夢と現の狭間で揺蕩う
幼い頃から、父親がいなかった。居るのは母さんとじーちゃんだけ。じーちゃんは、父方のじーちゃんで、母さんは父さんの記憶がないけれど、父さんに会ったら思い出すんだって言っていたのを覚えている。今考えたら納得できるけれど、家業を継ぐまではは母親が重い記憶障害を患わっているのだと思って気の毒に感じていた。
社家業のことを知ったのは、中学最後の年だった。じーちゃんが、突然床の間に俺を呼んだから行ってみたら、母さんは泣いていた。じーちゃんが真剣な顔をしていたのをよく覚えている。そこで初めて知ったのだ――夢喰いという職業のことを。
俺はそれまで、夢喰いってのは伝説上のバクによく似た妖怪か何かだと思っていた。実際の夢喰いというのは、夢と夢を渡り歩きながら夢魔の生み出す悪夢を回収し高額で売り捌く、そんな職業なのだ。しかも、それが│社家の長男が代々引き継いできた裏稼業なのだというから驚きだった。どうやら社家の長男が15になると家業を継ぐかどうかの選択肢を与えられるらしく、じーちゃんもまた15から60年間もの間現役で夢喰いをしていたのだと言う。父さんがお金を入れてくれているのは知っていたが、どおりで専業主婦の母さんと年金生活のじーちゃんが生活できるわけだ。
リスクの高い職業である反面、金の入りはすこぶる良いらしい。そのリスクというのが、第一に夢魔に襲われてしまい命を奪われる可能性があること、第二に現役の間は現実世界の人々に忘れられてしまうことと教わった。
夢喰いの家系というのはいくつかあるらしいが俺の苗字である社が本筋なのだという。母さんは、俺が│現から取り残されて忘れ去られるのが辛いらしく何度も継がないという選択肢もあるのよ、と言っていた。だけど、俺はその言葉が耳に入らないくらいに夢喰いという仕事に強烈に惹き込まれていた。
現にいた頃の俺には友達も少なく、趣味もなく、何となく生きていたから、現の世界に魅力というものを感じていなかった。だから、尚更だったのかもしれない。俺は二つ返事で家業を継ぐことにしたのだった。
夢の世界を旅するというのは、肉体からの開放感がある一方で、現実味がないから適性のない夢喰いは精神がやられるらしい。俺は、幸いにもこちら側に適した人間だったらしく夢から夢へと渡り歩いても全く問題なかった。
そんなことを回想しながら歩いていると、目の前に夢魔。見つからないように、後を追う。夢魔と言うのは、人に悪夢を見せ精神を弱らせる妖のことだ。俺たち夢喰いがこれに見つかると、少々面倒なことになる。夢喰いは、夢の世界に入り込むために肉体と精神を完全に分けているから、精神を糧とする夢魔にとってはスペシャルディナー以外の何でもないのだ。
夢魔は、ターゲットとなる夢を見つけるとその夢に干渉し始める。そして、夢の内容を歪め悪夢にし人間の精神力を最大限に引き出す。そこから生まれるエネルギーを糧とするためにだ。夢魔はある程度悪夢を育てると満腹になった時点で放置しまたどこかへ消えてしまう。つまり、夢魔自体が人間の精神を殺しているわけでなないのだ。問題は、一度無理やり歪められた夢は元には戻りにくいということだ。加速した悪夢は大きくなり、人間の精神を破壊してしまう。俺たち夢喰いは、その前に夢を回収することで人間の精神を守ると同時に、金儲けもできるというわけだ。
そうこうしている内にターゲットに定めた夢魔が、とある夢に干渉を始めた。どうやら部活動中の夢らしい。夢の主は女子中学生であるようだ。剥き出しの二の腕と太ももが眩しい。陸上部なのだ、とすぐにわかった。どうやらショートスプリンターであるらしい彼女がスタートラインに並ぶ。そこで、夢魔の干渉が始まった。彼女の横にいた選手たちは消え、トラックが、縦横に永遠に伸びてゆく。それがとても無機質で不気味だ。当事者ではない俺も、鳥肌が立ってしまった。何度見ても、夢魔の作り出す悪夢には慣れない。奴らは悪趣味すぎる。俺は夢魔の干渉が終わるまで待つことにした。肝が冷える思いだ。これまで夢魔が人間を殺しているところを見たことはないけれど、それでも干渉が続いている間は悪夢がエスカレートするので緊張する。
女子中学生が無限に広がるトラックに恐れをなしたところで、干渉は終了した。それは、不自然な程早かった。彼女はまだ叫び声さえ上げていなかったからだ。夢魔は短時間に彼女の精神力を食らってしまったというのか?
