隠しキャラの今昔物語
拓斗視点の番外編その1です。
うちの母親には仲の良い従姉妹がいた。家を隣同士にしたくらいだからよっぽどだろう。
そんな隣の家には、2才年下の一人娘がいた。
日向ぼっこしている猫みたいな、何だか和んでしまう雰囲気を持った子だった。
“彼女”は、両家共に共働きなのもあって、どこで何をするのも俺と双子の弟と一緒で、近所からは3兄妹として扱われる事が多かった。
俺自身も、兄だから、弟と妹分である“彼女”を守らなきゃ、と幼心に思った。
それがどう転んだのかは覚えていないが、いつの間にか弟と“彼女”におやつを作ってやるようになり、気が付けば、小学校低学年の時点で殆どのおやつや食事を作るようにまでなっていた。どこの20面相くんだ。
でも、苦に思った事は一度もない。
美味しい物を作る為に工夫するのは楽しかったし、そうやって作った物を「美味しい」と笑って食べてくれるのが嬉しかったからだ。
特に、“彼女”が世界一幸せそうな顔で食べてくれるのが嬉しくて、毎回お礼に頭を撫でてやっていた。
でも、当時の俺はそれが当たり前過ぎて、どんなに幸せな事か気付いてなかったんだ。
――中学3年の2月。
進学先が木苺ノ宮学院に決まってホッとしていたところに、運営から『ラズベリー☆レッド』の攻略対象として弟がスカウトされた。
弟は、それを承認。たまたま双子だったもんだから、俺も隠し攻略対象として入学しないかと声をかけられた。
特典としては、学費免除と、家庭科室使い放題。しかも隠しキャラだから、弟のシナリオでトゥルーエンドを見た者しか俺のルートには入れないという。
出番は少なそうだし、学費が浮くならその分を食費に回せる――別に生活が苦しい訳じゃなく、更に充実させたかっただけ。親の名誉の為に言っとく――と安易に思った俺は、それを承認した。
契約期間は、入学式の日から卒業式の日まで。
決まり事と言えば、“成績は上位をキープ”の一点だけ。
禁則処理に関しては、家族以外の一般キャラに対して働くものだから、特に実害はないハズ。
けれど――予想していなかったソレは、入学式の晩に起きた。
お祝い好きの両親ズは、当然、入学祝いのホームパーティーを企画した。
腕によりをかけてご馳走の用意をし――何で祝われる人間が作ってるんだ? とか聞くな――、参加者7名のパーティーは、いつもよりちょっとだけ気合いの入ったものとなった。
皆が楽しく飲み食いしている中で、同じ中学の1年生になっていた“彼女”は「今日のお料理はすっごく凝ってるね! プロみたい! スゴイね!!」と料理を頬張りながら、笑顔で言ってくれた。
それが嬉しくて、いつもの様に頭を撫でようとした瞬間――。
パチンッ。
伸ばした手は、“彼女”に触れる直前で、見えない壁の様なものに阻まれた。
その瞬間は何が起きたのか分からず、ポカンとした。“彼女”も同じリアクションだった。
もう一度、恐る恐る“彼女”に向けて手を伸ばす。
パチンッ。
やはり、弾かれた。
だが、今回は分かる。これは禁則処理が発生している音だ。
――“彼女”に、触れられない。
その事実を認識した途端、自分でも驚く程に混乱した。全身から冷や汗が吹き出した。
キョトンとする“彼女”に「悪い、ちょっと逆上せたみたいだから、風にあたってくる」と言ってから、リビングダイニングを抜け出し、とりあえず2階の自分の部屋までダッシュした。
そのまま自分の部屋に駆け込むと、戸棚から攻略対象の契約書を引っ張り出す。
知らずに震える指でページを捲り、禁則処理の項の“攻略キャラと一般キャラの接触禁止”の詳細を確認すると、そこには、禁則処理の対象外となる者の定義として、こう記されていた。
<禁則処理対象外> 家族・親族(同じ家に住み生計を共にする者、もしくは4親等以内の者)
今までの人生で寝ている時や学校以外は殆ど一緒にいたから、家族感覚だった。
親同士の仲が良いから、近しい親戚だと思い込んでいた。
