とあるどこにでもある奇跡のお話
人生でこれほど自分が無力だと思ったことはない。
ひとり残された部屋の片隅、椅子に腰掛けていた仲渡村正は両手を固く握りしめ文字通り祈っていた。
今日という日を心待ちにしていた。子どもが生まれる今日この日を。
隣の部屋では妻の朝日が普段の様子からは想像もつかない声を上げ続けている。命の叫び。
ほんの数分前まではこの陣痛室で一緒に闘っていたのだ。持参したテニスボールを朝日の腰からお尻にかけて力一杯押し当て、気持ち一杯の声を掛け続けた。朝日の痛みが少しでも和らぐように、少しでも気を紛らわせるように全身全霊の全力でやり続けた。
小一時間ほどが経過しただろうか、助産師さんからGOサインが出る。いざ陣痛室から分娩室へ。助産師さんと看護師さんの二人で朝日が横たわるベッドを動かす。
「お父さんはここで待っていてください」
てっきり自分も一緒に行くものだと思っていたため、拍子抜けしたのと同時に仲間外れにされたような気持ちになってしまい、どうにも居たたまれなかった。
「が、頑張って!」
そう声を掛けるだけで精一杯。ただただ朝日を見送った。
本当に出来ることが何もなかった。ああ、こんなにも無力なのかとそう思わずにはいられなかった。
せめて、ずっと傍についていて声だけでも掛けてあげたかった。
必死な想いで懸命に伸ばしてくる朝日の手に掴まれて、感じている痛みや苦しさを少しでも分かち合ってあげたかった。
だけれどそんなことさえ叶わない。何もしてあげられない。
壁一枚隔たれたこの部屋で僕は余りにも無力だった。
朝日の妊娠が発覚したのは年が明けて数日たった日で「できたかもしれない」と唐突に言われた。
びっくりしたのと嬉しい気持ち、そして深い安堵感に包まれた。妊活をしていたのでいずれは……と思ってはいたけれど、いざ「できた」と言われたらやはり込み上げるものがあった。
できるかどうか、正直不安な気持ちが大きかった。
ふたを開けてみれば結果として二ヵ月くらいだったので、不妊に悩まれている方々に言わせればたった二ヵ月と怒られてしまうだろうけど、実際に当事者になってみるとこの期間中はいつできるか分からない果てしない道を歩んでいるみたいで不安は尽きなかった。
夫婦お互いにタイミングを合わせたり、できることをやりながら、それでも市販の検査薬に反応がないとその度に落胆し、また次、次……とその道は徐々に光が遠ざかり行く先が見えなくなりかけていた。
朝日がどう思っていたのかは分からないが、僕としては行為が単なる作業となりかけていた節もあって息苦しさすら覚えていた。結果としてできたから良かったものの、終着点にいつ行き当たるのか分からない日々はやはり精神的に辛く厳しいものだった。
たかが二ヵ月ぽっちでこうなのだから、不妊に悩み苦しんでいる方々を想うと本当に心苦しいし、一日でも早くコウノトリが来てくれればと切に願うばかりだ。
クリニックで正式に妊娠の太鼓判を押してもらった僕ら夫婦は新たなスタートラインに立った。
お腹の子が無事に生まれてきてくれること。そのゴールに向けて走り出した。
専用のアプリをインストールして日々内容をチェックしつつ、朝日の体調に気を配りながら、毎回のクリニックの定期検診に付き添った。
正直な話、僕は子どものことがあまり得意ではなかった。と思う。
だったのに、付き添いのクリニックで見掛ける小さな子どもや生まれたばかりの赤ちゃんを目にすると自然と微笑ましい気持ちになった。そして出掛ける先々で何故か赤ちゃんの姿がよく目につくようになった気がする。
はっきりとした理由は定かではないけれど、いつからか光輝いて見えるようになったからかもしれない。
尊くて、眩しい。生命の輝き。その光にあてられて僕の意識が変わったのか、これから僕の下へ来てくれる子どものことを想うと無性に愛おしくてたまらなくなる。
クリニックの定期健診では毎回お腹のエコー写真がもらえたので、僕と朝日はその裏にちょっとしたメッセージを書くことにした。大した理由はないが、子どもが大きくなった時に「あの時はこうだったんだよ」とか話したりしたいし、大切な思い出として残すことで、いつか喜んでくれるのではないかと思った。そうだといいな。