こんなことは夢喰いになって初めてだ。もしかして、彼女の精神は脆すぎてすぐに壊れてしまったのかもしれない。ゾクリとした。俺は、すぐさまその夢に足を踏み入れた。
「おいアンタ! 大丈夫か」
少女は、頭部で小さく結い上げられた艶やかな黒髪を揺らしてこちらを振り向く。その表情は決して恐怖に怯えてはいなかった。どうやらこの悪夢を恐れていないらしい。
「わあ! お兄さん、明治の人? 流石私の夢だー、わけわかんない!」
予想とは遥かに違った反応に拍子抜けだ。少女が言っているのはおそらく、夢喰いの正装である紺絣に袴、黒いマフラーというこの服装のことであろう。それより驚くのは、彼女が夢を夢だと認識しているということであった。
「あんた、これが夢だと気づいてるのか」
「昔から変な夢ばっかり見るから、区別できるようになっちゃってね。あ、でも覚める方法はわからないんだけど」
何とも風変わりなその少女は、│真智秋鹿と名乗った。通りで夢魔が諦めるわけだ、彼女には悪夢が通用しないのだ。何故ならば、彼女は夢を夢と認識できるから精神を使わずに済む。
「お兄さんの名前は?」
「社。│社直人だ。どおせ夢から覚めたら覚えていない」
「ふうん。私の知ってる人じゃないね。何者なの?」
「夢喰いなんだ。悪夢を回収してまわってる」
一通り夢喰いの説明をすると、彼女は感心したようにふうん、と言った。明日の朝には忘れてしまう人間に、俺は一体何を一生懸命話しているのだろう。これまでこんな事はなかったから、新鮮な気分になった。
「じゃあずっと夢の中を旅しているのね。楽しそう。だけど、寂しくない?」
「特に。こうして夢の中で色々な人間と出会えるからな」
彼女の事も、色々聞いた。うちの近所の中学に通っていること、陸上部でスプリンターであること、成績が悪いこと。夜が明ける頃、彼女の夢は消失した。
次に同じ夢魔を見つけたのは、おそらく現実世界では一週間後だったと思う。夢魔ってのは、一体位くらいいるものなのかはわからないけれど、一体見つけると現の時間では一年くらいは悪夢に困らない。と言うのは、夢魔が神出鬼没な妖ではなくて一定の場所を一定期間彷徨うものだからだ。
次に夢魔が干渉を始めたのは、やはり女子中学生の夢だった。この夢魔……まさかロリコンなのか? どうやら真智秋鹿の通う中学の生徒のようだ。夢魔というのは、夢から夢へ渡るものだから(こういう書き方をすると俺たちと同族のように思えるから嫌なんだが)関連する人物に鑑賞しやすいのかもしれない。夢というのは、親しいものの共有された記憶を通して繋がっているものだからな。
どうやら真智秋鹿の友達らしい彼女は、やはり塙山中学の陸上部の長距離選手であるようだ。走り終わった彼女が見つけたのは、シャワー室で首を吊っている生徒の死体だった。吐き気が催してくるが、彼女の金切り声のような悲鳴に、意識が戻される。
「あああああっ!」
ここは早いところこの夢を回収しないと彼女は危ないかも知れない。死ネタの夢は、エスカレートすると酷く消耗するものだ。おそらく、この夢魔は前回で真智秋鹿の精神力を喰らい損ねたから、腹が減っているのだろう。未だ夢への干渉を止める気配がない。
だがどうしようか? 家業を継いで一年弱の俺が、どこまで夢魔と戦えるだろう。家業を継いだとき、父さんから夢の回収の仕方を徹底的に教わった。同じくらい徹底的に、夢魔には関わるなと教え込まれていた。
メガネをかけたその人が、会ったこともなかったはずの男がひどく懐かしかったのをよく覚えている。父さん――その響きがしっくりと来た。
