30_月夜のプロポーズ、永遠の番(つがい)
夜風が頬を撫でる。
頬に残る熱が、冷たい空気にほどよく冷まされていく。
会場の光が背後で揺れ、遠くから音楽が滲むように聞こえました。
ふいに、レインハルト様がわたしの前で恭しく跪きました。
その真剣な眼差しに、わたしの鼓動が早まります。
彼はジャケットのポケットから、小さなベルベットの小箱を取り出しました。
「……シャルロット。これを」
開かれた箱の中には、月光を反射して眩いばかりに輝く、大粒のイエローダイヤモンドが嵌め込まれた指輪が収まっていました。
(ああ……)
それを見た瞬間、わたしの脳裏に半年前の夜がフラッシュバックしました。
『舞踏会には行けない』とだけ書かれた、冷たい一行の手紙。
暗い部屋で一人、ネグリジェの裾を握りしめて泣き崩れた、あの凍えるような絶望の記憶。
あんなに遠く、わたしを冷酷に拒絶していたこの人が。
今、わたしの目の前でひざまずき、月光を反射して眩いばかりに輝く大粒のイエローダイヤモンドを捧げているのです。
「……前言っていた、僕の魔力を極限まで圧縮して練りこんだ宝石だ。……シャルロット、正式に、僕と結婚してほしい」
「まあっ……! レインハルト様……っ」
驚きで声が詰まりました。
親同士が決めた婚約があり、すでに身も心も一つになり、わたしの身体には彼の子まで宿っています。
形式的なプロポーズなど今更必要ないのかもしれません。
けれど、これは彼にとっての「贖罪」であり、同時に、わたしを一生自分の支配下に置くという宣言なのだと、その瞳を見て悟りました。
「……ありがとうございます、レインハルト様。……もちろん、お受けいたしますわ。一生、貴方の傍から離れません」
指輪がわたしの薬指に嵌められました。
――その瞬間。
指先から黄金の魔力が脈を打ち、わたしの心臓へと真っ直ぐに流れ込んできました。
わたしの体内を満たしていた彼の精気と、指輪の魔力が完全に同調し、パチン、と見えない鎖が繋がった音がします。
互いの生命の鼓動が、魔力回路を通して直接共有される感覚。
これこそが、単なる口約束ではない、魔導における『永遠の番』が完成した瞬間でした。
わたしたちは月光の下で何度も、何度も深い口付けを交わしました。
ふと、自分のドレスの上からお腹に手を当てます。
成体となり、彼と毎日のように混ざり合った結果、わたしの腹部はすでにふっくらと丸みを帯び始めていました。
このままでは卒業式を待たずして、在学中に出産を迎えることになるでしょう。
急なことで結婚式の準備も間に合いそうにありません。
(……きっと、この子を抱きながらの結婚式になるわね)
でも、それもまた、わたしたちだけの特別な幸せの形のように思えました。
「……少し夜風が冷えてきたね。星空の特等席へ行こうか」
彼はわたしの腰を抱きかかえると、飛行魔法でふわりと夜空へ舞い上がりました。
二人だけの空間。
遮るもののない大空。
澄んだ夜風と、彼の心音だけが聞こえる場所で、わたしは彼の広い胸に顔を埋めました。
「幸せにするからね、シャルロット」
「……わたしも、貴方を幸せにしたいですわ。……でも、わたしはレインハルト様からもらってばかりで……」
正直な気持ちを吐露すると、彼は破顔し、くすくすと子供のように笑い出しました。
「……いいや、君からもらっているよ。……ここに、ね」
彼の手がわたしの膨らみはじめたお腹に優しく添えられました。
その瞬間、お腹の中の命がトクン、と動いたような気がしました。
「あ……。はい。……はい、レインハルト様。……貴方のお子を、これからもっと、たくさん産ませてくださいね」
「……うん。だけど、覚悟しておいて」
彼の声が、不意に鼓膜にへばりつくような重く暗い熱を帯びました。
「たとえこの子が生まれても、僕の最優先は永遠に君だ。……もし君がこの子ばかりを愛して僕を見なくなったなら、僕は自分の血を分けた我が子にすら、激しく嫉妬してしまうかもしれない」
その黄金の瞳は冗談などではなく、底知れない執着の闇に満ちていました。
完全に満たされてなお、いえ、幸福だからこそ肥大化していく彼の愛。
しかし、そんな彼の異常な愛の重さすら、今のわたしには心地よい甘さでした。
わたしたちは、夜空の果てで再び唇を重ねました。
――けれど。
幸せの絶頂で彼の首に腕を回した瞬間、ひどく欲情してしまったわたしの肌から、封じられていたはずの「誘惑の香り」が一瞬だけ、かつてないほどの濃度で漏れ出したのです。
それに呼応するかのように、お腹の中の命が異質な魔力波形を放って脈動しました。
空間が歪み、わたしたちの背後で瞬いていた星空の光が、魔圧でグニャリと捻じ曲がります。
「……っ」
レインハルト様がその微かな異変に気づき、目を細めて夜空の深淵を睨みつけました。
終わりのない蜜月。
それは決して穏やかなハッピーエンドなどではなく、国を、世界を、そして魔導の理すらも巻き込んでいく、新たな「愛の地獄」の幕開けに過ぎなかったのです。
第一部フィナーレまでお読みいただき、ありがとうございました。
レインハルトが理性を手放した瞬間は、物語の核であり、同時にふたりの“はじまり”でもありました。
ここから先は、恋の勝敗ではなく、ふたりが背負ったものをどう生きるか——そんな物語になっていきます。
続くエピローグでは、第一部の余韻を壊さず、けれど確かに「次の地獄(=幸せ)」へ繋がる灯を置いていきます。
続きが気になっていただけましたら、ブクマで追ってくださると嬉しいです。
――第二部は“幸せと罪の代償”の幕開けです。
https://ncode.syosetu.com/n5908lw/




