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隠しキャラの迷走卒業イベント

短編【隠しキャラの迷走卒業イベント】と同じ内容です。

 明日から3月。早いもので、もう卒業シーズンです。

 女性向け学園オンラインゲーム『ラズベリー☆レッド』の舞台である木苺ノ宮きいちごのみや学院高等学校でも3年生は卒業するので、当然特別イベントだったり卒業エンディングだったりがある訳です。

 ちょっとシステム的な話をすると、『ラズベリー☆レッド』は1周回が1ヶ月で、月末のシステムメンテナンス日に、月に応じたエンディング――イベントと違って事前収録――が見られるという仕組みになっていて、<プレイヤー>さん達がエンディングを見ている頃、こちらの世界では、翌月のエンディング用スチル撮影をやってるんだよね。

 で、今日は平日だから、攻略対象さん達は放課後居残りで、それぞれ指定の場所で3月分の撮影なんだけど、3年生達は特別イベントや卒業エンディング用にいつもより多くスチルを撮るんだって。

 昨日、事前に渡されたスチルの設定資料の多さに、拓斗くんがげんなりしてたなぁ。

 あ、蓮くんがおたふく風邪で休んだ時――蓮くんに成り代わっていた為、システムの不具合って事で攻略不能になっていた拓斗くんだけど、蓮くんが復帰した翌月には、何事もなかったかの様に攻略対象として復帰させられたのでした。まる。ご愁傷様。


 まぁ、そんな攻略対象さん達のスチル撮影会や野次馬一般キャラの皆をほっぽって、私はのんびり帰宅した。通学カバンとは反対側の手に買い物袋を引っ提げて。

 実は今日、共働きの大川家あーんど我が家は、両親ズが揃いも揃って出張なのだ。

 大川のおじさんとおばさんは、それぞれ日帰りだけど帰宅は遅くなるそうで、うちの両親に至ってはセットで海外1泊3日の旅。

 加えて、拓斗くんと蓮くんはいつも以上に長時間のスチル撮影で、帰宅は8時を過ぎだろうとの事。

 そんな訳で、本日お疲れ様な大川家の皆さんプラス自分の分の夕ご飯を作ることになったのだ。

 拓斗くん程ではないけど、私も人並み程度には家事スキルがあるからね。

 私は、自室でフリースのパーカーとロングスカートに着替えると、買い物袋と大き目のお弁当箱を持って大川家へと移動した。玄関の扉は、当然小さい頃から持たされている合鍵で開けましたとも。

 勝手知ったる大川家の奥へと進み、ダークブラウンを基調としたダイニングキッチンへ。いつ来てもお洒落だなぁ。

 そこで買い物袋を広げると、私はさっさと調理にとりかかった。

 今日の夕ご飯は、鶏の唐揚げ、いかと里芋の煮転がし、にらのお浸し、そしてキャベツと人参の浅漬け。

 後半2つは手抜きっちゃ手抜きなんだけど、おじさんとおばさんからのリクエストなので私は悪くない。

 炊飯器セットしてー、浅漬けを作ってー、鶏肉の下拵えをしてー、煮転がしを作りながらお浸し作ってー、煮転がしを保温調理器に突っ込んでから、唐揚げを揚げてー、ハイ出来上がり!

 盛り付けは食べる人達が帰ってきてからするので、私の仕事はここまで。

 あとは、その中から自分の分をお弁当箱に詰め込んでっと。

 あ、お風呂もわかしておいてあげよう。よいしょよいしょっと。

 こんな感じで他にもちょこちょこと細かい事をやっていたら、いつの間にか結構時間が経っていた。見上げた壁掛け時計は、既に8時を指している。

 うーん、流石にそろそろ帰ろうかな。お風呂とか宿題とか、他にもやる事があるからね。

 私は、火の元とかを確認した後、自宅へと戻った。

 お風呂を洗い、わくまでの間に客間の準備とお弁当にしてあった夕ご飯を食べ、ナイスタイミングでわいたお風呂にゆーっくり浸かった。はぁ~、あったまる~。ごくらく~。

 上がった後は、パーカー付きの室内用ワンピース姿でリビングの4尺の長方形お炬燵に入って、レッツ宿題。

 辞書を引きつつ問題を片付けていると、玄関からカチャン、と言う小さな音に続いて、扉の開く音が聞こえてきた。

 両親じゃない。不審者でもない。

 大川家と我が家の間じゃすっかり当たり前の事なんだけど、うちの両親は揃って出張に出ることが度々ある為、その間の用心棒――この前、両親にそう表現したら、時代劇の見過ぎって言われた――として大川家の誰かしらが泊まりに来てくれるのだ。だから客間も整えていたでしょ?

