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第2話:夢見るサポーター、異世界の夢を見る

 気がつくと、ロイドは見たこともない光景の中に立っていた。



「……え? ここは、どこだ……?」



 見上げれば、首が痛くなるほど高い、天まで届きそうなガラス張りの巨大な塔がいくつもそびえ立っている。

 足元には泥一つない、真っ黒で平らな硬い道がどこまでも続いていた。



 そして何よりロイドを驚かせたのは、その道を猛スピードで駆け抜けていく『鉄の化け物』たちだった。



「ひぃっ!?」



 ヴオンッ! という低い咆哮を上げながら、色とりどりの鉄の箱が滑るように移動していく。


 よく見れば、その化け物のお腹の中には、見たこともない奇抜な服を着た人々が平然と座っていた。



(な、なんだこの世界は……! 魔導車……いや、ゴーレムの一種か!?)



 ここは夢の中だ。ロイドはこれまでの経験でそれを理解していたが、今回ばかりは規格外すぎた。



 ふと、右手に温かい光を感じて視線を落とす。

 眠る前に拾った、あのヒビ割れた『黒い板』だった。



 ガラスのヒビは完全に消え去り、板の表面からは眩い光が放たれている。

 そして、そこには不思議な記号のようなものが並んでいた。



 本来なら読めるはずのない未知の言語。だが、夢の中という特殊な環境下で、ロイドの脳はそれを母国語のように自然と理解した。



「ええと……『みー、ちゅーぶ』……?」



 ロイドが光る画面に恐る恐る指を触れた瞬間。

 ピロンッ、と軽快な音が鳴り、画面の中で突然『小さな人間』が動き出した。



『――お風呂のしつこい水垢、諦めていませんか?』



「うわあっ! 板の中に人間が!? 喋った!?」



 ロイドは腰を抜かしてへたり込んだが、板の中の陽気な女性は構わず話し続ける。



『そんな時はこれ! 【業者も驚く洗浄力! マキシクリン】の出番です!』


 画面に映し出されたのは、兜ほどの大きさのある白い容器と、中にぎっしり入った白い粉である。


 女性が、白い粉を水に溶かすと、その水を真っ黒に汚れた水場にかけていく。


 十分放置します、というテロップの後に、その水を洗い流すと、なんと汚れが綺麗に流されてしまった。


「え、なんで?!」



 ロイドは、すっかり画面に釘付けになった。



 前のパーティーでは、宿賃の代わりにと宿屋の掃除をさせられることも多かったロイドにとって、汚れを落とすのがどれだけ重労働か身に染みてわかっている。

 灰を水に溶かし、硬いタワシで血が滲むほど擦って、ようやく少し落ちる程度なのだ。



 それが擦りもせず、水をかけただけである。



 なにやら画面が切り替わり、いろいろな数字や文字が並ぶ。

 分割だの無料だの、よくわからない言葉がしばらく続くと、ある文字が表示された。


『決済しますか?』


「ん、なんだこれ?」


 ロイドは、理由もわからず、その文字を触ってみる。


『お買い上げありがとうございます』







「……はっ!」




 ガバッと体を起こすと、そこは雨漏りのするボロい博物館の床の上だった。

 割れた屋根の隙間から、朝の日差しが差し込んでいる。



「……夢、か」



 あまりに鮮明で、恐ろしいほど発展した世界の夢。


 寝汗を拭おうとしたロイドは、自分の腕の中に『何か』が抱えられていることに気がついた。



「これは……っ!?」



 大きめのガラスとも木とも異なる謎の容器。容器に描かれた明るい文字。

 夢の中で見た、『マキシクリン』と全く同じものがそこにあった。



 ロイドのスキル『夢釣り』が、夢の中のアイテムを現実へと引きずり出したのだ。



「すごい……本当に持ち帰れた……」



 ロイドは震える手でその容器を抱きしめた。

 

 この粉の効果はよくわからない。

 それでも、ロイドにとってはスキルで初めて手に入れた「まともなアイテム」には違いなく、それが堪らなく嬉しかった。






 博物館を出たロイドは、行く当てもなく朝の街を歩いていた。


 ぐぅぅぅ、と情けない音が腹から鳴る。


 昨日の昼から何も食べていない。手持ちの銅貨では、硬い黒パンの欠片が一つ買えるかどうかだ。



「お腹すいたなぁ……」



 フラフラと大通りの端を歩いていると、ふいに目の前で大きな馬車が止まった。


 立派な毛並みの馬に引かれたその馬車には、この街で一番大きな商家である『ルミエール商会』の紋章が刻まれている。



 ガチャリ、と扉が開き、中から美しい銀糸の髪を持つ同い年くらいの少女が顔を出した。


 ルミエール商会の一人娘、リリアーヌだ。

 その美貌だけでなく、誰に対しても分け隔てなく接する心優しい令嬢として、街では有名な存在だった。



「そこのあなた。顔色がとても悪いけれど……大丈夫?」



 鈴を転がすような澄んだ声で、リリアーヌがロイドに声をかけた。



「えっ……あ、はい。少し、お腹が空いているだけで……」

「まぁ。身なりも随分と濡れているし、もしかして、行く場所がないの?」



 図星を突かれ、ロイドは恥ずかしそうに俯いた。

 リリアーヌは少し考える素振りを見せた後、ふわりと優しい微笑みを浮かべた。



「もしよければ、うちで働いてみない? ちょうど、下働きの使用人が足りなくて困っていたの」



「えっ!?」



 ロイドは弾かれたように顔を上げた。

 追い出されたばかりの自分に、神様が手を差し伸べてくれたのかと錯覚するほどの幸運だった。



「や、やります! なんでもやります! やらせてください!」


 リリアーヌは微笑むと、ロイドに手を差し出す。


 ドロドロのロイドを気にもせず、リリアーヌはロイドを馬車に招き入れた。


 


 この心優しき令嬢の選択が、後に彼女を救うことになるとは、この時誰も知らなかった。

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