第三部 総集編
こちらは第三部完結までの総集編です。
ネタバレになりますので、未読の方はご注意ください。
――外界の罠と、白百合に沈む愛――
第四子リリアンが生まれて二年。
公爵邸という美しい檻の中で、わたしは夫と四人の子どもたちに囲まれ、何不自由なく暮らしていました。
けれど、心の片隅にはずっと、外の世界への小さな憧れが残っていたのです。
そんな折、レインハルト様とともに、氷の国ノルディアを訪れることになりました。
海を渡り、見知らぬ宮廷へ向かう旅。
レインハルト様は不安そうにわたしを抱き締めました。
わたしに何かあれば、ノルディアも敵国ベルツも海へ沈める――。
それは冗談ではありませんでした。
***
美しい氷の宮廷で、わたしたちを迎えたのは王太子ジュリアン。
彼は初めこそ礼儀正しく振る舞っていましたが、やがてわたしへ歪んだ欲望を向け始めます。
夜這いを思わせる手紙。
執拗な視線。
そして冬薔薇の夜会で差し出された、眠りの薬が混ぜられた杯。
意識を失ったわたしが目を覚ました時、レインハルト様は地下牢へ閉じ込められ、ジュリアンがわたしへ覆いかぶさっていました。
助けを呼ぶ声も届かない。
そう思った瞬間、宮廷を揺るがすほどの黄金の魔力が炸裂しました。
地下牢も、結界も、石壁さえ意味を成しません。
レインハルト様はわたしを奪い返し、ジュリアンへ小瓶の液体を飲ませました。
「殺しはしないよ。君には、もっと耐え難い報いを与える」
***
帰国後、わたしは悪夢に苦しむようになりました。
彼は片時も離れず、甘い声と魔力で恐怖を溶かしてくれます。
その一方でジュリアンは、わたしの幻影だけを求め、他の女性を受け入れられない身体となり、正気を失っていきました。
壊れた王太子は復讐のため、ノルディア一の娼婦レオノーラをシルバード王国へ送り込みます。
命令はただ一つ。
レインハルト様を誘惑し、わたしたち夫婦を破局させること。
絶世の美貌を誇るレオノーラは、自信満々に公爵邸へ乗り込みました。
けれど彼女が見たのは、妻以外の女性を異物のようにしか見ない夫と、その夫に心から愛されるわたし。
子どもたちには警戒され、使用人たちにも入り込む隙を与えられず、どれほど肌を晒しても、レインハルト様の瞳は一度も揺れませんでした。
しかし、ある場面を誤解したわたしは、彼に告げてしまいます。
「わたしは、浮気を許します」
その言葉は、彼にとって何より残酷な刃でした。
わたしが自分を愛していないのではないか。
自分が他の女性に触れても平気なのではないか。
追い詰められたレインハルト様は、必死に身の潔白を訴えます。
そして、わたしが泣きながら本当の想いをぶつけたことで、ようやく誤解は解けたのです。
***
レオノーラの策略は失敗します。
けれど、彼女はそこで諦めませんでした。
男たちを操り、王宮庭園でわたしの純白のドレスをワインで汚し、群衆の中で恥をかかせようとします。
レインハルト様は魔法でドレスを更に美しく仕立て上げ、何事もなかったように微笑みます。
しかし、その一件により、ノルディアからの介入が彼に知られてしまうことになるのです。
***
ある夜、陰謀に加担した男たちは、公爵邸地下に咲く白百合の養分となりました。
レオノーラだけは生かされ、ジュリアンへ新たな小瓶を届けるよう精神を支配されます。
それは、わたしの蜜を満たした、理性を完全に焼き切るための贈り物でした。
***
半年後。
事件など存在しなかったかのように、公爵邸には穏やかな日々が戻っていました。
七歳のリオンは父へ挑み、五歳の双子アルテミスとサリエスはゴーレムを召喚し、三歳のリリアンは元気に庭を駆け回る。
そして、わたしは第五子となる女の子を産みました。
薄紫の髪と、アメジスト色の瞳を持つイリス。
わたしによく似た娘を、レインハルト様は狂おしいほど愛おしげに抱き締めました。
やがてノルディアから、ジュリアン王子の凄惨な最期が伝えられます。
彼を殺したのは、帰国したレオノーラでした。
レインハルト様は何も知らないように、ただ静かに微笑みました。
「君が怯える必要はない。僕がすべてから守るよ」
わたしは、その優しい手を信じました。
夫の愛の裏側で、どれほど多くのものが闇へ沈んだのかを知らないまま。
けれど平穏は、長くは続きません。
国境では戦火が広がり、レインハルト様を必要とする悲壮な報せが、黄金の檻へ近づいていました。
世界にとって彼は、恐るべき怪物。
けれど、わたしたちにとっては誰よりも強く、甘く、時に困った夫であり父親です。
白百合の下へ罪を埋め、彼は今日もわたしを抱き締めます。
その腕の中が、どれほど恐ろしい闇の上に築かれていようとも。
わたしにとっては、世界で最も優しく、安全な場所なのです。