定期健診は順調な経過をたどり、朝日のお腹が徐々に大きくなっていった。
まるで僕らの想いや願いも栄養にかえてくれてるみたいに、大きくなる我が子のことを目の当たりにしてついつい頬が緩んでしまう。
朝日が妊娠中に色々とグッズを購入したけれど、お腹にいる赤ちゃんの音が聴こえるという聴診器は、赤ちゃんの発する音なのか、はたまた単に朝日の音なのか分からず残念ながら不発だった。
だけどその代わりといってはなんだが、赤ちゃんがしゃっくりをするようになり、その振動がお腹を震わせてくれ、僕らに声ではない声を届けてくれているみたいだった。
何気ない、本当に些細なことであっても、日々の変化や出来事ひとつひとつが宝物みたいに煌めきを伴ってその度に嬉しくなる。〝一喜一憂〟ならぬ〝一喜一優〟。ひとつ喜ぶと、ひとつ優しくなる。
その都度優しい気持ちで満たされる。自然と心の真ん中が温かくなる。幸せがぐるぐる巡る。しあわせの幸循環。
怖かったのは、中央病院での胎児スクリーニング。クリニックでは出来ない詳細なエコーをしてくれるということで僕たち夫婦も検査の予約を取った。普段のクリニックとは違い県内でも一、二を誇る規模の病院でその大きさに圧倒されながら産婦人科を受診した。
検査はつつがなく終了。とはならず唯一心臓だけが判定不可だった。どうやら赤ちゃんがお腹側に背を向けている状態のため、正確に心臓を診ることが出来ないとのこと。
先生から「糖分が含まれる飲み物を摂取すると赤ちゃんが動くかもしれない」とのことで試してみたけれど、その体勢が心地良かったのか赤ちゃんは変わらずだった。やむを得ず日時を改め再検査となってしまった。
二週間ほど期間が空いてしまったため、心臓に何かあったらとか、また検査の時に体勢が逆だったらなど、心配は尽きなかったが、再検査は何の問題もなく無事に終了して心底安堵した。
それ以外は特に問題なく、一日一日を大切に過ごしていった。
期間中、安産祈願であったりイベント事は事前に調べて行った。中でもジェンダーリビールは朝日が某ドーナツショップにて複数個のドーナツを買ってきてやってくれた。
ジェンダーリビール。赤ちゃんの性別を家族や友人に発表するというイベントのひとつ。
男の子か女の子か。積まれたドーナツの中にあるドーナツがチョコだったら男の子、苺だったら女の子。
朝日がスマホで動画を回す。「どうぞ」と促されていざドーナツに手を伸ばす。
綺麗にお城みたく積まれたドーナツを慎重に横にずらして中を確認。
ルビーのような苺ドーナツがちょこんと鎮座していた。
「おぉ~女の子か!」
女の子。娘が生まれる。想像していなかったわけではないけれど、いざその答えを提示されてしみじみと実感する。どちらが良かった、というのは正直なかった。男の子と女の子どっちでもいい。
言葉だけ聞くと投げやりに聞こえるかもしれないけれど、どちらになっても嬉しかったという意味で、だ。
望みを言えば、出来たら男の子と女の子の二人が欲しい。
だが、如何せん昨今の厳しい経済情勢がそれを霞ませる。
一姫二太郎。叶うならその夢が見たいと心の片隅にそっと置いておく。
朝日の妊娠が確定した翌日、僕は本屋へと走った。
広辞苑、とまではいかないが分厚い名付けの本を購入した。気が早すぎるきらいもあったけど、名前は親から子どもにあげる最初のプレゼント。否が応にも気合いが入った。
まず朝日と決めたことがある。男の子だったら僕、女の子だったら朝日が主導で名前をつける。理由は男の子だった場合、僕がつけたい名前があったからだ。そして主導といっても、完全に相手に委ねるのではなく、もちろん相談の上で相手の意向を汲んで決めるということ。それを踏まえて、互いに候補を出していった。今回、性別が女の子と確定したので、朝日の案を基に名前を考えることとなった。
朝日の意向としては、名前の読み方を〝トモカ〟になるようにしたいとのこと。そこからは僕と朝日で漢字の候補を出していった。始めに僕は朝日の〝朝〟の字を入れようと提案した。古風な考えかもしれないが親の名前から一字取るのは親と子の結びつきというか、絆を感じられて良いのではないかと思った。
