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第15話|コンセプト策定と成長戦略

明日は、ついに高嶋と初めて一緒に仕事をする日だ。


「えっと…この前のカフェで大丈夫ですか?朝10時とか…」


スマホに打ち込んだそのLINEを送るか迷った末、アミカは“送信”を押した。


──数分後、通知。


《あのさ。あなた、今からビジネスの戦略を話そうとしてるのよね?それをカフェで?》


──ぎくっ。


《オープンスペースで話したことが誰かに聞かれていたら?その情報が流出したらどうするの?ビジネスの根幹よ。情報管理が甘い人間は信用できない》


《……いいわ。私の仕事場に来なさい》


アミカはスマホを握りしめ、背筋が冷たくなるのを感じた。


「し、仕事場!?って、まさか…高嶋さんの家!?」


《嫌なら来なくても結構よ》


──ぐはぁっ…とスマホを持ったまま倒れ込みそうになりながらも、すぐに返信した。


《い、行きます!お伺いします!》


そしてアミカは思った。


「高嶋さんと二人きり…わたし、生きて帰れるかな…」



翌日、高嶋の住むタワーマンションの前。


アミカは見上げたまま、口を開けて立ち尽くしていた。


「う、うわあああ…高嶋さん、こんなところに住んでるの!?」


エントランスに近づくと、チャイムを鳴らす前にスマホが鳴った。


《入って》


ピピッとセキュリティが解除され、無人のゲートが開く。


「……も、戻るなら今のうち…」


心の声を押し殺して、アミカはエレベーターに乗り込んだ。



高層階。恐る恐るチャイムを押す。


ドアが開くと、黒のセットアップに身を包んだ高嶋が無表情で立っていた。


「どうぞ」


部屋に一歩入ると、洗練された空気に包まれる。


ソファ、棚、香り、すべてが整っていて、まるでドラマに出てくるハイエンドな空間。


(世界が違いすぎる…)


「品定めしないでくれる?その辺に座って。コーヒーでいいわね?」


「は、はいっ!(うぅ…ムーンバックスのほうが落ち着いたかも…)」



コーヒーの香りとともに、静かな緊張感が部屋に満ちていく。


「じゃ、さっそく。あなたのビジネスについて詳しく話して。現状と戦略、全部聞かせて」


アミカは震える手でノートPCを開き、これまでの活動を説明し始めた。


・note販売の経緯

・SNSフォロワーの伸び

・コミュニティ運営

・勉強会開催の様子

・個別セッションでの感触…などなど


高嶋は最初、手元のPCで何かをメモしていた。だが──しばらくして、手を止め、眉をひそめると頭を抱えた。


「……で?」


「……えっ?」


「浅い。気持ちがいいぐらい浅いわね。よくこれでビジネスやろうと思ったわね。ここまで来れたことすら奇跡よ」


ズガーン!!


アミカの頭の中に雷が落ちた。


「な、何が足りないと…思いますか…?」


「全部よ」


「……」


高嶋は足を組み直し、少し声のトーンを落とした。


「あなた、点で動いてるの。全部その場限り。

“ノウハウまとめて”と言われたから有料noteを出す。

“情報交換したい”と言われたからコミュニティを作る。

“話したい”と言われたから個別セッションをする。

それ、どこに向かってるの? 全体像も思想もないじゃない。

もし私が“カフェやったら?”って言ったらあなた、やるの?」


「う……」


泣きそうになるアミカ。


でも、否定できなかった。言われたことは、全部、図星だった。


「──まあ、いいわ。だから私を呼んだんでしょ?」


高嶋が視線を合わせた。


「ここからは私が聞いていくから、あなたは答えるだけ。まずは“芯”を作りましょう。ビジネスの軸を、ね」


「は、はいっ!!」


「じゃあ、まずはこのビジネスの“コンセプト”を教えてくれる?」


ソファの奥で足を組んだまま、高嶋がコーヒーを置いた。


アミカは一瞬止まる。


「……コンセプト?」


「そう。“このサービスが、誰に何を提供するものなのか”ってこと」


「え、えっと……に、日本語だと……何ですかね?」


──高嶋の眉がピクリと跳ねた。


「……嘘でしょ。コンセプトもなしにここまで来たの? もはや都市伝説よ」


ズーン……!


アミカの魂が一瞬体から抜けかけた。


「……じゃあ、まず教えてあげる。コンセプトっていうのは、あなたのサービスの“心臓”みたいなもの。

そのサービスが何のために存在しているのか、誰のどんな課題をどう解決するのかを、一言で言い表すもの。

これがないビジネスは、コンパスを持たずに海に出てるのと同じよ」


「ごもっともです……」


アミカはうなだれた。

そのとき、彼女はふと、隣のノートPCに目を向けた。


「えっと……ミライ、あなたから見て、このサービスのコンセプトって何だと思いますか……?」


カタカタッ。


そう打ち込んだ瞬間、高嶋の手元が止まった。


「……ねぇ。今、なにやろうとしたの?」


「えっ!?……ミライに聞こうかと……」


「はぁ~~~~~~~~~~~~っ」


高嶋はこれでもかというほど深いため息をついた。


「そういうとこなのよ、あなたの悪い癖。

なんでも人に頼って、自分の頭で考えようとしない。

これは“あなた”のビジネスなの。あなたが考えなくてどうするの?