『いいか直人。夢魔には関わるな。父さんの知ってる限り、夢魔に関わった夢喰いは皆喰われてる。どんなに残酷な悪夢でも、その人間のことは見捨てなさい。自分がやられてしまうよ』
その時は、見ず知らずの人間に情けをかける理由はないと思っていた。実際、さっきまではそう思ったいた。所詮現を捨てた身だ、他人のことはどうでも良いと。だが、目の前で苦しみ叫び声をあげる少女を見ていられない自分もいた。いや、冷静になれよ俺。これは夢なのだ。彼女は多少壊れてしまうかもしれないが、死にはしないさ。もう少し状況を見ろ。夢魔は殺しはしないさ。
悪夢の中の死体は、目玉から血を流し動くはずのない口が動いていた。声が枯れていて、はじめ何と言っているのかわからなかったが、口元の動きで分かった。お前のせいだ、彼はそう言っていた。少女は震えながら誤っている。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……その瞳には何も映っていない。だめだ、夢魔は彼女を喰らい尽くす気だ。俺は、彼女の死を見たくなくて、その場を離れようとした。その時だった。
「紗英! しっかりしてよ、紗英! こんなのただの夢だってば!」
その声には聞き覚えがあった。小さなポニーテールに漆黒の髪。真智秋鹿がそこにいた。夢には、時々現実世界の人物が登場することがある。けれど、それはあくまで夢の一部としてだ。だから、自殺した彼のように夢の影響を受けているはずなのだ。だが、あれは一体どういうことなのだろう。真智秋鹿は寧ろ、この夢を終わらせようとしているのではないか? 彼女はいったい何だ? 紗英と呼ばれた少女の自己防衛能か?
人は、悪夢を見るとそれを良い夢に持っていこうとする力が働く。俺たちはそれを自己防衛能と呼んでいる。力の強さはそれぞれで、紗英と呼ばれた少女のように実体化するものもあれば、全く出現しないものもある。どちらにせよ、それは一時的なもので、夢魔の干渉が長く続くと次第に悪夢に飲み込まれて行く。
どうする? このまま紗英ことは諦めようか。だが、彼女の自己防衛能はかなり強い方だろう。真智秋鹿は諦めずに説得しようとしている。紗英が頑張っているのに、俺が助けないのは、夢喰いの名が廃るというものなのではないだろうか?
父さんは、現役最後の日にこれまでの教えとは真逆のことを教えた。それは、夢魔の倒し方だった。
『俺はこれまで、夢魔には関わるなと言ってきた。けれど、夢喰いの職務は人間を悪夢から救うことだ。悪夢を回収して金持ちに買い取ってもらうってのは、副業に過ぎない。だから、お前がもし夢喰いとして夢魔と退治しなくてなならなくなった時のことを教えようと思う。間違っても夢魔とは無闇に対峙すべきではないし、基本は関わらないことだが、男なら夢魔と向き合うこともあるだろう。一度しか教えないから、頭に叩き込めよ』
俺たち夢喰いは、その受け継がれてきた力を持って夢を回収する。その時に使う道具は家によって様々らしいのだが、社家は代々式神や御札を使ってきたのだという。式神は自分の代わりに行動してくれる紙切れのことで、御札は結界を貼ることができるものだ。社流では御札を夢空間に貼って結界を作り、それを夢を詰め込む布袋――父さんは、夢巾着とよんでいた――に詰め込むのだ。
『夢魔退治には、式神を使うんだ』
俺は記憶を辿り、自分が夢魔退治の手順を忘れていないことを確認した。父さん、夢喰いになって一年の若輩者ですが、死ぬことをお許し下さい……。俺は、悪夢に足を踏み入れた。
「よう、紗英ちゃん。大丈夫?」
紗英からは返事がない。結構、末期だ。そんな状態にもかかわらず彼女の自己防衛能である真智秋鹿は実体化しているというのか。妙だな。そう思った時だった。