朝日は特にそこに対してのこだわりはなく、あとは画数とかの兼ね合いで当てはめてみていくつか候補を出した。
【朝花】秩序正しく物事を整える、調整のセンスが高い。かつ信念が強く、よい意味で頑固。仕事や努力を苦とは思わず、むしろ楽しめる人。誠実で、柔軟性も備えているので、信望を集められる。
【朝架】損得抜きの度胸がすわった大胆さと、内面に炎のような闘志をもち、危機的状況や大きなピンチから逆転満塁ホームランを打つような劇的成功運の大吉画数。スケールの大きい発想ができ、悠然としていて小事にこだわらない人柄。
【朝夏】存在感をアピールして、人生を思うがままに生きようとするのが特徴。負けん気が強く、人情よりも合理性優先。緻密な計算力と聡明な頭脳をもち、尻込みせずに勝負に挑む気力があるので、かなりの偉業もなし得る精神力の強さがある。
こんなところか。現状、もう間もなく生まれるという状況ながらまだ候補止まりであとは朝日の鶴の一声で決まる。さて、どうなるかな。
朝日の呻き声が苛烈を極め、看護師さんや助産師さんが懸命に声を掛け続けている。
分娩室に入って三十分は経つだろうか。時間の流れが酷く遅く感じる。
今日は本当にジェットコースターみたいな一日だった。
朝の五時前、異変に気付いた。朝日が静かに唸っていた。訊けば一時くらいからこの状態なのだとか。
「えっ、これ陣痛なんじゃ?」
「たぶん、違う……」
朝日曰く、スマホで調べた陣痛の兆候に当てはまっていないという。
「痛たたた」
とは言うものの、かれこれ四時間この状態というのは普通じゃないと思うけど。
でも朝日本人がそう言うなら……そうなのか?
正直、判断がつかない。
実は昨日が出産予定日だった。なのだが、まったくをもって兆候のちの字も無かった。出産予定日でありクリニックの健診日ということでクリニックを訪れていた最中、そのタイミングでおしるしが来たのだが、
「この一週間で陣痛が来なければ陣痛促進剤を使用することを考えましょう」
と先生からお話があった。なのでお互い一週間という期間がひとつの指標となった。加えて、陣痛が起こる際の破水がなく、痛みの質も便意のような感覚が強いとのことで朝日は「陣痛じゃない」と言い張った。
そこまで言われてしまうと僕からは何も言うことが出来ず、朝日の様子に気を掛けつつ仕事に出る準備をし始める。
けれど、僕が出掛けようとする直前になって朝日の痛がり方が尋常ではなくなってきた。
「ね、正直に言って。仕事行かない方がいい?」
これまで頑なに「仕事行っていいよ」と言っていた朝日だったが、
「……ごめん。やっぱり居て欲しい」
とようやく首を縦に振った。そこから僕は上司に急遽の休みをお願いし、その勢いのまま朝日にクリニックへ連絡を入れるよう促した。朝日本人としては「陣痛じゃなかったら嫌だ」という想いだったようだが、この痛がり様はおかしかった。ほぼ五分ごとくらいに激痛の波が押し寄せるみたいで身じろぎが出来なくなる感じなのだ。これはさすがに陣痛じゃないのか?と僕の方が思ってしまうほど、それほどの痛みを朝日が抱えているように見えてならない。
本来なら僕がクリニックに電話すれば良いのかもしれないが、痛みの詳細は本人にしか分からないので朝日に頑張ってもらう他なかった。
五分の波に耐えながらやっとのことで電話を掛けた。痛みを堪えながら名前と現在の状況を息も絶え絶え説明した。看護師さんの「少々お待ちください」の言葉から保留音が流れ少しして「すぐ来てください」と了解を得た。
準備を整えていざクリニックへ。言葉では簡単だが、現実はそう簡単にはいかない。
激烈な痛みが断続的に朝日を襲い、準備が遅々として進まない。パジャマのズボンを片足脱ぐだけで大仕事。その都度、悲鳴じみた声を上げる朝日を介助し、事前に用意してあった入院バッグ等必要なものを揃え、準備が整ったのはそれから一時間以上経った後だった。
このまま車の中で出産なんてことにならないかな……。
