は、はい……っ」
銀の髪の男性という情報だけでは心もとないのだけど、とりあえず、頷いておく。
ルディーさんが大迫力で捕捉した情報によると、いつもニコニコと笑っていて、恰好が執事服。
もし自分の方に視線を向けられて、息が荒くなりだしたら要注意、と。
すみません……、それ、確実に不審人物ですよね? 変態さんの類ですよね?
ラスヴェリート王国の国王様に御仕えする方が、それでいいんですか!?
それはルディーさんも同意のようで、「本当になぁ……」と、疲労の息を吐き出す。
「仕事方面……、有能過ぎるから、な」
つまり、使える人材は根こそぎ使い尽くせの心理なのだろうか。
ともかく、要注意人物が一緒に来る以上、私はその銀髪の男性を厳戒態勢で出迎えなければならない事だけは、本能的な危機感と共によくわかりました!
ルディーさんからさらに細かくその側近男性の特徴を聞き出し、そして最後に。
「ところで、王妃様というのはどんな方なんですか? お知り合いなんですよね?」
「あぁ、王妃は心配しなくても真っ当なタイプだぜ。姫ちゃんより少し年上で、根性も据わってるし、気も強い。まぁ、国王の猛アタックのせいで色々と苦労してるけどな……」
それはご愁傷様です……。ルディーさんの哀愁漂うその姿が全てを物語っているようで、私はまだ見ぬラスヴェリートの王妃様に心からの同情を捧げるのだった。
2015・10・19
改稿完了。