ここは、どこだ?
明け方。揺れがようやく収まった。
スマホの電波は一切届かず、ネットも通じない。
部屋は静まり返り、暗闇だけが広がる。
震度7とか。
もっとあったんじゃないだろうか──体にはまだ、揺れているような感覚が残っている。
建物が崩れたらまずい──直感的にそう思った俺は、枕元にいつも置いているスニーカーを履き、防災用のリュックを背負い、ホイッスルを首に掛けた。それから、警棒タイプのスタンガンを握りしめる。
息を整え、ドアノブに手をかけた。
「はあ!?」
ドアを開けると、視界いっぱいに深い緑。鬱蒼とした森だ。
樹海……的な?
いやいや、俺が住んでいたのは首都圏だった。
二階建てのアパートの二階で、階段を上がって直ぐの、2LDK。風呂とトイレ付きで、家賃、月7万8千円の築15年の部屋だ。
一階部分は、地下に沈んだ――とか?
でも、目の前は駐車場だったはず。それから、一軒家と、同じようなアパートもあったはずだ。
足がすくむのを感じながら、一歩外に出た。
足元の土は湿っていて、森の匂いが鼻を突く。
空を見上げる。
青い空――それを覆うほどの、巨大な鳥に似た何かが、悠々と飛んでいる。
プテラノドン……的な?
「ここ……、どこ……」
白亜紀とかにでも、タイムスリップしたのだろうか。
俺は振り返った。
狭い廊下のフローリングが見える。
硝子などは、飛び散っていないように見えた。
あんなに揺れたのに、割れていない。
両脇にあったはずの、アパートの他人の部屋がない。
俺の部屋だけが、そこにぽつんと置かれている。
ここが現代で、樹海だったとして。
こう……俺が借りている部屋だけがポーンと飛んで、ゴロゴロッと揺れて、ドーンっと置かれた――とか?
じゃあ、空に飛んでいたあれは?
ああ、なるほどね。アンデスコンドルかな。
翼を広げると3メートルくらいあるっていうし。
まあ、その十倍くらいの大きさに見えたのは、混乱していたせいで――きっと目の錯覚だったんだ。
だとして。ここはアルゼンチンかコロンビア……。
ああ、日本から、えらい遠くまで飛ばされた――って違くね!?
え!? どこここ――!?
そのときどこからか、「クゥン……」と、細い鳴き声がした。
森の奥、木の陰に、それはいた。
目を凝らすと、小さなハスキーの子犬が倒れている。
いや、丸っこい感じからして、アラスカンマラミュートかもしれない。
どっちでもいい。
この絶望の淵で、俺はその「毛玉」と目が合ったのだ。
周囲に、親犬はいないようだ。
俺は戸惑いながらも、子犬に近づいた。
背中を怪我している。
そっと、子犬を抱き上げた。
温かい。
子犬を抱いたまま、俺は自分のアパートの部屋の風呂場に行った。
窓からは、薄明かりが差し込む。
昨夜溜めていた水は、そのまま残っていた。
シャワーの栓を回してみる。
出るはずがない。
どこに繋がっているというのだ。
だが、出た。
お湯に変わる。
信じられないが、今は考えないことにしよう。
犬用のシャンプーを手に出し、泡を作る。
これは、「モモ」用のシャンプーだ。
実家にいる時から一緒だった、雑種の犬。
専門学校を卒業して、六年目の、24歳のときに一人暮らしを始めた。
ここは、モモと二人で住むために借りたのだ。
けど、モモは既に老犬で、ここに越してきて二年も経たないうちに歩けなくなって……。
深夜残業でなかなか帰れない俺は、結局モモを、実家に返した。
このアパートの契約は、今年、切れるはずだった。
モモと両親は、きっと無事だろう。
そう思いながら、俺は、怪我をした子犬に温かいお湯を充てた。
怪我をした場所を、ふわふわの泡で丁寧に洗う。
よおく洗い流してから、タオルで乾かし、怪我をしている周囲の毛を刈った。
ガーゼにたっぷり犬用の軟膏を塗って、怪我をした場所に貼りつける。
包帯を巻き、エリザベスカラーをつけながら、俺は言った。
「いいか? 治るまで、舐めたりしちゃだめだからな」
子犬はこくりと頷いた。
言葉が通じるのか。まさか。
だが、可愛い。
それから水と、犬用の缶詰をあげてみた。
よく食べてくれた。




