第2話|「あなたらしく」がお金になる
パートの休憩時間、アミカはスマホを握りしめていた。手に汗が滲む。
登録したのは、あの「スマホ一つで月30万円!」と謳われた無料Webセミナー。
子どもたちは保育園、夫は仕事で家にはいない。
たまたまパートのシフトが休みで、運良くセミナー開催の時間と重なった今日、ようやくアミカは画面の前に座ることができた。
「話を聞くだけ。別に本当にやろうと思っていない。ただ話を聞くだけ。」
何度も自分に言い聞かせた。
まるで、深みにはまらないよう、魔法の呪文を唱えるかのように。
時間が来た。
画面に現れたのは、背景が白基調のシンプルな部屋で、洗練された雰囲気の女性が一人。
年齢はアミカとそう変わらないように見える。艶のある髪は完璧に巻かれ、きらきらと輝く瞳には、自信が満ち溢れていた。
「皆さん、こんにちは! 高嶋愛生です! 今日はお忙しい中、私の無料Webセミナーにご参加いただき、本当にありがとうございます!」
画面から飛び出してきそうなほどの笑顔。
声は明るく、弾むようだった。
アミカは、この時点で既に、彼女の放つ「きらきら」に気圧されているのを感じた。
「今日はですね、皆さんがスマホ一つで、いかに簡単に、『私らしく働く』を実現できるか、そのヒントをお伝えしたいと思っています。その前に、少しだけ、私がどんな人間なのかを知ってもらいたいので、お話しさせてくださいね。」
高嶋はそう切り出した。
「あのね、私、実は皆さんと同じ、いや、それ以上に、人生に悩んでた一人なんです。」
アミカの心臓が、ドクン、と大きく鳴った。
まるで、私のことを話しているみたいだ……。
「今でこそ、こうして皆さんの前でお話しさせてもらっていますけど、数年前の私は、パートを掛け持ちして、毎日クタクタで。子どもを寝かしつけて、やっとホッと一息ついても、明日のことを考えるとため息しか出なくて。このままでいいのかな?って、ずっとモヤモヤしていました。」
アミカは思わず、うん、うんと頷いていた。
そう、そうなの! まさに今の私!
「夫はね、仕事で忙しかったから、子育ても家事も、ほとんど私一人で。ワンオペ育児の毎日で、自分の時間なんてどこにもなかった。パートの休憩中も、今日のご飯どうしようとか、明日の保育園の準備、ちゃんとできてるかなって、常に頭の中はパンク状態。」
高嶋は少しだけ声を落としたが、すぐにまた明るさを取り戻した。
「そんな時、私は思ったんです。もっと私らしい働き方があるんじゃないかって。誰かに決められた時間や場所で働くのではなく、もっと自由に、そして何より、子どものためにも、在宅でできることないかと思ったんです。」
アミカの脳裏に「私らしく働く」という言葉がこだまする。
高嶋の声は、アミカの心の奥底に、染み入るように響いた。
この人は、私と同じだ。
私と同じ苦しみを経験して、そして、それを乗り越えた人なんだ。
親近感がじわじわと湧いてくる。
彼女の放つ、自信に満ちたオーラが、アミカの「疑い」を少しずつ溶かしていくようだった。
「私がまず最初に出会ったのが、アフィリエイトという方法でした。」
高嶋は、優しい口調で話し続けた。
「特別なスキルはいらないんです。私が普段から何気なく好きだと思っていること、詳しいこと。それって、他の人にとっては『知りたい情報』なんです。私の場合、ずっとファッションが好きだったから、最初は『これ、可愛い!』って思った服やアクセサリーの写真をスマホで撮って、ブログに載せるだけだったんです。その横に、『ここから買えますよ』っていうURLを貼るだけ。たったそれだけですよ?」
アミカは、スマホの画面に釘付けになった。
え、本当に?そんなに簡単なの?