「うわ! 明治の人来た! 流石は夢だわ……変なものばっかり」
それは以前に夢の中で出遭った彼女と似通った反応であった。夢の主を助ける以外に意思を持たないはずの、自己防衛能である真智秋鹿が俺の問いかけに答えてきたのである。
「お前は一体何者なんだ?」
「え? やだ何この夢、リアルだなあ。知らない人が私に話しかけるなんて今までなかったのに。ああ、すみません。私は、真智秋鹿。この上田紗英の親友だよ」
その反応を見て俺は己の考えを疑う。いや、そんなはずはない。その能力は夢喰いにしかないものだからだ。夢を渡り歩くなんて普通の人間にできるはずがない。
「お兄さんは、誰? 紗英の知り合いかなあ。ここは、紗英の夢の中なんだし」
その発言がますます仮説を強くする。今俺の目の前にいる真智秋鹿は、│ホンモノ《・・・・》なのではないか? 彼女は紗英の自己防衛能なんかではないとしたら。俺は、いくつか質問してみることにした。彼女がもしそうなら、使えるかもしれない。
「あんた、えっと真智秋鹿。一つ聞くが、あんたはもしかして、夢を渡ることができるのか?」
「あれ。もしかしてお兄さんもその口? できるよ。知り合いの夢までだけどね。今日は、紗英の夢から叫び声がしたから来てみたんだけど、思いのほかすごい悪夢でさあ」
これで確信した。彼女は真智秋鹿本人だ。正確に言うならば、上田紗英の夢に迷い込んできた真智秋鹿の精神そのものだ。俺は、彼女に再び夢喰いであることに加え夢魔の話をした。
「ふうん。まあ、夢のことなんだし何でも有りか。お兄さんが協力してくれるってわけね」
どちらかと言えば、あんたが協力する方なんだけどな。彼女はどうやら少し、オツムが弱いらしい。弱いオツムを働かせて夢の中の出来事とし上手く解釈してくれたようだ。こちらとしては、どうせ目が覚めたら忘れられるのでどうでも良いのだが。
「そうそう、そんなに時間もないことだし、その調子でちょちょいと作戦を実行してくれよ?」
俺は秋鹿に作戦を説明した。それはごく単純なことだった。式神をつかってちょっと、夢魔の意識を反らしてやればいい。その隙に俺が紗英を夢の外へ連れ出せば良いのだ。夢魔から人間を救い出すためには式神が必要だ。この式神は、夢を夢として捉えることができるやつ、つまり俺や秋鹿何かがよく向いてると思うのだが、とにかく夢の影響を受けにくい者は夢に影響を与えることができるので、その力を上手く使う必要がある。というのも、俺や秋鹿は夢魔にとってご馳走以外の何でもないので結局のところ、夢の主本人に上手く夢から抜け出してもらうしかない。
「えっと取り敢えず私は、式神を使っておかしなことをすればいいんだね?」
大体合っているので良しとしよう。
「そうそう、んじゃヨロシク!」
「いっけー!」
秋鹿の周りに、大量の式神が集まり始め、それは巨大な塊へと変化した。
才能あるよ、あんた。そう言いたくなった。秋鹿は俺の想像を遥かに超えたことをしでかしたのだ。式神で大きな怪物を作った。それも、とびきり禍々しい見た目のやつ。
「きゃああああ!」
夢魔のやつも流石に驚いて、一旦干渉を辞めてしまうほどのおぞましさ。そこには、巨大な骸骨が立っていた。夢魔から一時的に解放され自我を取り戻した紗英に、すかさず声をかける。
「ここにいたら危険だ。走って!」
結果から言うと、俺たちの作戦は大成功だった。俺が一旦うつつに帰らなくてはいけないほどに式神を消費したことを除いては。まあいい、そろそろ実家に仕送りしようかと思っていたところなんだ。
紗英は精神の消耗が激しかったのだろう、秋鹿の膝に頭を乗せて眠っていた。俺たちは、秋鹿の夢の中にいた。綺麗な夕暮れの教室だ。彼女たちの教室なのだろう。
