第二部 総集編
こちらは第二部完結までの総集編です。
ネタバレになりますので、未読の方はご注意ください。
――幸福という名の、愛の檻――
リオンを産んでから、わたしの身体を悩ませていた蜜の香りは消えていました。
けれどレインハルト様は、安堵するどころか、どこか寂しそうでした。
あの危険な香りさえ、わたしたちだけを繋ぐ証だったのだと、今なら分かります。
学園を退き、わたしはリオンとともにヴァルテンベルク公爵邸へ移りました。
王国最強の魔導師でありながら、夜泣きする息子を抱き、ミルクを飲ませるレインハルト様。
その姿に、わたしは穏やかな家族の幸福を感じていました。
やがて、一年半ぶりに誘惑の香りが戻ります。
彼は歓喜し、自分の魔力も生命力も、魂さえ差し出すと囁きました。
***
わたしの血が再び目覚めたことは、二人だけの秘密。
婚姻前の懐妊を厳しく叱責した義父ライオネル様にも、真実を明かすことはできません。
すべての非難を受け入れる夫を庇い、わたしは初めてライオネル様を「お義父様」と呼びました。
「わたしは、決して不幸ではありません」
その言葉によって、ようやくわたしたちは家族として認められたのです。
***
聖グランベル大聖堂で行われた結婚式。
光と祝福の中、レインハルト様はわたしだけを見つめ、永遠の愛を誓ってくださいました。
けれど、その美しさは思いがけない災厄を招きます。
式でのわたしの姿が版画や新聞となって大陸中へ広まり、差出人不明の宝石や花束、手紙が次々と届くようになりました。
レインハルト様は他の男から贈られた紫の薔薇を一瞬で消し去り、その夜、同じ花を寝室いっぱいに敷き詰めました。
わたしが愛でるものは、彼が与えるものだけ。
それは甘く、息苦しいほど純粋な独占欲でした。
***
そんなある日、わたしはリオンへの贈り物を買うため、護衛とともに王都へ出かけました。
そこで、自分の肖像画が多くの男たちに崇拝されていることを知ります。
そして帰路、護衛を襲った者たちに連れ去られ、薄暗い宿屋へ監禁されてしまいました。
恐怖によって誘惑の香りが暴走し、男たちの生命力を奪い尽くしていく。
意識が遠のく中、扉を破壊して現れたのはレインハルト様でした。
結婚指輪を触媒に空間を越え、わたしを見つけてくださったのです。
彼は男たちを灰にしようとしました。
わたしが止めなければ、命だけでなく存在そのものまで消し去っていたでしょう。
***
事件の後、公爵邸からの外出は禁止され、警備の騎士と密偵は倍増し、幾重もの結界が外界を遮断する。
けれど、そこにはリオンがいて、優しい侍女たちがいて、毎日わたしを抱き締めに帰ってくる夫がいました。
不自由などありません。
そう思っていたわたしは、偶然、義父とレインハルト様の会話を聞いてしまいます。
夫は、わたしに近づく男たちを密かに調べ、排除していました。
恐ろしいはずなのに、レインハルト様の声を聞けば、不安は甘く溶かされていきました。
何も考えず、彼の腕の中で幸せな夢を見ていればいい。
その囁きを、わたしは自ら受け入れました。
***
やがて、わたしのお腹には双子が宿りました。
妊娠中に出席した王宮の夜会では、傲慢な王子がわたしへ手を伸ばします。
レインハルト様は、わたしに触れれば王都の結界ごと国を滅ぼすと宣告しました。
愛は、いつしか世界さえ焼き尽くしかねない怪物へ変わっていたのです。
***
その裏で彼は、わたしを狙ったクリストフ男爵を粛清し、義父とともに罪の痕跡を闇へ葬りました。
そしてライオネル様は、そんな息子へ公爵位を譲ることを決めます。
アルテミスとサリエスが生まれ、わたしたちは五人家族になりました。
王宮では、レインハルト様がわたしに従順すぎる姿を見たナタリア王女から、「奴隷公爵」とまで呼ばれてしまいます。
けれど彼は、何の迷いもなく言いました。
わたしの奴隷で構わない。
わたしが彼の檻の中にいるのなら、彼もまた、わたしから永遠に逃げられないのだと。
彼が最後に与えてくれたものは、宝石でも領地でもありません。
外の世界から守られた別宮と、子どもたちの笑い声と、どれほど公務に追われても必ず帰ってくるという約束。
金色の檻は、以前よりも広く、強く、賑やかになりました。
その中心でわたしは今日も、夫の底なしの愛に満たされながら、世界で一番幸せな囚われ人として暮らしているのです。