 で、聞き慣れた足音から侵入者を特定しているうちに、リビングの引き戸が開いて、相手がまるっと姿を現した。


「あーっと、ただいま。晩飯と風呂、ありがとうな」


 チェック柄の上着を嫌味なく着こなす拓斗くんは、若干疲れた顔に何とか笑みをくっつけてそう言った。

 スチル撮影で相当気力使ったみたいだね。お疲れ様ー。


「どういたしましてー。もう皆帰ってきたの?」

「ああ。さっき父さんと母さんも帰ってきたよ。……っと、ちょっと水もらうな」


 拓斗くんは、どこかふわふわした足取りでうちのカウンターキッチンに向かうと、コップで2杯もお水を飲んだ。

 珍しいなぁ。拓斗くんがこんなにがぶ飲みするなんて。


「お疲れ?」


 私が、宿題セットを天板の右端に寄せて、角を挟んだ左隣に拓斗くんが座れるスペースを作りながら尋ねると、拓斗くんは口元を拭いながら、自分の家の方向に恨めしそうな目を向けて答えた。


「家を出る直前、父さんが買ってきた土産物のチョコレートを口に突っ込まれたんだ。それが……何でか日本酒ボンボンだったんだよ」

「あー、それはご愁傷様」


 私は、苦笑いしてあげる事しかできなかった。

 この人、料理やお菓子作りで普通にお酒を使えるから、基本的にはお酒にそこそこ強い筈なんだけど、どう言う訳か、チョコレートと日本酒のタッグに対しては壊滅的に弱いのだ。香り付け程度で酔っ払いになれるらしい。

 それが分かったのは、一昨年、やっぱり大川のおじさんが買ってきた日本酒ボンボンを、知らずに拓斗くんが食べて轟沈したから。顔色が殆ど変わらなかったから、酔ったとは気付かず、最初は何事かと家中大騒ぎになったとか。

 まぁ、食べてしまったものはしょうがないよね。


「とりあえず、立ったままも何だから、こっちに来て座ったら?」

「……そうする」


 拓斗くんは私が作ったスペースに腰を下ろすと、そのままの勢いで天板に突っ伏した。

 それから、天板に右頬が接するように身動ぎすると、ひんやりして気持ち良い……、なんて呟きが聞こえてきた。うぷぷ。

 どうやら危険な状態ではないみたいだし、私にできる事もなさそうだね。

 となれば……よし、宿題だ。あと2問で終わるんだもの。さっさと片付けて、土日はのんびりお茶を飲みつつ日向ぼっこだ。

 と言う訳で、じっとしてはいるものの、気配から起きていると思われる拓斗くんを横目に、シャーペンを動かした。

 穏やかな沈黙の中、カリカリと小さな筆記音が踊る。

 しばらくして、コケる事無く宿題終了。

 私はシャーペンを置き、両手を敷布団について上体反らしをした。んー。

 すると、今まで静かだった拓斗くんが、徐に私の名を呼んだ。


「……なぁ、結子ゆうこ

「はいはい、何ー?」

「卒業後の進路って、もう考えてるか?」


 そっか、拓斗くん卒業だから、気になったんだね。

 ちなみに、拓斗くんは料理系に進むらしく、製菓学校への進学が決まっている。


「んー、4年制の大学に行って、公務員になるか、お茶に関わるお仕事に就けたら良いな~って思ってるよ。あ、日本茶インストラクターの資格は取りたいな!」


 日本茶インストラクターは、“茶ソムリエ”とも呼ばれる資格。

 国家資格ではないけど、日本茶好きとしては是非とも取りたい。

 ちなみに、初級は日本茶アドバイザー、中級が日本茶インストラクターで、近々上級の日本茶マスターができるらしいから、最終的にそこまで行けたら良いななんて思っていたり。

