第4話:夢見るサポーター、誰が為に寝る
リリアーヌの専属付き人となったロイドの毎日は、これまでとは打って変わって夢のような日々だった。
ふかふかのベッド、温かく美味しい三度の食事。
そして何より、誰も自分のことを「無能」だと見下さない環境が、ロイドにとっては嬉しくてたまらなかった。
(お嬢様には、本当にどれだけ感謝してもしきれない……!)
その恩に報いるため、ロイドは毎晩のようにあのヒビ割れた『黒い板』を抱きしめて眠りについた。
目的はただ一つ。夢の世界で、お嬢様に役に立つものを探すことだ。
ある日は、夢の中で光る画面を操作し、甘いお菓子を持ち帰った。
「ロイド、これは……?」
「僕の故郷の……ええと、特別なお菓子です。『ぷりん』と言います」
黄色いプルプルとした塊に、黒いシロップがかかった謎の食べ物。
リリアーヌは恐る恐るスプーンで口に運び――瞬時に目を丸くした。
「な、なんなのこの滑らかな舌触りは……っ! それに、この焦がし砂糖のほろ苦さが甘さを引き立てて……こんな美味しいお菓子、王都の高級洋菓子店でも食べたことがないわ!」
三個で百円パックの安いプリンだとは言えず、ロイドは曖昧に笑って誤魔化した。
またある時は、厨房のオーブンを借りて、夢の動画で見た『スイートポテト』を作ってみせた。
この世界では、芋といえば塩茹でするか焼くだけの素朴な食べ物だ。
それを裏ごしし、バターと砂糖をたっぷり混ぜて焼き上げた黄金色のお菓子は、またしてもリリアーヌを虜にした。
「あなた、お掃除だけじゃなくてお料理の天才でもあるのね!」
「いえ、僕はただ、知っていた作り方を試しただけで……」
そして極めつけは、夢から持ち帰った『高級ヘアトリートメント』だった。
花の香りがするそのドロドロの液体を、ロイドは「髪に塗ってから洗い流すと綺麗になる薬です」と言ってリリアーヌに献上した。
翌朝。
食堂に現れたリリアーヌの姿を見て、商会当主である父親が椅子から転げ落ちそうになった。
「リ、リリアーヌ……!? なんだその、絹糸のように光り輝く髪は! それにこの、部屋中に広がる素晴らしい花の香りはなんだ!?」
傷みがちだったリリアーヌの髪は、天使の輪ができるほどツヤツヤになり、動くたびに華やかなフローラルの香りを漂わせていた。
「ロイドが作ってくれた、特別な薬のおかげよ、お父様」
「ロイド君が!? 君はいったい、どこでそんな素晴らしい錬金薬を手に入れたんだ!? いくらだ、いくらでその製法を我が商会に売ってくれる!?」
商人の血が騒いだのか、鼻息を荒くして迫ってくる当主。
夢の世界から持ってきたなどと説明できるはずもなく、ロイドは冷や汗をダラダラと流した。
「あ、ええと……! 昔、森で拾った珍しい草花を、適当にすり潰して混ぜたら偶然できただけでして……! レシピは僕にもわからないんです!」
「なんと……奇跡の産物か。なんという才能だ……やはり君は、清掃などさせておくには惜しい天才錬金術師に違いない!」
適当な言い訳だったが、当主は完全に勘違いをして、ますますロイドの評価を高めてしまった。
だが……、そんな日々も、突然終わりを迎えてしまうこととなる。
穏やかで、少しドタバタとした幸せな日々が続いていた、ある日のこと。
ガシャンッ!!
ロイドが中庭の花壇を手入れしていると、リリアーヌの自室から、ガラスが割れるような激しい音が響いた。
「お嬢様!?」
慌てて部屋に駆け込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「はぁっ、はぁっ……う、ぁっ……痛い……」
「お嬢様!? リリアーヌお嬢様!」
リリアーヌが、胸を掻きむしりながら床に倒れ伏していた。
美しい顔は土気色に変色し、苦しげに荒い呼吸を繰り返している。その傍らには、彼女がいつも飲んでいる紅茶のカップが割れて散らばっていた。
「誰か! 誰か来て! お嬢様が!」
ロイドの悲鳴を聞きつけ、屋敷中の使用人たちが駆けつけてくる。
すぐに街で一番の医者と、神官が呼ばれた。
だが、リリアーヌの顔色は一向に良くならない。
「……ダメだ。これは普通の病気ではない。私の魔法でも、解毒が追いつかないほどの強力な呪毒だ……」
「そんな……! 神官様、なんとか、なんとかならないのですか!?」
「これは、暗殺者の毒だ。一般の魔法では、どうにもならない……。首都の高位神官でなければ、解毒は難しい……もってあと数時間だろう……」
神官の絶望的な言葉に、当主が泣き崩れる。
部屋の隅では、あのメイド長が冷たい目を伏せながら、口角をわずかに釣り上げていたのをロイドは知る由もなかった。
『もってあと数時間』
その言葉に、ロイドの頭は真っ白になった。
ようやく見つけた、自分の居場所。
自分を信じて、優しくしてくれたただ一人の大切な人。
その命の火が、今まさに消えようとしている。
(何か……僕にできることは、何か……っ!)
ロイドは強く、血が滲むほど両手を握りしめた。
その時、ポケットに入っていた『黒い板』の冷たい感触が、ロイドの指先に触れた。
(……そうだ! あの世界なら……!)
「……少しだけ、時間をください。絶対に、僕が助けてみせます!」
ロイドはそれだけ言い残すと、驚く周囲の声を背に、自分の部屋へと猛ダッシュで駆け出した。
神に祈るのではなく、異世界の知識にすがるために。




