私の叔父さんは溺愛者でした!
私は今、お父さんのご実家=王宮の広すぎる廊下を、実の叔父にお姫様抱っこスタイルで運ばれながら、猛ダッシュで道を突き進んでいます。
理知的綺麗顔の、皆に自慢出来そうな叔父さんにお姫様抱っこされたご感想は!?
そう聞かれたら、全力で叫びます。――今すぐ下ろしてください!! と。
というか、何度もレイフィード叔父さんにそう叫んでます。叫びまくって懇願しています!!
けれど、叔父さんは嬉しそうな笑みを浮かべたまま、止まる事のないまま爆走していくのです。
「お、叔父さん!! レイフィード叔父さん!! 一体どこに向かってるんですか~!?」
「ふふっ、良い所だよ~!! ユキちゃんも、きっと気に入るから楽しみにしていいよ!! いや~、叔父さん、ユキちゃんや兄上達の為に張り切っちゃったよ~!!」
何を頑張ったのかは、到着までのお楽しみだとレイフィード叔父さんは笑う。
姪御である私への愛情と喜びに満ちた凄いハイテンション……。
この勢いの波に乗っている叔父さんを止めるのは不可能だとしか思えない。
ひたすらにどこかに向かって大爆走していくレイフィード叔父さんにしがみつきながら、過ぎ去っていく周囲の景色に視線を忙しなく動かし続ける。
異世界エリュセード、そして、お父さんの生まれた国、ウォルヴァンシア。
荘厳なる王宮の中には、お仕えしている人達が当然の事ながら多く、挨拶をする暇もなくメイドさん的な服装をしている女性達や、剣を腰に下げている男性達の姿が視界の中を流れていく。
日本人顔が……、見当たらない。ほんの少ししか目にする事は出来なかったけれど、チラ見した王宮の人達は皆、彫りが深いというか、どの人も整った顔立ちをしていて、外国的な美しさの人ばかり。
(異世界って……、全員美形美人顔で生まれてくるのかなぁ)
爆走を続けるレイフィード叔父さんの腕の中で、私はこっそりと遠い目をしながら溜息を吐いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レイフィード叔父さんのテンションと爆走に付き合わされ、そろそろ意識が飛びそうになりかけていた頃、ようやく辿り着いた王宮の一角。
小さな噴水付きの整えられたお庭のある場所に差し掛かると、レイフィード叔父さんの足がゆっくりとした速度に変わった。目的地に着いたのかな?
クリスタルと思われる丸テーブルと椅子が置かれてある庭。
可愛らしい花々が風に踊っているこの庭でお茶をしたら、きっと楽しいに違いない。
けれど、レイフィード叔父さんは庭の方には入らず、回廊の奥に続いている通路に入った。
「は~い、ユキちゃん!! とうちゃ~く! だよ!!」
ある扉の前で立ち止まったレイフィード叔父さんが、丁寧にそっと私を廊下に下ろしてくれた。
庭からすぐ近くの部屋。疑問の眼差しをレイフィード叔父さんに向けると、ウキウキとした気配を纏った爽やかな笑みを向けられてしまった。
「さ、開けて開けて!!」
開けるって……、この目の前の扉を? 横に長い金色のドアノブには、ピンク色のリボンが結ばれている。
国王様であるレイフィード叔父さんが開けても良いと言ってくれているのだから、多分、大丈夫だろう。私は、そっと金色のノブに手をかけ、ゆっくりと扉を中に向かって押し開けた。
まず一番に見えたのは、眩い陽光が差し込んでいる全面が窓になっている奥行きと、その向こうに広がっている、さっき目にした庭。
私を出迎えてくれた室内の様子に視線を流せば、可愛らしい色合いが目を楽しませてくれた。
白に近いけれど、ほのかに淡い桃色の絨毯が足元に広がっている。
この部屋の雰囲気に合わせて、クローゼットや生活に必要そうな家具や調度品の数々……。
極めつけに、私一人が寝ても余りあるほどに大きな大きな天蓋付きのベッドが設えられていた。
天蓋から下に垂れ下がっているのは、ベッドカーテン。今は両サイドに分けられて纏められているようだ。
「お姫様が住みそうな部屋……、ですね」
「うん、ユキちゃんが住むんだよ!」
「え!? ちょっ、レイフィード叔父さん!? 今、私の部屋って言いました!?」
「ユキちゃんが帰ってくるって聞いて、数日かけて用意したんだよ~!! どう? どう? 気に入ってくれたかな~!?」
「ほ、本当にいいんですか? 確かに私好みで、すっごく素敵なお部屋ですけどっ」
「いいんだよ~!! 君に使ってもらうために、毎晩悩んで内装を作り変えて、デザインも家具も揃えたんだし!」
自分の兄と、その家族が帰ってくるというだけで、ここまでしてくれたの?