 あ、でも資格以外は、のんびりまったり生きていきたいなぁ~。


「じゃあさ」


 拓斗くんはそこで一度言葉を区切ると、私の方に顔を向けた。その拍子に置き直した手が、私の左手を包み込んだ。

 おっと、そっか。今日はシステムメンテナンス日だから、禁則処理されないんだった。

 何て思っていたら、まるで<プレイヤー>さん向けのスチルの様な甘さを含んだトロンとした表情で、拓斗くんは言った。


「お前が大学卒業するまでに、俺、必要な資格と資金、確保しとくから。――2人で店、やらないか?」


 ……ごめん。意味が全くもって分からないんですが。


「お店を、やる?」

「お前のオススメな日本茶と、それに合わせた軽食とか茶菓子を出す店。所謂『日本茶カフェ』ってやつ。資格、取るんだろ? 俺は元々、製菓衛生師と調理師を取る予定だったから、それなら一緒に店をやりたいと思ったんだ」


 日本茶カフェ! うちの地元にはない憧れの言葉、日本茶カフェ!

 拓斗くんの作るお菓子やご飯と、美味しい日本茶……それはかなり素敵過ぎる!

 今でも拓斗くんがご飯やお菓子のお裾分けしてくれた時は、小規模ながらもうちでやってるけれど。

 そうではなくて、それを沢山の人達に、しかも毎日提供される場ができるって言うのは、凄く素敵な事だと思う。

 そんなお店ができたら私、毎日通う自信あるよ。

 って、今はそのお店の店員として勧誘されてるんだったっけ。

 うわ~、お茶選びとか楽しそうだな~。色々なお茶屋さん巡ったり、値段交渉とかするのかな?

 あ、でもそんなに予算ないだろうから、やりくり大変そう? 毎日拓斗くんと一緒に遅くまで打ち合わせとか? あれれ、それって凄く忙しくない? 忘れてたけど、恋愛とかする暇あるのかな?


 ――結論。大変そうなのは嫌です。迂余曲折とか無縁の、穏やかな生き方がしたいです。


「えっと、これから専門学校で知り合う人と一緒にやるのは……」

「結子が良い。結子じゃなきゃ、意味がない」


 私の言葉を遮って、拓斗くんは私の左手をギュッと握ってそう言った。その瞳からは、揺るがない意思が感じられる。

 拓斗くん……そこまで私のお茶選びの腕を買ってくれてたんだ。いつも褒めてくれてたけど、アレ、ただのお世辞だと思ってたよ。

 うぬぬぬぬ……。大変そうなのは嫌だけど、信用してくれる身内の期待に応えないのも何だよね。

 ど、どうしようかなぁ。

 うーん、えーっと、とりあえず。


「保留、でお願いします」


 ちょっと考えてみたら、人生設計に大きく関わる事だから、即答なんてできないよね。って事で、秘技『面倒事は先送り』の術!

 けれども――。


「……ぐぅ……」


 拓斗くんは、私の返答を待たずに……寝 て ま し た。


 そうでした。拓斗くん、ちょっと酔っ払ってたんだもんね。忘れてたよ。

 もーう、酔っ払いに真面目にリアクションしちゃうとは、私もまだまだ未熟だなぁ。

 でも、拓斗くんに日本茶カフェをやる気があるなら、素直に嬉しいかも。

 いやー、将来が楽しみだね!

 おっとと、未来の前に現在を何とかしなきゃ。

 このままじゃ拓斗くん風邪ひいちゃうから、まずは設定温度を下げた固綿の敷布団――下にホットカーペットが敷いてある――の上に寝っ転がしてっと。

 次は、客間から持ってきた枕と掛け布団を設置。掛け布団は、お炬燵に入っていない上半身だけで良いよね。

 後は、リビングの照明を豆電球に切り替えて。……よし、これで大丈夫でしょう!