「紗英、起きれるかな。自分の夢があんなことになっちゃったけれど、戻れる?」
「夢ってのは一度目が覚めたらリセットされるからな。これだけ深い眠りだと自然に起きるのは不可能だから、起こすには、目の前で大きな音を出してやればいいよ」
「ふうん。何か、壮大な夢だったなあ。お兄さんはこれからどうするの?」
夕日に、漆黒の髪と黒襟のセーラーが映えている。とんでもない逸材に出遇っちまったもんだな。
「俺は一回現に戻るよ。誰かさんが夢魔より禍々しいもん作り出したせいで式神がパーだ」
「むっ。しかたないでしょ! 紗英のためだもの!」
ふくれっ面が面白い。こんな子がいたら、俺の現での人生も楽しいものだったのかもしれない。何はともあれ、今回は真智秋鹿に助けられてしまったなと思う。
「いや、冗談だ。実は、現には家業を継いでから随分と帰ってないんだ。良いきっかけになった」
「あー、どうせあれでしょう。現に帰って家族に忘れられてたらどうしようとか、そういうのでしょ?」
俺は自分の目が千切れるのかと言うほど、見開かれるのを感じた。ああ、そうだったのか。俺は、きっとそれが恐ろしかったのだ。秋鹿は俺が怒ったと思ったらしい。焦っている。
「じょ、冗談だってば! そんな、お兄さんの家族を馬鹿にしてないから!」
「いや。図星なんだよ。夢喰いってのはそういう仕事なんだ。現に戻った人間は、俺たちのことをなぜか忘れてしまうんだ。長いことこの仕事をしているほどそうらしい。あんたも、今日の夢のことは忘れるよ」
「そんな……」
途端に、泣きそうな顔になる。くるくると表情の忙しい娘だ。俺も彼女もしばらく黙っていたが、彼女がおもむろに口を開いた。
「だけど、また会える」
「え?」
「私、待つよ。夢の中でお兄さんに会えるの、待ってる。もしかして、夢魔がまた近くに来るかも知れないじゃん?」
俺はまた固まった。こいつ、正気か? 覚えている保証などどこにもない。まして、以前のことを忘れている彼女がそんなことを約束するのは残酷なことだとは思わないのだろうか。
「覚えてる保証なんかないのに? 残酷なことを言うんだな」
「それでも、約束するよ。頭で忘れてても、心が記憶してる。お兄さんがどうしてそう言う寂しい仕事を選んだのかはわからないけれど、多分現の人間が好きだからだよね。忘れられても守りたいって思うからだよね。だったら、私が覚えてるよ」
俺は、酷く苦い思いが胸に広がるのを感じた。今、この瞬間から俺は彼女に縛られたのだ。覚えていると言った、彼女に。けれども同時に、酷く泣きたくなるような、暖かな感覚が胸に広がった。それは、家族を思い出す時のそれと似ていた。
「あ、そろそろ起きる時間だと思う。視界がぼやけるもの。私、行くね」
「ああ、またな」
「またね。ねえ、最後に名前だけ教えてよ」
「社。社直人」
少女は夢と一緒に消えた。目が覚めてリセットされたのだろう。10分もしないうちに残されていた紗英もまた、消えた。彼女も目が覚めたのだろう。俺は、現へと帰る準備を始めた。
木目の天井。昔はこれが怪物の目玉に見えてよく泣いていたっけ。目が覚めると、見知った実家の天井が目に入ってきた。次に、ものすごい勢いで部屋の戸が開けられる。母さんだ。
「おはよう、直人」
それはういつも通りの朝だった。だけど母さんは、よく知っている頃よりか少しだけ老けていた。
「おはよう」
俺は数年ぶりにその言葉を言ったのだった。
どもども、紗英場です。
結局短編にしちゃった。えへ。
夢喰いシリーズとなるかは不明ですが、どうぞよろしく。
楽しんでいただけたかはわかりませんが、久々に頭を使いました!
よければ感想下さい!