信じられずに目を瞬きながら、両手を腰に当てて自慢げに胸を反らしているレイフィード叔父さんに、もう一度尋ねる。本当に、ここが私の部屋なのか、と。
レイフィード叔父さんは何度も頷きながら、「ユキちゃんの部屋だよ~!!」と、嬉しそうに笑い続けている。
そのお心遣いは嬉しい。素直にそう思うけれど……。
「あの、……でも、お気持ちは嬉しいんですが、ちょっと、私には豪華すぎるというか……」
「ユキちゃん……、この部屋、気に入らない?」
私としては遠慮をしたつもりだった。
こんなにも豪華なお姫様仕様の部屋は、庶民として生きてきた私には眩しすぎるというか、贅沢過ぎて土下座をしたくなるというか……。
しかし、この遠慮がまずかった。もう少し普通の部屋でいいです、そう言ってしまったが為に。
レイフィード叔父さんの笑顔がみるみると萎んでいき、絶望に見舞われたかのように、絨毯の上に座り込んでしまったのだ。
寂しそうに「叔父さん……、ユキちゃんに喜んでほしくて……っ」と、、力なく呟いている。
まずい、せっかく善意と愛情で用意してくれた部屋を断ろうとしてしまったせいで、こんなにも良い人を失意の底に落とし込んでしまった!
罪深き姪御の称号がドシン! と、私の心を押し潰すように落下してくる。
ど、どうにかしないと……!!
「れ、レイフィード叔父さんっ」
もうこうなったら、遠慮とか庶民だとか、そんな事を言っている暇はない。
私達一家を温かく受け入れてくれたレイフィード叔父さんの為にも……。
表情筋を駆使して、大げさなほどに私は笑顔を作った。
「レイフィード叔父さん! 私、とっても嬉しいです!! このお部屋、大切に使わせて頂きますね!!」
姪御の本気、ここに発動。
両親にも、ご近所さんや友人達、その他の人達にも、ここまで大げさなお礼を言った事はないと思う。だけど、本心では嬉しかったという気持ちをわかりやすく伝えたくて。
少しお芝居じみてしまったけれど、私は溢れんばかりの笑みを作って、打ちひしがれているレイフィード叔父さんの傍に座り込み、その手をとった。
「良かった~!! ユキちゃんに気に入ってもらえなかったら、叔父さん、自分のセンスの悪さに泣いて断崖絶壁から海に飛び込んじゃうところだったよ!!」
「お、叔父さん……」
断崖絶壁って……、飛び込むって……、一体どれだけ大きなショックを受けていたんですか!?
私、ただの姪御ですよ!? お父さんの娘ってだけなのに……。
愛情表現の大きなレイフィード叔父さんにむぎゅっと抱き締められ、実の叔父が相当の溺愛体質である事を思い知らされる。
きっとこの叔父にとって、家族や親類の存在は、惜しみない愛情を向ける対象なのだろう。
そして、その愛情を拒まれたり遠慮されてしまうと……、一気に絶望へ、ドボン。
(これからは、レイフィード叔父さんに対する態度や言動に気を遣った方がいいかなぁ……)
異世界に移住して一日目……。
この溺愛体質な叔父に対する注意事項が、強く私の心に刻み込まれたのであった。
2016・04・12 改稿。




