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夏休み前の彼女

窓から吹き込む夏の風を頬に感じながら図書室の貸し出しカウンターの内で相川は本のページを捲る。しゃんと伸びた背、その綺麗な背に普段は沿っている黒髪も今は爽やかな風に乗りそよいでいる。その姿は小枝に風を絡めて戯れる神秘的な霊樹のよう。絵になる様は誰も干渉しないまま時間を忘れたように続いていた。が、不意にどんと、目の前に置かれた本達に捲る手を止める。代わりに相川の時間が動き始めた。顔をあげると見覚えある男子の顔。


「相川先輩、好きです。付き合って下さい」


まったく、この後輩は。毎度毎度、呆れを通り越して感心する。

読んでいた本に栞を挟み脇に置く。代わりに貸し出しカウンターに置かれた本達を手に取った。


「図書館は告白する場所じゃないから。本を読む場所。告白がしたいなら教会の懺悔室へどうぞ。」


「相変わらず先輩は連れないなぁ」


目の前の後輩はポケットに手を突っ込んで無邪気に笑う。

この憎めない後輩は、本を読むより友人と遊んでいた方が楽しいという一般的な男子。実際に図書館に来るようになったのは2ヶ月前。告白が始まったのも2ヶ月前。


「生憎、言動が軽い後輩に釣られる程、軽くないから」


にこにこと微笑む彼の持ってきた本の貸し出し手続きを済ませて、押し返した。


「あーあ。今日もダメか。先輩、あんまり釣れないと俺、寂しくて他の女の子の所に行っちゃうかも」


「訂正するわ、言動だけじゃなくて尻も軽かったね」


「もう一つ訂正が必要ですよ。」


ひょいと顎を持ち上げられて額にフレンチキス。額に残るは柔らかな感触のみ。


「先輩が可愛くて理性も軽く吹っ飛んじゃいました。」


照れ笑いする彼の目に揺れる持て余した熱と頬に添える手が肌の感触を味わうように離そうとしない仕草に次を狙われているという思考より先に口と手が出てた。


「知性の無い人は嫌」


腕を伸ばし遠心力と手の力を上乗せした全身を見事に使ったフォームで頬をはり飛ばした。

ばちんと図書館の静寂が一瞬だけ途切れた。「キスのお礼に紅葉をあげる。季節外れの紅葉も悪くないでしょ?」


はり飛ばした勢いで横に向いてしまった彼の顔には、くっきり平手打ちの跡。

紅葉の形のついた頬を呆然と撫でる彼に微笑んだ。他者から綺麗ね、と賞賛される、この作り笑顔は彼の目にどう映ってるかなんて分からないけど。


「キスして頬が赤くなったのが俺なんて得がないですけど、先輩からのプレゼントですから有り難く受け止めます」


ようやく正面を向いて苦笑した彼に1つ問いを投げかける。


「紅葉の花言葉知ってる?」


「葉っぱなのに花言葉あるんですか?知りませんでした。『熱愛』だったら嬉しいな」


「花言葉は『自制』。これで軽い理性に重りがついてマトモになったんじゃない?」


いい花言葉。今の彼にピッタリ。


「そうですね。次は付き合ってくれた時にします」


それじゃあ、と借りた本を片手に図書室を出ていった。夏休み前の終業式の今日は会えない分、とんでもないことをしたが帰りはあっさりとしている。肩に入った力を抜けた。これでも緊張していたらしい。普段、人形みたいと言われる自分が滑稽だ。


「・・・新しい本を探そう」


さっき読んでた栞を挟んだ本は手元にないし、あと数時間の委員の仕事は退屈。

でも、さっき彼が貸りていった本の中に私が紛れこませた本を見たらどう思うかしら?

考えるだけで、可笑しい。

クスクスと幼さが残る笑いは大人っぽい彼女の見せる生き生きした珍しい表情。それを見たかったであろう恋しい人の夏休み明けの行動に相川は密かに思いを馳せた。


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