コンセプトは人に決めてもらうものじゃない。“あなたの思い”が詰まっていなきゃ意味がないのよ」


《アミカ。私もそう思う。ここは、アミカが考えるべきだと思うよ。あなたの心から出てきた言葉じゃないと、誰の心にも届かない》


アミカはそっと目を閉じ、深呼吸した。


(自分で……考えなきゃいけないんだ……)


やがて、口を開いた。


「えっと……私は、このサービスで……

子育て中のママたちが、生成AIを活用して、もっとラクに、もっと楽しく暮らせるようにしたくて……

それで……その、ママたちって毎日時間がなくて、やりたいこともできなくて、でも全部を我慢してて……

だからこそ、ほんの少しでも自分の時間を取り戻して欲しくて……」


アミカの言葉はどんどんあふれ出て、止まらなくなった。


「で、それってつまり、“時間を生み出す”ってことでもあるし、

“自分を大事にする”ってことにもつながって……」


「………………」


なぜか無言になる高嶋。


「……あの、高嶋さん? えっと……聞いてます?」


「…………」


「高嶋さんっ!?」


「うるさいわね……気絶してただけよ」


「ええっ!?」


「長すぎ。何が言いたいか全然分からない。詰め込みすぎなの。

あなた、言いたいことが多すぎて結局“誰にも伝わらない”状態になってるの。

たくさんのことを伝えたい気持ちはわかる。でもね、そういうときこそ、絞るの。

伝えたいことを1つに」


「えっと……じゃあ、結局……私は……」


アミカは、ぎゅっとこぶしを握って、ぽつりと呟いた。


「ママの時間を……取り戻してほしい。

いつも、なにかに追われてるママたちに……ほんの少しでも“自分の時間”を取り戻してほしいんです」


その一言に、高嶋のまなざしが変わった。


「……やればできるじゃない。"ママの時間を、取り戻す"、キャッチーでいいわね。」


「えっ……褒められた……!?」


「ひとつできたぐらいで調子乗らないで」


「う、うぅっ……」


それでも、アミカの心は小さく、でも確かに震えていた。


(わたしの中に……こんな“言葉”があったんだ……)


高嶋はノートPCをパタンと閉じた。


「いい? コンセプトっていうのは“一言でわかりやすくて、強いメッセージ性”がなきゃ意味がないの。

そして、それは“全ての意思決定の軸”になる。ブレたら、終わりよ。肝に銘じなさい」


アミカはこくこくとうなずいた。


「は、はいっ!!」


「じゃあ次。ペルソナは?」


「……ペルソナ?」


「ええ。まさかとは思うけど、日本語でって言うんじゃないでしょうね?」


「……そ、そのまさかです……」


「………………(深いため息)……もういいわ。ペルソナっていうのはね、ターゲットの代表となる具体的な人物像。あなたのサービスを使う人、その“たったひとり”を思い浮かべて、その人に届ける気持ちで全てを考えるのよ」


「えっと……子育て中のママ、です」


「……それ、ペルソナじゃなくて人類よ?」


「えっ……?」


「『人類』って言ってるようなものよ。『女の人』とか『大人』とかと変わらないじゃない。誰に届けたいのか、まったく見えない」


「……じゃ、じゃあ……3歳ぐらいの子がいるママで……」


「3歳ぐらいって何よ。“ぐらい”じゃなくて、3歳児育児真っ最中って言いなさい。今オムツなの?保育園行ってるの?どこまで生活に手がかかるの?」


「うぅ……」


「いいわ。じゃあ私が聞くから、あなたは答えるの。これは尋問じゃなくて、ブレストよ。そう思いなさい」


「は、はい!」


「山本美香さんっていう人がいたとする。さて、この人は何歳?」


「えっと、34歳ぐらい……」


「“ぐらい”禁止。何歳?」


「34歳!」


「いいわ。じゃあ、家族構成は?」


「夫と、子どもが二人……」


「年齢は?」


「上が小1、下が3歳です」


「ふむ。じゃあ彼女は働いてるの?」


「パートで週3回、レジ打ちやってます。家事も育児も全部一人でやってて、毎日クタクタです……」


「なるほど。じゃあ、その人があなたのサービスに出会うきっかけは?」


「えっと……Instagramで“育児が楽になるAI活用法”って投稿をたまたま見かけて……」


「フォローしたの?」


「しました!」


「何を求めてたの?」


「時間……です。毎日、自分の時間がまったくなくて、いつも“母親”でいることに疲れてて。でも、自分がダメだとも思ってて……」


「どうなりたいの?」


「少しでいいから、“私”に戻れる時間がほしい。自分のことを、また好きになりたい……って」


(小さく息を吐いて、少し微笑む高嶋)