 さてと。それじゃあ私も寝ますかね。


「じゃ、拓斗くん、おやすみ~」


 ちょっと大きな独り言を言ってから、私は宿題セットを抱えて階段を上がり、自室へと戻った。

 拓斗くんの手、久しぶりに触ったけど、大きくて温かかったなぁ~、なんて思いながら。



*****



 ――翌朝。

 休日だったけど、いつもと同じ時間に起きて身支度を済ませ、階下のリビングに顔を出すと、カウンターキッチンで拓斗くんが朝ご飯を作ってくれていた。相変わらず様になるなぁ。


「おはよう、拓斗くん。朝ご飯作ってもらっちゃって、ごめんね」

「お、おはよう。俺の方こそ、昨日は悪かったな」


 もう直ぐできるから座って待ってろ、と言われたので、素直に従い、お炬燵に入った。

 既にお布団類は片付けられていて――拓斗くんにとっても、勝手知ったる、だからね――、お炬燵も丁度いい温度になっている。お母さんよりもお母さんらしいよ、拓斗くん。

 そして、宣言通り直ぐに出来上がったモーニングプレートを両手に持って、拓斗くんはお炬燵にやってきた。

 今日の朝ご飯は、高菜めしと刻み野菜のコンソメスープ、それにひじきのサラダといちごのヨーグルト和え。

 拓斗くんが何気なく作ると、大抵こんな素敵ご飯になるのだ。我が家では“出張カフェ飯”と呼んでいる。

 なんて事を考えている間に、昨日同様、拓斗くんは角を挟んで私の左隣にプレートを置いて、腰を下ろした。

 それから、2人揃って手を合わせて、いただきます。

 んー、コンソメスープも高菜めしも美味しい~~。幸せ~~。

 もぐもぐと食べていると、隣で拓斗くんが目を細めて笑った。


「お前、ホント美味そうに食うよな」

「実際美味しいもの、拓斗くんの出張カフェ飯」


 そう言った途端、拓斗くんは、ぶふぅっと吹いた。ご飯が口に入ってない時で良かったね。私のご飯的にも助かったよ。


「大丈夫?」

「あ、あぁ。……えーっと、あの、さ。昨日の夜の事、なんだけど」


 私から顔を逸らして言いにくそうにしながらも、拓斗くんは言葉を続けた。


「俺、昨日ここに座ってからの記憶、殆ど無くてさ。……その、何か変な事、言ってなかった、か?」

「変な事? ううん、言ってなかったよ」

「そ、そうか。なら良かっ……」

「日本茶カフェを一緒にやらないか、とは言ってたけど」


 ゴンッ!!

 豪快な音を立てて、拓斗くんはお炬燵の縁に頭をぶつけた。器用だなぁ。


「えっと、大丈夫?」

「か、辛うじて。……それよりっ、お、お前は、何て答えたんだっ?」

「保留って言っといたよ。返事する前に拓斗くん寝ちゃってたけどね」

「……は、はは。だよな、そうだよな。……即却下されなかっただけマシか」


 拓斗くんは、縁に頭をぶつけた体勢のままで呟いた。

 ごめん、即却下しようとした人間がここにいます。

 でも……。


「でもね、拓斗くんが、私のお茶選びの腕を思ってた以上に買ってくれてるって事が分かって嬉しかったよ! だから、高校卒業して資格を取ったら、ちゃんと検討するからね!」

「は? お茶選びの腕?」


 慌てて上体を起こした拓斗くんは、目を丸くして私を見た。


「うん。これからも精進して、拓斗くんのご飯やお菓子にばっちり合うお茶を選べるようになるから、期待しててね! じゃ、私、早速お茶煎れてくる!」


 ご飯が冷めちゃう前に煎れてこよーっと。

 私は急いでキッチンに入ると、専用のお茶セットを広げ、これかなと思うお茶を2人分煎れた。

 うん、自分では良い線いってると思う。

 そんな良作のお茶をお盆に乗せて戻ってきてみれば……。


「……何であんな解釈になったんだ……」


 何故か、拓斗くんがしょんぼりしながらご飯を突っついていた。


 昨夜の『カフェ経営のお誘い』が、攻略対象『大川拓斗』の卒業トゥルーエンドの会話――の途中まで――とほぼ同じだったと私が知るのは、しばらく後のお話。

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