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第7話|YouTubeで稼ぐ

オンラインサロンに入会すると高嶋に伝えたものの、アミカの頭は途方に暮れていた。


月額9,800円。

決して安い金額ではない。


パートで稼いだお金は生活費に消え、これ以上、家族のお金に手を出すわけにはいかない。


「どうしよう……どうすればお金を準備できるの……?」


「やめる」という選択肢は、アミカの思考回路から完全に消え去っていた。

ここまで投資した自分を否定することなど、できなかった。

ただ、どうやってこの状況を乗り越えるか、それだけが頭の中を支配していた。

混乱し、まともな判断ができない思考は、ただひたすら金策の道を求めていた。


視線が、リビングの片隅に置かれた小さな引き出しへと吸い寄せられる。


そこには、年末年始にじいじとばあばから貰った、色とりどりのお年玉袋がしまってあったはずだ。


はるとへ。

さくらへ。


そう書かれた袋の中には、合わせて一万円が入っている。子供たちが大切そうにしていた、彼らの「宝物」だ。


「ダメ! 絶対にダメ! それだけはダメッ!!!」


一瞬、理性を取り戻したアミカの脳裏に、赤信号が点滅する。


何を考えているんだろう、私。そんなこと、絶対に許されない。子供たちのお金にだけは、絶対に手を出すな。


自分自身に言い聞かせ、焦りが全身を駆け巡る。


だが、頭から離れない。

そこには、オンラインサロンに入会できる金額があるという、紛れもない事実が。


「もらうんじゃない。一時的に借りるだけ。すぐに返す。だから、少しの間だけ貸してもらおう。取るんじゃない。借りるの……」


そう、何度も自分に言い聞かせた。

呪文のように繰り返すことで、罪悪感を薄めようとする。自分に都合のいい理屈を並べ、正当化しようとする。


震える手で、引き出しを開ける。

はるととさくらの名前が書かれた、鮮やかなポチ袋。そこから、まだ新券特有のパリッとした音を立てる五千円札を二枚、抜き取った。


「借りるだけ……借りるだけ……」


誰に聞かせるでもなく、アミカは小さく呟いた。その声は、自分自身の魂に言い聞かせているかのようだった。



こうして、アミカは無事にオンラインサロンの会員となり、会員限定チャットルームに招待された。


入会した直後、アミカがまず目にしたのは、チャットルームの膨大なメッセージと、メンバーたちの異常なまでの「熱気」だった。


「月収100万円達成おめでとうございます!」「私も頑張ります!」「高嶋先生、今日もありがとうございます!」


成功報告や感謝の言葉が、嵐のように飛び交っている。高嶋自身も頻繁に顔を出し、メンバーを鼓舞するようなメッセージや、抽象的な成功哲学を語っていた。


「すごい! これが成功者の集まる場所なんだ!」


アミカは最初は圧倒され、自分もこの波に乗れると興奮した。ここなら、本当に稼げるようになる。そう確信した。



しかし、数日後。

その興奮が少し冷めると、情報の洪水に戸惑い始めた。チャットのスピードが速すぎて、全てを追いきれない。

他のメンバーの成功報告が眩しすぎて、「自分はまだ何もできていない」という焦りや劣等感が募る。


提供されるコンテンツも、一つ一つは悪くないように見えたが、よくよく考えればどこかで聞いたような内容だったり、具体的な行動に繋がりにくい抽象的な話が多いことに気づき始める。


具体的なノウハウや、個別の悩みに踏み込んだ議論はほとんどない。


誰かが「稼げない」と相談すると、「もっと行動量を増やしましょう!」「マインドが足りない!」といった精神論で片付けられている場面を目にした。


アミカ自身も、何か質問しようとしても、その「熱気」の中で自分の「稼げていない」事実をさらけ出すのが怖くなり、発言をためらうようになった。


「あれ? これ、本当に9,800円の価値があるのかな? 学べると思っていたけど、なんか違う……」


具体的な不信感が、アミカの心に芽生え始めた。


そんなアミカが不信感を募らせる中、チャット内で、あの佐藤ゆき子が突如として「全然稼げない」「どうしたらいいか分からない」と、これまで見せていた「成功者」の仮面を剥がして、必死に助けを求めるメッセージを連投し始めた。


他のメンバーからは「マインドが足りないよ」「もっと頑張ろう」といった薄っぺらい励まししかなく、誰も具体的な解決策を示さない。


この佐藤の姿を見て、アミカは悟った。


「このサロンは、誰も本気で助けようとしていない。ただ、熱狂を演出して、みんな自分の成功を見せびらかしたいだけだ……!」


9,800円も払ったのに? どういうこと? 思っていたのと違う……。


子供のお金にまで手を付けてしまったという途方もない焦り。そして、本当に高嶋は自分を助けようとしてくれているのか、という怒りにも似た感情が、アミカの心に込み上げてきた。


「こんなんじゃ、稼げるようになるわけない!」


吐き捨てるようにアミカは呟いた。


その時、一通のダイレクトメッセージが届いた。

差出人は、「稲本玲奈」。


「稲本玲奈だけど、わかる?」


アミカは首を傾げた。稲本玲奈……? 誰だろう?


