窓から見える外は晴れ
私は一人ぼっちで真夏に蒸した教室の中に居た。窓から照り入ってくる陽光が床を焼き、教室中を熱している。体を芯からふやかす様な暑さに満ちている。立っているだけでも暑くて堪らない。動こうとすると長い髪も制服も体にへばりつくから鬱陶しくて、何をしようにも嫌になる。制服の胸元を仰ぎながら風でも吹けば良いのにと思っていると、開いた窓から風が入り込んできた。何か生臭い匂いが漂ってきた。
廊下からは愛しているという声とかららこんこんという軽妙な音が響いてくる。夏の暑さでぼんやりとなった頭にその二つの音が奇妙に混ぜ合わて聞こえてくるので、何だかおかしくなってしまいそう。
熱のこもった教室が嫌になって窓へ寄ると外は良く晴れていて遠く向こうに入道雲が見えた。校庭を見れば野球部が声を掛け合いながら練習に励んでいる。その隣にはサッカー部、ゴールポストを持ち上げて掛け声を出している。少し離れた場所に陸上部、同じ所を何度も何度も往復しながら掛け声を張っている。水泳部も校庭のトラックを泳ぎながら掛け声を上げている。何処からか吹奏楽部の演奏と掛け声が聞こえてくる。みんな部活に励んでいる。あるいは遊んだりバイトしたり。勉強をしているのはきっと居ないだろうけど。多分みんな誰かと一緒に居て、誰かを見つめて、誰かと話し合っている。けれど私だけはたった一人で教室に居る。この蒸した教室の中にたった一人きりで外を眺めている。廊下から流れ込んでくる愛しているという掛け声を聞いている。私以外の誰かに向けられているその声を。
外は果てまでも広がっていて、流れこんでくる風は気持ち良く、何だか眠気を誘う様なのどかな世界。けれど教室の中はひたすら暑くて、その上廊下からは愛しているとかららこんこんがひたすら聞こえてくるから落ち着かない。二つで一つになったその音は私の中に入り込んできて私の意識を何処か別の場所へ引っ張り込もうとしている。うんざりとして息を吐くとガラス窓が白く染まった。指で私を書いてみる。にこにこと笑う私は寂しそうなので、隣に可愛い熊を書いた。だが熊は動きもしないし話しかけもしない。こんなに可愛いのに何でだろう。ふと何処かで聞いたそんな言葉を思い出した。
何だか窓に向かっているのが嫌になって中を見ると、黒板に何か書かれているのを見つけた。黒板の端にほんの小さな文字で書かれたその愛を告白する為の言葉は、すっかり忘れていたけれど私の書いたもので、夏休み中に絶対初カレを作るんだという決意を込めて書いたのに、夏休みも終わりを迎えた今になっても聞き手へ届いていない。折角作ったのだから聞き手へと届けたいと思う。けれど私の勇気とそれから取り巻く現実がそれを許してくれない。チョークで書かれた真っ白い笑いと悔恨と羞恥と怒りが、同じくチョークで書かれた真っ白な愛の告白と等号で結ばれている。
何だか嫌になって心が腐っていく。外から漂ってくる生臭い臭いが私の心を更に腐らせていく。外からは愛しているという力強い魅力的な言葉。加えてかららこんこんという気分を高揚させる軽妙な音。
私は引っ張られる様にして教室を出た。廊下にはギターが一本落ちていた。それは彼氏のギターで、たまたま忘れていったのだろう。それはとても彼らしい。彼は「音楽は人生だ」とか言っていた癖に音楽への愛着は欠片も無かった。私が非難すると彼は怒る。無視しても彼は怒る。同意してもやっぱり怒る。そうしていつでも私を拒む。彼がどうなったのかは分からない。
私がそれを拾い上げると耳の奥にまたあの愛しているとかららこんこんが聞こえてきた。顔を上げるとこちらに向かってビニール袋で顔を隠した大きな男が赤く塗れた斧と力の抜けた誰かを引き摺って歩いていた。
それが誰かは分からない。
その男が私の傍を通り過ぎて何処かへ去った後も耳の奥には愛しているとかららこんこんという音が反響していて、気が付くと私はギターをぎゅっと強く握りしめ、愛していると呟きながらかららこんこんと赤く塗れたギターと力の抜けた誰かを引き摺り歩いていた。