隠しキャラとボーイズトーク
拓斗視点の番外編その2です。
今回、やっと“あの人”も出てきます。
他の学校はどうか知らないが、この木苺ノ宮学院は、3年生でも受験や特別な用事以外は、卒業式まで毎日授業に出席する事になっている。
まぁ、内容は高校3年間の復習だから、難しい事は何もない。
俺は、先生がテキストを読み上げている間に、隣の席の男を盗み見た。
こいつは、神谷由基。在校生で唯一人、運営側のデータベースを閲覧する事が出来る【閲覧者】の属性持ちだ。
高校に入ってから知り合ったが、ずっと同じクラスなのと本人の人懐っこい性質故か、俺や蓮ともそれなりに仲が良く、こいつの属性を知っているのは、俺達を含めて数人しかいないらしい。
【閲覧者】はレア属性な為、卒業後はとある機関に行く事が決まっているんだが、卒業を待たずして駆り出される事が多く、3月に入ってからはゆっくり話す機会がなかった。
でも、昨日授業の進捗などをメールで送ってやった際に、今日は一日学校にいられると書いてあった。
決意してから早4日、そして卒業式まで後2日。この機会を逃す訳にはいかない。今日はこいつに、どうしても協力して欲しい事があるんだ。
しばらくすると4時間目終了のチャイムが鳴った。
チャイムが鳴る前にちゃっかり仕度を終えていた神谷は、購買へパンを買いに行くべく席から立ち上がる。が、当然行かせる気はない。
神谷以上に早い段階で仕度を終えていた俺は、すかさず奴のシャツの襟口に30cm定規を突っ込んで――禁則処理さえなければ、直接首根っこを掴んで――身柄を確保すると、そのまま家庭科室へと連行した。
ここは俺のホームグラウンドだ。盗み聞きなどの心配もない。
連行された側の神谷はと言えば、最初こそ暴れたり文句を言ったりしていたが、その後は意外にも大人しくついて来てくれた。
とりあえず、立ったままじゃなんなので、適当な調理台の席に座らせると、神谷が台に頬杖をつきつつ口を開いた。
「ここに連れて来たって事は、よっぽど他の奴に聞かれたくない事を聞きたいんだな?」
「ああ。……ある生徒に、隠し属性が無いか知りたい」
「! おまっ、属性は重要個人情報だぞ! 個人情報保護とか倫理的にとかでだなぁっ……」
「この世界で、しかも【閲覧者】属性にとって個人情報保護なんて有って無い様なものだろうが」
「うわっ! 何かオレの属性に対する認識がヒドイッ!!」
「ただでやれとは言わない。報酬は、昼食に特製ハンバーガー弁当。あと、デザートに渾身のザッハトルテも作ってきてやった。それも、アンズジャムを挟んだホテル・ザッハーのオリジナル版」
「出来る範囲なら何でも調べさせていただきます! ハイ!」
細い見掛けによらず食いしん坊な神谷に、大きな弁当箱と冷蔵庫から取り出した好物の入った紙箱をチラつかせてやれば、あっさりと釣れた。相変わらず、こう言う時の変わり身は早いな。
けど、そこに軽薄さや厭らしさが感じられないのは、本人の資質なんだろう。
俺は、弁当箱と紙箱を神谷の前に置くと、それぞれ蓋を開いた。中に入っているのは宣言通り、大振りのハンバーガー3個と鶏の唐揚げ入りサラダ、そして一口大に切ってきたザッハトルテ。
神谷は、「うまそー! いただきまーす!」と言って食べたかと思ったら、「んおーっ、予想以上の美味さ!! すげーっ!」と騒いだ。
まぁ、美味そうに食べてくれてるから、煩くても良しとしよう。これからミッションもこなしてもらう訳だし。
そうだ、俺も食べておかないと。イベント中に空腹で倒れたりしたら、運営から怒られるからな。
俺が食べ終わるのと同時に、ひとしきり食って騒いでやっと落ち着いた神谷が、コホン、と咳払いして現実に戻ってきた。思ったより早かったな。
「念の為確認しとくが、運営の許可なく本人以外の口から重要個人情報を聞き出した者には“ペナルティー”が課せられる――それを理解した上での依頼だな?」
「勿論だ」
「わーったよ。で、対象は?」
「……1-4、鵜沢結子」
「あぁ、愛しの『はとこ』ちゃんか。りょーかい。じゃ、視てみますか」
そう言うと、神谷は目を瞑った。運営側のデータベースにアクセスしているらしい。
お陰で、言い当てられて赤くなった顔を見られずに済んだ。こいつには、とっくに片思いの件がバレているんだが、それでも面と向かって言われるのはやっぱり気恥ずかしい。
「えーっと、1-4……の、うざわうざわ……あった、『鵜沢結子』」
神谷の口から結子の名前が出た瞬間、心臓がどきりと跳ねた。
俺の目には見えないものの、神谷を通して、結子の基本情報を無断で知ろうとしているんだ。人の成績表を勝手に覗いているような罪悪感はある。
けどな、こっちも形振り構っていられないんだよ。それに、ちょっとだけ、無理に暴くのが楽しいって気持ちも……ゴホゴホッ、何でもない。気の迷いだ、忘れてくれ。
そんな葛藤をしている間に、目を閉じたままの神谷は、何とも気の毒そうな顔をした。な、何だよ?