けれども実際は、俺と“彼女”の生活基盤は異なるし、血縁関係で言えば6親等。
つまり、世間的に言えば――“他人”だったんだ。
急に“彼女”との間に距離を感じた。現実でも、見えない壁で遮られている。
でもそれを理解したと同時に、『そんなのは嫌だ!』って気持ちが心の奥底から湧きあがってきた。
一緒にいたい、頭を撫でてあげたい、どこかへ行ってしまわないように抱き締めたい――。
ずっとこの腕の中で、温かな“彼女”と言う存在を感じていたいと思った。家族よりも近い関係になりたいと思った。
皮肉な事に、触れられなくなって初めて――“彼女”を異性として好きなんだと認識したんだ。
そんな訳で、流石にその日はショックから立ち直れず、疲れたからもう寝る、と適当な事を言って部屋に閉じ籠った。泣いた? とか聞くな。
しばらくは凹み状態が続き、人前で取り繕うのに精一杯な日々を過ごした。
けど、良く考えてみれば、触れられないだけで付き合えない訳じゃないんだ。
それに気付いてからは、接触寸前の距離――物理的に近いと心も近くなるとか、本に書いてあった――に並んで話したり、“彼女”好みの料理や菓子で餌付けを強化したりした。
そして、俺なりに気持ちを伝えたりもした……んだが、悉く変な方向で解釈され、スルーされた。
弟からは時々「表現が弱い。それでも攻略対象か?」って言われるが、これ以上は無理だ。勘弁してくれ。
こんな感じで進展が一切無いまま、俺は最終学年の3年生となり、そして“彼女”は木苺ノ宮学院に入学してきた。
やっぱり同じ学校に通えるのは嬉しいし、可愛い制服姿を見ると癒される。
途中で弟がおたふく風邪になった為に身代わりをやった、なんてハプニングもあったが、それ以外は“彼女”との関係も含めて特に変化なく、卒業シーズンへと突入した。
――だが、3月最初の金曜日に、俺は決意する事となった。
それは、たまたま通り掛かった廊下での事だ。端で1年の男子数名が話に花を咲かせていた。
春休みに○○遊園地へ遊びに行こうかとか、そんな話題だったんだが、彼らが同行する約束を取り付けたと言う女子の名前の中に、何と“彼女”の名前があがったんだ。
その瞬間、思わず足が止まった。
“彼女”からそんな話は聞いていないし、その手の誘いには乗らないよう、日々言いくるめているのに……。
動揺する俺に気付きもせず、1年男子共は暢気に話を続けていた。
どうやら“彼女”を狙っている男が一人いるらしく、春休みに中に一気に距離を縮めるんだ、とかほざいていた。
……マズいマズいマズい。いつも俺からのアプローチには頓珍漢なリアクションしかしない“彼女”だが、もしかしたらコイツからのアプローチは受け入れてしまうかもしれない。一般キャラ同士は普通に接触可能なんだから、物理的に迫る事だってできるだろう。
そう考えたら、手足から血の気が引いて、すぅっ、と冷たくなる感覚がした。
絶対そんなのは嫌だ。ダメだ。受け入れられない。よって、妨害決定。
いや、それだけじゃない。やっぱり卒業するまでに、“彼女”を俺につなぎ止めないと。そして、この手の不埒者に付け込む隙を与えないようにしなければ。
でも、普通に気持ちを伝えたところで、あの鈍感“彼女”には全く通じない。それは体験済みだ。
なら、“彼女”の鈍感さをパスするにはどうすれば良いか……。
よし、ちょっと視点を変えてみよう。
攻略キャラの端くれとしてイベントを色々こなしている観点からすると……おいおい、あの鈍感さは異常に片足突っ込んでないか? あれが日常だったから今まで気付かなかったよ。
“彼女”の属性を知っているが、それだけが原因とはとても思えない。って事は、ひょっとしたら“彼女”自身も知らない何らかの阻害要素があるのかもしれない。
それを調べるには…………ペナルティー覚悟で、“あいつ”の力を借りるしかないな。
俺は、人知れず覚悟を決めると、大きく一歩を踏みしめて、歩き出した。
続きます。
番外編その2は、3年生に激震を走らせたあの一件の真実です。