「ごめんなさい、どちら様でしょうか?」


すぐに返信が来る。


「えーーーwwひどいww高嶋の座談会に一緒に出ていたじゃないですかー!」


この話しぶり……。

そうか、あの時、一緒に高嶋の少人数座談会に参加していた20代のママだ! 当時は名前までは知らなかったが、あの天真爛漫な雰囲気に少し圧倒されたのを覚えている。


「ごめんなさい! お名前まで覚えていなくて! お久しぶりですね! 稲本さんもこのサロンにいらっしゃったんですね」


アミカは慌てて返信した。

玲奈からは、すぐにメッセージが続いた。


「なんか高嶋にさ、あなたは才能があるからなんて言われて、短期で稼ぐためにもオンラインサロン入るべきよーとかそそのかれてさー。もうあの人マジやばいよね(笑)」


アミカは、玲奈が高嶋を呼び捨てにしているところに、少し驚いた。と同時に、心の中に小さな共感が芽生えるのを感じる。


「何このサロン! 自慢話ばかり聞くだけじゃん! 何万円稼げましたーとか、そんなんばかりでマジキモイって思ってたんだよね。」


アミカは目を見開いた。驚いた。自分だけじゃなかったんだ、この違和感。同じように感じている人がいたことに、アミカの孤独な心は、ほんの少しだけ軽くなる。


「私さ、今まで高嶋に言われた通りにしてみたけど、ただ金を使っただけで何の効果もなかったんだよね。那賀さんもさ、どう? あれから『購入されました』って報告もしなくなったし、売れなくて困っているんでしょ? 高嶋に無理やりサロン入れられたんじゃないの?」


まさに図星だった。

玲奈は、アミカの心を見透かしているかのように、核心を突いてきた。


玲奈とは、これまでキャラも違って距離感を感じていたはずなのに、この瞬間、アミカの中に確かな仲間意識が芽生え始める。


「……実はそうなの。もう結構お金使っちゃって……」


アミカは正直に打ち明けた。高嶋にも、夫にも言えなかった本音。


「もうやめなよー!私ももうサロン抜けるし、高嶋との関係も切ろうと思っていたけど、那賀さんを見つけちゃったからさ。」


アミカは迷った。


「でも、稼がないといけないし。ここまで来てやめるなんて……」


これまでの投資を思えば、簡単に辞めることなどできない。辞める勇気なんて、どこにもなかった。

そこで玲奈が提案した。


「じゃあ、教えてあげるよ! 実はさ、高嶋なんかに頼らなくても、もっと簡単に稼げる方法、私見つけちゃったんだよ!」


アミカは身震いした。

まただ。

またこのパターンか。


次は玲奈が私をエサにしようとしているのかと、不信感が募る。


「もうやめて!なんでみんなそうやって!……」


アミカは、半ば反射的に、冷たく玲奈をあしらおうとした。

だが、玲奈は食い気味に返してきた。


「ちがうちがう!!別にお金なんていらないよ!高嶋じゃないんだから(笑)」


高嶋じゃないんだから。


その言葉に、アミカは思わずフッと吹き出してしまった。心に刺さっていた氷のようなものが、少しだけ溶けた気がした。


玲奈は続ける。


「アフィリエイトとかそういうのじゃなくて、YouTubeで稼ぐ方法見つけちゃって。すごいんだよ!私、始めたばかりで50万再生いったもん!高嶋なんかに教えてもらうより、そっちで広告収入得たほうが楽だったよ!」


アミカはYouTube、と聞いて思考が停止した。

動画編集もしたことないし、しゃべるのもうまくない。YouTubeなんてアフィリエイトより、もっと無理なんじゃないか?


「ごめんね、動画とか全然よくわからないし、本当に何もしらないから。それに、覚えるのに有料セミナーとかあるよね?もうそういうのは……」


アミカは、過去の経験から、恐る恐る拒否した。


「だーかーらー! 教材も売らないし、本当にただ教えてあげるだけだって! 私ももしそれで那賀はんが広告収入得られるようになったら、次はノウハウ本とか出したりしてさ。私の実績つくりっていうとあれだけど、むしろ協力してほしいんだよね。」


アミカは玲奈の言葉を聞きながら、頭の中で「自分が第二の高嶋になろうとしているの、この子、わかっているのかな?」と突っ込みたくなった。


しかし、同時に、彼女の提案が完全無料であることに気づく。今まで散々お金を費やしてきたアミカにとって、デメリットはない。稼げなかったとしてもマイナスにならない。


それより、今はとにかく早くお金を稼いで、子供のお年玉を返さなければ。家族にバレる前に、なんとかしなければ。


アミカは、玲奈の話に乗ってしまう決断をした。


「……じゃあ、話だけなら……」


アミカがそう伝えると、玲奈は待っていたかのように食い気味に返した。


「本当!? ありがとう!! じゃあ早速、一緒に動画撮影しようよ!」


そう言って玲奈は、アミカと撮影できる日を調整し、自身の自宅の場所を教えた。


玲奈との出会いは、アミカにとって、高嶋の沼からの脱出となるのか、それとも、より深く、出口の見えない新たな地獄の始まりとなるのか……。

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