「確かに、本人が自覚してない隠し属性があるよ。あ~~、うん、確認したくもなるな、こりゃ」
「どう言う事だよ?」
「【恋愛音痴】」
「……は?」
「だから属性だよ。その子の隠し属性は、【恋愛音痴】。恋愛に関するアプローチやリアクションを明後日な方向に解釈して相手の心理を誤認してしまう。要するに、色恋に関してだけ激ニブ……いや、すんごく感覚がズレてるって事」
な ん だ そ りゃ !
そんなピンポイントで迷惑な属性、何で用意したんだアホ運営~~ッ!!
他の奴からのアプローチに全く気付かないのは良いが、俺からのはいい加減気付けよ! 頼むから!
酔っ払っていたとは言え、あの小っ恥ずかしいトゥルーエンドの再現までしたのに曲解されたし! ……まぁ、途中で寝た俺も俺だけど。
とにかく、呆れやら憤りやら良く分からない感情が入り混じって、声にならない。口をパクパクするだけだ。
だが、この状態を打破する切っ掛けは、誰もいないハズの横から現れた。
「【超鈍感】とかその辺かと思ってたが、【恋愛音痴】とは……ある意味想像の上をいってたな」
そう言って、箱から残り少ないザッハトルテの内の一切れを、ヒョイっと摘まみ上げて口に放り込んだのは、眼鏡をかけた双子の弟・蓮だった。
こいつ、いつの間にっ? って、いやそれよりも。
「どうやって鍵の掛かっているココに入ってきたんだよ? どの部屋にも入れるのは、“副会長”に就いている時だけじゃないのか?」
『ラズベリー☆レッド』において、“生徒会副会長”は攻略対象特典として、どの部屋へも出入りが可能となってる。通称、スキル【ど○でもドア】。
けど、確か俺の記憶では、現職にしか適用されなかった覚えが……。
「本来は9月の引退と同時に消えるが、運営と交渉して、卒業まで有効にしてもらった。便利だからな」
「――あ、ホントだ。そんな表示出てる」
神谷は、蓮の情報を閲覧したらしく、納得した顔で目を開き、蓮に顔を向けた。
「よっす、大川弟。あ、お前か! 大川兄にこんな鬼畜なやり方伝授したのは!」
「俺がする訳ないだろ。思いが全然通じなくて凹んでる拓斗を見るのが面白いのに、わざわざ自分からその機会を潰すような真似するか」
「蓮、本人目の前にして堂々と力説する事じゃないからな、それ。ってか、面白いって何だ」
半眼で睨んだものの、蓮は無表情でスルーし、話を続けた。
「ま、結子が恋愛方面に全く無反応な原因が分かっても、攻略方法を思い付かなきゃ意味無いけどな」
「いやー、この場合は却って簡単だろ。分かるまで力押し。何なら既成じ……ぐふっ」
埓も無い事を言おうとした神谷の口を、ザッハトルテを突っ込んで黙らせた。よくやったザッハ氏のケーキ。流石はチョコレートケーキの王様だ。
「馬鹿だな、神谷。態々禁則処理が働かないシステムメンテナンス日に何度もお膳立てしてやってるのに、無理にでも進展させられないヘタレだからこんな事になってるんだろうが」
「毎度毎度タイミング良く邪魔しに来る奴がそれを言うかっ」
「自分の間の悪さを恨め。それに前回のは確実に自爆だろ」
2月の最終日<システムメンテナンス>の顛末を結子から聞いたらしい蓮は、しれっと言い切った。うぐぐ、言い返せないっ。
そんな俺を尻目に、腕時計で時刻を確認した蓮は、ちょっと遊び過ぎたな、と呟くと、何とか口の中の物を飲み下した神谷の頭を手近にあった俺の定規でコンコンと小突いてみせた。
「そもそも俺は、神谷を呼びに来たんだ。おい、神谷、校長を経由して就職先がお呼だ。さっさと行くぞ」
「んぐ、げほっ……。は? 呼び出し!? 何だよ~~、今日は1日休めると思ったのに~~~っ」
とんだブラック企業だった、と嘆きながら、神谷は蓮に促されて立ち上がった。
確かに、鍵の閉まった家庭科室へ呼びに行くなら、スキルがまだ有効な蓮を行かせるのが一番確実だな。
まぁ何にしても、呼び出しが掛かる前に協力して貰えたのは、運が良かった。
「とりあえず、協力ありがとうな、神谷」
「おう! あ、俺のアドバイスは結構当たるから、試してみろよ~~」
分かるまで力押し、だっけか。
考えてみれば、俺はいつも結子の勘違い発言に振り回されて、訂正しきれないまま終わっていたからな――訂正する気力すら奪われるからだが――。
……よし。これからは『言葉で力押し』だ。どんな勘違いも片っ端から潰していこう。
そこへ更に言葉を重ねれば、想いが伝わるかもしれない。
何となく見えた光明に、俺はふっと表情が緩んだ。
「分かった。試してみるよ」
「どうせなら既成じ……」
「蓮、さっさとソレ連れてけ」
「勿論だ」
「わー!! 最後まで言わせろよーっ!!」
ギャーギャーと騒ぐ神谷を物ともせず、蓮は俺がやったのと同じ様に神谷の襟首に定規を突き刺すと、そのままずるずると引き摺って家庭科室を後にした。
――この一連の出来事が、とんでもない曲解をされた上で校内に広まり、それを聞いた結子の口から不本意極まりない言葉をぶつけられて、ぷちんと理性が切れたのは、翌日の事だった。
とりあえずは、ここまでです。
あとは単発の番外編になります。