一抹の不安に駆られつつ、兎にも角にも安全運転でクリニックへ走り出す。
アパートを出てすぐの曲がり角で突然配送業者のトラックが勢いよくこちらに向かってきて思わず肝を冷やした。どうやら僕らの乗る軽自動車に気付いてなかったらしく、すれ違いざまに照れ笑いを浮かべて会釈された。
冗談じゃないぞ、まったく……。
こちとら経験したことのない緊張感を覚えながら車を運転しているのだ。よりにもよって今日事故に遭うわけにはいかない。今まで一度も事故を起こしたことはないが、万が一、初めての事故を今引き起こそうものなら目も当てられない。
手に汗を握りながら、ハンドル、そして朝日と子どもの命運をしっかりと握り締め、全神経を張り巡らせて車を走らせた。
人生史上最も怖い運転だった。極限状態の三十分。全方位に意識を向けて、急な車の割り込みや無謀な運転をする車がいないか、他にも考えられるだけの危険を想定し細心の注意を払いに払った。
幸い無事到着して、息をつく間もなく受付、待合室を通り過ぎて陣痛室へと通された。
「こんな状態になるまでよく頑張ったね」
と朝日の状態を見た看護師さんが半ば驚いた様子で労ってくれた。れっきとした陣痛だった。
あのまま朝日が我慢し続けていたら……と思うと恐ろしくなった。よもやよもやだ。
「お父さん、中へどうぞ」
分娩室の扉が開いて看護師さんが促してくれた。僕は即座に立ち上がって入室を許された分娩室へ足を踏み入れた。そこは正に戦場で、額に大粒の汗を光らせ、苦悶の表情を浮かべながら必死に懸命に闘い続ける朝日がいて、傍らにはそれをサポートし続ける助産師さんや看護師さん、先生の姿があった。
「もう頭が見えてるからね」
「いいよ、いいよ。息を整えて」
「いきんで!」
声が飛び交い、それに応えるように朝日が顔を歪め声を上げる。
「……頑張れ。頑張れ!」
あまりの迫力に圧倒され、呆然としかけながら僕も出来る限りの声を掛ける。
「頑張ってるね」
「もうちょっとだよ」
気休めにもならない言葉かもしれないけれど、それでもほんの少しの力になればと声を掛け続けた。
どうか、無事に。母子共に無事でありますように。
願いを込め、祈りを込めて、ただひたすらに声援を送る。
「生まれるよ!!」
「ふぎゃあ!ぅぎゃあ!」
その姿を見て、その声を聴いた途端、全身が熱くなり心が震え涙が溢れた。
ありがとう。生まれてきてくれて。無事でいてくれて。感謝が止まらない。
と同時に、思うことがある。
言ってしまえば親の勝手で子どもは生を受ける。
〝親ガチャ〟という言葉の通り、子どもは親を選べない。
望んだ環境、希望する親じゃないかもしれない。
だから、生まれてきて良かったと思ってもらえるように、僕らはあげられるだけの愛情を君に注ぐよ。
僕らの両親から受けた愛情を何倍にもして君に伝えるよ。
君がずっと笑顔でいられるように。
君が幸せと思えるように。
例えお金がなくても、愛情だけは無限大。それだけは約束するから。
まだ触れられない赤ちゃんの小指に、そっと小指を向けて秘密の約束げんまん。
ひとつのゴールがひとつのスタートになる。
また、ここから。今日からよろしくね。
窓を突き破らん勢いの陽光がスポットライトのように照らし続ける新たな命を、僕は満面の笑顔で迎え入れたのだった。
これはどこにでもある奇跡の話。
世界中のどこかで、今日も小さくて大きな奇跡が起きている。
それはもしかしたら、他でもないあなたのところでかもしれない。
読者様皆様お疲れ様です。
こちらは恥ずかしながら先日地元紙のとある賞に応募してみた落選作を多少手直ししたものです。
急ごしらえのものでしたが、久しぶりに書いたので『まあせっかくだし……』とこちらへ投稿してみました。
色々と仕様が変わっていたのでちゃんと投稿出来るのか、してみるまでドキドキです……。
(ちゃんと投稿されれば良いのですが)
変わらず拙い文章ですが、多少なりとも楽しんでもらえたなら幸せです。
読者様皆様のお忙しい中、貴重なお時間を拙作に割いて頂きまして、本当に本当にありがとうございました。