「そしたらね、最初は全然売れなかったんです。でも、何人か見てくれる人がいて、私の『好き』に共感してくれた人が、そのURLから買ってくれたんです。そしたら、数円とか数十円だけど、私に報酬が入ってくる。これ、すごくないですか?!」
高嶋は、まるで初めて報酬を得た時の感動を再現するかのように、目を大きく見開いた。
その表情は、偽りなく喜びにあふれているように見えた。
「普段あなたが、誰かに『これ、おすすめだよ!』って紹介して、その人が買ってくれたって、普通は一円も入ってこないですよね?でも、アフィリエイトってね、それをお金に換える仕組みなんです。スマホ一つで、本当に隙間時間だけでできること。子供が寝た後、パートの休憩中、ちょっとした待ち時間。そんな細切れの時間が、全部お金に変わっていくんです。」
アミカは、自分の頭の中で計算していた。
パートの休憩中、保育園の送り迎えの合間、子どもたちが遊んでいる横で……。
確かに、毎日少しずつ時間はある。まさか、それがお金に変わるなんて。
「だって、普段あなたが、何気なくやっていること、例えばPhotogram見てる時間とか、Netflix見て一息つく時間とか、それすらもね、『資産』に変えられるんですよ。」
高嶋の声は、さらに甘く、アミカの耳に心地よく響いた。
彼女がまるで「魔法」を教えているかのように。
「最初は小さな金額でも、記事を増やしていけば、見てくれる人が増えて、売れるものも増えていく。毎日コツコツ、好きなことを発信しているだけで、どんどん収入が増えていくんです。それがね、いつの間にかパート代を超えて、月10万、20万、そして30万になったんです。寝てても、遊んでても、勝手にお金が入ってくるんですよ?!」
「……すごい。」
アミカは、思わず声に出していた。
「特別なスキルは一切いらない。あなたが普段から持っている『好き』や『得意』が、そのままお金になるんです。......那賀さん、何か好きなこととか、普段からよくやってることってありますか?」
突然、自分に問いかけられたアミカは、少し戸惑った。
「え、私ですか?うーん、ムーンバックスコーヒー、好きです……。」
口から出たのは、何の変哲もない言葉
「それです!それ!すごい!!」
高嶋は、まるで宝物を見つけたかのように、興奮した声を上げた。
「那賀さんのその『好き』って、ものすごいあなただけの才能ですよ!考えてみてください。ムーンバックスコーヒーの新商品が出たら、あなたは誰よりも早く飲んでみたいと思うでしょ?その感想、他の人も知りたいんですよ。例えば、『今日、ムーンバックスコーヒーの新作飲んでみました!このカスタムが超おすすめ!』ってスマホで撮った写真と一緒に記事に書く。最近はムーンバックスもネットショップ開設しているから、記事にムーンバックスカードとか、タンブラーのアフィリエイトリンクを貼っておけば、那賀さんの『好き』が、そのままお金に変わるんです!」
「お店の雰囲気とか、新作のレビューとか、那賀さんしか書けない、那賀さんだけの『ムーンバックス愛』。それって、めちゃくちゃ需要あるんですよ!しかも、楽しみながらできるんです!ね?那賀さん、私らしく働くができる気がしませんか?」
高嶋の言葉が、アミカの心を鷲掴みにした。
私にしか書けないムーンバックス愛……。
確かに、新商品が出たらすぐ飲みにいくし、毎回カスタムを考えている。
もしかしたら、本当に私にもできるのかもしれない。
今まで、誰にも認められなかった「好き」が、お金になる。そんなことが、本当に……?
アミカは思わず呟いた。
「私らしく働く……」
思考回路が、急に早回しになったように感じた。
頭の中では、新しいムーンバックスコーヒーのカスタムを試して記事を書く自分の姿が、鮮やかに描かれていく。
Photogramで見た、きらきらしたママたち。
もしかしたら、私もあんな風になれるのかもしれない。
月30万円……。
それが手に入れば、夫に遠慮することなく、好きなものを買えるようになる。
子どもたちにも、もっと色々な経験をさせてあげられる。
あの地獄のような毎日から、抜け出せるかもしれない……。
高嶋愛生の声が、再び優しく響いた。
「今日お話ししたのは、本当にごく一部。もっと具体的なやり方や、どうしたら最短で結果を出せるか、私の成功の秘訣はね、この後の特別座談会で、さらに詳しくお話しするつもりなんです。」
彼女は、画面の向こうで、そっと人差し指を立てた。
「この座談会、実は本当に、本当に、限られた方だけにご案内しています。今回は、特に『本気で人生を変えたい』と願う方のために、限定3名様だけを特別にご招待させていただきます。」
「通常は参加費5000円をいただいているんですが、今日このWebセミナーにご参加いただいた皆さんに限り、今日中にお申し込みいただければ、なんと無料でご招待させていただきます!だって、誰にでもこの情報が流れたら、稼げなくなっちゃうでしょ?(笑)だから、本当に稼ぎたい、人生を変えたいって、強く願う方だけに、このチャンスを差し上げたいと思っています。」
限定された人だけ。
誰にでもこの情報が流れたら、稼げなくなる。
無料招待。
アミカの思考は、もはや停止寸前だった。
思考の海に広がるのは、キラキラと輝く希望の島々。
このチャンスを逃したら、二度とこんな機会は訪れないかもしれない。
この座談会に参加しない理由が、どこにも見当たらなかった。