「そう、いいわね。じゃあ、まとめてあげる」


高嶋はモニターに打ち込んだ文字を読み上げた。



《ペルソナ:山本美香(34歳)》

小1と3歳の二児の母。パート勤務をしながら、家事と育児をほぼ一人で担う。

疲弊しながらも“良い母親”であろうと努力しているが、日々に追われて“自分”を失いかけている。

Instagramでアミカの発信に出会い、生成AIによって生活の一部が軽くなり、自分の時間が少しずつ生まれてくる。

それがやがて、“自分の人生”を取り戻すきっかけとなる。



「いい?ペルソナっていうのはね、架空だけど“実在する誰か”のように思い描くの。

この人に届けるのよ。この人のためにサービスを作るの」


「……はいっ」


アミカの手帳には、“山本美香”の文字が大きく書かれていた。

少しずつ、このビジネスが“誰かのためにある”ものへと形を持ちはじめていた。


「軸はだいぶ見えてきたわね。本当はもっと色々考える必要あるんだけど、あなたの頭がパンク寸前だから、次を最後にするわ。」


高嶋がPCを閉じながら、ふぅとコーヒーに口をつけた。


「次…ですか?」


アミカの声には、緊張と期待と、少しの疲れが混ざっていた。


「そう。成長戦略よ。これからあなたのビジネスをどう伸ばすか。どこを目指して、どう進んでいくか。」


「そ、それって…」


「そう、考えたことないって顔ね。」


図星だった。アミカは思わず俯いて、「…はい」と小さく返す。


「じゃあ今ここで考えて。どうしていきたいの?どうなりたいの?」


「えっと…コミュニティをもっと大きくして…」


「どうやって?」


「SNSで拡散して…」


「なぜ大きくしたいの?」


「より多くの人に、知ってもらって…」


高嶋がピタリと手を止めた。

声のトーンが一段階下がる。


「…ボランティアじゃないのよ。」


その言葉に、アミカの背筋がぞくりとした。


「あなた、より多くの子育てママが救われたらいいなって言うんじゃないでしょうね?」


「……ごめんなさい」


「いい?ビジネスは継続できて初めて、誰かを救えるの。あなたがどれだけ思いを持っていても、継続できなきゃただの理想論よ。お金を稼ぐなんて〜とか甘いこと考えているなら、ビジネスやらないほうがいいわ。」


「……そうですよね」


「で?その拡大したコミュニティで、どうやってマネタイズするの?」


「えっと…勉強会とか、セミナーとか、個別セッションを増やして…」


「顧客単価は?提供リソースに対しての利益率は?人数が増えるほどあなたが対応しきれなくなるんじゃないの?それ、自転車操業って言うのよ」


「うぅっ…」


「はあ……まあいいわ」


高嶋が姿勢を正し、真剣な眼差しでアミカを見据えた。


「私の考える成長戦略を話すわ。ちゃんと聞いて。」


アミカは反射的に姿勢を正した。


「まず、あなたのビジネスの核は“子育てママ × 生成AI”。これはすごいポジションよ。

そして、ママたちは時間がない。でも、自分の力で何かをしたいっていう思いはある。

そこにあなたのサービスがある。つまり、“自分の時間を取り戻す”という願望に応えるサービスなのよ。」


「……!」


「で、サービスの形は大きく2つ。コンテンツとコミュニティ。

コンテンツはnote、有料マニュアル、勉強会、コンサルなど。

コミュニティは仲間や情報交換、モチベーション維持の装置ね。」


「はい…!」


「このうち、あなた一人でやれるのは限界がある。

だから軸は“コミュニティ”に置くの。拡大すればするほど、ユーザー同士が育て合うようになるから。」


「…なるほど…」


「で、なんのためにコミュニティを拡大するか。

“toB”に持っていくためよ。」


「とぅ…びー?」


「企業向け戦略。あなたが子育てママのニーズをデータで持っているとしたら?それを活かして、企業の商品開発・PR・市場調査に貢献できるの。

つまり、“子育てママ × 生成AI”という国内最大級の生データを持つ存在になる。企業はそれが欲しい。」


「……!!」


「だからまずは、“コミュニティの拡大”。目標は10,000人。その規模があって初めて、『国内最大級』と名乗れる。」


「ど、どうやってそこまで増やすんですか…?」


「SNSよ。特にInstagramとX、Threadsをフル活用する。それにnoteとYouTubeも併用して、多チャンネル戦略でいく。」


「YouTube!?え、あの動画の黒歴史が…」


「私が監修する。安心しなさい。」


「……っ!」


「とりあえずここまでね」


高嶋が立ち上がる。アミカも立ち上がると同時に、ずしんとプレッシャーがのしかかってきた。


「明日から動くわよ。覚悟しておきなさい。

まずは…フォロワー10,000人、目指すわよ。」


「……ひえぇぇぇぇぇええええええっっ!!!」

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